日常クエスト編(2)
「ウィル!」
顔を赤くしたセネルがウィルを捕まえたのは、彼の家の前だった。走ってきた彼の後ろの方で、同じように赤面するシャーリィとクロエの姿もある。ウィルは眉を顰め、慌ただしくどうかしたのかと訊ねた。
「どうもしたも!」
セネルは声を荒げ、取り出した紙の束をウィルに突き付けた。似顔絵職人からだとセネルが付け足せば、「ああ」と思い当たったように頷く。
「もうできたのか。さすが、仕事が早い」
「ウィル!」
セネルの言いたいことは手に取るように分かるウィルは、どうどうと彼を落ち着かせる。それからグルグルと混乱したように顔を赤くするシャーリィと、彼女を支えるクロエも連れて家の中へと入った。
「久しぶりだな、クロエ」
「あ、ああ。レイナードも変わりないようだな」
セネルたちは椅子に座らせ、ウィルは飲み物を振舞う。それを一気に飲み干し、セネルは大きく息を吐いた。彼の正面に座り、ウィルも自分の分へ口をつける。セネルは項垂れたように顔を伏せ、机の上で拳を作った。
「しかしやっと気づいたのか」
「……エルザという、ウェルテスの病院に入院することになった少女と、その父親と途中で会ったんだ。そしたら、向こうが二人に気づいてな……」
クロエは苦笑を溢すしかないと言った風だ。成程と頷きながら、ウィルは受け取った紙の束を開く。中へざっと目を通し、感嘆の声を漏らす。
「さすが、あの職人は腕が良い」
「ジェイが主犯だろ! あいつはどこだ!」
とうとうセネルは立ち上がり、声を上げる。シャーリィは先ほどから飲み物を飲んでばかりで、目も合わせない。
「全く、酷い言いようですね」
やれやれと首を振りながら、別室に隠れていたジェイが姿を現す。キッとセネルが睨みつけても平然と受け流し、ジェイはウィルの隣に座った。彼が座るのと入れ替わりに、ウィルは新しい飲み物を用意するため一度台所へ向かう。セネルはシャーリィに宥められ、一応椅子に座った。
「……どういうことだ」
「どうもこうも、そのエルザさんに聞いたのでは?」
「聞いたが!」
セネルはドンと机を叩き、ウィルが広げたままにした紙の束を指さした。広げるとセネルの胴ほど幅がある紙は、絵をメインとし隅に文を並べた絵巻物であった。
一番上の紙の中心には、目を閉じて祈るように指を絡める金髪の少女の姿がある。少女の絵の下の方には、相対し拳を構える二人の青年。片方は銀髪で片方は金髪、しかも少女の背からは海色の羽根が広がっていることから、それぞれが誰をモデルにしているか知人なら一目瞭然。
「よくできてますね」
ジェイは一番上のそれを持ち上げた。シャーリィはまた顔を赤くする。エルザから聞いたのは、水の民と陸の民の種族差を超えて愛し合うとある二人の物語であった。

領土と人権をめぐって、永く争っていた二つの種族。ある日、水の民の姫は傷ついた陸の民の男と出会う。初めは警戒し合っていた二人だが、傷ついた陸の民の男を放っておけなかった水の民の姫は彼を助け、水の民の姫の優しい心に触れた陸の民も彼女へ惹かれていった。
そんなとき、水の民の姫が住んでいた里に戦火が降りかかった。水の民の姫と陸の民の男は、姫の姉を失いながらも、命からがら遺跡船へと逃げてきた。
遺跡船で自身を守る騎士や仲間と再会した水の民の姫は、どうにかして二つの種族が和解する道はないものかと考えていたが、水の民の親友まで陸の民の兵士に傷つけられてしまったことで心を閉ざしてしまう。そこへ悪魔が世界を壊してやろうと、水の民の姫を使って古代兵器を復活させた。
愛しい姫と世界を救おうと立ち上がった陸の民の男は、仲間を集め、水の民の騎士と戦い、悪魔へ挑む――。

「やっぱり見せ場は、水の民の騎士と陸の民の男の一騎打ちですね。水の民の姫を守ってきた騎士と、彼女を愛する男――譲れない男と男の戦い」
「突然登場した悪魔とか、突っ込みどころは多いのだが……」
「そこはそれ、物語ですから」
ヒクリと頬を引きつらせるクロエへ、ジェイはクルリと指を回して見せる。シナリオはジェイが考え、ウィルが手直しし、モーゼスとジェイが噂として広めたのだ。
「物語?」
コテン、とシャーリィは首を傾げる。漸く恥ずかしさも落ち着いてきたようだ。
「ええ。これから遺跡船を中心に広がっていく、伝説です」
実際にあったことをそのまま伝えても良かったが、ヴァーツラフの所業やゼルメスの存在は公にすると国家間においても不都合が生じる。だから表向きは物語の形をとり、こっそり広めていくことにしたのだ。
「わざわざこんな大げさな話にしなくても……」
「ワルターさんとセネルさんの一騎打ちが、それでなくても結構噂になっていたんですよ」
ワルターとセネルの一騎打ちは噴水広場で行い、ウェルテスの住人たちも観戦していた。そのときの盛り上がりを利用させてもらったのだ。シャーリィは一騎打ちの場面が本当に起こっていたことが嬉しいと言うように、ポッと頬を朱くした。
「大丈夫ですよ。この物語の最大の目的は、スケープゴートを作ることなんですから」
言いながら、ジェイは次の紙が見えるように捲る。どん、と効果音が付きそうな勢いで描かれていたのは、水の民の騎士と陸の民の男を抑え、仁王立ちする派手な服装の男――間違いようもなくカーチスである。
「二人の姫を想う心に感動した聖皇ミュゼットは、部下のカーチスに姫を救うよう使命を与えた。カーチスはガドリアの女騎士や遺跡船の考古学者、果ては山賊たちを連れて悪魔の居城へ乗り込み、見事世界と姫を救って見せたのだった」
成程、とクロエは頭を抱えた。里帰りした際、妙に視線を感じると思ったが、噂は大陸にも届き何となくクロエのことではないかと周りは探っていたのだ。
「まあ、つまり、セネルさんたちを表舞台に立たせるより、カーチスさんたちのような権威ある人たちの手柄にして、さらに箔をつけた方が良いでしょうってことです」
変に注目を浴びるよりもそちらの方が、マシか――いや、どうであろう。納得しかけたセネルは顔を顰めた。
「……これ、ワルターが知ったら……」
その懸念も頭を過り、セネルは背筋を冷たくした。
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