Xel Mes(Y)
「ヴァーツラフ軍の基地へ行く?」
パンを咀嚼するセネルへ一つ頷いて、ジェイは肯定を示した。パンをちぎった手を一度止めたワルターは、壁に寄り掛かるジェイを一瞥してからパンの欠片を口へ放る。
「少し気になることがあります。ヴァーツラフは水の民について調べていたようですし、その資料が基地にあるかもしれないと思いましてね」
「成程……」
「僕とウィルさんで行きますので、他の皆さんは、」
「俺も行こう」
口元のパンカスを手で拭い、セネルは怪訝そうな顔をするジェイへ頷いて見せた。
「俺も、知らなければいけない。水の民について……メルネスについて」
「……分かりました」
「わ、私も!」
「フェニモールさんは危険もありますから、この家で待っていてください」
「でも……」
勇気を振り絞って挙手したフェニモールは、ジェイの言葉に渋々手を下ろして、チラリとセネルを見やった。
「フェニモール、君にはハリエットのことも任せたい」
「……分かりました」
ウィルに言われ、フェニモールはゆっくりと頷いた。それからツインテールを揺らしてワルターへ詰め寄り、グッと拳を握った。
「私の分も、よろしくお願いしますね、ワルターさん!」
「……は?」
ワルターの手から、食べかけのパンが転がり落ちる。この朝食もフェニモールから無理やり押し付けられたもので、速やかに完食したらこの場を去るつもりだったのだ。
「いーじゃん、ワルちんがいれば百人力だよ!」
「敵を連れて行くんか? ワシは反対じゃ」
「モーゼスさんと同意見なのは不服ですが……。今は手負いと言えど、フェニモールさんとハリエットさんだけでは、人質にとられる危険がありますしね。見張り役が必要です」
「資料を調べるからジェイは必須。俺も、回復役として同行した方が良いだろう」
セネルは、元ヴァーツラフ軍。遺跡船にある基地の間取りは知らなくとも、何かしら役立つことはあるだろう。意思も尊重したい。
「ワイも行きたい!」
「わ、私も!」
モーゼスとクロエも探索組へ挙手をする。ノーマがそろそろと居残り組に手を上げようとしたが、ジェイによって探索組へ引っ張られた。曰く、「ノーマさんのトレジャーハンターとしての知識が、探索に役立つこともあります」らしい。
「……とすると、居残り組は……」
ウィルの言葉を受け、ジェイはチラリと視線をやる。ノーマたちもその視線の先を追い――顔を引きつらせた。椅子に座り、のんびりお茶を啜っていたグリューネはその視線に気づき、コテンと小首を傾げる。
「……ということになりますので、僕としてはモーゼスさんとクロエさんに見張り役という名の留守番をお願いしたいんです」
「えー、クーもー?」
「モーゼスさん一人残すのも、おつむの関係で心配でしょう」
「おい、どういう意味じゃ」
「みんなで行けば良いじゃな〜い」
ふわふわとした口調で、グリューネは名案だとばかり両手を揃えた。ジェイに馬鹿にされたモーゼスはフンフン鼻を鳴らしながら「その通りじゃ!」と人差し指をジェイへ突き付けた。
「ワの字も連れて、みんなで行けばええんじゃ! それで万事解決!」
「……僕は最小限の人数で手早く済ませたかったのに……」
「小難しいこと言いよるな。ワイらは仲間じゃろう」
げんなりと顔を顰めるジェイへ無理やり肩を組み、モーゼスは「決まりじゃ」と拳を天井へ向けて突き上げる。
すっかり口を挟む余裕もなくしたワルターは、身体の不調とは別の意味で痛み始める頭を抑え、ぐうと唸った。

結局、ワルターも揃えた八人でヴァーツラフ軍基地跡へ向かうことになった。すっかり荒れ果てたそこに残党の姿はないが、流れてきたらしい魔物の姿はあり、血肉を求めるそれらを薙ぎ払いながら彼らは進んだ。道中、発見が一つあるとすれば――
「く、は!」
セネルは銀の光を纏わせた拳で、魔物を殴りつけた。通常の打撃より威力があがったそれをまともに食らい、魔物は悲鳴を上げて壁まで転がっていく。
「すっごーい、セネセネ!」
直に感嘆の声を上げ、ノーマは彼へ駆け寄った。セネルも嬉しそうに口元を緩め、光を解いた拳を見つめる。
「爪術使えないからどうするのかなー、と思ったけど」
「そうだな。いつの間に、爪術を使えるようになったんだ?」
試練では彼一人だけ、与えられなかった筈である。セネルは、よく分からないと首を振った。
「確かに俺はもう一つの滄我に拒まれた筈なんだが……目が覚めたときから、別の力を感じたんだ」
「ほー、なんじゃ、不思議なこともあるもんじゃのう。それはセの字専用の力っちゅうわけか」
「それがあったから、滄我も恩恵を与えなかったのかな」
納得だ、とノーマとモーゼスは頷く。彼らのやり取りを、クロエやウィル、ジェイは神妙な面持ちで見つめていた。特にワルターは眉間に皺を寄せ、銀の光を宿していたセネルを見つめる。
やがて、彼らは資料室らしい場所を見つけた。
ジェイと目を輝かせたウィルと並び、セネルとクロエが資料棚を調べる間、モーゼスとノーマはワルターと共に魔物が来ないよう見張っていた。ノーマはその傍ら、何か宝に繋がるものはないかと適当に流し見し、グリューネはマイペースに欠伸をもらす。
「あ」
固い装丁のノートを開いていたクロエが、声を漏らした。どうかしたのかと両脇からセネルとジェイが覗き込む。それは、遺跡船にある遺跡や伝承を、手書きの文字と写真で書き留めたもので、クロエが開いていたページには丸々一ページ使うほど大きな古代絵の写真が貼られていた。しかし、その殆どが作為的にか事故的にか、破り取られている。
「これは……メルネスについて記した絵のようですね」
右側に書かれた文字は水に濡れて滲んでいるところが多く、解読するには時間がかかりそうだ。ノートを縦にすると横長の写真が正しい位置で見ることができ、破り取られたのは絵の左側の部分であることが分かった。
写真の右側には、何かを示すように腕を掲げた髪の長い人間と、それに傅く大勢の人間の姿が描かれている。彼らの周りには逆巻く波のような模様、中心に立つ人間の長い髪は輝いているような効果線で縁取られていた。見覚えのある羽根があることから、メルネスを示していることは明白だ。
「メルネスの姿……周りにいるのは、水の民でしょうね」
「では、こちらに対するように書かれていたのは、陸の民だろうか?」
破られた縁をなぞり、クロエが呟く。そのとき、彼らの背後から「あれれ〜」と間の抜けた声が上がった。
「なんじゃい、シャボン娘」
「ん〜なんか、本の間から破れた紙が落ちてきてさ〜」
バッとジェイが振り返ると、本を膝に載せてしゃがむノーマと、彼女が摘まみ上げた紙片を一緒に覗き込むモーゼスが揃って首を傾げている。ジェイは彼らの方へ駆け寄った。
「ノーマさん、それ貸してください」
「え、うん」
ノーマから受け取ったそれを、ジェイは丁寧に広げる。共に覗き込んだウィルも、「まさか」と息を飲んだ。それからジェイはクロエにノートを見せるよう言い、クロエが差し出したページに紙片を添えた。
「!」
見事、その切り口はぴたりと合ったのだ。
「このページのものだったのか」
「しかし、これは一体……」
セネルの困惑も最も。
紙片に描かれていたのは、隆起した地に立つ指導者とそれの周囲に並ぶ人々の絵。まるでメルネスと対になるような羽根を持つ人間の絵に、それがただの陸の民のリーダーでないことは一目瞭然。
「……」
「ジェイ?」
口元へ手を当てて考え込むジェイに、ウィルは眉を顰める。ジェイは、「いえ……」と小さく首を振った。
「ワルター?」
ふとセネルは、何か薄い本を開いたまま佇んでいたワルターに気づき、声をかけた。ワルターは咄嗟に本を閉じようとしたが、セネルはそれより少し早くワルターの読んでいたページを瞳に映した。
「……――、――」
「セの字、なんか言うたか?」
何か呟いたセネルを見やったモーゼスは、ぎょっと目を見張った。
深い海色の瞳が、ぼんやりと鈍い光を湛え、じっとどこかを見つめている。ほのかに彼の銀髪が輝いているように見えるのは、部屋が薄暗いからだろうか。後ろの方で、ジェイが「まずい!」と声を上げる。
「セネ、ル……?」
思わずワルターは、目の前で発光し始める青年の名を呼んだ。セネルはゆっくりと首を動かし、ワルターを見つめ返す。
「……――水の民は――すべて――」
ノーマは息を飲んだ。セネルの背中から、シャーリィやワルターたちのものとは少し形の違う羽根が、生えようとしていたのだ。
「クーリッジ!」
セネルの手がワルターの首に伸びる直前、クロエが彼の肩を強く掴んで引き寄せた。
途端、バララ、と形成しかかっていた羽根が硝子の破片のように砕け散り、薄暗い空気に溶けていく。セネルは膝から崩れ落ち、ワルターは咄嗟に彼の身体を支えた。
「今のは……」
慌てて駆け寄ったクロエも顔を覗き込むと、セネルはすっかり気絶しているようで、少し眉間に皺を寄せた表情で寝息を立てている。
「ジェイ、何を掴んでいる?」
鋭いウィルの視線を受け、ジェイは大きく息を吐いた。
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