右手に拳銃、左手は君(uno)
ピピピピ。小鳥の囀りよりも無機質な音が、冷房のよく聞いた寝室に響く。カーテンの隙間から、昇ったばかりの薄い日光が零れている。絨毯に模様を描くそれを踏みつけたのは、よく手入れのされた革靴だった。柔らかい絨毯は、少々乱暴な靴の音も吸収してしまう。靴の持ち主は風情ない目覚まし時計を止め、足取りと同じくらい乱暴にカーテンを開いた。
時計の数字が示すのは、夜明けからそれほど経っていない時刻。靴の持ち主は小さく息を吐くと、ベッドの上で山になる薄い毛布へ手を伸ばした。
「好い加減起きろよ、兄さん」
赤い薄毛布。休養を目的とする寝室には不似合な色だが、この部屋をとった男の好きな色だからしようがない。少々の抵抗も許さず、革靴の男は毛布を引っ張る。中身がゴロリと転がりでて、不機嫌な顔を男へ向けた。
「……今、何時ぃ」
「時間は関係ない。緊急事態だよ」
取り上げた毛布を適当に畳んで窓際の椅子へ放り、男はベッドへ背を向けて机上のパソコンを開く。ベッドからのそりと起き上がったのは、革靴の男と瓜二つの顔をした男。大欠伸を溢して立ち上がった彼は、ユラリユラリと揺れながらパソコンへ向かう男の手元を覗きこんだ。
「何々〜俺の安眠を妨害するより緊急事態って何よ?チョロ松」
「いくらでもあるよ……てか、何だよその恰好。おそ松兄さん」
キーボードを叩く手を止め、チョロ松と呼ばれた男はおそ松と呼んだ男へ顰めた顔を向ける。おそ松は机に頬杖をつく姿勢で床に膝をつき、チョロ松を見上げ、自身の足元へ視線を下ろした。ワイシャツ一枚から伸びるのは、何も履いていない素足だ。
「暑かったんだよ」
「……」
「何その目……あ、もしかしてヤラシイことでも考えたぁ?この童貞ぇ〜」
チラリ、とワイシャツの裾を持ち上げてニヤニヤと笑うおそ松から、チョロ松はフイと視線を逸らした。
「馬鹿なこと言ってないで……これ、ほら見て」
早口に言ってこちらへ視線も寄越さないチョロ松へを面白そうに見やりつつ、おそ松は示されたブラウザを覗きこんだ。ニヤついた顔は、一瞬のうちに凍り付いた。
「はあああああああ!?!?」
寝室に響いた声は、目覚まし時計よりも無粋だ。

「集合!集合!」
自分のことを棚に上げ、おそ松は「何、惰眠貪っとるんじゃ、クソ童貞共!」などと叫んで扉を蹴破った。寝室よりも大分広いリビングだ。丸まっている気配は三つ、既に起き上がっている気配が一つ。何れも、おそ松やチョロ松と同じ顔をした男たちだった。壁際に座りこんで愛銃の手入れをしていた紫色のパーカーを着た男は、折り畳んでいた足を伸ばしてその先にあった毛布の塊を突いた。文字で表すには難解な声を上げ、毛布に包まっていた男は飛び起きると、焦点の合っていない目で瞬きして、パーカーの男を見やる。
「朝!?」
「お早う、十四松」
「はざーす、一松兄さん!」
二人がそんなやり取りをする間に、おそ松は黒いソファで寝息を立てる男の片方を床へと蹴り落とした。「ぶべ」と奇声を発し、蹴り落とされた男は顔面を床にぶつける。そんな彼の肩に寄りかかっていたもう片方は、支えを失ってコテンとソファに倒れこむ。
「んー、何ぃ〜?」
「もう交代時間か……?」
体勢が変わったことで呻きながら、ソファに転がった男が目を擦る。床とキスをした男はズレたサングラスの位置を正しながら、身体を起した。青いタンクトップを着た男は壁時計を確認して、「交代したばかりじゃないか……」とゲンナリした様子で呟いた。
「見張りのことなんかどうでも良いんじゃ、バカラ松。トド松、さっさと起きろ」
「起きてるよ〜」
欠伸をしながら、トド松はソファに座る。彼へカーディガンを放ると、カラ松は取敢えず眠気覚ましの一杯を、と簡易キッチンへ消えた。やや間があってから聴こえてくるコンロの音に、おそ松は大仰に溜息を吐いた。
「カー!お兄ちゃんがっかりだよ。お前らなんでそんな呑気なの?」
「いつもは一番遅起きのくせに、よく言うよねぇ」
跳ねていた髪を手櫛で梳き、トド松はチョロ松の差し出したワイシャツへ袖を通した。十四松は、既に黄色いTシャツに着替え終えている。
「で、何。またクソ松がしくったの?」
「俺は何も心当たりがない」
一松のジト目を手の平で受け流し、カラ松は湯気の立つカップを口元へ運んだ。あの短時間で淹れたということはインスタントだろう。彼のもう片方の手にはお盆が乗っていて、そこには更に三つのカップが並んでいた。うち一つをトド松へ手渡し、カラ松は続きを促すようにおそ松を見やった。彼は部屋に一つあるダイニングテーブルの椅子へ乱暴に腰を下ろし、不機嫌さを隠しもせずに頬杖をついた。
「しくったのは運送会社の奴ら。明日取引予定のコンテナ、輸送中に中身リークされた挙句奪われた」
「はあ?!最悪じゃん!」
両手でカップを包んでミルクティーの湖面を息で揺らしていたトド松は、思わず声を荒げて舌を打った。それからソファの横へ手を伸ばして、自分の鞄の中を漁る。ヘッドフォンと携帯端末を取り出した彼の隣へカラ松が腰掛けると、先ほどまでと同じようにその肩へトド松は寄りかかる。
「やっぱ金と時間はケチるもんじゃないねぇ。素直にMr.フラッグのとこ使っときゃ良かった」
ケッと唾を吐いて、おそ松は机に脚を乗せ椅子の背凭れを鳴らした。寝室から持ってきたノートパソコンをその隣で弄りながら、チョロ松はその行儀悪さに呆れた。
「いや、しょうがないでしょ、Mr.フラッグはまだこの国に進出してないんだから」
右も左もわからぬ国であのような『商品』を運ぶなど、普通の運び屋が承諾するわけがない。まあ、顔馴染みである運送会社の社長はそれでも請け負おうとしてくれたようだが、そこはさすがにチョロ松と彼の秘書が引き止めた。その結果が、これである。
一応商品に仕込んでおいたGPSの現在地が漸くブラウザへ上がる。その場所に、チョロ松は顔を顰めた。
「港に運ばれてるし」
「高跳び!高跳び?!」
「人の商品売り飛ばすとか、そこまで馬鹿じゃないでしょ」
「高跳びよりもまずいかもね〜」
ソファに膝を立てて座っていたトド松が、ミルクティーを飲みながら苦笑いを溢す。彼はつけていたヘッドフォンを首へ落とし、先ほどから覗きこんでいた携帯端末を力なく振った。左右から挟みこむようにしてノートパソコンを覗きこむ十四松と一松の頭を押しやり、チョロ松は何だという意味をこめてトド松を見やった。
「相手、この国の防衛省だよ」
は、と部屋の空気が一時固まった。
「いやいやいや、お前、え、何、どこに不正アクセスしてんの!」
「人聞きの悪い!幾ら僕でも政府ラインと軍事回線はジャックできないよ」
彼曰く、コンテナにはGPSと一緒に盗聴器も仕込んであり、そこから会話を聞いたのだと。
「軍部に渡したくないみたいだね、今回の商品」
「ああ、今回の商談相手は陸軍だったか」
「そ。今回の商談理由が、国境付近の警備強化でしょ?あそこ隣国の兵士とのいざこざが頻発してるから。最悪戦争になるんじゃないかって心配してるみたいだよ」
で、どうする。小さく呟いて、トド松はチラリと自分たちの社長を見やる。トド松の視線につられるようにして、チョロ松たちも顔を暗くする長男を見やった。赤いネクタイを緩く結んだその男は、乗り上げていた足を下ろし、少し伏せていた顔を上げた。
「―――知、る、か!」
おそ松はガタンと音を立てて片足を机に乗せ、握りしめた拳を掲げた。机に乗るなよというチョロ松の声など聞こえないらしい。
「手前らのお国事情はどうでも良いんだよ!一文も払わずに、俺の商売の邪魔してんじゃねぇ!」
「クズが……」
「クズだねぇ」
「フッ、クズだな」
「クズ兄さん!」
「どクズ……ヒヒッ」
「うっせぇクズ[[rb:弟>ども]]!」
さっさと準備しろ!―――その一喝に、渋々一松は腰を上げた。

妙齢の男は煙草を加えた口端を何とか持ち上げて、引き攣った笑みを作る。それに対する若い男はニッコリとした晴れやかな笑顔。その傍らに立つ同じ顔の男が、かけていたサングラスをずらして妙齢の男を見やった。妙齢の男は煙草を落として踏みつけ、声が震えないよう気を付けながら手を軽く挙げた。
「やあ、まさか急に呼び出されるとは、」
「まさか相手が直接会いにくるとは思いませんでした?」
途中から重ねられた言葉に、妙齢の男はグッと小さく言葉を飲みこむ。若い男は口元へ手を当てクスクスと声を溢した。
「やー、ウチのモットー。どこまでも相手の裏をかけってね」
「……何の用ですか?」
余計なハッタリや回りくどい世間話は、目の前の相手には通用しないだろう。まだ言葉を交わし始めて間もないが、雰囲気でそれが分かる。つい胸元の煙草へ伸びかけた手を握って、妙齢の男はそれを脇へ垂らした。
「そう固くならずに。ちょっと話をしにきただけですから」
どの口が言うのだ。その言葉を奥歯で噛み砕いて、妙齢の男は苦く笑った。
「……ご理解下さいよ。アレが軍に渡ると、こちらは非常に困るんです」
「今の陸軍将官は戦争推進派って噂ですからね。そう懸念されるのもしょうがないでしょ」
「なら……」
「ま、それとこれと話は別だけど」
若い男はそっと呟いて自身の口元へ伸ばした人差し指をおいた。ゾクリ、と妙齢の男は背筋を震わせる。若い男は顔を青くする彼へニコリと笑って、小首を傾けた。
「別におたくらのやり方を批判する気はないよ?ヤクの蔓延を防ぐためには、使用者より売人を叩いた方が効果的だからね。……解っているからこそ、こちらも手加減はしない」
スッと細められた瞳は、東洋人特有の黒。しかしじわりと桃色が滲んだ気がして、そしてそれが目前に立つ彼の異様さを引きたてる。妙齢の男は足に力を込め、後退りたくなる衝動を抑え込んだ。対する若い男は先ほどから少しも表情を変えない。世間話をするようなにこやかな笑顔だ。
「F6社を、舐めないでよね」

「兄さんはさ、」
「んー」
等間隔に流れて行くランプを横目に捉えながら、おそ松は片手でゆらゆらとハンドルを揺らす。後部座席でガシャンという音が聴こえたから、そこに座る弟が追撃者撃退の準備をしているのだろう。おそ松の予想通り、追いかけてくる銀のバンから視線を外し、一松は弾倉を装填するレバーを引いた。
「何で、こんなことしてんの?」
「えー、だってお前や十四松に運転なんてできないだろ」
コンテナのある港へ向かう道中、相手からの妨害がないわけがない。だから、おそ松は用心として二チームに分かれて港へ向かうことにしたのだ。専属運転手のカラ松は、トド松を連れて相手方へ『釘』を刺しに行っている。残った四人の中で運転ができる者は、おそ松とチョロ松―――一松と十四松も免許は持っているが、ここでは安全な運転ができる者という意味で捉えていただきたい―――だけ。それを鑑みてチーム分けすると、まぁこのような組み合わせになるわけだ。
「そうじゃなくて、」
「えー、何ー?」
一松の問いは直後、彼自身が発射した銃撃音によってかき消され、おそ松は大声で聞き返しながらハンドルを掴んだ。
「てか一松!撃つときくらい何か言えって!ビックリするから!」
「無茶言う……」
特に溜息を吐くこともせず、一松は後部座席に隠れるようにしていた身体を起し、サンルーフを開いた。隙間に身体を滑り込ませ、冷たい夜風に顔を晒す。銃撃を物ともしないバンは、防弾仕様になっているのだろう。丁度向こうも同じようにサンルーフから顔を出し、人の頭を飲みこむほど大きな砲筒をこちらへ向けてきた。
「エグいものだすねぇ……」
ヒヒ、と引き攣った笑いを溢し、一松は手榴弾のピンを引くと軽く放った。敵の放った弾と手榴弾がぶつかり、閃光と爆撃を辺りに撒き散らす。自動車専用道路だったから良かったものの、一般道路だったら被害は甚大だっただろう。
「戦争反対とか言っときながら、よくやるよ」
おそ松が呟いてハンドルを切った途端、一松が続けて投げたスタングレネードの光が辺りの闇を引き裂いた。

「くそ!」
男は悪態をついて、眩暈のする頭を殴った。まさか爆撃の影からスタングレネードを連投するとは思わず、油断した。相手も職業柄、死線を幾度となく超えてきている。油断したこちらの落ち度だ。気を引き締め直した男は、ふと先ほどまでサンルーフから覗いていた頭がないことに気が付いた。それとほぼ同時に、男の視界の隅で、星とは違う銀が煌めく。
「え」
さて、その男の同乗者たちは、特殊加工された窓ガラスのお陰で、先ほどのスタングレネードの効果を然程受けずに済んでいた。そろそろ横の窓も開けて応戦しようと銃を取り上げていた一人が、サンルーフから身を乗り出す仲間の違和感に気づき、彼の足を叩いた。
「おい、何をぼさっと、」
どさり、と。彼の足元に転がってきたのは、目の前に立つ男の頭だ。次いで身体もぐらりと倒れ、車内は一気に血の海で赤く染まる。
「ひ!」
他の者もそれに気づき、怯えて身を捩る男を押し退けて銃を構えた。開け放したままのサンルーフからひょっこりと飛び出したのは、東洋の血を濃く映した男の顔。爛々と黄色に輝く目が開かれ、口がこれでもかと弧を描く。その、空恐ろしさに、男たちは動きを止めてしまった。
後部座席の惨劇をミラーで目撃した運転手は、顔を青くした。ハンドルを持つ手を震わせる彼は、ふと視線を横へ向ける。いつの間にかスピードを落としたのだろう、こちらが追いかけていた筈の車がピタリと横に並走していた。その運転席に座る男は、ずっと前方を見つめたまま、拳銃を持った腕だけこちらへ伸ばしている。
「行け、十四松」
彼は、そんなことを呟いたようだった。防弾ガラスに阻まれていたし、辺りは暗く、その上運転手の精神は高ぶっていたため、正確な読唇術が行えたかは解らない。
「がお」
乗り込んできた男がそう呟くと共に白銀が煌めき、車外で銃口が火を噴いた。

草木も眠る丑三つ時という言葉がある。科学の発展した昨今、そんな不気味な時間帯にも明かりはそこかしこに灯り、人々の声は止まない。しかしそれは都会に限ったことで、この港には人はおろか電灯さえその身を潜ませていた。
そんな港を走る影がある。闇に溶けるような黒い車だ。車は港に並ぶ中でも新しいコンテナの前で止まった。車から降りたのは三人の男で、彼らはコンテナとそこに貼られた紙を見て顔を綻ばせる。男の一人が、コンテナの扉に手をかけた。ぎぃぃ、と音に気を付けて扉が開かれる。ぱ、と明かりがほぼ自動的に点き、コンテナ内に並ぶ商品が一様に姿を現した。男たちはニヤニヤとした口元を更に弛ませ、濁った笑い声まで溢す。
「いやー、成程ねー」
しかしそんな笑い声も、聞こえてきたのんびりとした声によってプツリと消えた。男たちが驚いた顔で振り返ると、たった今到着したのだろう、まだエンジンも切っていない車に凭れかかってニヤリと笑う男と目が合う。男の着るシャツの暗闇でも分かる赤が、まるで血のようだ。
「まさか運び屋に裏切られるとは思わなかったよ」
やはりそういうことに関して金を惜しむものではない、と赤い男は揶揄するように言って車から身体を離した。こちらへゆったりとした足取りで歩み寄る彼を警戒して、男たちは咄嗟に武器へ手をかけたが、その背後で既に二丁銃を構える三白眼の男の姿が見えて、身体を硬直させた。
「防衛省にチクったのはオタクらか。新規で使う店は勝手が解らなくていけないねぇ……ちゃんと調べておかないと、実は地元マフィアと繋がってましたーなんてことになりかねない」
ギクリ、と男たちの硬直していた身体が揺れる。赤い男はニヤリと口を歪め、ポケットに手を入れたまま足を止めた。
「防衛省と俺らがドンパチやってる間にネコババしようとしちゃったの?駄目だよー、そんなことしちゃあ」
「……金なら払う」
「お、マジ?お買い上げありがとうございまーす……って言いたいところなんだけど」
パン。
男の一人の頭が破裂した。驚く残りの男たちが、銃弾の飛んできた位置を特定する間はなかった。続いて二発分の音がして、男たちは全員頭を失くして地面に倒れこんだ。
靴についた飛沫を軽く振って払い、赤い男―――おそ松はヒュゥと口笛を吹く。
「さっすが」
冷たい二丁拳銃をポーチにしまいながら、一松は首を動かす。古めかしいコンテナの影から、薄い煙が一筋立ち上っている。そこから姿を現したのは頬に赤い筋をつけた十四松と、ライフルを肩に担いだチョロ松だ。チョロ松は呑気に笑うおそ松を見て、大きく息を吐いた。
「ったく、ちゃんと打合せ通りに動いてよ」
「終り良ければ全てよし、これでよいのだ」
「好い加減殴るぞ」
カラカラと笑うおそ松をジロリと睨んで、チョロ松は携帯端末をとりだす。チョロ松とトド松の突き止めた、運び屋と繋がりのある地元マフィアは小さい。カラ松とトド松二人でも後始末は容易だろうと、事も無げに携帯に向かってチョロ松は喋っている。一松はあの長男にしてこの三男あり、と完全ブーメランなことを口の中で呟く。キャンキャン子犬のように吠える相手を無視して、チョロ松は携帯を切った。
「トッティ、応援いるかな!」
「いや、大丈夫でしょ。何か僕らが止まってたホテル、それらしい侵入者あったみたいだし」
十四松の爆弾を設置してきたのだろう、とチョロ松は携帯をしまいながら問う。十四松はコクリと頷き、大きく腕を掲げた。
「威力はいつもの、ワンーツー、三倍!」
「あのホテル一階減るな……」
チョロ松は気の毒と言わんばかりに呟くが、アンタも原因だと一松は言ってやりたい。意味もないから言うつもりなどないが。
「一松」
ぼんやりポケットに手を入れて突っ立っていると、コンテナの入口に立ったおそ松が手招きをした。まだ何か話しこむチョロ松と十四松を一瞥し、一松はノロノロとした足取りでおそ松の元へ向かった。
「さっきの質問だけどさ」
コンテナの中身を適当に眺めながら、おそ松が気紛れに呟く。爆音で聴こえていないと思っていたのに、この兄は耳聡く聞いていたらしい。
「『どうして武器商人なんてやってるのか』」
コンテナの照明の下に立って、おそ松はクルリと一松の方へ身体を回す。
「世界平和のため」
ニシシ、とおそ松は鼻の下を指で擦る。一松は一拍間を置いて、そっと視線を横へずらした。
「……もう少しマシな答えないの」
「えー、かっちょよくない?カリスマ感、レジェンド感!」
「全然。寧ろ厨二丸出しでダサい」
一松の返答に、おそ松は頬を膨らめて唇を尖らせる。
「じゃあどんな答えを期待してたわけ?」
すっかり不貞腐れた様子で、おそ松はコンテナの商品を爪先で突く。もう少し丁寧に扱えよ、と心の中で呟いて、一松は近くにあった商品へ目を落とした。夜明けから数時間後、これらは全てこの国の軍へ紙幣と交換するのだ。何度もやってきたこと。交換後、この商品たちがどのように使われ、そして捨てられていくかは、一松たちに関係ないことだ。
「……別に、何でも良いよ」
ただ、あのときは暇潰しに訊ねただけの、特に興味もない話題だったのだから。
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