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ジェイの合図と当時に、ワルターとセネルは同時に地面を蹴った。先に仕掛けたのはセネルだった。セネルの拳がワルターの顔や身体へ向かうが、ワルターはそれを腕で受け止めていなす。両者一歩も退かぬ戦いに住人たちの興奮し、「行け!」「そこだ!」と歓声が上がった。
「貴様は本当に覚悟をしているのか」
「何?」
打ち合う合間、ワルターはセネルへ向けて声をかける。少し拳がぶれたセネルは、ワルターによる打撃を肩で受け、咄嗟に後退する。ビリビリと痺れた肩を抑え、セネルはどういう意味だと問い返した。露を払うように腕を振り、ワルターは勢いよく間合いを詰めた。
「メルネスを説得すると貴様は言った。しかし、それが通じなかったとき、どうするつもりだと聞いている」
セネルの構えをアッパーで崩し、ワルターは足を彼の横腹に叩き込んだ。セネルはグッと息を飲みこみ、足を踏ん張って耐える。背を丸めるセネルを見下ろし、ワルターは拳を振り下ろした。
「ぐ!」
背骨に走った衝撃は更に身体を痺れさせ、セネルは膝をついて咳き込んだ。
「その意味を考えずに覚悟を決めたと言い張るか! ならば貴様は何一つ変わっていない!」
顔を上げたセネルの目に、刃のように鋭いワルターの視線がぶつかる。セネルは唾を飲みこみ、口端に垂れた唾液を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
「もしシャーリィがメルネスで、説得がうまくいかなかったら……」
セネルは握った拳を一瞥し、それを自身の胸へぶつけた。
「俺がこの手で、決着をつける」
「!」
ワルターだけでなく、それを聞いていたクロエたちも息を飲んだ。セネルはしかし真っ直ぐワルターを見つめる。
「っ貴様は、意味を分かっているのか!」
「ああ。……親衛隊長のワルターからしたら、見過ごせないことだろうな。そのとき、もう一度お前と拳を交える覚悟もしている」
「……」
ワルターは舌を打ち、思い切り踏み込んだ。真っ直ぐ頬へ向かう拳を手で受け止め、セネルは足でワルターの腕を蹴り上げた。ワルターは顔を顰め、思わず一歩後退する。
「勿論、それは最終手段だ。俺はシャーリィを説得し、水の民と和解する道を掴みたい」
「……理想論だな」
ワルターはセネルの襟元を掴み、彼を投げ飛ばそうと肩へ腕をかけた。セネルは足を踏ん張り、それに抗う。
「ああ。だが、それが俺の覚悟だ」
「……」
セネルはワルターの足を払い、地面へ彼を叩きつけた。しかしワルターが手を離さなかったので、セネルも膝をつくように地面へ転がる。
「……そうか、なら」
「!」
ワルターは引き倒したセネルの腰あたりを跨ぎ、胸倉を掴む。
「貴様がその覚悟を果たせぬときは、俺が貴様を討つ」
「ワルター……」
「それが俺の覚悟だ」
セネルは一瞬ポカンとしたがすぐに口元を和らげ、胸元を掴むワルターの手に自分のそれを重ねた。
「ワル、」
「セの字ぃ! ワの字ぃ!」
そのとき、横から飛び込んできたモーゼスによって、三人は団子のように地面を転がった。モーゼスが二人の上に乗るような形で止まり、モーゼスは鼻息荒く二人を抱きしめた。
「嬢ちゃんを絶対、説得しようや! ワイも手伝うちゃる!」
「は、離せ、この!」
「モーゼス、熱い! 痛い! 重い!」
モーゼスの腕から逃れようとワルターとセネルは足掻くが、感涙に咽ぶモーゼスはぎゅうぎゅうと二人を胸に押し付ける。
「う、わー……」
先ほどまでと打って変わって暑苦しくなった状況に、ノーマたちは顔を顰めた。ジェイはヒクリと頬を引きつらせる。フェニモールはセネルとワルターを心配して駆け寄りたいが、暑苦しい三人に近づくことも憚られてどうしようかと迷っている。
「これぞ、愛!」
一際暑苦しい人間もさらに増え、事態はいよいよ混乱を極めた。

暫くしてようやっと解放されたセネルとワルターはボロボロだったが、傷や汚れの大半はモーゼスのせいであった。
「お疲れ、ワルちん、セネセネ」
「……疲れた」
「くっ、陸の民め……」
カラカラ笑いながら、ノーマがぐったりとする二人の肩を叩く。
「ま、ワルちんも蜃気楼の宮殿についてきてくれるみたいだし、二人ともゆっくり休みなって」
「え、そうなのか?」
「そういう意味っしょ? さっきの覚悟って」
ノーマとセネルの視線を受け、ワルターは深く息を吐いた。先を歩く三人の背中を眺めながら、ジェイは小さく笑みをこぼした。
「本当に覚悟ができていたのは、僕らよりもワルターさんかもしれませんね」
「どういうことだ?」
クロエは首を傾げる。
「考えてもみてください。メルネスは水の民のために陸の民を滅ぼし、地盤沈下を起こそうとしている。なら、似た存在であるセネルさんが陸の民のためにすることと言ったら……」
「水の民の抹殺と……海を無くすこと」
ハッとしてフェニモールは口元へ手を当てた。ウィルも表情を固くし、ジェイはコクリと頷く。
「もしセネルさんがその力を使うことがあるなら、ワルターさんは殺すつもりなんですよ――セネルさんがそう覚悟したように」
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