絶望を誘うマーチ
見舞品の花が、花瓶の中で一回転する。
同時にカーテンが大きく舞ったので、イルカは窓を閉めた。

「ありがとう」

感謝の言葉に照れた笑みを返し、イルカは紅が座るベッドの脇に椅子を引き寄せた。

「もうすぐですか」

「ええ」

膨らんだ腹を撫で、紅は愛しげな笑みを浮かべる。
もうすぐ、この胎内から愛する人の忘れ形見が産まれる。

「子供か…」

紅の幸せそうな横顔を見つめて、イルカはふと呟いた。
思わず吹き出して、紅は笑い声を立てる。

「イルカ先生も家庭を持てばいいのに」

「いや、相手がいませんよ」

「そう?くの一の間では結構な噂よ」

「そんな…」

頬を赤くして、イルカは手と首を同時に振る。
その器用さに、紅は益々吹き出した。

「恋人とかいたことないの?」

「そんな余裕ありませんよ」

あいつがいたので。

つい溢れてしまった言葉に、紅だけでなくイルカも閉口した。
暫く続いた沈黙を壊したのはイルカの渇いた笑みだった。

「ダメですね、私は…。教師失格です」

熱くなる目頭を掌で隠してまで笑う彼に、紅はかける言葉が見つからなくて、目を伏せた。

「…あなたは、間違った判断をしてないわ」

「そうだとしても。…教師の義務を放棄してしまったんですから」

生徒を護る。
それを誇りにしてきた筈なのに。

「…あの日、ナルトが家に来たんです」

紅は驚いてイルカを見やる。
彼は、今にも泣き出しそうな程に顔を歪めて微笑んだ。

「『泣かないで』と、言ってくれました」

約束を破ってしまった。

掠れた声で呟いて、イルカは深く首を傾ぐ。
断続的な嗚咽を聴きながら、紅は花瓶の中で咲き誇る水仙を見つめていた。



***



「どうしてこんなことに…」

いのいちが、不意に呟いた。
彼の言に上忍達は言葉を止め、目を伏せる。

「全く、それでも男かい。ぐちぐち煩い奴だねぇ」

真っ先に文句を言ったのは犬塚ツメ。

「決まったことだろ、腹ぁ括りな」

「犬塚さん、それくらいで」

然り気無く秋道チョウザが止めに入るが、ツメの勢いは止まらない。

「なんだい、私が悪いって?」

「そうじゃない。只、言い方ってもんが…」

「こいつがいつまでも女女しいから、」

「そこまでにしろ」

鋭い油女シビの声で口を閉ざしたツメは、気まずそうに頭をかいた。

「そもそも私だって始めから反対してたんだ。あいつを知らない上の奴等に大人しく従いやがって」

「それは…仕方がないでしょう」

「無知は罪と言う。人間とはそういう生き物だ」

「…とにかく、子供達はシカクに任せよう」

黙りこくる一同を見渡し、日向ヒアシが言った。

「やれんのかぃ?あいつに」

まだ訝しげにツメはぼやく。

「彼は波風ミナトの親友だ。それに上忍班長としてあの場にも居た」

「…決定を覆せず親友の忘れ形見を護れなかった責任を感じているから、説得役に名乗り出たんだ」

いのいちは俯いたまま、ヒアシの言葉を引き取った。
拳を握りしめ、固く目を閉ざす。



「うずまきナルトの処刑の報を伝えに―――」



ガサ、



草むらから音がたつ。
身構える上忍達の前に現れたのは、彼らの倅。
何故ここに、と驚く上忍の質問に彼らは答えず、ヒナタが覚束ない足取りで前に進み出た。

「父上…どういう、こと…?」

「……」

「ナルトくんは…」

後の言葉が音として空気を揺らすことはなく。
代わりに複数の嗚咽や鳴き声が森の葉を震わせた。



***



「断る」

きっぱりと、シカマルは言った。

「火影はナルトの夢だ。同期の夢を奪うほど、俺は人でなしじゃない」

シカマルの言葉に綱手とカカシは吐息を漏らしただけだった。
予想の範疇、といった風である。

「よく考えなさいよ、シカマル。火影と言えば里一番の忍者でしょ。名誉あることじゃない」

「その名誉は俺が貰うべきじゃないと言ってるんす」

「シカマル」

咎めるというより呆れたカカシの声色に、ふつふつと沸き上がる苛立ちが腹の底に溜まっていく。

「ナルトはどうしたんすか。あいつが火影を諦めるってんなら、なってもいいすよ」

はったりのつもりだった。
彼がそんなこと言う筈がない。
その前提があったからこそ。

「ならお前がなれ、シカマル」

背中にかけられた思ってもみない言葉。
見開かれたシカマルの瞳を、シカクは静かに見返していた。

「…話がある」

―――酷く、絶望的な報せがある。


無知は罪である
知らないからと言って
傷付けることの正当化にはならない
知らなかったからと言って
手を伸ばさなかった理由にならない




2011.07.29
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