Xel Mes(]U)
「ゼル、メス……?」
「それが、セネルさんの中にあった力の名前ですか」
ゼルメス――後に続く言葉を打ち消す意味の『Xel』と輝きや星を意味する『Mes』――つまり『闇を連れて行く者』か。『メルネス(輝く人)』と対になる存在として誂えたような名前である。
ワルターは腰を低くしたまま、ジリジリと後退した。彼の行動を気にしていないのか、セネル――ゼルメスは顔を上げ、光跡翼のある方を見やった。
「光跡翼が発動したか……しかしあれは大沈下を起こすまで時間を要する」
その前に、とゼルメスは翼を広げた。嫌な予感がし、慌ててクロエは駆け寄って彼の腕を掴んだ。
「待て、クーリッジ!」
ゼルメスは不快そうに眉を顰め、クロエの腕を振り払った。
「セネル・クーリッジは個体の名。我はゼルメスだ」
「クーリッジなんだろ? シャーリィがメルネスと名乗りながらシャーリィだったように、な?」
メルネスは、役職と力を継ぐことであり、意識を引き継ぐことではない。ならば、ゼルメスとて同じ存在なのではないのか。セネル自身の意識は、まだあるのではないか。クロエはそう思っていた。しかし、彼は否と素気無く切り捨てた。
「祖は個体の意識を残すことを非効率と考えた。よって、我が目覚めるとき個体の自我は喪失する。そういう術式になっている」
「……つまり、今セネルさんの意識は、」
「今は眠っているが、時期に消えるだろう」
そんな、とノーマは口を手で覆った。話は終いだとゼルメスは踵を返す。しかし、バルコニーへ出る前に足を止めた。ワルターによって立ち塞がれたのだ。
「水の民か」
「貴様、光跡翼へ行って何をするつもりだ」
「分かり切ったことを」
冷たい赤の瞳に、ワルターは顔を顰める。
「メルネスを捕え、大地を広げるのだ」
「捕える……? 殺すのではなく?」
「光跡翼に繋ぐためには、生きていてもらわなければ困る」
「しかし、光跡翼は大沈下を引き起こすための装置の筈では?」
メルネスの命を使って作動する光跡翼。水の民たちはそれで大沈下を引き起こそうとしていた筈。だがゼルメスは、逆に陸地を広げるために使おうとしている。
ジェイは眉を顰めた。今まで目をつぶっていたピースのズレが、嫌な空気を伴ってぴったり当てはまろうとしている、そんな感覚が胸を占め始めている。
「光跡翼は大地の上昇と下降を自由にする装置というわけですか……? あなた自身には、大地を広げる力がないと?」
「それは我の使命ではない。我が使命は陸の民の繁栄のため、その障害となる水の民を薙ぎ払うことだ……それに、貴様の推測は間違っている。『すべて』が『逆』だ」
「逆……?」
「成程、つまり貴様は、シャーリィを殺すつもりなのだな」
ならば、とワルターはテルクェスを発動させた。ふわりと前髪が持ち上がり、鋭い光を湛えた双眸がゼルメスを射抜く。
「俺が貴様を殺す」
チャキ、とゼルメスの後頭部に剣先が突き付けられる。一瞥だけ向けて、ゼルメスは理解できないと言うように眉を顰めた。
「何故、お前たちまで我に剣を向ける」
剣を持ったクロエは、震えすら握りこむように手に力を込めた。
「お前に、シャーリィを殺させはしない!」
「……愚かな」
ゼルメスの翼が大きく広がり、室内の圧が増す。クロエたちは押しつぶされそうな威圧感に抗おうと、足を踏ん張った。
「……我の使命に、陸の民へ危害を加えることは入っていない。手を引け」
「はは……ははは、やっと、本性を現したな……」
部屋の隅から咳交じりの声が聞こえてくる。マウリッツだった。まだ息があったマウリッツは腕をついて身体を少し起こすと、血走った目でゼルメスを睨んだ。
「メルネスを真似た、紛い物めっ……あるべき世界を取り戻そうとする、メルネスを、邪魔させはせん……っ」
「あるべき世界……?」
僅かな引っ掛かりを感じウィルが眉を顰めると、マウリッツはまた血を吐いて蹲った。
「ノーマさん、彼へブレスを!」
「え、でも、リッちゃんたちを苦しめたんだよ……?」
「ここであの男が死んでしまったら、セネルさんが苦しみます!」
ジェイの言葉でハッとし、ノーマは慌ててマウリッツに駆け寄った。マウリッツの身体を仰向けに転がし、ブレスをかける。
「慈悲のつもりか……」
「うっさいな! セネセネに水の民を殺させたくないだけだっての!」
目の端に雫を湛えたノーマの一喝を受け、マウリッツが何を思ったのか、それを確認する前に、彼はフッと意識を失った。
「……」
彼らの様子から視線を外し、ゼルメスは足を進めた。
「待て、セネル!」
手にテルクェスの光を集めたワルターは、飛び立とうとするゼルメスへそれを投げつけた。
「我を阻む水の民は、排除する」
ばしりと銀の光を纏った手でそれを払い落とし、ふわりと宙へ浮かんだゼルメスは、赤い光球を作り出した。ゼルメスの投げたそれがワルターを襲う――その瞬間、ワルターは誰かに抱きしめられゴロゴロと地面を転がった。
「! お前は……」
「フェモちゃん!?」
「はあ、はあ……大丈夫ですか?」
間一髪、フェニモールに庇われたワルターは慌てて身体を起こし、二人ともけがをしていないことを確認してから頷いた。狙いから外れた光球は床を抉っていた。
「それよりこれはどういう状況……」
「クーリッジ!」
クロエが大きな声を出す。彼女はバルコニーまでゼルメスを追った。しかし翼を持たないクロエが進めるのはそこまでで、赤と銀の翼を持ったゼルメスは空へ消えていった。
「くそ……っ」
「セの字はどこへ向かったんじゃ」
「さっきの話からすると、光跡翼だろうな」
光跡翼へ繋がる階段や道は見得ず、どうしたものかとウィルは頭をかいた。
「セネルちゃんたちみたいに、空を飛べたら良いのにね〜」
今までの緊迫した状況を理解していたのか、いないのか、グリューネはのんびりと頬へ手を添える。そんなことできない……と言いかけたジェイとウィルは、「あ」と口を開いてある方向へ視線を向けた。
「……え」
マウリッツに寄り添っていたフェニモールとワルターが、視線を受けて顔を上げる。
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