Xel Mes([)
「お兄さん?」
ハッとしてセネルは我に返った。漸く目を覚ましたのに、まだぼんやりとしていたらしい。フェニモールに伸ばした手を自身の頭へ戻し、セネルはゆっくりと身体を起こした。
「俺、また……」
「えっと……」
「使い慣れていない力を使って、疲れが出たんでしょうね」
言い淀むフェニモールの代わりに、ジェイが説明した。セネルは納得しながら、手を開いたり閉じたりする。若干のだるさは残るが、動けないほどではない。
「もう大丈夫だ。すまない、心配かけて」
フェニモールは慌てて笑顔を作り、気にするなと首を振った。
「……セネルも目覚めたことだし、これからの話をしよう」
隠し事が苦手なノーマとモーゼスを一瞥し、ウィルは腕を組む。
「これから……?」
「メルネス――シャーリィたちとの決着についてだ」
フェニモールとセネルはくしゃりと顔を歪めた。ノーマとモーゼスはそっとジェイの方へ歩み寄って、彼の腕を引いた。
「ちょっとジェージェー、セネセネのこと言わないの?」
他の者たちへ背を向け、ノーマは声を顰める。ジェイは片眉を上げ、コクリと頷いた。
「先ほどのは、すべて僕の推測です。確証に欠ける。これ以上、セネルさんを惑わすより先に、確認すべきことがあるでしょう」
「セの字に確認すること?」
ノーマとモーゼスは顔を見合わせ、首を傾げる。ジェイは黙って見ていろと言うように、肩を揺らしてウィルたちの方を示した。ウィルはベッドに座るセネルを見下ろしている。
「セネル、お前は蜃気楼の宮殿へ行き、どうしたい」
ウィルの言葉は固く、ピリリと部屋の空気に緊張が走る。ノーマはゴクリと唾を飲みこんだ。セネルは一度目を落とし、じっと手の平を見つめた。
「俺は……シャーリィを、説得したい――いや、してみせる。絶対に」
グッと拳を握りこみ、セネルは強い光の宿った瞳でウィルを見返した。
「言いたいことが山ほどあるんだ、謝りたいことばかりだ。ステラを選んでしまったことも、嘘や隠し事をしていたことも」
「クーリッジ……」
クロエへ小さく笑みを向けて、セネルは言葉を続ける。
「俺はシャーリィと向き合っていなかった、シャーリィを想う自分の気持ちと向き合っていなかった。……ステラの約束を笠にして、自分の罪悪感から逃れようとしていただけだった」
「お兄さん……」
「人はどんなに足掻こうと、過去と寄り添うことはできない……そんなこと、分かり切っているのにな」
自嘲的な声色だった。
「過去と、寄り添うことはできない……」
ぽつりとした呟きが聞こえて、ジェイはチラリと扉の隙間を一瞥した。そこから覗く亜麻色の髪が、小さく震えている。ジェイは小さく息を吐いて、目蓋を下ろした。
「俺はこんなにも生きている、どうしようもなく生きている。だから、生きている限り、前に向かって進むしかない……シャーリィと共に、進んでいきたいんだ」
握った拳をそっと胸に当て、セネルは目を細めた。ジェイは口元を持ち上げる。
「嘘偽りない心からの告白……それが、シャーリィさんに伝えたいことですか」
「ああ」
「まあ、それくらい恥をかいてくれないと、届かないかもしれないですね。シャーリィさんには、ですけど」
「メルネスだったら聞いちゃくんないってこと?」
ノーマの問へ、ジェイは沈黙で答える。セネルはグッと唇を引き結んだ。壁に寄り掛かって静観していたワルターが、不意にベッドのところまで歩み寄った。
「ワルター……」
フェニモールとクロエが、咄嗟に腰を上げる。ワルターは脇に両腕を垂らしたまま、じっとセネルを見つめる。
「……セネル、立て」
「何を……?」
「表で俺と勝負しろ」
「ワルター?」
クロエは少し迷うようにウィルやジェイを見やった。戸惑うセネルの眼前へ拳を突き付け、ワルターはもう一度繰り返す。
「貴様の覚悟とやらを、見せてみろ」

「なんでこんなことに……」
しゃがんで折った膝の上に肘を置き、ノーマは頬を手で持ち上げた。隣に並んだモーゼスは腕を組み、感極まったように何度も頷く。
「拳でしか語り合えないこともあるんじゃ、男には」
「そういうもんかねぇ……」
一番に止めると思ったウィルやジェイも静観しているし、クロエとフェニモールは心配そうに見守っている。仕方なく、ノーマも勝負の行方を見届けることにした。
この街で広い場所といったらやはり噴水広場しかなく、そこで剣を交えようものなら必ず嗅ぎつけてくる者がいる――騒がしい彼らである。
「美しさは力! グレーイト! フェロモン!」
「美しさは罪! ワンダー! フェロモン!」
いつものように歌い始めるフェロモン・ボンバーズの声を聞き、街の住人も集まってくる。ワルターは見る間に苛立ち始め、強く舌を打った。
「おい、セネル……なんだ、あの騒がしい陸の民は」
「いや、俺もちょっと、何と言って良いのか……」
ワルターの背後で歌い続ける二人にグリューネも加わる姿が見えるが、サッと視線をずらしてセネルは頬を掻いた。ワルターは騒音を振り切るようにマントを翻した。
「構えろ、セネル・クーリッジ」
「受けてたとう、ワルター・デルクェス」
グッと握った拳を胸の位置で構え、セネルは足を肩幅に開いた。
双方、テルクェスなど術技は使わず、格闘技のみ使用可。フィールドはジェイたちが取り囲んだ噴水広場の五メートル四方の区内のみ。どちらかが戦闘不能、もしくは降参を申し入れたら終了とする。
「ルールはそんなところですか。あまり長引くようなら、僕たちの判断で中断します」
「分かった」
「ああ」
二人が頷いたことを確認すると、ジェイは噴水の前に立って、右手を空へ掲げた。
「始!」
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