日常クエスト編(1)
水の民との決着から二か月。水の民たちとの和平調停も結ばれ、遺跡船は各地に散らばっていた水の民たちの移住のため賑やかになっている。水の民の代表はマウリッツ、陸の民の代表はカーチス、シャーリィが二つの民族を繋ぐ外交官を務めている。セネルは、彼女の護衛兼補佐の名目で共に日々を過ごしていた。
「……しかし、保安官の仕事までやるはめになるとは思わなかったぞ」
街はずれに凶暴な魔物が出たという話を聞いたウィルは、セネルに討伐を依頼した。それを受けた彼はシャーリィと共に討伐へ向かい、帰路へついているところだ。ゲンナリとした顔のセネルへ、シャーリィはクスクスと笑う。
「遺跡船の平和を保つことも、私たちの大切な仕事だよ」
「そうは言ってもなぁ……最近、俺のことを保安官補佐だって呼ぶ奴もいるんだぞ」
ウィルがカーチスと水の民との和平調停やその後の移住のため走り回っているため、セネルを次期保安官にと呼ぶ声もある。
「私は嬉しいよ。お兄ちゃんと、一緒にいられれば」
「もっとのんびり散歩できたら良かったな」
「これから幾らでもできるよね」
「……ああ」
セネルは微笑んで、手を差し出す。シャーリィは顔を綻ばせ、そっとその手をとった。
「早くウィルのところへ行こう」
「……うん」
二人は手を繋いで、街を目指した。

「そうか、一度倒した魔物が……」
「ああ。確かに息の根は止めたんだ。それが起き上がって、また襲ってきた」
セネルの報告を聞き、ウィルはフムと腕を組んだ。
「俄かには信じがたいが……」
「間違いない。それに、黒い霧のようなものが魔物から出てくるのを見た。そのせいか……魔物が強くなったように感じた」
ますますウィルは顔を顰める。シャーリィはこっそり吐息を漏らした。あの調子では自分も調査に乗り出しそうだ。これではさらにハリエットと話す機会が減ってしまうだろう。
(お父さん業はまだまだお休みかな……)
先ほど街についたとき、プンプン怒り気味で駆けて行く少女の姿を見かけたシャーリィは、苦笑を溢してしまう。そんな彼女に小首を傾げつつ、ウィルは「そうだ」とセネルを見やった。
「この後、時間はあるようなら、港へ行ってくれるか?」
「港へ?」
「大陸からの定期船がそろそろ港へ着く頃だ。クロエの迎えを頼みたい」
「あ」と声を上げ、セネルとシャーリィは顔を見合わせた。騒動集結後、クロエは里帰りをしていた。他のパーティメンバーも何やら忙しく駆け回っており、クロエが遺跡船へ戻ってくる二か月後を目安にもう一度ウェルテスへ集合するという話になっていた。
「俺は、ミュゼットさんとの打ち合わせがあるんだ。終わり次第、すぐに向かう」
「ああ、分かった」
「皆さんに会えるの、楽しみです」
楽しそうに笑い合いながら港へ向かっていく二人の後ろ姿を見送り、ウィルはフッと口元を綻ばせた。まだまだ情勢に懸念は多く、二人にもぎこちなさは残るが、希望もまた同等かそれ以上に大きい。ふと、自身の胸に親心に似たものが沸き上がっていることに気づき、ウィルは口元を覆って顔を顰めた。それよりも先に、解決する問題があるだろうと自身を鼓舞し、ウィルはミュゼットの家へ向かった。

「お、セネルくんじゃないか!」
港へ向かうセネルたちを呼び止めたのは、似顔絵職人だった。彼は脇に丸めた髪を幾つか抱え、ニコニコ笑いながら近寄って来る。それからふと、セネルの隣に立つシャーリィに気づき、ますます笑顔を深める。
「シャーリィちゃんもいたのか。丁度良い」
首を傾げる二人へ意味ありげに微笑みかけながら、似顔絵職人は何枚かを一つにまとめて丸め、革紐で結んで止めた紙束を差し出した。
「これ、ウィルさんやジェイくんから頼まれていたものだ。渡してくれないか」
「良いが……何なんだ?」
手に持つと結構な数まとめているのか、ずっしりとした重みがある。似顔絵職人はニヤリと笑った。
「見てのお楽しみだよ」
結局何が描かれているのか分からないまま――似顔絵職人の作品だから、ジェイたちの絵ではないかと言ったのはシャーリィだ――セネルは取り敢えずそれを手提げへしまった。

「クーリッジ! シャーリィ!」
「クロエさん」
水の民の移住が現実化してから、移住目的だけでなく観光目的の陸の民も多くやって来るようになった。本日の来航者も多く、セネルたちは少し離れた場所からクロエを探していた。クロエの方が先に二人に気づき、大きく腕を振って駆け寄ってきた。
「元気そうだな」
「クロエもな」
積もる話を交わしながら、三人はウェルテスへ向かう。両親の墓参りをしてきたと言ったクロエは、どこかすっきりした顔をしていた。そんな彼女の横顔を見て、セネルは口元を綻ばせる。
「……お兄ちゃん、嬉しそう」
「え」
シャーリィの指摘にセネルはキョトンと目を丸くし、一拍置いてからクロエは赤面した。シャーリィは小さく笑い、「笑ってたから」と呟く。セネルはペタリと自身の頬へ手をやる。
「……そうか」
「そうだよ。……もう、お兄ちゃんたら」
シャーリィは笑ってから、そっと目を伏せた。その様子と言葉を聞き、クロエは思わず眉を顰める。
「……シャーリィ、」
「きゃあああ!!!」
クロエの声を遮り、悲鳴があたりへ響いた。三人は顔を見合わせ、声の聞こえた方へ駆けだす。舗装した道から少し離れた場所にいたのは、苦しそうに胸を抑えて蹲る少女と、彼女を庇おうと前に出る男、そして二人へ牙を剥く魔物たちだった。
「クロエ!」
「ああ! ――魔神剣!」
クロエの振るった剣撃を食らい、魔物が怯む。セネルはその隙に間合いへ入り、足を振り上げる。シャーリィは男と少女のところへ駆け寄り、二人へブレスをかけた。
「連牙弾!」
セネルの蹴りを受け、魔物が倒れる。クロエもセネルに並び、二人で魔物の群れを薙ぎ払っていった。やがて魔物をすべて倒し、武器を収めたクロエはセネルの方を見て笑う。セネルも微笑み、手をクロエへ差し出した。クロエは少し照れ臭そうに、セネルの手へパンと自分の手を打ち付ける。その一連の姿を、シャーリィは複雑な思いで眺めていた。
「……」
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫?」
慌てて少女に笑顔を向けると、少し不思議そうにしながらも少女はコクリと頷いた。クロエたちも駆け寄ってきて、少女へ手を差し出す。
「立てるか?」
「危ないところを助かったよ」
「騎士として当然のことをしたまでです」
少女の手を引いて立たせたクロエは、父親だと名乗る男へニコリと笑って見せた。エルザだと名乗った少女は、クロエの騎士の立ち振る舞いに感激しているのか、目をキラキラと輝かせる。それからチラ、とセネルとシャーリィを見やった。もじもじとした様子の彼女を見て、シャーリィは思い当たることがあった。
「私、水の民……煌光人なの」
オルコットと名乗った男が、ピクリと肩を揺らす。エルザはますます目を輝かせ、赤くした頬を手で覆った。
「やっぱり! もしかして今噂の!」
「噂?」
三人は目を瞬かせ、顔を見合わせる。興奮するエルザを見て、オルコットは苦笑した。
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