Xel Mes(]Y)
「認めん……認めんぞ!」
和やかな雰囲気を壊す怒声が響き、クロエたちはハッと我に返った。見れば、立ち上がったマウリッツが怒りに濡れた目でこちらを睨みつけている。
「この裏切り者たちめ……! もういい、私が大沈下を成し遂げて見せる!」
「まだ何かする気か!」
ウィルたちは身構えた。マウリッツの身体が青い光を帯び、見張っていたオートマタがガタガタ震えだす。
「あれは……滄我? 滄我がマウリッツさんに集まっている……!」
猛りの滄我がシャーリィに見切りをつけ、同じ憎悪を持つマウリッツを選んだというのか。
「ああああ!」
突然、セネルは苦しみだし、血管の浮き出る額へ手をやった。背をしならせるセネルの肩を抱き、シャーリィは必死に呼びかける。
「お兄ちゃん!」
「おのれ……ただの個体が、まだ抵抗する気か……!」
瞳に赤が滲む。フーフーと荒い息を吐き、セネルはギリギリと歯を噛みしめた。
「ど、どうなっちょるんじゃ」
「どうやら、本当にゼルメスは別の人格を受け継ぐようですね」
マウリッツの覚醒によってゼルメスも再び刺激されたようだ。ゼルメスはシャーリィを突き飛ばし、マウリッツへ向かって歩き出す。ばちばち、と静電気のように光りながら、ゼルメスの背に銀の翼が生えようとしていた。
「そんな! 折角セネセネに戻ったと思ったのに!」
「クーリッジ!」
クロエはゼルメスの手を掴む。しかし何か壁に弾かれたように、彼女の身体は後ろへ飛んだ。
「!」
「お兄ちゃん!」
「来い、ゼルメス! 私が鉄槌を下す!」
青い光と赤い光がぶつかり合う。シャーリィは喉を枯らさんばかりに叫んだ。
「耳を塞いではだめ」
目をつぶって俯きかけるシャーリィの肩を撫で、柔らかい声は静かに言った。「え」と顔を上げると、ヴェールを風に回せた女性が、凛とした表情でこちらを見下ろしている。
「海の声を聞くの。青く輝く海の声を」
「海の……声……」
ニコッと女性は微笑み、自分の頬へ手を当てた。
「きっと聞けるわ〜、シャーリィちゃんなら」
シャーリィは自身の胸へ手を添える。海の声――普通に考えるならそれは滄我の意志のことだ。しかし今、滄我はマウリッツへ憎しみに従うよう声をかけている。そういえば、セネルたちはもう一つの滄我に出会ったと言っていた。
ぽぅ、とシャーリィの身体へ薄い青の光が灯る。
「これは……もう一つの滄我? 私に、力を貸してくれるの……?」
さざ波のような静かな音が耳に届く。それはしっかり言語となってシャーリィの脳内に響いた。
「……うん、怒れる海を、戻そう」
シャーリィは立ち上がり、伸ばした腕を掲げた。優しく暖かい光はぶつかり合う二つの光より小さいものだったが、ゆっくりと二つを包み込んでいく。
「これは、静の滄我なのか……?」
「静の滄我が、シャーリィへ力を貸している……」
クロエたちの目の前で、赤と青の光は水をかけられた灯のようにゆっくりと消えていく。力が抜ける感覚に、マウリッツは膝をついた。
「おのれ……何を……っ」
「信じてる、私は、陸の民と水の民が手を取り合える未来を……約束するから、どうか滄我よ、怒りを鎮めて」
「おお……青い光が消えてくぞ」
「けどゼルメスは……」
力を失っていくマウリッツに対して、ゼルメスは立ったままだ。ふと、ジェイの目に光跡翼の中心にある椅子が目に留まった。メルネスが坐することで発動する、動力炉だ。
「そうだ、もしかしたら……モーゼスさん、ありったけの力であの椅子を破壊してください」
「はあ? なんで急に」
「そうか、ゼルメスの覚醒条件は光跡翼の発動……光跡翼が使えなくなれば」
「なるほど! やる価値はあるかもね!」
ノーマはペロリと唇を舐めた。シャーリィ、そしてオートマタを操るワルターとフェニモールが動きを抑えている間に、一気に打ち壊す。
「行くよ、ウィルっち! ――天かける閃光の道標よ!」
「汝が彷徨により万象を薙ぎ払え――インディグネイション!!」
「驟雨幻晶剣!」
「孤心烈空射!!」
「闇走雷電!」
動かない上、聖爪術の通用する相手なら、簡単だ。畳みかけた技が炸裂し、動力炉は大きな音を立てながら崩れていった。
「お兄さん!」
フェニモールが叫ぶ。武器を終い彼らの元に戻ったクロエたちは、息を飲んだ。
頭を抱えた青年が、ふらりと揺れながらこちらを振り向く。
「お兄ちゃん……?」
発光の止まったシャーリィは駆け寄り、そっと青年の頬へ手を伸ばす。汚れた頬は少しかさついていた。彼女の白い手に傷だらけの手を重ね、触れられた口元を和らげる。
「おにい、」
「……ありがとう、シャーリィ」
青い瞳の青年はそう言って微笑むと、シャーリィの手を離した。そのまま後ろ向きにふらふらと歩いて行き、かつん、と固い床から足が離れる。
「クーリッジ!」
クロエたちは慌てて駆け出し、青年へ腕を伸ばした。輝く青を背負い、落ちていく彼へ向けてシャーリィも手を伸ばす。
「お兄ちゃん――!!」
白い水しぶきが立ち、銀の髪を持つ青年の姿は青へ沈んでいった。
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