Xel Mes(X)
セネルは再び、ウィルの家で目を覚ました。身体がだるい。ふと手を持ち上げ、手の平を見つめる。すると意識を失う前に目を奪われた銀色の光がまざまざと蘇り、セネルは歪めた顔を手で覆った。
「あ、起きました?」
声をかけられ、セネルは手を外す。以前と同じように、食事の乗った盆を持ったフェニモールが、ニコリと笑いかける。
「フェニモール……」
「もう、吃驚しましたよ。……お兄さんだけでなく、ワルターさんまで気絶して運び込まれるなんて」
「ワルター……」
その名前を聞き、セネルはハッとして身体を起こした。
「ワルターは!」
「隣です」
ちょいちょいとフェニモールはセネルの背後を指さす。セネルがクルリと首を回すと、隣のベッドで横たわるワルターの姿があった。目を閉じる端正な顔立ちをじっと見つめ、セネルは思わず手を伸ばした。指先が触れそうになるその直前、目蓋がスッと持ち上がった。
「!」
ビクリとセネルは腕を引っ込める。ワルターは眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりと身体を起こす。
「お、起きていたのか」
「貴様より数時間ばかり早くな」
立てた片膝に腕を乗せ、ワルターはセネルを睨んだ。
「何故、貴様とこんなところに……」
「二人とも気絶していたから、ベッドを譲っていただいたんですよ」
「フェニモール、貴様も貴様だ。何故、陸の民と慣れ合っている?」
机に盆を置いたフェニモールは、ワルターを呆れるように吐息を漏らし、腰へ手を当てた。
「この人たちにはお世話になりましたから。陸の民でも、お兄さんたちは信頼できます」
「……貴様まで、そいつを兄と……」
ギリ、と歯を噛みしめワルターは暫く何かを耐えるようにしていたが、やがてフッと表情筋の力を抜き、掛布団を剥がした。
「ワルター?」
「……発つ。一応、貸しにしておく」
ワルターは椅子にかけてあった上着を取ろうと手を伸ばして、しかしフェニモールの掛布団攻撃によってベッドへまた倒れこんだ。
「病人は大人しく寝ていてください! ワルターさん、半分もテルクェスを失っているんですよ!」
「ぐ……しかし、」
「テルクェスを失った……? どういうことだ、ワルター」
上半身起き上がったワルターも、更に枕で追撃しようとしていたフェニモールも、行動を停止しセネルを見つめた。
「お兄さん……覚えていないんですか?」
「えっと……すまない、何となくしか」
「……今は貴様に構う暇などない」
ワルターは素気無く切り捨て、フェニモールが押し付ける枕を押しのけると再び立ち上がった。
「ワルターさん!」
「ワルター」
堪らずセネルも声をかけると、上着を羽織ったワルターは動きを止めてチラリと視線をくれた。
「休んでいけよ。ここには別に、水の民を厭う人間はいない。それに、身体の調子が悪いなら、無理はしない方が良い」
セネルの瞳を無感動に見返し、ワルターは手を握りしめた。
「……貴様はいつもそうだ。何故、貴様なのだ。メルネスの隣にいるのも、メルネスの笑顔を受けるのも、信頼を得るのも……!」
「ワルター……?」
「メルネス親衛隊長の私を差し置いて、メルネスの隣にはいつも貴様がいる! そのくせ、俺のことなど知ろうともしない……どこまで馬鹿にする気だ!」
「ワルターさん……」
「ワルター、お前……」
いきなり声を荒げたワルターに驚き、セネルは目を丸くする。フェニモールは眉根を下げ、きゅっと唇を引き結んだ。ワルターは我に返ったようで、口を滑らせたことを恥じ入るように顔を歪め口元を手で覆った。
「――好きなのか」
「!」
「シャーリィのこと」
「え」と音にはならないがフェニモールの口がその形で固まった。ワルターも硬直し、セネルを見つめ返す。
「すまなかった、そうと知らず……いや、陸の民の俺が、親衛隊長のお前を差し置いてシャーリィの傍にいたことを、疎まないわけがないと分かってはいたんだ」
セネルは俯き、もう一度「すまなかった」と呟いた。苛々とした熱が腹を焦がし、ワルターは舌を打つとセネルから顔を背けた。そこで扉の隙間からこちらを覗く幾つもの視線に気づいた。
「……貴様ら、いつから」
ダラダラと、らしくない冷や汗がワルターの頬を伝う。ニマニマと笑いながら入室したノーマは、ワルターの脇に立つとポンと肩へ手を置いた。後からついてきたウィルは気まずそうに視線をそらしてゴホゴホと咳を漏らし、ジェイは澄ました顔で口元に手を添えている。
「ワルち〜ん、どん、まい」
語尾に何かしら記号がつきそうな声色に、プチン、とワルターの血管が切れた。
「ワルターちゃんはセネルちゃんがす、」
「ストップ、そこまでです、グリューネさん」
これ以上ワルターの神経を逆なでしそうなグリューネの発言を手の平で無理やり抑え込み、コホンとジェイは場を取りなすように咳払いをした。
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