Xel Mes(]X)
「……っ否! セネル・クーリッジの個体意識は消失した!」
「それはどうでしょう。僕らに反撃してこないのが、証拠です」
「否、否、否!」
髪を振り乱して叫び、ゼルメスは翼から結晶の雨をクロエたちへ向かって放った。
「無光なる最果ての渦、永遠の安息へ導け――ブラックホール!」
ウィルの詠唱と共に黒い渦が現れ、赤い結晶を吸い込んだ。ゼルメスは悔し気に顔を歪める。
「陸の民相手に攻撃できないと言うのなら、」
そんな彼の前へ、ワルターが立ちはだかる。ワルターはマントをとると、フェニモールたちの方へ放った。
「水の民の俺なら、攻撃できるのだろう」
「……っ!」
ギリリと歯を噛みしめるゼルメスへ、足を開いて腰を落としたワルターは拳を叩きこむ。腹へそれを食らったゼルメスはすぐに足を振り上げ、ワルターの顔を狙う。ワルターは腕を立てて受け止めると、その足を掴んだ。
「ぶれているぞ、セネル」
「……っ違う!」
身体を捻ってワルターの拘束から逃れると、ゼルメスは幾度も蹴りを叩きこんだ。ワルターはそれをいなしながら、ゼルメスの懐へ入り込む。
「――水鳥の飛翔(フェスクェム)!」
拳を一撃、背後へ回って蹴りを二三回、とどめの一発――ゼルメスの身体は少し宙を浮いて、床に転がった。
「ぐ、は……!」
「そんなものか、セネル」
「! 我はゼルメス! セネル・クーリッジという個体は消えた!」
呆れた、とジェイはため息を吐く。
「兄妹揃って頑固ですねぇ……あ、もう兄妹ではなかったんでしたっけ」
チラリと視線を向けられ、シャーリィは思わず顔を伏せた。
「シャーリィ」
フェニモールを見やると、彼女はぎゅっとシャーリィの両手を包んだ。
「あんたの力が必要なの。あんたの声ならきっと届く。メルネスだったあんたへ、お兄さんの声が届いたように」
「そんな……無理だよ」
「そんなことない。大丈夫、大丈夫よ」
「無理なの! メルネスである私は、陸の民とは!」
「シャーリィ」
フェニモールは微笑み、両手で包んだシャーリィの手を自分の額へ当てた。
「シャーリィ、あなたへ祝福を。あなたたち二人へ、祝福を与えるわ」
さあ、と背中を押され、シャーリィは足を踏み出す。ウィルやジェイは仕方がないという風に笑い、彼女の肩を叩いた。また一歩。グリューネがホワホワとした笑みで、クロエが慈しむ笑みでポンと背中を押す。また、一歩。ニヤッと笑ったノーマとモーゼスが、少々強い力で背中を叩く。さらに一歩。最後にワルターが、横を向いたまま背中にポンと手を添える。
温かいものにふわりと包まれた感覚がして、少女は床に座り込んだままの青年を見下ろす。
「……メルネス」
「……」
赤い瞳が、キッと睨みつけてくる。シャーリィはじっとその目を見返し、手を握りしめた。
「……私、嬉しかった。フェニモールが友だちと言ってくれたこと。クロエさんたちが、仲間だって言ってくれたこと……ワルターさんが、シャーリィって呼んでくれたこと」
ぽろぽろと、目の端から涙があふれ、頬を伝って落ちていく。少々呆気にとられる青年へ、シャーリィは涙に濡れた顔で微笑みかける。
「お兄ちゃんが、私と歩いていきたいって言ってくれたこと、嬉しかった……っ」
ぽたぽた、小さな音を立てて涙が床に落ちる。
「私も、お兄ちゃんと歩いていきたい……! みんなと紡ぐ明日を、信じていきたい……!」
シャーリィは膝をつき、ぎゅ、と青年を抱きしめた。シャーリィの温度を感じ、青年は身体を強張らせる。しかし強く振り払うことはしない――できなかった。
「……離せ」
「離さない」
シャーリィは腕の力をさらに強くして、ズと鼻を啜った。
「お兄ちゃん、信じてくれて――ありがとう」
赤い瞳が丸くなり、すぅと赤が消えていく。やがて再び青が瞳に戻ってきたとき、その様子が見えていたクロエたちは顔を綻ばせた。じわ、と青くなった瞳に涙が浮かび、それがこぼれる前に目蓋を下ろし、青年はぎこちない動作で目の前の身体を抱きしめた。
「……シャーリィ。ありがとう」

「僕、思うんですけど」
抱きしめ合う二人を少し離れた場所で見守りながら、ジェイは傍らのウィルへ声をかけた。
「陸の民の科学力はかなりのものです。異世界を渡る船、先住民の力を利用した大陸製造機……遺跡船一つとっても、他の大陸の科学で解明するのは困難を極めます。しかし、爪術のような術に関しては、知識は少なかったと思われます。爪術以外、術と名の付くものはありません」
ジェイの言葉を聞き、ウィルはフムと頷いた。
「本来、水の民にのみ与えられていた恩恵を、陸の民も受け取り、自身の母船に利用していた……」
「僕が思うに、どこかの時代、滄我が恩恵を与えるほど、陸の民と水の民は良好な関係だったのではないでしょうか」
「遺跡船にある遺跡の多くが、爪術によって開く仕組みになっているのも、その証拠か……」
大きく息を吐き、ウィルは腕を組む。
「陸の民と水の民が手を取り合うことは、そう難しくないんじゃないですかね」
あの二人の姿を見れば尚更、それは確実な未来として想像できる。少し、優しすぎるかもしれないけれど。
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