日常クエスト編(3)
その後、モーゼスとノーマ、そしてグリューネもウィルの家にやってきた。モーゼスはカーチスの依頼を受けて闘技場設立の手伝い、ノーマは例の噂を広めるため駆けずり回っていたらしい。グリューネは記憶の手がかりを探すため、遺跡船をぶらぶらとしていたと言った。
「もー、ジェージェーは人使いが荒いよー」
「ノーマさんなら、手際よく噂を広めてくれると思いましたので」
ジェイの言葉を受け、ノーマは目を瞬かせる。誉め言葉として受け取って良いものか、悩んでいるようだ。
「クロエは、暫く遺跡船に滞在するんだったな」
「ああ。病院を宿に借りたんだ」
先ほど知り合ったエルザも入院するところで、それを知った彼女はとても喜んでいた。寂しいと思うことはないだろう。
「お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」
セネルへお代わりを差し出し、シャーリィはニコリと微笑む。隣に座っているが微妙に開いている距離に、ノーマはフムと頷いた。
「なーんか、想像と違ったなぁ」
「何のことだ?」
隣に座っていたクロエはノーマの呟きを拾い、首を傾げる。ノーマはため息を吐いて、クロエの耳に口を近づけた。
「あんま無理しない方が良いよ?」
「……何のことだ」
「別居してるってさっき言ってたし」
「……何故私にそれを言う」
「ま、クーが決めたことならいいけど」
クロエから身体を離し、ノーマは肩を竦める。後半は声を顰めず発言したので、それを聞いたセネルが首を傾げた。
「何の話だ?」
「セネセネが原因の話」
「俺?」
何かしただろうかとセネルは眉を顰める。ノーマはグビグビとコップの飲み物を飲み干し、少々乱暴に机へ置いた。
「な〜んにもしてないからいけないんじゃない! 私が折角噂まで流したってのに、別居してるんだから!」
「ノーマ!」
少々咎める口調で、クロエが名前を呼ぶ。ノーマはそれ以上何も言う気はないと口を引き結んだ。シャーリィは何か考え込むように目を伏せる。

「ノーマ、シャーリィに謝っておけよ」
カーチスから地震の発生源の調査の依頼を受けた一行は、今日の調査を打ち切り、ウェルテスの街への帰路についていた。先頭を歩くセネルとシャーリィ、そしてクロエの様子を後ろから眺めていたノーマは、ウィルにそう囁かれて思わず裏返った声を上げる。
「なんでさ?」
「……お前の素直でストレートな発言は長所になるが、一方で短所にもなるぞ」
ウィルは呆れたというように深々溜息を吐く。
「さすがにワイも同意じゃな。シャボン娘、ワレ、デリカシーなさすぎじゃ」
「えー、モーすけに言われたくなーい」
「なんじゃと!」
話がずれた上、セネルたちにも聞こえる声量になったので、ウィルは二人の後頭部を叩いた。
「お前がクロエを応援したいという気持ちは理解できるが、先ほどのやり方はどうかと思うぞ。シャーリィが気の毒だ」
後頭部を摩っていたノーマは、少し唇を尖らせる。彼女としては別居という言葉を用いてセネルに発破をかけ、クロエの背を押したつもりだったのだ。
「僕としては光跡翼であれだけのことを見せられておいて、よくもまぁって感じですが」
少し後ろを歩いていたジェイも、話を聞いていたらしい。まるで幼子の駄々を眺めるような口調で、ジェイは吐息を漏らした。
「……だって、私、リッちゃんとクーだったら、クーと一緒にいた時間の方が長いもん」
戦った場面も多く、そんな相手を贔屓し、恋路を応援したいと思うのは当然である。
「リッちゃんの方がセネセネと長い時間一緒で、それだけ積んできた想いが大きいことも分かるよ? でも私はクーがセネセネを大事に思って支えようとした場面の方を多く見てきたから……応援したいって思うのは普通じゃん?」
しかも想いを交わし合ったと思った二人は以前と距離感が変わらず――寧ろ遠くなっている気すらする――一つ屋根の下に暮らしてすらいないのだ。クロエがどんな想いでその様子を見ているのか、想像するだけでノーマの胸にもツンとしたものがこみ上げる。
同意を得ようとグルリ視線を巡らせたノーマだが、男性陣は先ほどのジェイの言葉がすべてらしく、微妙な顔を返されるだけだった。ノーマはぷっくりと頬を膨らめ、最後の頼みとばかりグリューネを見やった。グリューネは「あらあら」と頬へ手を当てる。
「ノーマちゃん、シャーリィちゃんが嫌いなの?」
ノーマはピタリと硬直する。頭から冷水をかけられた気分だ。思わず足まで止めてしまうノーマに、グリューネはますます「あらあら」と困り顔を浮かべるのだった。
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