Xel Mes(]Z)
一瞬、くらりと視界が揺れた。次の瞬間、辺りは見待たす限りの青だった。ポコポコと口から立ち上る銀の雫と身体にかかる負荷は慣れたもので、自分は海へ落ちてしまったのだと理解する。
(このまま沈んでいけば……)
この青に溶けてしまえば、銀の泡となって砕けてしまえば、もう何も考えなくて良い。手足に力は入らず、足掻く気力すら今の青年には残っていなかった。
――例えあなたがその背に銀を背負うことになっても、どうか、どうか。
その声は、いつのゼルメスが聞いたものなのか。それとも、顔すら覚えていない父母だったのか。
(続きは……なんだっけ……)
遠くなる日光の揺らめきを眺めながら、ぼんやりと考える。
――水舞の儀式って知ってる?
ふと、目の前に金の髪を揺らした少女の姿が見えた気がした。彼女は既にここにはいないので、走馬灯なのだろう。
――結婚を申し込んだ方が、申し込む相手を泳いで捕まえるの。追いついて抱きしめられたら求婚成立。
走馬灯の少女が、こちらへ向かって手を伸ばす。
――私を、捕まえる?
ふっと手を上げかけて、青年は首を振った。すると少女は少し悲しそうに眉を下げて、笑った。
――そっか。あなたには、捕まえてくれる人がいるもんね。
こんな会話を少女とした記憶はない。走馬灯にしては勝手にしゃべり出す少女だ。青年は消えていく少女の名を呼ぼうとして、口を開いた。ポコリと大きな気泡が浮かんでいく。
「お兄ちゃん!」
揺れる少女の幻影を打ち破るようにして、彼女は青年の視界に飛び込んできた。そのまま、青年は彼女に強く抱きしめられる。じんわりとした温もりに、青年のぼんやりとしていた意識はハッキリと目を覚ました。
シャーリィは腕を回したまま、少し身体を離して顔を覗き込む。驚いたセネルの顔を見て、嬉しそうにシャーリィは笑った。
――愛する人のことは、忘れないで。
耳の奥で、誰かの声が聞こえた。
シャーリィがあたりへ視線を向ける。つられてそちらを向くと、気泡に混じってキラキラ光るものがあることに気づいた。いや、何かが光っているのではない、まるで蛍火のように海が光っているのだ。
――儀式のときに海が輝くと、滄我の祝福を受けてその二人は末永く幸せになれるの。
昔、ステラがそう説明していた。それを聞いたシャーリィは目を輝かせ、是非滄我の祝福を受けたいとしきりに言っていたことも思い出す。
シャーリィはとても嬉しそうに顔を綻ばせ、またセネルの顔を覗き込んだ。彼女の笑顔を見ていると胸が温かくなる。セネルの顔もまた、自然と綻んだ。
シャーリィが手を引く。セネルはしっかり握り返して、彼女と共に海上を目指した。繋いだ手から、シャーリィの心が流れ込んでくる。
――私たち、きっと一緒に歩いて行けるよね。
少し彼女の方を見やって、頷く。
――大丈夫。信じている。
二人なら、どこまでも歩いて行ける。繋いだ手から感じる存在が、確信をくれた。


「リっちゃんも落ちちゃった……」
「水の民のシャーリィなら大丈夫だと思うが……」
「取敢えず、僕らも下へ降りましょう」
「ジェイ〜」
「キュッポたち!」
「か、かわいい……モフモフ族?」
「どうしてここに? 危ないから待っててって行ったのに」
「灯台からこの塔に繋がる線路を見つけたっキュ」
「急いで機関車を調整して、ジェイたちを迎えに来たんだキュ」
「ナイスタイミングだね」
「下の二人を回収して、みんなで街に帰るか」
「そうだな」
「クー? どうかしたの?」
「……綺麗な青だと思って」
「だよね〜、水もキラキラしてる」
「……まるで、水舞の儀式の祝福みたい」
「水舞の儀式?」
「水の民に伝わる、求婚の儀式だ」
「え!」
「つまり、嬢ちゃんと、セの字が?」
「まあ、お祝いしなきゃね〜」
「……」
「あ、クーが複雑そうな顔で固まってる」
「若干ワルターさんも不機嫌そうですね」
「そんなこと!」
「あるわけないだろ!」
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