右手に拳銃、左手は君(due)
延々青と茶色、時々緑がポツポツと生える風景。映画のワンシーンにでてきそうな色褪せたそこを、砂煙を立たせながら、白いコンテナを積んだトラックが三台、走って行く。
「あー、退、屈!」
二番目を走るトラックの運転席で、おそ松はそうぼやいた。開け放した窓から腕を垂らし、微調整程度にしか動かさないハンドルを指で叩きながら、彼はチラリとサイドミラーを見やる。十分以上前から変わりない景色に、彼は大きく息を吐いてハンドルへ顎を乗せた。
「ちょっと、しっかり運転してよ」
咎めるような声は、耳にかけたインカムから聴こえる。先頭のトラックに乗り、おそ松たちを先導しているであろうチョロ松からの小言に、おそ松はべえと舌を出した。
此度の取引は実際の現場、つまり戦場で行う。さすがに運送会社にそこまでの輸送を頼むわけにも行かず、この国の空港でコンテナを受け取ってから実に数時間―――勿論トイレ諸々のため休息は適度にとっている―――チョロ松、おそ松、一松は三台のトラックの運転席に座りっぱなしだ。因みに十四松は一番後ろのトラックで見張りの担当だ。
「チョロ松ーぅ、そろそろ休憩しようぜー」
「三十分前にしただろ。もう少しだから我慢しろよ」
地図と時計と前方の景色を見回しながら、少々神経質にハンドルを調製するチョロ松の姿が容易に想像される。
取引は本日であるし、その後には国境付近で、先日追手を潰すために別行動した兄弟と合流しなければならない。確かに予定外のことをしている暇はない。それはおそ松とて理解しているが、そろそろ尻が限界だ。
「兄さーん!」
と、インカムから元気の良い十四松の声が響いた。キン、と一瞬耳が痛くなったおそ松は軽く頭を振ってそれを誤魔化し、どうかしたのかと問いかける。その問いに対する答えもまた、おそ松たちの鼓膜を突きさした。
「右後方!ちょっと離れたところで煙、上がってる!」
「はあ?まさか……」
おそ松は小さく舌を打ち、チョロ松と一松の名を呼んだ。それだけで指示を察した二人は、おそ松と同じタイミングでブレーキを踏む。砂を巻きあげながら、三台のトラックは他に走る車のいない道でゆっくりと止まった。
ハンドブレーキをかけることもそこそこ、おそ松は飛び出るようにして外へ出た。背後へ弟たちが駆け寄って来る気配を感じながら、しかし少し遠くに見えた景色に、おそ松は言葉を失った。
モクモクと上がる煙は、おそ松たちもよく知る重火器のもの。距離はあるが車を止めて外へ出たことで明瞭に聴こえてきたのは、爆撃音だ。
「なんじゃこりゃー!!」
頭を抱えたおそ松の叫び声は、こだまする爆撃音と共に荒野の空へ広がっていった。



#荒野の六子



蓋を開けてみれば何てことはない、チョロ松が下調べをし、おそ松へ情報を伝えてから丸一日。たったそれだけの短い期間で戦場が拡大していた、それだけだ。
これは非常にまずい状況だ。取引相手である軍将校へ営業スマイルを向けた腹の内で、おそ松は盛大に舌を打った。
(―――呑みこまれるな)
「じゃ、今回の商談はこれで成立ってことでー」
お邪魔しましたー、とあくまで軽く言って、おそ松は野外に設置された簡易客間の椅子から立ち上がる。そのままチョロ松たちと去ろうとした彼を、商談相手の将校は呼び止めた。
「ミスター、追加の注文をお願いしたいのだが」
やはり、と心中呟いて、おそ松は片目を瞑った。はっきりと顔には出さないがチョロ松も僅かに眉を顰め、一松はウンザリといった風に吐息を溢す。十四松はモクモクと立ち上っては空へ溶けていく煙を、ぼんやりと見上げていた。
熱気が、最高潮と言っても良いほどまで高まっている。その熱気に突き動かされ、兵たちは更なる武器を欲する。しかも戦局的に有利であれば尚更、ダメ押しでき得るだけの強力なものを。
商品がよく売れて懐が温かくなるのは嬉しいし、泥沼化を狙って武器を流す方がこの商売的には主流だ。しかしそれはおそ松の美学に反するし、そもそも終局間近の戦場に、おそ松は長居したくない。こちらの命の方が可愛いからだ。商談が長引けば長引くほど、おそ松たちに利益はない。
(それにコイツら、もう金なさそうだし……)
後金で動くほど、おそ松は良心的でない。末弟を見習った笑みを浮かべ、おそ松は将校へ向き直る。
「すいませんけど、余分な持ち合わせないんすわ。一番早いのは空輸だけど、贔屓にしている運送会社の都合上、三・四日はかかる」
おそ松の読みでは、あと二日でこの戦場は終りを迎える。そのとき立っているのが将校か、はたまた相手方かは、おそ松の知るところでないし興味もない。
三本指を立ててヒラリと振るおそ松に、将校は心底困ったという風に顔を顰めた。
「困りましたねぇ……」
将校の背後で、チャキリと音がする。黒光りする銃口が向けられた先は、間違いなくおそ松たちだ。得物を抜いて引き金に指をかけるチョロ松たちを制し、おそ松はポケットへ手を入れた。
「あー、そういう感じ?」
「……あなた方はどんな武器もどんなところへも売り渡ると有名です」
「噂の一人歩きってやつ?そんな万能じゃないよ」
「御謙遜を」
将校の言葉に、おそ松はケラケラと笑い声を上げた。それから何でもない風に車へと足を進める。
「ミスター!」
「おーけーおーけー。取敢えず連絡だけさしてよ」
話はそれからだと、振り返りもせず言っておそ松はヒラリと手を振った。

戦場に、夜も昼もない。昔は合図と共に始め、合図と共に休戦することを繰り返していたらしいが、それは暗闇での戦闘が不可能だったからだ。暗視技術の発達した昨今は、関係ないことだ。
少し離れた峠で爆竹のような音を立てて弾く火花を眺め、カラ松は小さく息を吐いた。
「やはりあそこで兄貴たちと落ち合うべきだったか……」
「今更だよ、もう踏みこんじゃったんだから」
灯りのない廃屋に放置されたソファに寝そべり、トド松はググッと身体を伸ばす。そうだな、と同意しカラ松は窓辺から離れると、腰の拳銃をとって椅子に腰を下ろした。
「充電も終わったし、朝一には連絡とれると良いなー……」
「そうだな」
カラ松の同意を聞き流しながら、トド松はゴロリと仰向けに寝返りを打った。頭の後ろで腕を組んで枕を作り、視界一杯に広がる天井に目を細めた。
「……屋根のないところで寝るなんてホント久しぶり……」
火薬の香りと爆竹の音さえなければ、ロマンチックと言えなくもない。キラキラと光る星空を吸い込むように胸を反らし、トド松は目を閉じた。

翌朝、運送会社と連絡がとれたと伝えれば、おそ松たちは首輪をつけられながらも国境付近の峠へ向かうことができた。ただその首輪が少々、口煩かったのが難点だ。武器商人を見下すのは、若い兵士にはよくあることだが、それにしても鬱陶しい。
隣を歩く一松が、小さく舌を出す。十四松はチラリと、自分の背後に立った兵士を一瞥した。若い男、十四松と同い年くらいか。衣服は砂埃と血ですっかり汚れている。帽子の下から見下ろしてくる目は、荒野の地のようなギラギラとした熱を孕んでいた。
「……何だ」
じっと見つめる十四松を睨み、兵は構えていた銃口を彼の額へ向ける。肌に触れるか触れないかまで近づいたそれに臆する様子を見せず、十四松は銃へ触れた。その僅かな動きに反応し、兵は咄嗟に十四松の彼の足を払った。
「十四松」
一松が、十四松の足を払った兵へ銃口を向ける。反射とはいえ余計なことをしてしまったと、兵はサッと青ざめる。まさか、これが狙いだったわけではないだろう。視線が一斉に集まり空気が張りつめる中、おそ松は「あーあ」と軽い声を上げた。
「十四松、砂だらけじゃん」
整備などされていない地面だ。色んな足跡で変形し耕された地は、十四松の黄色いパーカーを粉だらけにした。着替えて来いよ、とおそ松は鞄から取り出した服を放る。ぱし、とそれを受け取った十四松は服を見て、元々大きな目を真ん丸くした。何かを言いたげな彼へニヤリと笑って、おそ松はサッサと歩き出す。傍らに立った一松に促され、十四松は道端の木の影へ身を滑り込ませた。
数分とかからず再び姿を現した十四松の恰好に、一松は少し驚いたようだった。
「それ―――トド松のじゃん」
「ね!勝手に良いかな!」
「……まあ、お前ならアイツも怒らないでしょ」
興味ないという風に、一松は視線を逸らして呟く。十四松はニッコリと笑い、一松の手を引いて先を行くおそ松たちの背を追った。
足音で二人が無事追いついたことを確認し、おそ松は通信機のボタンを押した。
「?どこにかけている」
「待ち合わせ場所の確認だよ」
目敏く問いかける兵を適当にあしらい、おそ松は通信相手にだけ聞こえる声で何事かを呟いた。
「―――殺さず、静かに」
「OK、ボス」
ざ、と近くの木から飛び降りてきた塊が、おそ松たちへ注意を払っていた二人の兵の肩に落ちる。それはカラ松とトド松の服を着た十四松で、二人はそれぞれが乗った兵の首へ足をかけると腕も使って占め落とした。来襲者へ銃口を向けた残りの一人は、一松とチョロ松が前後から裏拳と蹴りで黙らせる。
「ちゃっちゃと縛っちゃってー」
「もう、十四松兄さんが僕の服を着てるから、何を企んでいるのかと思ったら」
一松の隣を歩いていた十四松―――のフリをしていたトド松が、呆れたような吐息を溢した。
兄弟の中で最も力があるのは、カラ松と十四松だ。兵をできるだけ傷つけず静かにさせるには、彼らが適任。
「このために僕たちを峠の廃屋で一泊させたの?」
「別に全部が全部そのためじゃねぇよ―――あれは?」
「……言われた通りに。国境付近で兵のいない抜け道も見つけてきたよ」
少し不服そうな顔をして、トド松は呟く。おそ松はその返事に、満足げに頷いた。
「おっし、じゃあ、ちゃっちゃと国境越えるぞ」
兵たちを縛り上げた頃合いを見計らっておそ松が声をかけると、カラ松はフッと不敵に笑って額へ手をやった。
「全く、兄貴は人使いが荒い」
「なんだよ〜、昨晩はどうせトッティとよろしくやってたんだろ?」
久しぶりの二人っきり、何とか水入らずというやつだ。両の人差し指を立てて指摘すると、カラ松とトド松はカッと顔を赤くした。
「あんな天井ない廃屋でとか、そんな恥知らずじゃないよ!?」
「えー、良いんじゃん。青姦はロマンじゃん」
「変態兄と一緒にすんな!」
「言うて俺たち六子だからね」
すっかり赤面し、ポーズをとることで手いっぱいなのか次男からの反論はない。きゃんきゃん噛みつく末弟とそれをのらりくらり躱す長男に、呑気な奴らだと一松は吐息を溢した。
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