Xel Mes(]W)
「『すべてが逆』……成程、そういうことか」
察したらしいウィルも、苦虫を噛んだように顔を歪める。
「どういうことじゃ?」
「分かんないよ!」
「逆ってことは、陸の民が水の民で、水の民が陸の民ってことかしら〜」
頭を抱えるノーマとモーゼスの横で、グリューネはそんな風にのんびりと首を傾げた。
「そうだ」
それに肯定を示したのは、ゼルメスだ。
「光跡翼は大沈下を引き起こすための装置ではない、『大陸をつくるための装置』だ。光跡翼は水の民が造ったものではない、陸の民の持ち物だ」
「!!」
「そんな! だって静の滄我が見せてくれた記憶では、飛来した民たちが造っ、た……」
云いながら、クロエは言葉を止める。まさか、とノーマも顔を青くした。
「あの記憶で外からやってきたのは、陸の民、ってこと?」
「そんな……ワイらが余所もんだったっちゅうわけか?」
言葉を失うモーゼスたちに、ジェイはコクリと頷く。
「それなら、すべて納得がいきます。仲間の命を消費する装置を造るでしょうか? それにそもそも、水の民は水生民族です、陸地に拘る理由なんてない筈だ」
そんな違和感だらけの滄我砲や光跡翼は、異邦人たちの船が母体となった遺跡船の一部――つまり、遺跡船の元々の持ち主は水の民ではなく、異邦人は水の民側ではないのだ。
「やっと気づいたか……」
意識を取り戻したマウリッツが、部屋の隅でクツクツと笑った。彼は最低限手足を拘束し、オートマタに見張らせていた。
「そうだ、この世界には元々海しかなかった。そこへ貴様たち陸の民がやってきて、先住民である我ら水の民の力を利用して大地を出現させたのだ!」
だから滄我は怒っている。この世界の海が絶えず荒れているのはそのためだ。大沈下を引き起こし、あるべき世界の姿に戻すことで、滄我の怒りは収まるのだ。そんな余所者が我が物顔で領土を許そうと言ったのだ、少女がくだらないと一笑に付したのも当然のこと。
「我は水の民が光跡翼を発動させた際、それが『正しい用途で使われるよう』にするために在る」
だからこそ、番人とも呼ばれたのだ。灯台の入り口をセネルが開けたのも、遺跡船自体が陸の民の持ち物だったからだ。
「けど、それなら……僕らのしたことは……一体……」
「シャーリィたちを……非難するなど、間違いだったのでは……」
ジェイは顔を歪め、ぎゅっと手を握りしめた。クロエやウィルも、事実に戸惑い顔を伏せてしまう。
「あー! もう!」
重くなりつつあった空気を壊したのは、ノーマだった。考えることに疲れた彼女は武器を手に、拳を天へ突きあげる。
「ややこしいことは後で! 今はセネセネを止めることが先決でしょ!」
「……そうじゃの、シャボン娘の言う通りじゃ! ジェイ坊らは嬢ちゃんとセの字、どっち味方をしようか悩んどるようじゃけど、初志貫徹! ワイらは二人を戦わせないために来たんじゃ!」
モーゼスも同意し、武器を構えた。クロエはぽかんと口を丸くし、フェニモールは思わず小さく噴き出してしまった。呆気にとられたジェイは、頭が痛むというように手をやった。
「モーゼスさんにそんなことを言われる日が来ようとは……」
「珍しく、慣用句の使い方に文句がないな」
ウィルも思わず苦笑を溢す。
「話はまとまったのか」
オートマタを操り疲れの見えてきたワルターが、遅いと舌を打つ。ゼルメスは怪訝そうに顔を顰め、首を傾げた。
「理解に苦しむ。何故、そこで我に刃を向ける結論になる?」
「お兄さんが好きだからです」
静かに答えたのは、フェニモールだ。ゼルメスの不思議そうな顔を見て、小さく笑う。
「お兄さんとシャーリィが、好きだからです」
そう言って、フェニモールはメルネスへも微笑を向けた。「俺は違う」と不機嫌そうにワルターが口を挟んだ。
「お前がその力に溺れ、拳を向けるなら、俺がお前を殺すと言った筈だ、セネル」
「ワの字は素直じゃないのぅ」
「ワルちんだけじゃあ、無理っしょ。セネセネはテルクェスを消せちゃうみたいだし」
ニヤニヤ笑うモーゼスとノーマをワルターは無視する。
「ではまずセネルさんの拘束をしましょう」
「そうだな」
ジェイの言葉に頷き、クロエとウィルも武器を構えた。先手必勝とばかりモーゼスが駆け出し、槍を振り上げた。
「とりゃあ!」
ゼルメスは銀の光を纏った腕で槍を受け止め、理解に苦しむというように顔を顰める。
「我に同胞を殺す使命は与えられていない。武器を引け」
「そーはいかないんだよねー」
ノーマは手を掲げ、意識を集中させた。
「荒ぶる氷雪の乙女よ、疾風の調べに乗り舞い散れ! ――ブリザード!」
吹雪の風がゼルメスを包む。咄嗟にモーゼスは身を引いた。
「シャボン娘、ワイまで巻き込む気か!」
「……愚かな」
ゼルメスが腕を振ると、パンと音を立てて吹雪が止んだ。
「えーなんで?!」
「そうか、聖爪術も滄我の恩恵。テルクェスすら消せるやつの力は、聖爪術もその対象なんだ」
「肉弾戦で行くしかないということか」
ならば、とクロエは地面を蹴る。彼女はゼルメスの間合いに入り、剣を抜いた。
「秋沙雨!」
幾つもの剣の突きがゼルメスを襲い、服や皮膚に小さく切り傷をつけた。
「剣は届いたな」
「よっしゃ、なら勝機はある!」
モーゼスは槍を振り回し、ゼルメスへ立て続けに突きを叩きこんだ。ゼルメスは翼で身体を覆って攻撃から守ろうとする。その懐へ飛び込んだジェイの姿に驚き、ゼルメスは足を止めた。
「鈴鳴!」
「ぐ!」
ジェイの蹴りが腹へ入り、ゼルメスは呻く。苛々と顔を歪めたゼルメスは、ジェイとモーゼスを翼で叩き払った。
「……っ理解不能。何故、陸の民が水の民の味方をする! 邪魔をするな!」
声を荒げ、ゼルメスは翼を広げた。彼の怒りに呼応するように、翼が赤く染まる。「ひゃ〜」とノーマは頬を手で包んだ。槍を肩に担ぎ、モーゼスは笑い声を上げた。
「だったらちょっとは反撃してみるんじゃな!」
「我に陸の民へ危害を加える使命は、与えられていない……!」
「それは本当なのでしょうね。……けど、本当にそれだけでしょうか?」
「何……?!」
「クーリッジ、お前、意識があるのだろう」
クロエの言葉に、赤い瞳が丸く見開かれた。
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