「オダサクの様子がおかしい」
そう言い切る赤髪を一瞥し、坂口は引き出しへ手を伸ばした。そこには以前伝手を使って買いだめた薬が入っている。一錠摘まみ、太宰へ差し出す。しかし太宰はぷっくりと頬を膨らめ、そういうことではないのだと語調を荒げた。
「ではなんだって言うんだ」
身体の弱い弟分が、また体調を崩したのかと思ったが、そうではないらしい。自宅だというのに、縦縞模様のシャツとベストをしっかり着こなした一番目の弟分は、坂口のシャツの襟をひっつかんで、隣の部屋を指さした。何だと言うのだと思いながら坂口は部屋を覗き込む。
そこはもう一人の弟分も含めた三人の寝室で、煎餅布団は綺麗に畳んで隅に積んである。部屋には他に衣装箪笥と姿見が置いてあって、もう一人の弟分はその姿見の前で座り込んでいた。坂口と太宰が立つ入り口に対して姿見は垂直になるよう置かれていたから、二人が少し壁に身を隠せば鏡に映ることもなく、座り込む弟には気づかれない。
鏡をぼんやりみつめていた弟は、徐に曲げた膝へ視線を落とした。そこにあったのは赤い格子模様の着流しで、去年の暮れに買ってやったものだ。彼の瞳と同じ色で、太宰もよく似合うと絶賛した。本人は高価なものが性に合わないと、一度着たきり箪笥へしまいっぱなしにしていた。
それを何故今取り出して、あんな顔で肩幅を合わせて見ているのだ。
「なあ? 変だろう?」
「ああ。少しな……キメすぎたか?」
先ほど見た引き出しの薬は、そう目減りしていなかったと思う。
「阿呆なこと言いなさんな」
声を潜めていた二人に、弟は一つ声を飛ばしてねめつける。坂口が肩を竦め、太宰がげえと顔を顰めると、織田はため息を吐いていそいそと着物を畳み始めた。
「しっかしオダサク、急にどうしたんだよ」
見つかっていたなら仕方がないと開き直り、太宰はずかずかと部屋へ入る。織田はパタンと箪笥を閉じ、太宰を見上げた。
「その着物、俺や安吾が着てくれって頼んでも、なんだかんだ着てくれなかったやつじゃん!」
「なんやねん、そっちこそ急に……ワシ別にケチつけとらんし、ワシはこれ着たやん」
「あの一度きりじゃんか!」
「安吾も太宰クンもワシも、普段洋装やろ。和装なんてこっぱずかしくて、まるで七五三気分やん」
「で、そんな七五三衣装を鏡で合わせて、何してたんだよ?」
坂口の言葉に、織田は小さく顔を顰める。その反応で話をはぐらかそうとしていたのだと気づき、太宰は織田を睨んだ。
「……別にええやん。ワシかて、気まぐれ起こすわ。……猫やもん」
織田は癖毛だらけの三つ編みを指で摘まみ、先を揺らす。
「は? 烏じゃなくて?」
意味が分からないと太宰は目を瞬かせる。坂口は口元へ手をやって、ニヤリと笑った。
「へえ、和装の似合う御仁にマタタビでももらったか?」
「!」
「はあ?! 何だよ、それ!」
織田はビクリと肩を揺らす。成程、その反応はまるで猫のようである。問い詰めようと迫る太宰をズイと押しのけ、織田は二人の隙間をすり抜けて部屋を飛び出した。その猫のような逃亡姿に、太宰がさらに声を荒げる。
「まだ話は終わってねぇぞ!」
「堪忍や! これから秋声さんとの約束あるさかい!」
バタバタと派手な音がし、やがて乱暴に玄関の扉が閉まった音がした。太宰はまだ苛立ち収まらない様子だったが、その様子すら愉快だと坂口は笑った。
「まあ、気にすんな。猫は気まぐれなもんさ」
「納得できない!」

「成程、それでいつにも増して飛び跳ねているんだね」
ちょいちょいとチョコレイトの癖毛を突く指を軽く払いのけ、織田は自分で頭を撫でつける。
「全く、二人とも干渉しすぎなんよ」
「オダサクさんのことが大切なんだよ」
優しい笑顔で織田を諭すのは、彼と同じ学生の徳田秋声だ。入学時期は同じだが、織田は休みがちで単位が足りず一年浪人しているので、徳田は学年としては一年先輩に当たる。そういったこともあって、時折織田の課題を手伝ってくれているのだ。場所は織田行きつけの喫茶店。しかし席は徳田の希望で、屋外の光がよく降ってくる窓際にしている。
織田のノートをパラパラとめくって、徳田は少し眉を顰めた。
「なんだい、これ。全然進んでいないじゃないか」
「う……」
織田は言葉を詰まらせ、アイスコーヒーのストローを噛む。じろり、と徳田は彼を見やった。
「お兄さんたちじゃなくても心配になるね。マタタビもらって尻尾振って、学業を疎かにしているんじゃないのか」
「耳に痛い!」
顔を伏せようとする織田と机の間にノートを滑らせ、徳田は教科書を開く。ここまで夕刻までに進めようと彼が言ったのは、いつもの二倍の頁数がある。げぇと織田は顔を顰めた。
「宿題ができないなら、僕といる間に多めに進めてしまえばいいだろ」
「……秋声さん……!」
織田はガバリと立ち上がると、徳田の手を両手で握りしめた。突然の接触に驚いたのか、徳田は目を丸くして頬を染める。
「ほんまおおきに……! 持つべきものは秋声さんやで!」
「そんな……大げさだよ」
徳田はほんのり色づいた頬を隠すように目線を落とし、窓の方へ顔を向けた。ニッコリと満足げな織田はそれに気づかず、じっとりと汗ばみ始める徳田の手をぶんぶん振り続けた。
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