Xel Mes(U)
次にセネルが目を開くと、そこには見覚えのある天井があった。ぼんやりとする頭を何とか持ち上げ、身体を起こす。辺りを見回すより先に、「あ、セネセネ起きた!」と明るい声が聞こえた。
「ノーマ……」
「もぅ〜、心配したよ」
ノーマは腰に手を当てて頬を膨らめたが、セネルの様子を見てふっと破顔した。
「目を覚まして良かった。身体はもう、大丈夫?」
セネルが座っていたベッドの向いにあったもう一つのベッドに腰を下ろし、ノーマは大変だったと苦く笑う。
「セネセネ、突然倒れちゃうんだもん。ウィルっちが運んでくれたから良かったけど」
「……ウィルたちは?」
「ジェージェーと一緒にフェロボンのとこ。……いろいろあったんだよ」
小さく肩を竦め、ノーマはセネルが気絶してから今までのことを説明してくれた。
ノーマたちはカカシの大群に襲われ、意識のないセネルとフェニモールを抱えて、命からがら街へと戻ってきた。街の外にはカカシがうろつき、水の民からは全面戦争の布告がなされ、ウィルとジェイは事情を説明するためにも、カーチスに呼ばれていった。モーゼスも一度子分たちの安否を確認するために別行動し、ウィルの家にいるのはノーマを始めとする女性陣と、セネルだけらしい。
「水の民が、宣戦布告を……」
「……その先導者が、どうやらメルネスって名乗る女の子……リッちゃんみたいなんだよね」
セネルはグッと歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
「……シャーリィが、そんなことをするわけない……!」
「……うん。私もそう思う」
けれど、ノーマの告げたことはすべて事実だ。どうしても揺るがないそれがノーマ自身にも苦しみを与えて、息がし辛い。ノーマが膝の上で指を絡めていると、遠慮がちにノックがされた。ノーマが応えると扉が開き、薄い金の髪が揺れ入った。
「! お兄さん、目を覚ましたの」
「フェニモール!」
水の張った桶を持ったフェニモールが、心から安堵したように頬を緩める。
「無事だったのか」
「お陰さまでね」
まだ腹の傷は癒えていないが、動ける程度には回復したとフェニモールは言った。それから彼女は桶をセネルの傍らに置いて、水に浸していた布を絞る。ひんやり濡れた布を、フェニモールはセネルの頬へ添えた。セネルは冷たさに目を眇める。フェニモールは小さく笑った。彼女の微笑みを見て、セネルはくしゃりと顔を歪める。
「お兄さん?」
「……すまない、フェニモール」
「……それ、私じゃなくてもっと他に言うべき人がいるでしょう」
セネルが目を丸くすると、フェニモールは眉を下げるようにしてまた微笑んだ。
「私は確かに陸の民を恨んでいて、怪我も負いました。妹の安否は分からないし、やっとできた友だちも、陸の民のせいで苦しんでいる」
けれど、と一度言葉を切って、フェニモールは布を桶に戻すと、セネルの手をとって両手で包んだ。
「全部、お兄さんとは関係のない陸の民のせいです。お兄さんは……お兄さんたちは、私たち水の民を理解しようとし、助けようとした。何を謝ることがあるんですか」
「……でも」
「そんなことを言うなら、私こそ謝らなきゃ。水の民が、ごめんなさい」
「フェニモールが謝ることじゃない!」
咄嗟にセネルは叫び、それから思わず目を逸らした。フェニモールは「ほら」と囁いてクスクス笑う。セネルは照れたように顔を顰め、頭を掻いた。
「あらあら〜、仲が良いのね〜」
いつの間にかいたグリューネも、呑気な感想を漏らす始末。一人ノーマは居心地悪く肩を揺らし、ウィルたちの早い帰宅を心から願うのだった。

「一つ、気になることがありましてね」
隣を歩くジェイが、唐突にそう呟いた。ウィルは足を止めずに彼の方を見やり、眉を顰める。
「気にかかること? 先ほどのことか?」
「それもですが……セネルさんと、シャーリィさん――メルネスと呼んだ方が良いですかね――のことです」
ウィルは口を噤んだ。ウィルも思うところがあったのだ。現状、カーチスが抑えていてくれているが、陸の民たちの間からも水の民を危険視する声も上がっている。全面戦争になるのは、時間の問題だ。そのとき、種族を超えて信頼し合っていた二人を――今は一方的だとしても―――思えば心は痛む。
ジェイはそれもそうだが、と言葉を濁した。何のことだとウィルが訊ねようとしたとき、
「レイナード?」
声をかけられた。見れば、二人の進行方向、ちょうど目的地の前でモーゼスとクロエが立っていた。
「どうしてここに? 会合は終わったのか?」
「まあな。お前たちこそ、どうしてここに?」
使われなくなって久しい灯台前。付近にめぼしい商店等もない。クロエとモーゼスは少し顔を見合わせ、言い辛そうに口を開いた。
「何故か、ここに来なければいけないような気がしてな……」
「ワイもじゃ」
ジェイとウィルは目を丸くして顔を見合わせた。彼らもまた、予感に導かれるまま灯台を目指していたからだ。
「ちょ、ちょっとセネセネー!」
さらに騒がしい声がもう一つ。慌てて振り向くと、ふらふらとした足取りで歩くセネルとそんな彼を追うノーマとフェニモール、そしてグリューネの姿が。
「セネル、目が覚めたのか!」
「ノーマさんたちまで、どうして?」
勢ぞろいしていたメンバーに驚きながらも、ノーマは眉を顰めて頭を掻いた。
「んにゃ、なーんかここに来なきゃいけない予感がしてさー……そしたらセネセネも行くって聞かなくてね」
「もう、目が覚めたばかりだから無茶だって言ったんです」
「みんな、集合ね〜」
フェニモールはご立腹、グリューネは相変わらずである。
「クーリッジ」
心配そうにクロエが駆け寄るが、セネルは何かに引っ張られるように歩みを止めない。やがて彼は灯台の入り口まで辿り着くと、固く閉ざされて久しい扉に手を触れた。ぽぅ、と小さな光が灯ったかと思えば、
「嘘……」
ノーマたちは絶句した。誰も開けられなかった扉が、開いたのだ。
「ちょっとちょっと、セネセネ何したの!」
「いや、俺は……」
ノーマが興奮気味に詰め寄るが、セネルも状況に困惑しているようだ。
「一体何が……」
「けど、これで中に入れるっちゅうわけじゃな」
「入るのか?!」
驚くクロエに「おん」とモーゼスは一つ頷く。
「ワイら、灯台に何かあると思って来たんじゃろ? 扉が開いた仕組みは分からんが、これぞ怪我の功名じゃ!」
「少々慣用句の使い方に疑問は残るが……モーゼスの言う通りだな」
「ええ。とても不本意ですが」
「ピクニックね〜楽しそう〜」
「トレジャーハンターの血が騒ぐぅ! おっけー、じゃあ行こうよ!」
意気揚々、モーゼスとノーマは灯台の内部へ駆けこんでいく。次にジェイとウィルとグリューネが続き、良いのだろうかと不安を抱えながらクロエが後を追う。最後に顔を見合わせたセネルとフェニモールも、灯台の中へと入って行った。
そこで彼らは遺跡船、水の民、そしてこの世界の過去の歴史を知ることとなる。
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