SECOND
「早く行くぞ」
ダイヤとプラチナと腕を引き、パールは足早に廊下を歩いていく。おにぎりを片手に持ったダイヤは、ヨタヨタと懸命にパールの後についていった。
「早いよ〜、パール〜」
「集合時間は過ぎてるんだ、のんびり食べてる時間はないぞ!」
「そんな〜」
二人の会話を聞きながら、プラチナはクスクスと笑った。それからふと、足を止めて振り返る。
「お嬢さま?」
「どうかしたのか?」
立ち止まった彼女に気づいたダイヤとパールも、足を止めて振り返った。プラチナは頬へ手を添え、コテンと首を傾いだ。
「今すれ違った人……」
「ファインダーの人たち?」
ダイヤが廊下の向こうへ視線をやると、大きさの違う白いコートが四つほど、何か談笑しながら歩いている。
「誰かに似ていたような……」
一瞬だけ浮かんだ既視感をうまく掴めず、プラチナは眉を顰めた。



新本部への引っ越しも終り、息つく暇もなくエクソシストたちは任務に駆り出された。
岩陰に身を顰め、ゴールドは噛んでしまった砂を唾と一緒に吐き捨てた。
「エクソシスト殿」
避難していた筈のファインダーが、駆け寄って来る。フードを目深にかぶっていて顔は分からないが、声からするにグリーンたちと同年だろう。ファインダーは片膝をついて、近隣住民の避難は済んだとゴールドへ告げた。
「分かった。じゃあアンタも早く遠くへ、」
どどぉん。と、今までにない爆音がし、先ほどまでの騒がしさが嘘のように辺りが静まり返った。ゴールドたちは息を詰め、そっと様子を伺う。
「出て来なさい、エクソシスト」
忘れようもない、教団壊滅の引き金を作ったノア――第十二使徒サキが、自身の作りだしたクレーターの中心に立っていた。

アクマ討伐任務の途中だった。突然ノアたちが戦場に姿を現したのだ。圧倒的な力量差に奮闘も虚しく、ゴールドたちは地に顔をつけることとなる。しかし首を刈り取られ、イノセンスを破壊されることはなかった。ゴールドはファインダー共々、見たこともない空間へ連れて行かれたのだ。
「リーフさん!」
数名のノアと一緒に、別の地方へ行っていたエクソシストとファインダーたちの姿が並ぶ。ゴールドたち同様、彼らもノアの誰かの能力により身体の自由を奪われているらしい。両腕を伸ばした状態のまま、壁に背をつけて立っていた。ゴールドも同じように磔にされ、共に連れてこられたファインダー――仲間にはリーフと呼ばれていた――だけが部屋の中心に突き飛ばされた。
「いってて……」
リーフは手足の自由が利くようだ。膝をついたリーフは痛みに顔をしかめ、手をついて起き上がる。彼は鏡のように磨かれた床へ目を止めて――顔を強張らせた。ゴールドもまた、目を疑う。倒れた衝撃で外れたフード。その下から現れたリーフの顔は、ゴールドのよく知る青年と同じものだったからだ。
「グリーン、先輩……?!」
しかし本人ではない。グリーンはゴールドの目線の先で、同じように磔にされていた。比べれば、グリーンの方が鋭い目つきをしていると分かる。グリーンもまた、目を丸くしていた。マサキは顔を歪め、隣で同じように磔にされているサカキへ視線だけ向けた。
「……おい、アレはもう破棄した筈やろ。何でまだ在るんや!」
「……」
「サカキ!」
マサキは思わず声を荒げた。サカキは表情を変えず、床を撫でるリーフと彼の足元を見つめている。ゴールドはやっとそこで、リーフの足元――正確には、ガラスのような床に閉じ込められた人間を見つけた。髪の質や色こそ違うが、彼もまたゴールドの知人に似ている。
「……ファイア」
固く閉じた瞼の上に指を置き、リーフは目を閉じると唇を噛みしめた。

――君、名前は?
――L……E、A……F。リーフか。
――俺? 俺は、
「ファイア」
記憶のものとは違う声が聞こえて、リーフの思考は引き戻された。ハッと顔を上げると、屈んだ状態でこちらを覗き込む男と目が合う。確か、ワタルという名のノアだ。
ワタルは曲げていた腰を伸ばすと、傍らに転がっていた何かに座った。彼が何に座ったのか認識した途端、リーフの頭に血が上る。
「ヒビキ! アクア!」
エクソシストと共に別の地方へ任務に出かけていた、仲間のファインダーだったのだ。固く目を閉ざして指先も動かないが、気絶しているだけのようで、小さな呻き声が聞こえる。その隣には、同期のファインダーの少女の姿もある。
アクアは顔を歪め、ゆっくりと目を開いた。
「リー……フ……?」
「アクア」
「ここは……――! ファイア!」
状況を確認しようと辺りを見回したアクアは、リーフと同じく足元の青年の姿に気づき、声を引きつらせた。
「どういうことだよ……」
彼らの様子を見ていたゴールドは、動揺を隠せない。アクアと呼ばれた少女はブルーにそっくりだし、ヒビキという名らしい少年だって自分に似ているではないか。それに彼らがファイアと呼ぶ青年――あれはどう見ても。
「レッド先輩……?」
ぐ、とマサキの顔が苦し気に歪んだ。
リーフは泣き崩れるアクアの肩を抱き、ヒビキを椅子にしたままのワタルを睨みつけた。
「ヒビキから離れろよ」
「感動の再会だろ、もっと堪能したらどうだ?」
「……っ悪趣味にもほどがある……!」
「それは、そこにいる教団の人間へ向けて言っているのだろうな――セカンドエクソシスト、リーフ」
「!」
ゴールドは息を飲んだ。セカンドエクソシスト――その単語を聞いて、教団側の何人かが顔を青くした。
ゴールドも、最近耳にした覚えがある。嘗て、教団は人工のエクソシストを生み出そうとした。その果てにできたのがセカンドエクソシスト。しかし大きな事件が起き、すべて破棄された筈。あのファインダーがそのセカンドエクソシストだというのか。
「……リーフやアクア……無事だった数人は、素性を隠してファインダーにしたんや」
一人の人間として街で暮らせと、無責任なことはできなかった。それがマサキの、せめてもの償いだったのだ。
「お前も、規則を破って保護していたのか」
「せやけど! あれは!」
ズア、と地面が割れて白い物体が姿を現す。咄嗟にヒビキとアクアを抱きしめ、リーフは部屋の隅へ転がった。ワタルはふらつくことなく、物体を飛んで避ける。
現れたのは、方舟だった。その先端に立っていたブラックは、剣で競り合っていたNと共に床へ転がった。
「ここは……っ?!」
勢いよく起き上がったブラックは、異様な光景に目を丸くした。
「N、余計なものまで連れてきたな」
「頼まれたことは果たしたよ」
ワタルの小言を適当に流し、Nはのんびりと欠伸を溢す。Nの言う頼まれごとが分からず、グリーンは眉を顰める。しかし次の瞬間、方舟の影から現れた姿を見て目を見張った。
「グリーン?!」
「レッド!」
「ちょっと、何よこれ!」
「ブルー先輩!?」
ぱち――青、緑、それぞれ二対の瞳が交わり、赤の瞳が床へ落ちる。どくん、と六つの鼓動が共鳴し、部屋に響いた。
「う……」
「ぁ……」
「ぐ……」
レッドとブルーは胸を抑えて膝をつき、リーフとアクアは折り重なるように蹲る。グリーンが背を丸くしようとすると拘束が解け、彼も膝をついた。
「え、え、どうしたんですか、先輩方!」
「くっそ、レッド先輩!」
「拘束解けや!」
ゴールドたちはもがくが、拘束は固く外れない。一人冷静なサカキは、目をそらさずレッドたちの様子を見つめている。彼らの触れる床が、呼応するように光を放った。
「どういうことだよ! なんで!」
光始めた床を踏まないように咄嗟に足を上げ、ブラックは声を上げた。
「なんで、先輩たちが二人ずつ!?」
「……モデルだからや」
ブラックの質問に答えるように、マサキが低く呟いた。
「――リーフたちはセカンドエクソシスト……レッドたちのデータを基にした人造エクソシストなんや……!」
「!」
ブラックは目を丸くした。
ズズズ、と泥の地面から這い出すようにして、床の下で眠っていた青年が起き上がる。床の輝きは引き、身体を走った痛みのなくなったブルーたちは、立ち上がる彼を見上げる。
明るい色にはねた毛先は似ても似つかない。しかしどことなく、レッドに似た雰囲気を持っている。
リーフは顔を歪め、青年へ向けて腕を持ち上げた。
「――ファイア……!」
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