Xel Mes(]V)
「おお〜!」
「すっごーい、ワルちん」
「あまり暴れるな……」
以前シャーリィを捕まえたようにテルクェスを球状にして、モーゼスたちを包む。それはシャボン玉のようにふわりと浮かんだ。片翼がまだ回復しきっていないワルターも、ジェイやクロエたちと共にフェニモールのテルクェスで運ばれることに。
「セの字は大沈下まで時間があるって言っとったじゃろ」
「時間があるから今のうちにメルネスを捕える、とも言っていた。早くしないと二人が戦うことになるだろう」
「そういうことです。……フェニモールさん、ワルターさん、お願いします」
「はい」と頷き、フェニモールは指を絡めた手を胸元に添え意識を集中させた。クロエたちを包んだシャボン玉とフェニモールは共に宙へ浮き、バルコニーから外へと滑り出る。そのまま、フェニモール先導のもと、彼らは光跡翼へと向かった。
「……なぁ、ジェイ。あの男も連れて行くのは、大丈夫なのか?」
クロエはそっとジェイへ耳打ちし、シャボン玉の隅でウィルの手当てを受けているマウリッツを見やった。
「あの場に放置して、集まってきた水の民にあることないことを吹き込まれても困りますし……それに、あの人にはまだ聞きたいことがあります」
マウリッツを見やって目を細めるジェイに、クロエは首を傾げた。

光跡翼の最深部、少女は一人佇んでいた。ふ、と背後に気配が現れる。
「……やっぱり来たんだ」
少女は固い表情で現れた青年を見やる。そこにいた彼は、いつもと様子がまるで違った。先ほどの状況でさえ、こちらを愛しむような優しい顔をしていたのに、今は氷のように冷たい表情をしている。何より、背負っている翼はついぞ見たことがない。
「我の名はゼルメス。陸の民の繁栄のため、メルネスを殺す者」
感情など一切捨てた声で告げられた言葉に、少女は少なからずショックを受けたことを自覚する。
メルネスとして受け継がれた記憶の中に、その名はあった。メルネスを捕え、光跡翼を起動させるため、陸の民がメルネスを真似て造った存在。それは陸の民のとある一族の血によって受けつがれ、光跡翼が発動すると完全に目覚める。
少女は一度目を閉じ、呼吸を整えてからゼルメスとして立つ青年を見つめた。
「やはり、お前がゼルメス。私を使って、再び陸地を広げようというのだな」
「ああ。我は陸の民の繁栄のためにある。大沈下など起こさせはしない」
ゼルメスは翼を大きく広げた。赤と銀の混じった翼から、結晶のようなものが現れメルネスを襲った。咄嗟に腕を掲げ、メルネスは自分を守るようにテルクェスを張る。鋭いそれは霰のようにテルクェスを叩く。衝撃までは緩和しきれず、メルネスは腕に伝わる痛みに顔を顰めた。
「きゃ!」
一際強い衝撃が起こり、メルネスは思わずテルクェスを解いてしまう。その直後、彼女の大腿部を掠って、結晶が床に突き刺さった。服は裂け、白い大腿部から血が滲む。メルネスは歯を食いしばり、テルクェスを展開することに集中した。
「……どうして攻撃しない」
メルネスは先ほどから防戦一方だ。ゼルメスがそれを指摘すると、彼女は悔しそうに顔を歪めた。ちり、とゼルメスの胸が痛んだ気がしたが、攻撃を受けた覚えはない。気のせいだと捨て置いて、ゼルメスは腕を掲げた。大きな銀の光球が月のようにゼルメスの顔へ影を落とす。
「――終わりだ」
メルネスは更にテルクェスの壁を厚くするが、それすら壊すつもりで力を込め、ゼルメスは光球を投げた。
「はあああ!!」
バチン、とその銀光はメルネスの手前で弾けた。二人の間に飛び込んだカカシがその役目を終え、五体バラバラにその場へ崩れ落ちた。
「何?」
「これは……オートマタ?」
メルネスには見覚えがある。水の民だけが操ることのできるオートマタだ。先ほど聞こえた声からすると、操っているのは
「シャーリィ! セネル!」
彼女の予想通り、入り口から飛び込んできたワルターは多くのオートマタを従えていた。格納庫にしまっていたオートマタを連れてきたのだ。彼はオートマタを操り、ゼルメスを攻撃した。
「おー、さっすがワルちん!」
「っその呼び方はやめろっ!」
荒く息を吐くワルターの背後から、オートマタの他にもノーマたちが現れる。余計な者たちがやってきたと、メルネスは思わず舌打ちした。
「シャーリィ!」
しかし予想外の人物の登場に目を丸くする。金色のツインテールを揺らした少女の姿に、メルネスはテルクェスを弱めてしまった。
「シャーリィ! 危ない!」
「!」
弱まったテルクェスを破り、止んでいなかったゼルメスの攻撃が彼女を襲う。ワルターは腕を振り、オートマタを彼女の楯に使った。その隙に、フェニモールはメルネスへ駆け寄った。
「大丈夫? シャーリィ」
「フェニモール……どうして」
メルネスが彼女を最後に見たのは、大きな刀傷を負っていた姿。フェニモールは小さく笑って、腹を撫でた。
「傷は大丈夫よ。ノーマさんたちのお陰で、だいぶ塞がってきたの。……それに、あなたみたいな友だち置いて、死ぬわけにはいかないわ」
フェニモールはそう言って、茫然とするメルネスの頬へ手を添えた。じわ、とメルネスの瞳が滲む。クスリと笑って、フェニモールは袖でメルネスの目元を拭った。
「泣くのはあと。まずは、お兄さんをどうにかしないと」
「……無理よ。ゼルメスとは分かり合えない。彼は、光跡翼の番人のような存在なのだから」
「ゼルメスが……番人?」
フェニモールはキョトンと目を瞬かせる。それを近くで聞いていたジェイは、「成程」と頷いた。
「……見えてきましたね、真実が」
「何々? どういうこと?」
「水の民の持ち物である光跡翼の番人が、なんでセの字なんじゃ?」
陸の民であるウィルたちがメルネスの方へ近づいたため、一度攻撃を止めていたゼルメスは首を傾げるモーゼスたちを見て小さく息を吐いた。
「『すべて』が『逆』なのでしょうね、だから」
「ジェイ? どういうことだ?」
鞘に納めたままの剣へ手をかけたまま、クロエも訊ねる。ジェイは眉間に皺を寄せ、メルネスとゼルメスを見やった。
「……僕たちは、大きな思い違いをしていたのかもしれませんね」
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