イタリア少年と少年探偵団

「コナンくん、遅いねー」
折角のホテルのバイキングなのに、と歩美は眉を下げる。すっかり満たされた腹を撫でながら、元太もそうだなぁと同意した。光彦はデザートのケーキを咀嚼して、頷いた。
「灰原さんも部屋にこもりっきりですし、心配です」
「そうね、あとでルームサービスでも頼んであげよっか」
蘭がそう言うと、園子もそうねと頷いた。
バイキングを満喫した彼らは受付を通って部屋へと戻る。その際、歩美たち小学生は赤い紅が美しい給仕の女性に呼び止められた。
「お口直しにどうぞ」
彼女が差し出したのは、宝石のような飴玉が詰まった籠。透明なパッケージに入った飴玉は、照明を受けてキラキラと輝いている。歩美たちは破顔し、元太がいち早く飴玉の一つを掴んだ。続いて光彦。歩美は少々迷って、赤い飴玉を手に取った。
「あ、あの、お友だちの分も持って行っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
歩美は更に緑と紫の飴玉をもらい、意気揚々とレストランを後にした。

「歩美、遅いぞー」
「ごめんね」
待っていたのは、元太と光彦の二人だけ。蘭と園子はどこへ行ったのだと訊ねると、二人は少し顔を顰めてショップの方を指さした。お土産を物色しているらしい。長くなりそうだから先に部屋へ戻ろうと、三人はエレベーターの方へ向かった。
「わ!」
「ぶぴゃ!」
エレベーターの回数表示を見ながら歩いていた光彦は、前方から突然やってきた誰かとぶつかり、しりもちをついてしまった。
「大丈夫かよ、光彦」
「え、ええ」
光彦は元太に手を借りて立ち上がる。歩美は光彦が落としたペンや手帳を拾い上げた。光彦が彼女へ礼を言って前方へ視線を戻すと、そこで座り込んでいたのはもじゃもじゃとした頭が目を引く少年だった。着ているTシャツは黒と白の斑模様――牛のそれに似ている――で、髪の隙間からは上を向くようにカーブした角らしきものが見える。座り込む彼の周囲には、持ち物らしき小物が転がっていた。
「……変な恰好した奴だな」
「失礼ですよ、元太くん」
「大丈夫?」
歩美が声をかけると、少年は我に返ったように瞬きをし、彼女を見上げた。まん丸い瞳がウルルと水分を湛え、やがて大粒の涙が頬を伝う。
「が、ま……うわあああああん!!」
「ええ!」
突然泣き出した少年に、光彦たちは目を丸くした。少年は散らばる持ち物をかき集めると、何ともじゃもじゃとした自身の髪へそれらを突っ込んだ。驚いて言葉もでない光彦たちの前で、少年は泣きながら駆け出し外へと飛び出していった。
「な、なんだあ?」
「こ、個性的な子ですね……」
「あ、これ」
歩美はしゃがみ、きらりと光る石を拾い上げる。指で摘まめるほど小さいピンバッジだ。『LAMBO』の文字と何やら貝のような模様が刻印されている。
「ラ……ム、ボ?」
「あの子のですかね」
「届けてあげなきゃ」
歩美の言葉に頷き、元太たちは急いで消えた少年の後を追って駆け出した。

少年はホテルから少し離れたバスケコートの近くの道を、トボトボと歩いていた。電灯と月のお陰で夜でも暗さは少なく、それによる恐怖はない。しかし少年の鼻水と涙は止まらず、何度も袖で顔をぬぐった。
「おーい」
遠くから声をかけられたような気がして、少年は立ち上がった。振り返ると、先ほどホテルでぶつかった三人組がこちらに手を振っている。ぐず、と鼻を啜って少年は首を傾げた。
「良かった、追いついたぜ」
「何か用だもんね?」
「これ、落とし物よ」
はい、と歩美が拾ったピンバッジを差し出す。受け取ったそれを見つめて、少年はまた顔を歪めた。
「わ、わー!」
また泣かれては溜まらない、と元太たちは慌てる。歩美は思わずポケットを探り、咄嗟に掴んだ飴玉を差し出した。
「これあげる!」
だから泣かないで! と握らせたのはコナンたちのために余分にもらったブドウ味の飴玉。少年は泣くのを少し止め、マジマジと紫色のそれを見つめた。
「……ブドウ」
「そう、ブドウ味。美味しいわよ」
「……俺っち、ブドウが大好物だもんね」
まだグスグス鼻を鳴らしてはいたが、だいぶ落ち着いたようで、少年は包み紙を開くと飴玉を口へ放り込んだ。
「……美味しい」
「でしょう!」
「……ありがとう、だもんね」
「ううん、いいのよ。私、歩美」
「光彦です」
「元太だ」
「俺っちはランボだもんね」
成程、『LAMBO』はランボと読むのか。歩美が「よろしくね」と手を差し出すと、ランボはグスと鼻を鳴らし目の端に浮かんだ涙を手で拭った。それから片膝をつき、差し出された歩美の手をとる。握手のつもりで差し出した歩美は「あれ?」と内心首を傾げる。元太と光彦も、何をするのかと疑問符を浮かべた。そんな彼らの前でランボは頭を垂れて――
「え」
歩美の手の甲へ唇を落とした。
「ああああ?!!」
一拍おいて、元太と光彦は大声を上げた。ランボはもう手を離して立ち上がり、起こった様子の二人にキョトンと目を瞬かせる。
「お、お前、歩美に!」
「何してるんですか!」
「何って、挨拶だもんね。本当は頬にするけど……そのつもりで手を出したんでしょ?」
「普通手を出したら、握手ですよ!」
「あ、そっか。日本式はそっちだったもんね」
歩美の頬にキスされていた――本当は頬を触れ合わせるだけだが――と思えばどちらがマシか、いやどちらも許し難い。元太と光彦はカッカと顔を赤くして、ランボに詰め寄った。
「ランボくんて、外国の人なの?」
少々面食らった歩美は、ほんのり頬を赤くしながら訊ねた。ランボは襟元を掴む元太の手を払いながら、イタリア生まれだと答えた。
「イタリア!」
「日本には観光で?」
「俺っち、育ちは日本だもんね」
この土地には育ての家族に連れられ、観光に来ているのだともランボは言った。元太たちは口を丸く開き、感嘆の声を漏らす。
「で、でも日本生まれなら日本式の挨拶くらい……」
「教育係がイタリア通とイタリア人だもんね。女性には優しく――耳にタコができるほど言われてきたから、つい」
へえ、と歩美は感心する。光彦と元太は頬を引きつらせながらも、要注意人物だとランボを睨みつけた。
「で、ランボくんはどこに泊まっているの?」
歩美の質問に、ランボの瞳がまた潤み始める。
「うぅ……ツナァ……」
「な、泣かないで!」
「ツナ? ツナ缶が食べたいのか?」
コンビニなら、近くにあった筈だ。元太の言葉に、光彦は呆れてため息を吐く。
「元太くんじゃないんですから」
「ツナって?」
「ツ、ツナはツナだもんね。俺っちの……」
そこで言葉を切り、ランボはズズと鼻を啜りあげた。
「もしかして、さっき言っていた家族?」
歩美の言葉に、ランボはコクンと頷く。そこで合点がいき、三人は顔を見合わせた。
「つまり、迷子ってことですか?」
「そのツナってやつとはぐれたのか」
「ということは、」
ニヤリと笑い、三人はランボを見やった。キョトンと涙で濡れた目を瞬かせ、ランボは三人を見返す。
「私たち少年探偵団に任せて!」
「無事、親元まで送り届けてあげます!」
「泥船に乗ったつもりでな!」
それを言うなら大船です――拳を高くつきあげた元太に、光彦はそう突っ込んだ。

「あれ、ガキンチョたちは?」
「先に戻っているんじゃないかな」
買い物に時間をかけてしまったと、蘭は時計を見て苦笑する。夕食を終えた時間から、針は既に一周していた。早く部屋に戻ろうと両手に紙袋を持って、蘭たちはエレベーターの方へ向かう。その途中、ふと蘭は受付で何やら話し込む青年に目を止めた。
橙と茶が混じったような髪色が目を引く、小柄の青年だ。ラフなTシャツの胸元には『27』の文字が入っている。青年は受付のスタッフと二三言葉を交わすと、望みの答えが手に入らなかったのかしゅんと項垂れた。
「蘭?」
「どうかしたのかなって」
「んん?」
蘭の指示した方を見て、園子は眉を顰める。
「園子?」
「どっかで見たことあるような……」
ジロジロとつい見つめてしまった視線に気づいたのか、青年がこちらを見た。思わず園子は顔を顰める。蘭は苦笑しつつ、青年へ近づいて声をかけた。
「あの、どうかされたんですか?」
困っているようだが、と付け加えれば青年は少し口ごもって頬を掻いた。
「……連れが、ちょっと見当たらなくて」
「はぐれたの?」
園子も歩み寄って訊ねる。青年は少し目を丸くし、驚いたように園子を見やる。
「何か?」
「いえ……」
詰め寄る園子に、青年は慌てて首を振った。
「お連れさんって、どんな方なんですか?」
「今年九歳になる男の子で……」
「ええ! もうこんな時間なのに、大変じゃないですか!」
探すのを手伝うと言った蘭に、青年は気にすることないと手を振った。
「だ、大丈夫ですよ。このホテルに泊まっていることはアイツも分かっているし、ちょっと散歩に出ただけかも……」
「でも……」
「それに、こんな夜に出歩いたら危ないのは女性も同じ。ご心配なく、俺の友人たちに手伝ってもらいますから」
それでは、とにこやかな笑顔を残し、青年は去っていった。
「大丈夫かな……」
「向こうがそう言っているんだから、良いんじゃない?」
それよりも早く部屋へ戻ろうと急かす園子に促され、蘭は後ろ髪を引かれる思いのままエレベーターに乗り込んだ。

「へえ、ランボくん、お兄さんがたくさんいるんだね」
無邪気に歩美は笑う。ランボはコロコロと飴玉を口の中で転がし、少し迷うように首を傾いだ。
「フラッテロ……ていうか、ただの居候だもんね」
「ふら?」
聞きなれない単語に元太の眉が顰められる。ランボは飴玉の味に頬を緩め、にんまりと微笑んだ。光彦たちは顔を見合わせる。話を聞けば聞くほど不思議な少年である。身の上話に登場する名前は多く、しかしこれといってはっきりした家族像が浮かばない。
「不思議な子だね、ランボくん」
小さく笑んでランボを見つめる歩美。その様子に、元太と光彦は慌てた。まさかコナン以外にもライバルが現れるとは。
「おい」
そのとき、街灯を遮るように、大きな影が四人の頭に落ちる。四人は揃って顔を上げた。
こちらを見下ろしていたのは、大男だった。身長はいかほどか、しかし小学生の彼らには随分巨体に見える。フルフェイスのヘルメットに、ライダースーツ。如何にもバイク乗りといった風のいで立ちだ。よく見得ないがこちらを見下ろしているだろう瞳を想像し、歩美たちは背筋を震わせた。
「おい、お前ら」
聞こえてきた声はその身にあった低いもの。革手袋に包まれた大きな手がこちらへ伸ばされる。ビクリと震える歩美の肩にその手が置かれ、強く掴まれる。
「――ちょっと聞きたいことがあるんだが、」
ぞくり、と歩美たちの背筋が震えた。光彦は咄嗟に男の手を叩き落とした。それから歩美の手を引き、駆け出す。元太もぼんやりしているランボの襟首を掴み、光彦たちを追った。
「あ、おい!」
突然走り出した子どもたちを見て、男が慌てた声を上げる。しかしその声に振り返ることをせず、光彦たちは走り続けた。
「やばいんじゃねぇのか、あいつ!」
「まさかあの人が昼間の通り魔なんじゃ……!」
「ええ!」
「通り魔?」
一人事情を知らないランボは小首を傾げる。歩美は光彦に手を引かれるまま走りながら、後ろを振り返った。すると先ほどの男が追いかけて来ている姿が見えて、歩美は「ひっ」と喉を引きつらせた。
「きゃあ」
「! 歩美ちゃん」
後ろに気を取られたせいか足がもつれ、歩美は転倒してしまう。光彦も手を離してしまい、慌てて足を止めて振り返った。ぬう、と男の手が転んだ歩美へ伸ばされる。
「ま、」
「待つもんね!」
男の手がピタリと止まる。ランボが仁王立ちし、キリと男を睨んだ。
「歩美に触るな!」
「ああ?」
男がギロリと睨み――実際はヘルメットに遮られてよくわからなかったが――低い声を出す。途端、ランボは「ぴゃっ」と悲鳴を上げて瞳を潤ませた。それから元太の後ろに隠れてしまう。威勢よく啖呵をきったくせにこの怯えよう。元太は強く裾を引っ張られ、後ろにつんのめってしまうほど。
「この……離せ!」
「ぐぴゃ!」
身体を捻って払うと、ランボはしりもちをつく。ウルウルと飴玉のような瞳が潤み、ポロポロと涙が頬を伝った。
「が、ま、ん……!」
泣き出すランボに、光彦たちは構っていられない。すぐに二人は視線を歩美の方へと戻した。男が歩美の腕を掴み、立たせるところだった。
「歩美ちゃん!」
「歩美を離せ!」
「あ? だからお前ら何を……」
ボン――と何かが爆ぜるような音がした。それは元太たちの背後からだった。目の前の男たちよりも背後の音が気になって、元太たちは振り返った。
「……やれやれ」
もくもくと立つ煙と草を踏んで元太たちの前に現れたのは、高校生くらいの青年だった。ふわふわとした癖毛と牛柄のシャツは、誰かを彷彿とさせる。女性の目を惹きそうな容姿をした青年は片目を瞑り、頭を掻いた。
「久しぶりに呼び出されたかと思えば……」
「誰ですか?」
光彦が思わず声をかけると、青年は困ったように眉根を下げる。
「これはこれは……君たちに関わると俺がリボーンに怒られるんだがな……」
「え?」
聞き返すが青年はそれ以上語る言葉はないと、視線を光彦から男へ向ける。それから右手の人差し指を男へ伸ばした。
「あなたのことは覚えていないが、レディに手荒な真似をするなら俺が黙っていないぜ」
「何だ、こいつらの保護者か?」
男は立ち上がり、ズイと青年と距離を詰める。男の身長は青年より頭一つ分以上高く、大きな肩幅のせいもあって威圧感が強い。恰好つけていた青年はピシリと硬直した。
「ぴゃ……」
プルプルと震えだす青年の背中に、光彦と元太は顔を見合わせる。何だ、この青年は。助けに来てくれたのかと思ったが、まるで頼りない。尻餅をついて後ずさる始末だ。何しにやってきたのだと思ったのは、男の方も同じだっただろう。首を捻りながら、男は青年の方へ歩み寄った。
「何だ、お前」
「ひ!」
青年は怯えて頭を抱える。訝し気ながらも彼へ手を伸ばした。
「――ごめんなさい」
ぱし、とその太い腕を掴んで止める小麦色の手が一つ。
丸くなる青年をぐいぐい押していた元太たちは、突然現れたもう一つの影に目を奪われた。
そこに立っていたのは、明るい髪色をした青年だった。橙の混じったような髪と『27』の数字が目を引くパーカー。座り込む青年とはまた別の意味で目立ちそうな容貌をしている。
座り込んでいた青年は顔を上げると、涙と鼻水に塗れたそれをパアッと輝かせた。
「ツナァ!」
ツナ、とは。元太たちは顔を見合わせた。ランボが探していた兄の名だ。あの橙色の青年がそうなのか。はて、ところでランボはどこへ行ったのか。歩美がそう思い辺りを見回していると、
「全く、情けないな、大人ランボは」
ツナと呼ばれた青年がそう苦笑して、座り込む青年を見やったのだ。え、と歩美が疑問符を声に出す間もなく、男がいら立った声を上げた。
「何なんだ、お前」
「俺はこの子たちの保護者みたいなものです」
男の手を解放し、ツナはニッコリと微笑む。男は怪しいものを見るように、ジロジロとツナを観察しているようだった。男とツナの体格差は大きい。ツナなど一捻りで骨を折られてしまいそうだ。大丈夫なのだろうかと光彦が冷や汗を流したころ、
「どうかしたんですか?」
そんな声が聴こえた。
振り向くと、少し離れたところに止まったパトカーと、そこから降りてきたらしい複数人の青年たちの姿があった。その顔はいずれも見覚えのあるもので、光彦は昼間の事件の参考人になった高校生だと思い出した。しかし光彦たちは彼らの名前を聞いていないし、向こうも光彦たちのことを顔すら知らない筈である。
一番先頭に立っていた背の低い青年が眉を顰めると、その後ろから眉の太目の青年が飛び出した。彼は驚いたことに真っすぐ男へ向かって歩いて行った。
「おい、何してるんだ――灰崎」
きょとん、と光彦たちは目を瞬かせる。男はギクリと肩を揺らし、その後観念したようにフルフェイスマスクを外した。その下から現れたのは、短い髪をドレッドに巻きこんだ頭を持つ、見るからに柄の悪そうな男の顔であった。
灰崎と呼ばれた方は気まずげに顔を顰める。名を呼んだ方は呆れたように吐息を溢して、腰に手をやった。
「お前、こんなところで何してるんだ」
「石田さんが遊びに行ったっていうから、ツーリングついでに飯奢ってもらおうかなと……」
昼食の時間に突撃をしようと思ったのだが、何やら通り魔事件が起きたとかで騒ぎがあり、見つけることができなかった。そこで今の時間、宿やらストバスコートやらを探していたのだが、夜道を子どもだけで歩く集団を見つけ、迷子なら送って行こうと声をかけていたところだった――と灰崎は証言した。
「丸くなりましたね、灰崎くん」
いつの間にか現れた水色の青年が意外そうに呟く。灰崎はこつんとその額を弾いた。
「すみません! てっきり不審者かと……」
ツナが慌てて頭を下げる。それから水色の青年の方を見て、へにゃりと笑った。
「まさか黒子の友だちだったなんて」
「僕もまさか、君とこんなところで会うとは思いませんでしたよ、沢田くん」
「何だよ、知り合いかよ」
「ええ。母の実家のご近所さんなんです」
ところで、と黒子は光彦たちを見やる。
「君たちはどうしてこんな時間に子どもたちだけで?」
「あ、そうです!」
ハッと我に返った光彦たちは、ツナの裾を引っ張った。
「歩美たち、ツナって人を探していたの!」
「ランボってやつが迷子になってたからよ」
「さっきまでここに……って」
「ふわぁ〜あ。俺っちがなんだって?」
いつの間にか弱そうな青年の姿はなく、代わりに眠そうなランボが座り込んでいた。ランボは二度三度目を擦って、それからツナの姿を見つけると、ウルウルと目に涙をためた。
「つなぁ〜!!」
飛びつくランボを優しく抱きとめ、ツナはその背中をポンポンと撫ぜる。
「全く。すぐ迷子になるんだから」
それからツナは身を屈めると、歩美たちに向かってニッコリと笑いかけた。
「ありがとうね、助かったよ」
ふわりとしたその笑みに、歩美の頬がほんのり色づき、光彦と元太はまたしてもブラックリストを更新しなければならなくなったのだった。

「そういえばお前ら、一昨日の夜どこ行ってたんだよ」
それから二日後、ストバスコートの見えるカフェでお茶をしていたコナンたちの元へやってきた歩美たちは、そんな質問を受けて顔を見合わせた。ツナやランボたちと一緒にホテルまでパトカーで送ってもらった歩美たちが部屋に戻ると、コナンと灰原は既に寝支度を整えていた。時間も時間、さらに翌日は事件の捜査もあったため深く事情を聞かなかったのだ。
歩美たちはジュースとケーキを食べながら、そのときあった出来事を二人に話した。二人は顔を見合わせ、吐息を漏らす。
「全く、気をつけなさいよ。夜道、特に慣れない土地は子どもだけで出歩くものじゃないわ」
「はーい」
「でもあの人、何だったんですかねぇ」
元気よく返事する歩美の隣で、光彦はふと頭を捻る。何のことだとコナンが訊ねると、光彦は人差し指を立てた。
「突然現れた男の人です。高校生くらいの」
「ああ、あの情けない兄ちゃんか」
「そういえばツナさん、そのお兄さんのこと『ランボ』って呼んでたよ」
歩美はそう言って、ケーキにフォークを刺した。
「『ランボ』ってホテルで会ったっていうアフロの男の子?」
「うん。昨日も海で遊んだんだ」
「呼んでたな。確かにあの兄ちゃんもくるくる頭でランボに似てたけどよ」
「確か……『大人ランボ』って呼んでたような……」
「!」
コナンは眉間に皺を寄せた。
「おい、その人のことについてもう少し詳しく教えてくれ。例えば……その人がいたとき、ランボって男の子はどこにいた?」
コナンの質問に、灰原が驚いたように彼を見やる。コナンの質問の意図を正しく読み取った彼女は、顔を顰めて口元に手を当てた。三人揃って頭を捻った元太たちはさっぱり思い出せないと匙を投げた。
「近くにはいた筈だよ。少ししたら出てきたから」
「あいつ泣いて逃げてったくせに、欠伸しながら出てきたんだぜ」
「そういえば、ランボくんが戻ってきたときには、もうお兄さんはいませんでした」
灰原はそっとコナンの腕を肘で突く。コナンは頷いた。
片方ずつ現れた、年の離れた同じ名前の少年と青年。コナンの推理が正しければ、彼らは同一人物。
(俺や灰原と同じ、あの薬を飲んで縮んだ人間……しかも、一時的な解毒薬まで所持している)
少年と青年を同じ名前で呼んでいたところからすると、その『ツナ』と呼ばれていた青年も事情を知る人物。彼らが黒の組織側なのか、コナンたちと同じく薬を飲まされた被害者側なのかはまだ分からない。しかし。
(灰原のように予備知識なしで解毒薬を作ったのだとしたら、かなりの知識量がある人物……逆に黒の組織から解毒薬を受け取っていたのだとしたら――)
「あ、あれツナさんだ」
歩美は窓に顔を近づけ、外へ手を振る。元太たちの隣に並んで、コナンも慌てて外を覗いた。
日を受けてキラキラと輝くような、橙と茶が混ざった髪を揺らして歩く青年。彼は話に聞いていたものとは違う、黒いスーツ姿をしている。ネクタイは橙、片手に持った黒い帽子にも橙色の一本線がアクセントになっている。
「……灰原」
「見たことない顔だわ」
灰原は短く答えて、そっと窓から離れた。灰原は知らずとも、向こうが顔を知っている可能性は大いにある。コナンはそっと眼鏡を弄り、彼を注意深く観察した。
傍らにランボらしき少年と、銀髪の青年を連れ、彼は道路に止めてある車へ向かっていく。真っ黒な黒塗りの高級車は、間違っても一般の高校生が乗るようなものではない。
(あれは……)
車の正面、ボンネットのところにあしらわれた金色のマスコットに目が留まる。拡大してみると、それは何かの紋章のような形をしていた。どこか名だたる名家なのか、それとも組織と呼ばれるものの象徴なのか。
「しかし……なんで貝なんだ?」
羽根の生えた貝とは、珍しい。特定はしやすそうだ。あとで検索してみようと思いながらコナンは更に視線を滑らせる。すると、ちょうど車に乗ろうとしていたツナが、ホテルの方に視線を向けた。
「!」
コナンは驚いて身を引く。不思議そうな顔をする歩美たちの声も聞こえないほど、コナンの心臓は大きく音を立てた。
手で作った鉄砲を真っ直ぐコナンの方に向けて、「バン」と打つ真似をした青年は、クスクス笑いながら車に乗り込み、あっという間に去って行ってしまった。
(気づいていた……?! 牽制か……? それとも……)
もやもやとした思いを抱えながら、コナンは目に焼き付けた貝の紋章を睨み続けていた。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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