第四話
太宰は頬杖をつき、ぼんやりと空を眺めていた。その様子を少し離れたところから見守っていた徳田は、どうしたものかと織田を見やる。
「何だい、あの思い煩ったような顔は」
「ん〜、ようけ知りませんけど、先日の戦いで何や気になるお人と出会ったらしいんですわ」
各言う自分も、とは心の中で呟き、織田はそっと目を伏せた。それに気づかない徳田は、困ったものだと腕を組んだ。
「文学戦士はまだ集まっていないと言うのに、これじゃあ……探しに行くのは難しいか」
「あ、それなら大丈夫ですわ」
え、と徳田が振り返ると、織田はニヤリと笑って人差し指と親指で丸を作った。
「最後の一人の居所は、とーっくに分かっとりますよって」

【第四話 三人目の無頼派】

「ここは……」
徳田は案内された古いアパートを見上げ、眉を顰めた。織田はカラカラ笑いながら、ギシギシ鳴る階段を上っていく。徳田は少々浮かない顔をしている太宰と共に、織田の後に続いた。
織田は一番端の部屋の前で立ち止まると、扉を叩いた。インターホンのボタンは、バツ印型にテープが貼ってある。その隣にある表札も年月が経っていたが、『坂口』と読み取れた。
「あーんご!」
幾ら叩いても返事がない。織田は家主の許可も得ずに扉を開こうとドアノブへ手を伸ばした。
「この馬鹿!」
「あいて!」
しかし織田がドアノブを掴む前に扉は開き、彼は強かに額をぶつけてしまう。赤くなった額を摩りながら織田が見やると、部屋から出てきた人物はきょとりと目を丸くしていた。
「オダサクさん」
「三好クンやん」
涙目の織田が摩る赤い額を見て、三好は申し訳ないと謝罪する。織田がヘラリと笑って、気にするなと返した。
「もしかして、また部屋の掃除してくれたん?」
ピクリ、と三好の眉が引きつる。みるみるうちに顔を険しくした三好は、バンと乱暴に扉を閉めた。
「あんな奴、俺はもう知りませんわ!」
語尾の特徴が、織田のそれとよく似ている――後から聞けば、同郷だったらしい――。三好はフンと鼻を鳴らし、苛々とした足取りでアパートの階段を下りて行った。
「……どうかしたのかな」
「全くもう……」
徳田と違い、織田と太宰は事情を把握したらしい。織田は扉を開き、三好が出てきた部屋へ入って行った。徳田も後を追い、数歩で立ち止まる。
薄暗い部屋は、玄関からゴミや生活用品が転がる汚部屋だったのだ。
太宰と織田は慣れた足取りで障害物を避けながら、部屋の奥へ進んでいく。徳田も袖口で口元を覆いながら、たどたどしい足で後に続く。
「全く、三好クン怒らすなんて、何したんや」
カーテンを閉め切った六畳一間は、予想を裏切らずゴミだらけ。部屋の真ん中にはポッコリと丸くなった蒲団が一つあって、仁王立ちになった織田はそこへ声をかけていた。しかし中々返事がないことに焦れ、織田は蒲団を掴むと思い切り引き上げる。
「ええ加減にしぃ! ――安吾!」
「ん〜」
蒲団の下から姿を現したのは、ボサボサの黒髪の青年だった。青年は四つん這いに起き上がると、枕元をポンポンと叩いた。
「あれ……眼鏡どこ行った」
「ったく、片付けないからだぜ」
太宰は辺りを見回して、机の上に置かれた眼鏡を見つけると、それを青年へ手渡した。
「サンキュ……お、そっちは初めましてだな」
「あ、どうも。太宰くんのクラスメイトの徳田です」
「どうも」
眼鏡をかけた青年は起き上がり、ボリボリと頭を掻く。ニヤリと細められた青の瞳が、徳田を映した。
「坂口安吾だ」

「ほー」
織田が茶を入れ、坂口が着替えを終えたところで、太宰と徳田が四人座れるだけのスペースを確保した。座布団は少し触ると湿っていたので、日光の当たる場所で干している。
太宰と織田が魔法少女と浸蝕者のことを説明すると、坂口は別段驚いた様子も見せず、のんびりと茶を啜った。
「アンタら、随分面白いことやってんな」
「真面目に聞いてたのかよ!」
「聞いてた、聞いてた」
食ってかかる太宰へ手を振って、胡坐をかいた坂口は湯飲みを机に置いた。
「つまり、俺も変身して魔法少女をやれって言うんだろ? 三羽烏の腐れ縁だもんな」
坂口はチラリと猫を見やる。話が早いと猫は坂口の分の変身アイテムを取り出すと、彼の手元へ差し出した。
「さっすが安吾。話が早くて助かるわあ」
受け取った変身アイテムを弄る安吾に、織田もホッと胸を撫でおろした。坂口は閉じた変身アイテムを机へ置くと、大きく息を吐いた。
「いや、やらねぇよ?」
「はあ?」
「アンタたちならともかく、なんで俺まで女体にならなきゃいけないんだ」
「それは……」
「一遍、変身してみてくれよ」
太宰と織田は少し顔を見合わせる。それから仕方ないと変身アイテムを取り出した。
「ブライ・ピーチ」
「ブライ・ドルチェ」
ぽぽん、と二人は変身する。少し坂口の目が輝いた。
坂口がちょいちょいと手招きするので、二人は彼の左右に座る。すると坂口の手が伸び、背中から胸を掴むように抱き込んだ。
「ぎゃあ!」
「おわ!」
胸を揉まれ、太宰はグワリと坂口を睨んだ。虚を突かれて上ずった声を上げた織田は、恥ずかしそうに口元を抑える。
「安吾、ふざけんな!」
「ちょっとちょっと〜幾ら万年女日照りだからって、ワシらはあかんて」
二人の胸で両頬を挟むように抱きしめる安吾の髪を、太宰は思いっきり引っ張った。織田はペシペシ坂口の背中を叩いて、徳田に助けを求めるように視線を送る。あまりのことに呆気に取られていた徳田はハッと我に返り、坂口の後頭部を叩いた。
解放された二人はすぐさま変身を解く。それを見て、坂口は少し残念そうに眉を下げた。
「そんなに胸触りたきゃ、自分の触れよ。変身して」
「そんなん虚しいだろ」
「ところで、なんで女体なん?」
ぽつりと、溢された織田の問。太宰が一拍置いて傍らの徳田と猫を見やると、一人と一匹は勢いよく首を背けた。
「おい! そういえば問い詰めようと思って忘れてた!」
「忘れてたんや」
太宰が猫の首をガッと掴むと、頑なに首を横へ向けたまま猫はブラリと手足を垂らす。
「忘れてたならその程度のことだったのだろう」
「お、落ち着きなよ」
さすがに罪悪感が勝った徳田が太宰を落ち着け、コホンと場を取りなす。
徳田や猫も、詳しいことは分からないらしい。幾ら転生者と言っても、太宰たちはただの人間で、前世は文豪。刀より筆を振って暮らしていた性分、いきなり戦えと言っても難しいだろう。そこで、『戦うための力』として『文学戦士』が創られたのだ。
「創られた?」
「僕も詳しいことは分からないけど」
言葉を切って、徳田は猫を見やる。太宰に乱された毛並みを舌で整えていた猫は、ツンと澄ましたように鼻を立てる。
「ただの人間に浸蝕者のような人外と戦う力はない、だから『戦うための力が設定された』のだ。ただこの世界で『設定された戦う力』は『魔法少女としての文学戦士』だった、それだけだ」
「『設定された』って、誰に?」
「――アルケミスト」
アルケミスト――錬金術師。魔法とは似ているようで似つかないものを扱う存在が、何故そのようなことを、という疑問が浮かび、太宰は眉を顰めた。
「世界ってやつなんとちゃう? ほら、少し前に流行った制服戦士も惑星の守護を受けて変身しとったやん」
つまり文学の守護の力を受けて変身する――成程、前世が文豪の『文学戦士』らしい仮説だ。
聊か腑に落ちない点は残る太宰だったが、腕を組んで頭を悩ませたところでどうしようもなく、気にしなくて差しさわりなかろうとスッパリ思案を止めた。
「!」
ひらり、と猫が窓辺へ移動する。
「どうかしたのかい?」
「……浸蝕者の気配だ」
近いぞ、と猫は呟く。太宰たちは身構え、彼らを見据えながら坂口は眼鏡の位置を正した。

三好は苛々とした足取りで歩いていた。原因は、彼の腐れ縁の友人である。
日常生活、特に整理整頓に頓着ない友人の部屋は、定期的に三好や太宰たちが掃除をしないと悪臭やら虫の発生やらで近隣住民から苦情がでる。今日も今日とて、三好は掃除のため彼の部屋を訪れたわけだが、何度言っても直らないし、こちらに感謝の姿勢もないとくれば、気が短いと揶揄される三好でなくとも怒鳴り散らしたくなる。
「しかし、はぁ……」
聊か、言いすぎたかもしれない。三好は歩みを止め、肩にかけた鞄の紐を正した。ふと、三好は開けっ放しにしていた鞄の口から、何やら見覚えのない表紙が覗いていることに気が付いた。
「これは……」
題名も著者名も、三好には覚えがない。もしや、友人の持ち物か。先ほど立ち寄った部屋にこの鞄も持ち寄っていたから、何かの拍子に入り込んでしまったらしい。明日でも良いかと思ったが、まだ距離はそう離れていないからと三好は踵を返した。
「え――」
ふ、と三好の視界が暗くなった。

変身した太宰と織田は、猫に導かれるまま道を走っていた。
「うぅ、恥ずかしい……」
「人気が少なくて良かったなぁ」
因みに、徳田に引っ張られる形で坂口もついて来ている。
「あそこだ」
猫は塀の上で立ち止まり、道の先を顎で指した。
何かを取り囲むように羊型の浸蝕者が数匹、丸くなっている。ピーチは目を眇め、浸蝕者たちが囲んでいるものを認識すると目を丸くした。
「あれ、風紀委員じゃねぇか!」
「え、三好クンなん?」
ドルチェも気づき、二人は慌てて浸蝕者の輪へ飛び込んだ。羊型の浸蝕者をかき分けると、気絶した三好が地面に倒れている姿が見える。ピーチは慌てて彼の身体を担ぎ、ドルチェの切り開いた隙間から外へ飛び出した。
「三好クン!」
追いかけようとする浸蝕者を切り捨てながら、ドルチェはピーチの方を見やる。ピーチは三好を塀に寄りかかるようにして座らせ、ピーチは彼の顔を覗き込む。浸蝕者たちに襲い掛かられ小さな擦り傷や切り傷はあったが、大きな出血等は見られない。気絶しても固く身体の前で交差された腕の間には、一冊の本がある。浸蝕者たちはこれを狙っていたらしい。
「三好!」
安吾は気絶する三好の姿を見て、徳田に腕を振り払い慌てて駆け寄った。三好を揺すろうと肩へ手を置く安吾の腕を止め、ピーチは気絶しているだけだと告げる。完全に安心しきっていないようだが、安吾は震える口から吐息を溢した。
「徳田先生、安吾たちを頼みます」
「ああ」
徳田が力強く頷いたのを確認すると、ピーチは鎌を手に取ってドルチェに加勢した。
鞭の攻撃が厳しい雪だるま型はいないようだが、それにしても数が多い。ドルチェの腕や足には既に幾つも擦り傷ができており、ピーチは鎌を振って彼にまとわりつく浸蝕者を切り捨てた。
「くっそ、数が多い!」
「今日はいつものお人らはおらんようやけど……」
辺りへ視線を走らせ、ドルチェは顔を顰める。近くにいないだけで高みの見物をしている可能性もあったが、こちらへ攻撃してこないなら用はない。
「! なんだ!?」
一列に並んだ浸蝕者を切り捨てたピーチは、現れた影に目を見張った。
羊型がわらわらと集まり、身体を寄せ合い始めたのだ。山のように見えたそれは溶けるように合体し、人間の形となる。帽子をかぶった少年のような浸蝕者は、宙に浮かんだまま、ギロリとピーチたちを睨んだ。
「そんなんありかい……!」
口元を引きつらせ、ドルチェはピーチの手を引いて後ろへ下がる。二人のいた地面に浸蝕者の鋭い鞭の一撃が落ちて、ベッコリとコンクリートを凹ませた。
「合体……? 浸蝕者はそんなこともできるのか?!」
「……」
驚く徳田の傍らに立ってピーチたちを見つめていた安吾は、脇に垂らした手をギュッと握った。
「……おい、猫」
「ん?」
「さっきの、寄越せ」

「でやあ!」
ピーチは鎌を大きく振り上げる。しかし刃が切り裂くより早く、鞭の一振りがピーチを襲い、地面へと叩きつけられた。
「ピーチ!」
「いっつ……」
痛みに顔を顰めつつ起き上がり、ピーチは舌を打った。
鞭が邪魔で本体を両断できない。ドルチェが援護をしてくれているが、それでも手が足りないのだ。
ぐるり、と浸蝕者が首を動かしてピーチへ狙いをつける。ドルチェは咄嗟に彼へ駆け寄ろうとして、しかし浸蝕者とピーチの間に立ちふさがった人物に目を丸くした。
「――セレッソストーリーパワー、ライトアップ!」
青い光を身にまとい、ピーチを守るように立ったのは、
「安吾!?」
青みを帯びた髪に、ピーチたちと細部が異なるデザインの衣装。オフショルダーの襟元から繋がる胸部は、この場にいる誰よりも柔らかく膨らんでいる。
「満開桜の文学戦士、ブライ・セレッソ! 堕ちきったアンタを救ってやるさ」
ニヤリと笑って安吾――セレッソは手にした苦無をクルリと回した。ピーチはパクパクと口を開閉させ、声も出ないまま指を持ち上げた。
「おま、それ……」
「呆けてる暇はないだろ。俺とドルチェで援護するから、アンタが叩き斬ってやんな」
セレッソが声をかけると、同じように茫然としていたドルチェはハッと我に返る。それから一つ頷いて、二人は同時に駆け出した。
間合いが狭い武器である二人で浸蝕者の周りを駆け抜け、鞭の動きを制する。
「今や!」
「ピーチ!」
ピーチも負けていられないと立ち上がり、駆け出した。
「う、おおお!!」
ザン、と勢いよく振り下ろされた鎌は、浸蝕者を一刀両断した。

「信じられない!」
戦闘終了後、三好を休ませ、自分たちの傷の手当のために安吾宅へ戻った太宰は、声を荒げて机を叩いた。何とか作った床に三好を寝かせ、発掘した毛布をかぶせていた安吾は、眉を顰めて太宰を見やる。織田は、徳田の手当で受ける消毒の痛みに呻いており、構う余裕はないようだ。
「何だよ、いきなり」
「安吾が協力してくれることは嬉しい! けど! なんだ、あの格差!」
「それ、太宰クンが言うん?」
傷口に染みる痛みで浮かんだ涙を拭いながら、織田がカラカラと笑う。確かに、変身後の大きさで一番控えめなのは織田である。思わず想像して、徳田は熱くなる頬を手で隠した。
「デザインも一番大人っぽかったし!」
ピーチが活発さを魅せるショートのプリーツスカートで、ドルチェがパニエを入れたようにふんわりとしたスカート。そしてセレッソは前が膝上丈のフィッシュテールスカートであった。
「最年長だからじゃね?」
「その理論で言うと、ワシが一番子供っぽいってことになるんやけど」
「ていうか、文句より先に、ここは感動するところだろ。『きゃー、安吾ありがとうー!』って抱き着くところだろう」
さあ、と安吾は腕を広げる。しかし太宰は組んだ腕に顔を埋めて動かない。「あーあ」と織田は身体を動かして、太宰の肩を叩いた。
「変身した太宰クンが一番可愛かったよって。一番輝いてるって」
「う〜、可愛いって言われても〜……少ししか嬉しくな〜い〜」
「嬉しいんじゃねぇか」
変身後の体形で争う気はないが、あそこまで格差ができると腑に落ちないのも事実。もやもやとした頭を抱え、太宰はガックリと頷いた。

「賑やかな奴らだ」
窓辺でごろりと身体を休めながら、猫はぽつりと呟く。
しかしこれで、文学戦士は揃った。戦いはこれからである。
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