Xel Mes(T)
その日、海の上で金の光が散った。
「ステラ――!!」
響き渡る絶叫と悲鳴。辺りに混乱が満ちつつある中、ジェイは蹲った銀が仄かな光を纏ったのを見逃さなかった。

▽闇を連れていく者〜Xel Mes〜

「私はメルネス。滄我の声を聴き、その意志を代行する者」
青く輝く金の髪――その姿はまさしく『輝く人(メルネス)』だった。ガドリアの凶刃に倒れたフェニモールへ必死にブレスをかけていたノーマとウィルも、ガドリアの騎士たちを抑えようとしていたクロエとモーゼス、ジェイすらも目を瞠った。セネルは膝をつき、呆然と目の前で輝く妹を――シャーリィを見上げる。
「シャー……リィ……?」
冷たい少女の瞳が動き、セネルを映した。
「その名で呼ぶな。愚かな陸の民」
「!」
セネルは思わず身体を支えるために腕をつき、もう片方で自身の胸を掴んだ。ドクドクと全身を揺らすように、血管たちが鼓動を起しているようだった。
す、とシャーリィ――メルネスは祭壇を降りた。セネルへ近づこうとする彼女を止めようとワルターが一歩踏み出すが、傍らのマウリッツに制止されていた。メルネスは優雅な仕草で、呆然としたままのセネルの顎へ指を伸ばす。白くほっそりとした少女の指が青年の顎を持ち上げる様は、倒錯的で目を惹かれる光景であった。
「……やはり、お前は」
困惑する青の瞳を見つめ、メルネスはキュッと柳眉を顰める。その言葉と表情が、ジェイは引っかかった。
「シャーリィ……?」
「お前は殺す」
顎へ添えるのとは別の手を持ち上げ、メルネスは冷酷に言い放った。二人に見入っていたジェイたちはその言葉でハッと我に返った。さっぱり状況は理解できなかったが、少女はセネルへ殺意を抱き、手の平に浮かべたテルクェスで彼を殺そうとしている――それだけはハッキリ理解したモーゼスがいの一番に動いた。彼は爪術を込めた槍を少女へ向かって投げたのだ。
「シャンドル!」
クロエの咎める声も遅く、爪術を纏った槍が少女へ向かう。メルネスはチラリとそちらへ視線をやると、セネルから手を離してテルクェスを槍の方へ投げた。バチリと音がして、テルクェスは弾け、相討ちした槍はカラカラと地面を転がる。
「ちょっとモーすけ! いきなりリッちゃんに何すんのさ!」
「悠長なこといっちょる場合か、シャボン娘。あの嬢ちゃん、セの字を殺す言ったんじゃぞ」
「でもでも……!」
ノーマの耳にも、その言葉はしっかり届いていたのだ。それ以上の反論が思いつかず、ノーマは唇を噛みしめた。ウィルとクロエも悔し気に顔を歪めながら、メルネスを見やる。一人ジェイはワルターたちと同じように場を静観していた。
パタリと両手を下ろしたメルネスは、興ざめたように表情を失くし、クロエたちを見回す。
「案ずるな、陸の民はいずれ皆死ぬ」
「! なんやと!」
「この男を最初にと思ったが……やはり滄我の恩恵を返して貰うのが先だったな」
「どういう意味……!」
ウィルは言葉の途中で身体の力が抜けるのを感じ、ガクリと膝をついた。辺りを見回せばそれはウィルだけでなくクロエたちも同じだったようだ。皆地面に膝をつき、力の抜けた理由が分からず目を瞬かせている。
「これで邪魔は入らないな」
メルネスは少し目を閉じ、そして開いた。彼女の足元では同じように力の抜けたセネルが転がっている。
「シャーリィ……」
「その名で呼ぶなと言っている。……私は最早、お前の妹を演じていた私ではない」
ピシャリと言って、メルネスはまたテルクェスを浮かべた。セネルはただ目を開き、少女がこちらへ向ける青き鳥を見つめる。
「さらばだ、陸の民――――っ!」
そのとき、一陣の雪を伴った風が吹き抜け、マウリッツたちは思わず目を瞑った。風が去った後辺りへ目を向ければ、そこに陸の民たちの姿はない。
「逃げたか……フェニモールもいないな」
「案ずるな。滄我の裁きが下れば、戻って来るだろう」
顔を顰めるワルターをそのままに、マウリッツは祭壇の方へ歩み寄るとメルネスの足元で膝をついた。
「メルネスよ、無事の目覚めお祝い申し上げる」
「マウリッツ……」
年端もいかない少女へ頭を垂れる男を見下ろし、メルネスはふいと視線を逸らした。
「私は自分の『使命』を思い出した。――『王城』へ向かうぞ」
凛とした声に応じるように、海が大きな波を立てる。ワルターも膝をついて、新たな指導者へ深々と頭を下げた。

どさどさ、とクロエたちの身体が地面へ放り出される。ぐっと一瞬息が詰まったが、他に大きな傷はない。クロエは慌てて身体を起こし、辺りを見回した。
「ここは……」
「入口、ですね」
ジェイも頭へ手をやり、立ち上がる。もうだめだと思った瞬間、雪風に身体を引っ張られ、気が付いたらここにいたのだ。何が起こったのか、ジェイにも分からない。モーゼスやクロエたちに大きな傷はないようだが、共に飛ばされたフェニモールは腹に大きな刀傷を負っている。早く治療しなければ、命に関わるだろう。
「セネル!」
強いウィルの声につられ、クロエたちはそちらを見やった。
そこではセネルが肘をついて上半身を少し浮かせ、ずりずりと地面を這っていた。モーゼスたちも倦怠感はあったが、立ち上がる力は残っている。しかしセネルには、その力すら残っていない様子。それでも彼は、シャーリィたちの元へ向かおうとしている。
ウィルはその無茶を咎め、彼の肩へ手を伸ばした。
「シャーリィのところ、へ、行かないと……」
「無茶をするな、クーリッジ!」
「あらあら」
鈴を転がすような声が、クロエの熱くなった頭へ冷水を飛ばす。一瞬新たな敵かと身構えたノーマは、しかし予想外の人物の姿に目を丸くした。
「グー姉さん!」
「どうしてここに?」
ジェイの問いに、グリューネはのんびりと頬へ指を添え、首を傾いだ。
「あらあら。あなたが、セネルちゃんたちをここへ連れてきてくれたの?」
「グー姉さん? ……誰と話しているの?」
ノーマの質問にも答えず、グリューネは自分の周りを飛んでいる小鳥を見るように、頭を動かした。ウィルに引き起こされそちらを見やっていたセネルには、彼女の近くで銀色の瞬きが見えた気がする。
「そう、セルシウスちゃん。ありがとう。ゆっくり休んだら良いわ」
何かを撫でるように両手を動かし、グリューネは微笑んだ。チカチカと銀の光が瞬いて、雪のように溶けていく。
その光景を最後に、セネルの意識は闇へ沈んだ。
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