Xel Mes(Z)
「始めに気になったのは、ステラさんが亡くなった瞬間です」
ベッドで眠るセネルの額へ冷たく絞ったタオルを乗せ、フェニモールは悲痛に顔を歪ませた。ジェイは部屋にいる全員の視線を受けながら、壁に寄り掛かって腕を組んだ。
銀の光を見たこと、メルネスのセネルに対する言葉、灯台の入り口が開いたこと――ここまでの点は、既にウィルには話している。
「この時点で僕はセネルさんにも何かある――具体的に言えば、シャーリィさんのように不思議な力を持っているのではないか、と仮説を立てました」
「その、不思議な力とは?」
「……まだ推測の域ですが、ほぼ確実と言ってよいでしょう――光る髪、現れた羽根、そして基地で見つけたメルネスと相対するように描かれた人物の存在」
ジェイはゆっくりと指を三本立てる。まさか、とクロエは呟いた。ウィルやワルターも神妙な面持ちで言葉の続きを待つ。コクリ、とジェイは頷いた。
「メルネスと対になる――陸の民におけるメルネスのような存在、それがセネルさんなのではないのでしょうか」
ならば、一人だけ滄我が恩恵を与えなかったことも納得がいく。ノーマの言う通り、『セネル専用の力』、それも陸の民としての力が既にあったのだ。
ゴクリ、とフェニモールは唾を飲みこんだ。
「そんな……そんな話、聞いたことありません!」
「僕らもメルネスの存在は知りませんでした……まあ、同様にその対となる陸の民のことも知りませんでしたけど。しかし、あのセネルさんの姿を見た僕たちからすると、そう突飛な事実でもないんです」
フェニモールは他の面々を見やる。俯いたり顔を歪めたりするその反応を見て、フェニモールは更に顔を悲しげに歪めた。それから堪らずセネルの傍らに膝をつき、彼の手を両手で包み込んだ。そんな彼女からそっと視線を逸らし、ウィルは腕を組んだ。
「僥倖ととるか、災難ととるか……」
「僕としては前者ですね」
ただ一人顔色を変えぬジェイは、腰へ手をやる。彼へクロエたちの視線が集まった。
「だってそうでしょう。セネルさんはつまり、シャーリィさん――メルネスと戦う上で無二の光明となります」
「お兄さんとシャーリィを、戦わせるっていうんですか!」
声を荒げて、フェニモールは我に返ったようにかぶりを振った。俯いたまま、目から零れ落ちそうになる何かを耐えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いえ、いえ……そうなるだろうことは、理解していました……あのシャーリィを止めるには、刃を交える必要もあるだろうと……察してはいるんです」
けれど、と言葉を切ってフェニモールは鼻を啜った。
「そんな、人の意志もない、兵器同士の争いのように二人を逢わせるのは……っそんな光景、見たくない……!」
言い切る前に、フェニモールは額を、セネルの手を握った手に当て蹲った。グスグスとした泣き声も聞こえてきて、クロエはそっと彼女の肩を抱く。
「……僕らがそれを望まずにいたとしても、シャーリィさんがメルネスに目覚めてしまったように、セネルさんもそうなってしまう可能性は否めません」
しん、と沈黙が落ちる。
「あ〜! もう、何がなんだか!」
頭を掻きむしり、ノーマは声を上げた。す、とワルターは立ち上がる。
「何を悩むことがある。やるべきことは一つだろう」
フェニモールは涙に濡れた顔を上げ、傍らに立ったワルターを見上げた。彼は流れる動きでクロエの剣を抜くと、剣先をセネルの鼻先へ向けた。
「ワルターさん!」
「ワルター、貴様!」
一気に室内が気色ばむ。幾つもの殺気と驚愕をさらりと受け流し、ワルターはセネルをじっと見下ろした。
「何を驚くことがある。私の役目はメルネスを守り、障害となるものを切り捨てること。この男は以前よりその対象だ。貴様の言う通り、陸の民にとって特別な存在であるならば、尚のこと」
「やめろ!」
ワルターは腕を振り上げる。刃を振り下ろそうとして、しかしワルターは途中でその手を止めた。フェニモールがセネルへ覆いかぶさるようにして庇ったのだ。
「……退け、フェニモール。これ以上は幾ら同胞と言えど、斬り捨てるぞ。貴様とて、メルネスと相対するこの男を見たくないと言っただろう」
「退きません、引きません! ……例え、二人が戦う可能性があろうと、それは絶対にやってはいけないのです!」
「……理解に苦しむぞ、フェニモール!」
激昂するワルターの手を、クロエが掴み上げた。
「ワルター、お前は不器用すぎる」
「何……?」
「ここでクーリッジを斬り、シャーリィと戦う苦しみから解放しようとする考えは、不器用だと言っているんだ」
クロエはワルターの手首を捻り、剣を取り戻す。痛みに顔を歪めたワルターは、そのまま膝をついた。ウィルは腕を組み、小さく息を吐く。
「成程、不器用な思いやりだ」
「っ何故、俺がそんな男のことを!」
「好きなのよね〜」
緊迫した空気を壊したのは、グリューネだった。彼女はホワホワとした笑みを浮かべたまま、ワルターと視線を合わせるように膝を折る。
「ワルターちゃんは、セネルちゃんのことが、好きなのよね。セネルちゃんのことも、シャーリィちゃんって子のことも」
「……俺は、」
何かを言おうと声を荒げたワルターは、しかしニコニコとしたままのグリューネに勢いを削がれたのか、はたまた言葉を失ったのか、唇を噛みしめて項垂れた。

炎の中、走り続けていた。誰かを探しながら、誰かの名前を叫びながら。足が擦り切れようと、火に炙られて頬が熱くなっても、必死になって走っていた。
「――! ――!」
「良い、絶対よ?」
やがて炎はフッとかき消え、代わりに冷たくて柔らかい手が頬を包んだ。足の痛みも、頬の痛みもなかった。見上げると、薄ぼんやりとした光が、人間のような形をとってこちらを見下ろしていた。
「太古より続いた陸の記憶。海から逃れた人間の戦い、生き様。それは銀の光となって、連綿と続いていく」
難しい話はよく分からなかったが、何度も頷いた。
「良いこと? 例え、あなたがその背に銀を背負うことになったとしても、どうか、どうか――」
声と共に光はすぅと消えていった。炎も光も消えた真っ暗な中に取り残されたのは、一人。
――Xel Mes
呼ばれた気がして、クルリと振り返る。しかしその先も暗い闇が続くだけで、他の気配はない。
――ゼルメス。聴こえてきた音の、その意味は。
「……闇を、連れて行く、者――」

ぱち、と彼は目を覚ました。
「お兄さん?」
起きましたか、と金の髪を揺らした少女がこちらを覗き込む。ホッとした顔をした彼女は、紛れもなく水の民であった。
彼女へ向けて、彼はそっと手を伸ばす。
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