ツキノアイドルと名探偵(1)
園子はルンルンとした様子で、見るからに上機嫌だった。彼女に電話で呼ばれるまま都内某所に集合した蘭と世良そしてコナンは、ちょっと顔を見合わせる。
「ちょっと、園子。なんで」
「何か良いことでもあったのかい?」
「ていうか、僕らをここに呼んだことと関係あるんじゃないの?」
蘭たちが訊ねると、園子は良くぞ聞いてくれたと腰に手を当てた。
「取れたのよ、チケットが!」
「何の?」
「こ、れ」
びしり、と蘭の鼻先に突き付けられたのは、黒と白のシンプルなデザインのチケット。これが何か、と世良たちは首を傾ぐ。
「ちょっと、知らないの? 今超人気のアイドルグループ、ツキノプロダクション所属のSix Gravity とProcellarumよ」
その名前なら、コナンや蘭も聞いたことがあった。各グループ六人で編成されるそれは、全員が月の苗字を持つことで注目されている。世良はピンと来なかったようで、首を傾げたままだ。中々に整った顔立ちの青年ばかりで、園子が気に入るのも頷ける。
「で、蘭を誘ったんだけど……なんでアンタたちまで」
「あはは……」
コナンは笑って誤魔化す。コナンが出かける蘭とばったり会ったのは偶然だったが、コナンに引っ付いてきた世良は偶然にしてはわざとらしい様子だった。
「チケット制なら、僕らは入れないな」
「あら、残念そうね」
「世良さんも、アイドルとか興味あるんだ」
「まあ、有名人なら、一度くらい見てみたいよな」
「だったら、ついてくれば?」
園子はすっかり諦めたようにため息を吐いた。
「ちょっとしたコネでね、開演前に楽屋へ入ってもいいって言われているの」
さすがは鈴木財閥のお嬢様。コナンは口元を引きつらせ、思わず心の中で呟いた。

「おーい、準備は良いか?」
海が楽屋の扉を叩くと、床でストレッチをしていた郁や椅子に座って台本をチェックしていた陽が顔を上げた。
「はい」
「好い感じに身体温まってきたぜ」
楽屋の座敷部に座っていた夜と涙も頷く。
「久しぶりの合同ライブだからか、さっきからドキドキしてるね」
「うん、僕も……少し、落ち着かないや」
涙はグッと握った手を胸にあてた。その言葉に同意し、郁は立ち上がった。それから軽くジャンプし、時計を一瞥する。
「まだリハまでに時間ありますよね……俺、少し走ってきます」
「今から?」
「すぐ戻りますよ」
「しっかり携帯持って行けよ」
「はーい」
「いっくん」
フードとタオルを掴んだ郁へ、隼が優しく声をかけた。郁はピタリと足を止め、楽屋のソファで優雅に紅茶を楽しむ隼を見やった。隼は紅茶の湯気を吸いこみ、銀の瞳に郁を映しこむ。
「気を付けるんだよ」
「? はい」
行ってきます――郁はそうニコリと笑って、楽屋を後にした。

「あれ」
「どーかしたんですか、春さん?」
カバンを探っていた春が、その手を止める。ちょうどその背後で弁当を頬張っていた駆が、その様子を見て首を傾げる。春は更にカバンを探って、大きく息を吐いた。
「タオルが見当たらなくて……忘れてきたかな」
「あちゃー」
新はいつもの通り平坦な口調で呟いて、イチゴミルクのストローをくわえる。葵も自分のカバンをかき混ぜて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「俺も、自分の分しか……すみません」
「ううん、俺のミスだから。でも困ったな」
コンビニへ走ればタオルの一枚くらい調達できるだろうが、春はこれから始たちと最後の打ち合わせがある。どうしようか悩んでいると、恋は挙手した。
「俺が買ってきますよ。ちょうどドリンクも欲しかったし」
「あ、じゃあ俺のイチゴミルクも」
「お前それ何本目だよ!」
文句を言いつつ、恋は駆たちにも何か入用はないかと訊ねる。葵は大丈夫だと笑い、駆は肉まんを、と膨らんだ頬で言った。
「始さんは?」
「ん、俺はいい。気をつけてな」
「はい!」
ピ、と敬礼し、恋はピンクのパーカーを取ると羽織ってから楽屋を出た。ちょうど隣の楽屋からブラウンのパーカーを羽織った郁が出てきたところで、彼が首からかけたタオルを見て恋はその用事を察した。
「走り込み?」
「ちょっとね」
小さく笑って、郁はパーカーのフードをかぶる。恋も同じようにかぶって顔をできるだけ隠し、郁と共に裏口へ向かった。
「俺は買い出し。コンビニまで一緒に良い?」
「勿論」
二人で軽くライブや今日の調子について話ながら、裏口を通り抜ける。一階分下がったところから階段を上って地上にでたところで、駆け足でやってきた誰かと軽くぶつかった。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい」
よろけたのは高校生くらいの少女で、郁は慌てて腕を伸ばし彼女の背中を支える。恋は小学生の少年を蹴飛ばしかけたらしく、しりもちをついた彼へ手を貸していた。
「よく前を見ていなくて……怪我はない?」
「は、はい」
ハニーブラウンのボブを揺らし、少女は一気に顔を赤くする。無自覚タラシめと内心ぼやきつつ、恋は少年の脇に手を入れて立ち上がらせた。彼らの同行者らしい高校生くらいの少女と少年が、大丈夫かと声をかける。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「気を付けるんだよ、僕」
恋がそう言って頭を撫でると、少年はどこか引きつったような笑顔を浮かべた。それにどこか引っ掛かりながらも、恋は手を振り、郁と共にコンビニまでの道を急いだ。
「あれ」
買い物カゴへ頼まれたものを入れていき、いざ会計へ向かおうとした恋は、ハタと硬直した。自分用のドリンクを購入した郁が、お釣りの小銭を財布へ流しこみながらどうかしたのかと訊ねる。
「……小銭入れ、落とした」
「ええ!」
「そんな大金は入れてないけど……あれには愛と撮ったプリクラのキーホルダーつけてたのに……!」
恋の落ち込みようと言ったら。郁は何と言葉をかけたらよいのかわからなかったが、バーコードの読み取りを終えた店員が申し訳なさそうな顔をしていたので、取り合えず会計を代わりに済ませた。
「ごめん郁……後で返す……」
「あはは、気にしないで。さっきぶつかったとき、落としたのかも。探してみようか」
「折角走るつもりだったのに、ごめん」
「良いよ。座っていると落ち着かなくて、身体を動かしたかっただけなんだ」
郁と恋は歩きながら、そっとフードを深くかぶり直す。色めきだった声を上げる少女たちが幾人も道を歩いている。様子から察するに、みなライブ目的だろう。まだ時刻は昼過ぎ。ライブは夕方六時からだというのに、こんなに多くの人たちが会場付近で楽しそうにしている姿を見ると、さらに身が引き締まるものだ。
二人は人気の多い道からライブ会場の裏側へ回った。裏口しかないため、人気もない。近くの公園の木々が伸びて、ちょうどよい日陰を作っていた。
「えっと、さっきぶつかったのはこの辺り……」
「あ、恋、あれじゃないか?」
郁は対岸の、木の生い茂る公園を指さした。車が来ないことを確認して道路を渡り、植木の傍でしゃがみこむ。後を追ってきた恋へ、郁は拾い上げた小銭入れを振って見せた。
「それだぁ! ありがとう、郁!」
「良かった」
立ち上がって郁は恋の手に小銭入れを乗せる。
そのとき、ゾクリと郁の背筋が泡立った。嫌な気配だ、そう思い振り返ろうとした瞬間、郁の後頭部に焼けるような痛みが走った。
「郁!!」
くらりと意識が揺れて、両足で立っていられなくなった郁は恋の身体にもたれ掛かる。ぬるりとした感触が首筋に伝って、出血しているのだと人ごとのように気づく。
「こ、い……」
逃げろ、そう伝えようとするが声が出ない。やがてぼやけていく視界の向こうで、何者かに口を塞がれる恋の姿が消えていった。

「さっきの二人、中々恰好良かったわね」
「もう、園子ったら」
色めく園子に苦笑していた世良は、ふと足元の少年が何か思案顔であることに気づき、腰を屈めた。
「どうかしたのかい?」
「さっきの人が、落としていったんだ」
これを、とコナンは拾ったカードを世良へ渡す。何かの会員証――社員証のようだ。顔写真と名前が書かれている。
「派手な色の頭しているなぁ。ピンクなんて。如月、恋?」
「え、それマジ?!」
園子が耳聡く反応し、世良の手から社員証を取り上げる。社員証を見て、園子だけでなく蘭も目を丸くした。
「ちょ、ちょっとこれって!」
「ってことは、さっきの人が?」
「それがどうかしたのかい?」
「僕らの仲間のものだね」
柔らかく冷えた雪のような声が、コナンたちの耳を擽った。するり、と園子の手から社員証を取り上げる手が一つ。コナンたちがいきなり現れた気配に驚いてそちらを見やると、出会った者の目を惹きつける白銀の男が立っていた。男は優雅に腕を組み、摘まんだ社員証を口元へ当てる。
「ふうん……君たち、これをどこで?」
「え、えっと……」
「マジ、本物の霜月隼……」
「ねえ、どこで?」
クラリと失神しそうな園子へ、男が詰め寄る。ポスリ、とその後頭部をチョップする別の手が現れた。
「そこまでだ、隼。一般人捕まえて何してるんだ、お前」
現れたのは体格の良い男だ。彼の後ろには他にも黒髪の男と、淡い緑の髪の男が立っている。白銀の男と体格の良い男は似たモチーフの白い衣装に身を包み、黒髪と緑の男は黒い衣装に身を包んでいた。
「文月海に弥生春……睦月始さままで……!」
「誰なんだい、この人たち」
「もう、世良さんたら! この人たちがさっき言ったアイドル、Six GravityとProcelarumよ!」
全くアイドルに興味のない世良は全くピンと来ていない様子。白銀の男――霜月隼は興味深そうに彼女を見つめた。
「もしかして、君たちが社長の言っていたお客さまかな」
弥生春が柔らかな笑顔で言う。睦月始はそういえばそんな話があったな、と呟いた。
「は、はい。鈴木園子です。こっちは友人の毛利蘭と世良真澄」
「この子は、江戸川コナンです」
「どうぞよろしく」
華やかな笑顔はさすがトップアイドルといったところか。眩しさにコナンは思わず目を細めた。世良も慣れないものを見たというように手の平で日除けを作っている。ふと、コナンは何やら視線を感じた。腕を組んだ隼が、ジロジロとコナンを見つめていたのだ。
「な、なあに? お兄さん」
「おい、失礼だぞ、隼」
「いやね、海」
ぐい、と海に襟首を掴まれ、隼は降参と言うように両手を上げた。
「その子たち、恋の入館証を持っていたんだ」
「え?」
「あ、はい。さっき拾ったんです」
園子がそれを差し出すと、始が受け取った。彼が見やるそれを春や海も覗き込んで、本物であることを確認したのか目を丸くする。
「さっき裏口のところでぶつかって……」
「恋らしいというか……」
「全く……」
始と春がため息を漏らす。世良はそっと園子たちへ身を寄せ、声を潜めた。
「その如月恋ってまさか……」
「ええ。Six Gravityのメンバーよ」
園子は頷いて、世良と同じように声を潜めて説明してくれた。Six Gravityのメンバーは六人。睦月始をリーダーとし、参謀役の弥生春、幼馴染の卯月新と皐月葵、最年少の師走駆、そして如月恋である。因みに兄弟ユニットであるProcelarumはリーダーの霜月隼、文月海、関西出身の葉月陽と長月夜、最年少の水無月涙と神無月郁で構成される。全員が本名で活動しており、その苗字の共通点もスカウトの理由であるとか、ないとか。
「さっきお使いを頼んだから、そのときにぶつかったのかな」
「そういえば、郁も出かけたな」
「え、ていうことはさっきの二人が?!」
ひゃーっと頬を両手で覆い、園子はアイドルとの思いがけない接触に興奮する。そんな彼女の様子に、コナンは思わず頬を引きつらせた。それを見て、春がクスクスと笑う。
「こんなところで立ち話も何だし、楽屋に行こうか。他のメンバーもそろっているから」
「ええ、是非!」
園子は大きく頷く。春に促され、コナンたちは大きな楽屋のドアを潜った。
広い楽屋の中心に置かれたテーブルには、十人ほどの青年たちが座っていた。彼らの視線が一斉に、入室してきたコナンたちへ向く。その眼力に、園子たちは圧倒されて思わず後ずさった。
「始さん、春さん。その人たちは?」
青とクリームが混ざったような色の髪をした青年が、一番に立ち上がってこちらへ歩み寄る。皐月葵、Six Gravityの王子と呼ばれている。
「鈴木財閥のお嬢さまとそのお友だち。社長のお客さまだよ」
「すっげー、俺お嬢さまって初めて見るぜ」
のんびりとした口調の青年は、イチゴミルクと描かれたパックを離そうとしない。無気力系マイペースアイドル、卯月新だ。
「おい、新、お前仮にもアイドルなんだからもうちっとシャキッとしろ」
「あはは……まあ、新らしいけど」
真っ赤な髪の青年は呆れてため息を吐き、黒い髪の青年は少し引きつった笑みを浮かべた。関西出身の幼馴染、葉月陽と長月夜。
「ふあ〜あ……だれ? お客さん?」
「あ、涙、おはよふ」
大あくびをして今しがた目を覚ましたのがピアノも得意とする水無月涙で、何やら菓子を頬張っているのが師走駆か。ぴき、と始の額に青筋が走り、駆と新はぴしりと背筋を伸ばした。
「お前ら、アイドルの自覚を持てとあれほど……」
「どうどう、始。お客さまの前だからね」
春の言葉に、始は渋々口を噤む。
何と個性的な面々か。コナンは既に疲れてきた。
「さっきも言った通り、神無月郁と如月恋は、少し出かけているんだ。ごめんね」
取敢えず座ってはどうかと春は椅子を勧める。遠慮した蘭たちだが、リハまで時間があるから大丈夫だと隼にも背中を押され、緊張しながら勧められた椅子に座った。コナンがピョンと椅子に座ると、じーっとこちらを凝視する新の視線に気づいた。
「ちょっと新」
「あ、思い出した。キッドキラーだ」
失礼だと葵が袖を引くが、さすがマイペース、ポンと手を打った。
「キッドキラー?」
「怪盗キッドの予告をことごとく看破して、盗みを未然に防いでいるスーパー小学生。新聞で見た顔だ」
「え、そうなの?」
「あはは……」
葵や駆にも顔を見つめられ、コナンは居心地の悪さに引きつった笑みを浮かべる。
「すっげー、有名人だ!」
「サインくれ、サイン」
駆も興奮して声を上げる。新は適当にカバンを探り、手帳のフリーページを開いてコナンに差し出した。
(あんたらの方がよっぽど有名人だよ……)
園子が色紙を出しづらそうに、コナンを睨む。濡れ衣だと、コナンは叫びたくなった。
盛り上がる彼らの様子を見守っていた春に、葵が声をかける。
「春さん、先ほど春さん宛のファンレターが」
「ああ、ありがとう」
そっと輪から外れ、春は部屋の隅へ置いてあるファンレターや差し入れのボックスを覗き込んだ。マネージャーや葵たちが宛先ごとカゴに仕分けしてくれてあり、春宛のものは薄黄緑色のカゴに入っている。大きなものは後で開封することにしていたため、数通のファンレターだけを取り上げた。
「――っ!」
がた、と大きな音がした。
アイドルたちにもみくちゃにされかけていたコナンには、音と一緒にかみ殺した悲鳴も聞こえており、咄嗟にそちらを見やる。ファンからの差し入れを見ていた春が、青い顔で足元に散らばる手紙を見下ろしていた。
「春?」
珍しい相棒の様子に、始が少し慌てて駆け寄る。葵や海、コナンや世良たちも心配して肩を震わせる春に声をかけた。
「! これ!」
春の肩を抱いた葵が、表情を強張らせる。春は「う」と口元を手で覆って、ズルズルと座り込んだ。コナンは世良と共に膝をついて手紙を拾い上げる。
「……これ、ファンレターって言うには」
「随分、熱狂的すぎるな」
書きなぐられた愛を謡う言葉が並ぶ便せんと、隠し撮りらしい春の写真。それらはストーカーと呼んで差し支えない内容だった。
ペタンと座り込んだ春の傍らに膝をつき、始は険しい顔でその写真を握りつぶした。
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