透明少年と名探偵(2)
「ところで、黒子さんたちはどうしてあのホテルに?」
「あれ、言ってませんでしたか? 夏休みを利用した旅行です」
インターハイも終わり、一息ついたところで部活も休みなのだと、黒子は言った。コナンは彼と並んで歩きながら、首を横に振った。
「そうじゃなくて、どうしてあのホテルに泊まっていたのかなぁって」
黒子一行が宿泊していたのは、コナンたちと同じホテル。あのホテルは鈴木財閥のグループ企業が経営しており、そこそこ立派で値段もそれなりにはる。今回コナンたちは園子の顔利きで安くしてもらっているが、聞けば黒子一行はバスケに関して有名人らしいが、それ以外は一般の学生たち。特に下宿暮らしの大学生としては、一円でも安い民宿に泊まりたいものだろう。
黒子は少し言いづらそうに視線を逸らし、頬をかいた。
「それはまあ……コネというか」
「コネ?」
「知人に財閥の一人息子がいまして、彼に優待券をもらったんです」
コナンたちと同じだったか。その一人息子とやらは黒子と黛の元チームメイトであるらしい。
「へえ、気前良いんだね、そのお友だち」
「まあ、赤司は黛さんと黒子に甘いところがあるからなぁ」
後ろで歩きながら話を聞いていた高尾が、そんなことを言って苦笑した。赤司、というのがその友人の名前か。どこかで聞いたことがあるような、とコナンが思考に沈みかけたところ、「あそこだ」という諏佐の声で我に返った。
「確かここだな、古橋が襲われたのは」
しゃがんでコンクリートの地面を撫でると、微かに黒い点が見つかる。血痕があることからも、ここが現場で間違いない。
「古橋は、俺たちを捜していたんだよな」
「ああ」
今年大学受験を控えた古橋は、予備校の夏期講習に参加していたため、到着が遅れたらしい。携帯の連絡で黒子たちが浜辺に移動したことを知っていたから、浜辺を見下ろせるこの道に立って辺りを捜していた、と。
「そのときだな、突然腕に痛みが走ったんだ」
遠くを見ていたから、近くの気配に気づかなかったのだ。痛みで顔は歪み、古橋は思わずその場に膝をついた。神経を走る熱さに意識も持っていかれ、犯人を追うという考えも浮かばなかった。それは己の失態だと、古橋は眉を顰める。彼を慰めるように、小堀がその肩を撫でた。
「仕方ないよ、突然のことだったんだから」
「取敢えず、目撃した人たちにもう一度話を聞いてみるか」
黛の提案に頷き、コナンたちはさっそく目撃者捜しに移った。

恰幅の良い男は、腕を組んで首を捻った。
「古橋? 嗚呼、昨日通り魔に襲われた子? そんな名前だったんだ。バスケ部かなんて知らなかったなぁ、じゃあ、腕を切られて大変じゃないか? ……うん、どこの誰かなんて知らなかったよ、当たり前だろう? ここは観光地で、たくさんの人がいるんだ。……ちょうど恋人と歩いていたら、呻き声が聞こえて、見たらその子が腕を押さえて蹲っていたんだ。手の間から赤いものが見えて、恋人が先に血だって気づいたんだよ。びっくりして小学生の……そう、君が声をかけるまで動けなかったね。走り去る人間? そのときたくさんの人が道を歩いていたからなぁ。怪しい人間は分からなかったな。……スポーツ? いや、何もしていないよ、おかげでこの腹さ」
日焼け跡の残る腕をした女性は、耳につけていたイヤホンを外した。
「へえ、バスケ部だったの。確かに、体格が良いなあとは思っていたけど。……水着に着替えて、これから海へ行こうとしていたところだったの。誰かの叫び声が聞こえて、見たらその人がしゃがんでいるのが見えたわ。誰かが刺されたんだ、とも言っているのも聞こえたわね。走っている人は勿論いたわよ、だって刺されたって聞いたのよ。近くに犯人がいると思ったら、逃げるのは当たり前でしょう? ……スポーツ? ああ、この日焼けのこと? 陸上競技やってるの」
体格が良い男は、隣にいた諏佐と同じくらいの身長の友人を見やった。
「僕らは実際現場を見たわけじゃなくて、他の人が話しているのを聞いただけだからなぁ。……うん、霧崎高校の古橋くんだって聞いたよ。僕は高校バスケに詳しくはないけど、去年のウィンターカップでの話は聞いていたからね、復讐なんじゃないかなって思ったよ。……誠凛高校? 勿論していたよ、去年のウィンターカップの快進撃は見ていたから。……僕かい? いや、僕も友人の彼も、バスケ部じゃないよ。バリバリのインドア派なんだ」
浅黒い肌をした少女は、艶の良い爪を弄りながら頷いた。
「聞いた聞いた、ナントカってチームの古橋ってバスケ選手が通り魔に襲われたって。実際目撃してないし、私バスケに詳しくないから、その人のこと知らないんだけどね。……どこで聞いたか? えっと、ホテルのロビーかな。泊っているのは少し離れた民宿なんだけど、そこのビュッフェがおいしいって聞いたから。……スポーツ? 私はバスケじゃなくて、ソフトボールだよ」

十二時を少し過ぎた頃、黒子たちは宿泊ホテルへ戻った。歩き疲れ腹も減っていた高尾は、ぐうと鳴る腹を押さえて唸る。
「あーあ、結局犯人に繋がるものは見つからなかったな」
「そうかなぁ」
高尾は目をパチクリと瞬かせた。
「何か分かったのか?」
「んー、何となくだけど」
推測は立った。あとは物的証拠なのだが、難しいだろう。
「取敢えず、昼飯にするか」
「そうっすね」
「昼食チケット、部屋からとってくる」
空腹の限界に近かった高尾は、何故財布と一緒に持ち歩かないのだと抗議する。黛は適当にあしらって、スタスタと部屋へ向かう。高尾と黒子、そして古橋は一階で待つと言い、残りの大学生たちが部屋へ荷物を取りに行くことになった。コナンは、後者についていくことにする。
五人の乗ったエレベーターが止まった階に、コナンはヒクリと口元を引きつらせた。
「……お兄さんの友だちって、すごいんだね」
コナンたちはさらに上の階に泊まっているが、この階も中々値段の張る部屋が並んでいたはずだ。黛は静かな声で「ただの後輩だ」と言った。
「一部屋に泊まっているの?」
「いや、さすがに平均百八十超えの男たち七人は暑苦しいからな。二部屋にしてもらっているよ」
こちらが黛、諏佐、小堀、石田の宿泊している部屋だ、と黛は扉を開く。清掃担当の従業員が手を入れた後らしく、シーツ類は交換され整えられた後がある。特に私物が散らかっている様子もなく、彼らの几帳面さが伺えた。
汗をかいたからと、石田は自分のカバンから着替えを取り出す。彼だけでなく諏佐や小堀も、市販のリュックサックやボストンバッグだ。黛が手を伸ばしたのは、黒いエナメルバッグ。横が白く、アクセントに赤いラインが入っている。コナンも黛の隣でそれを覗き込んで、首を傾いだ。バッグの隅に、『SEIRIN』の文字があったのだ。
「せいりん……って、黒子さんの高校?」
「ああ、これ、黒子のバッグだ」
「なんで黛さんが?」
「遠出用のバッグがなくてな。本当はうちの高校のバッグにしようと思ったんだが、紐が切れて、使い物にならなくなったんだ。で、黒子に借りた」
「大学生なんだから、好い加減買えって言っているんだがな……」
因みに、黒子たちも市販品のバッグで、高校の名前が入ったバッグを持ってきているのは黛だけらしい。「別にいいだろ、死ぬわけじゃあるまいし……」と黛は不満げに呟きながら、カバンを開く。チケットを探して中へ手を入れた黛は、少ししてその動きを止めた。
「? 黛さん?」
「……」
無言のまま、黛は手を引き抜く。コナンも、彼の様子を訝しがって手元を覗き込んでいた諏佐たちも、ぎょっと目を疑った。
黛の手に乗っていたのは、白いタオルの塊。端に黒ずんだ染みがついている。黛はそっと、そのタオルを広げた。
「……死にはしなかったな」
刃に赤い汚れがこびりついたサバイバルナイフが、そこにあった。

「お前だったのか、犯人は!」
ビシリ、と毛利が黛を指さす。しかし、ギンとした高尾の睨みが飛んできたので、サッと腕を下ろして蘭たちの後ろへ下がった。横溝は袋に入れたナイフとタオルを交互に見やって、うんうん唸った。
「調べたところ、血痕は古橋さんのもので間違いありません。持ち手の指紋は拭き取られた後がありました」
それから黛たちの方を見やり、事件時のバッグの所在地を訊ねる。
「浜辺に立てたパラソルの下だな。警察が来るまで古橋と一緒にいて、事情聴取が始まるときに取りに戻ったから、放置していた時間はある」
「成程、そのときに入れられた可能性がありますな」
しかし、何故狙ったように黛のバッグへ凶器を隠したのだろうか。
「まるで、誰かに罪を擦り付けようとしたみたいだよね」
「誰か?」
「黛じゃないのか?」
コナンの言葉に、小堀が首を傾げる。いや、と黛は顎へ手を添えた。
「俺のバッグがどれかなんてわかるわけがない――一般人には見つからないんだからな。それにあれは、数日前に借りたばかりだ」
「借りた? 誰にです?」
横溝の質問に、コナンや黛たちの視線が一人の青年へ向かった。
「……僕の、ですね」
困ったように、黒子は吐息を漏らす。また疑われる要素が浮上し、気疲れしているようだった。毛利は「やっぱりお前か!」と叫びかけて、またすごすごと身を引いた。
「『SEIRIN』の文字が入ったバッグを持った――誠凛高校の生徒を狙ったんですね」
黒子は悔し気に眉を潜め、唇を噛みしめた。それから、コナンの方を見やる。
「君は、犯人の目星がついているようでした。……お願いです、この事件を終わらせてください」
「なに! そうなのかい、コナンくん」
「……でも、確証も証拠もないよ」
「ガキの思い付きだろ」
「ま、どっかの探偵さんよりは、当てになると思うけど」
昨日から続く高尾の冷たい態度に、毛利は口を噤むしかない。その種を蒔いたのは紛れもなく毛利本人であるからだ。
黒子はコナンの傍に膝を折ってしゃがみ、彼の肩を掴んだ。
「お願いします」
「……探偵は、証拠のない推理はしないんだ」
「コナンくん!」
「だからこれは、僕の……子どもの想像だよ」
仕方がないと口元を緩め、コナンは黒子を見上げた。蜘蛛の糸を見つけたように顔を崩す黒子は、とてもいつも無表情の彼とは思えない。そう、黛や古橋もだが、彼らはよく見れば表情豊かだ。冷静な性格とあまり表情筋が動かないように見える風貌のため、疑われやすいのかもしれない。
「ありがとうございます……!」

「おにいさん!」
聞き覚えのある声に足を止め、振り返る。少し視線を下げたところで、ニコニコと微笑む眼鏡の少年がこちらを見上げていた。隣を歩いていた友人も、不思議そうに少年を見ている。
「やあ、昨日の子か。どうかしたのかい?」
「お兄さんたちだよね、事件の日、ロビーで古橋さんの噂をして、僕の友だちにいろいろ教えてくれた人」
霧崎高校の噂と、誠凛高校との確執を知るきっかけになった証人。二人は目を瞬かせたが、すぐに破顔して頷いた。
「ああ、あの小学生たちか。今思えば、おかしなことを聞かせてしまったかな」
「ううん、すごく助かったよ」
「そうかい」
「それでね、もう少しお兄さんたちに聞きたいことがあるんだ」
「んー、少しなら良いよ。今日はもう帰るから、電車の時間に間に合うなら」
「大丈夫だよ、すぐ終わるから!」
こっちへ来てほしい、と少年は男たちの腕を引いてロビーの待合場へ連れていく。言われるままついてきた男たちは、並んだソファに座っていた先客たちを見て顔を強張らせた。
「古橋……!」
「おい、マジかよ。諏佐や小堀、高尾までいるのか……」
「さすがお兄さんたち! 顔を見ただけでよくわかったね」
小声で囁き合う男たちだが、コナンは耳聡く拾って声を張る。男たちはギクリとしたが、何とか口元を持ち上げ、乾いた笑い声を上げた。
「ま、まあね。去年のウィンターカップは見ていたから……」
「秀徳や桐皇は、強豪だって聞いていたしな」
「ふーん」
コナンは納得したのかよくわからない声色だ。取敢えず席を勧められ、男たちは強張った肩のまま腰を下ろす。コナンは彼らの向いに座った。
「で、聞きたいことって?」
「そうそう。お兄さんたち、事件を実際目撃したわけじゃなくて、話を聞いただけって言っていたよね」
「あ、ああ……言っただろう、インドア派だって。海で泳いだわいいものの、すぐ疲れてホテルでのんびりしていたんだ」
「そっか。ん〜、でもおかしいなぁ」
無邪気に笑って、コナンは男たちを見つめる。
「――どうして、知っていたの? 襲われたのが『霧崎高校の古橋さん』だって」
「!」
男たちは肩を揺らした。眼鏡越しの小学生の視線が、これほどまでに痛いとは思わなかった。それだけじゃない、横からの視線が突き刺さる。
「……う、噂で聞いたんだ。昼間のビーチでの事件で、目撃者も、多かっただろ」
カラカラに乾く口をどうにか動かして、男は何とか笑みを作った。しかしコナンの表情は崩れない。
「昨日、僕らも目撃情報を集めたんだ。でもね、いなかったんだよ――被害者がバスケ部で、『霧崎高校の古橋』って個人まで特定できた目撃者は」
男たちは口を噤んでいる。
ここは静岡で、霧崎高校は東京の高校だ。東京でこそ進学校の名で有名だが、県外にでてしまえばそんなことはない。また、失礼だが高校バスケは高校野球ほど大衆の目に触れるものではない。それこそ、バスケファンで試合を観戦するような者しか、顔を見ただけで個人を特定できることはないのだ。
「ぼ、僕らは文化部で……!」
「いや、お兄さんたちは運動部、それもバスケ部だよ」
先ほど手を握ったときに確信した。引退したからはあまりボールを触っていないのか、柔らかくなりつつあったが、確かに手のひらにマメの跡があった。現役バスケ部の黒子や高尾と同じ場所に。それだけなら他の運動部の可能性もあるが、彼らはあまり日に焼けていない。これは、屋内競技であるという証拠。体操選手にしては筋肉がつきすぎているし、バレーボールの可能性もあったが、先ほど指摘した発言からしてバスケットボールで間違いないだろう。
「これは僕の想像だけど、お兄さんたち、去年霧崎高校にラフプレーで負けたバスケ部なんじゃない? 今は引退したのかな。それでたまたまやってきた静岡で、古橋さんを偶然見つけた」
恐らく、沸騰するように怒りが沸き上がったのだろう。去年、自分たちを卑怯な手で陥れ、最後の大会を台無しにしたチーム、そのメンバーが目の前に現れ、今からバカンスを満喫しようとしていたのだから。犯人が二人いれば、一人が切り付けたナイフをしまうのを身体で隠すことができる。
「ナイフは」
唐突に背後から声が聞こえ、男たちは肩を飛び上がらせた。バッと振り向くと、そこに先ほどまでいなかった青年が二人並んで立っている。
「ま、黛……!」
「お、俺もそこそこ有名人だったか」
呑気な黛の発言は無視され、黒子は二人の座る背もたれを掴んだ。
「ナイフを、どうして『SEIRIN』のバッグに入れたんです」
「それは……」
「誠凛高校と霧崎高校の因縁を知っていたから、だよね」
言い淀む男たちの代わりに、コナンが答える。
「きっとバッグ自体を目にしたのは、浜辺でパラソルを立てていたとき。誠凛の誰かは分からなかったけど、バッグがあったから誰かしらいると踏んだんだろうね」
犯行後ナイフをそれに入れ、自分たちの荷物を回収した。後は人込みに紛れ、ホテルへ戻るだけ。
「しょ、証拠は!」
「ないよ。だから言ったでしょ、子どもの妄想だって」
無邪気に笑ったコナンは、ああけれど、と顎へ手を当てた。
「黛さんのバッグにお兄さんのどちらかの指紋がついているかなぁ。咄嗟にナイフの指紋は拭っても、焦っていたらバッグについ素手で触っちゃっているかもね」
「黛のバッグ?! あれは誠凛高校のやつのじゃあ……!」
「おい!」
片方の男の口を塞ぎ、まだ幾分冷静なもう一人は彼を落ち着かせる。自白しかけたようなものだが、コナンはニヤリと笑って言葉を続けた。
「正確には、黛さんが借りた黒子さんのバッグだよ」
「! 黒子って、キセキの世代、幻の六人目?!」
今度はもう一人の男も驚き、ぽかんと口を開いた。そんな彼らの向いへ移動し、黒子は胸へ手を当てる。
「はい、黒子は僕です」
今度こそ男たちは絶句した。
「けど、今は誠凛高校の黒子テツヤだ」
だからこそ、と黒子は拳を握りしめる。
「誠凛高校の誰かへ罪を着せようとしたあなたたちを、僕は許せない」
初め、黒子は古橋が傷つけられたことに悲しみ、自身に疑いがかかったことを悔しがっていた。しかし今は、チームメイトの誰かが犯人にされていたかもしれないという事実に、憤っている。
「霧崎高校のバスケは確かに酷い。僕も、彼らのバスケは嫌いです。けど、バスケでやられたことは、バスケで返すべきだ。誰かを巻き込んでまでする復讐は、間違っている!」
少々、コナンは呆気に取られていた。昨日今日の様子で、黒子が決して冷静なだけの青年ではないと分かっていた。しかしここまで熱い感情を秘めており、曝け出すとは思わなかった。
「……」
「……こいつが、」
「おい、やめろ」
「こいつが!」
片方の制止を振り払い、男の一人は立ち上がると古橋へ掴みかかった。咄嗟に諏佐と小堀が立ち、彼の腕を掴んで止めた。
「こいつが俺たちのキャプテンを、故障に追い込んだんだ!」
振り払うことができず、男はガクリと膝をついた。それから頭を抱えるように蹲り、嗚咽を溢す。座ったままだった男も、力なく項垂れる。徐に古橋は立ち上がり、男を見下ろした。
「すまないが、俺はお前たちを覚えていない。きっと、花宮たちもだ。例え俺を殺しても、奴らに響くことはないだろう。俺自身にも」
「おい、古橋」
「わからないんだ、すまないな」
ゾク、とコナンの背筋が冷えた。真っ黒な――死んだ魚のような目が、無感動に男を見下ろしている。少し顔を上げた男が、進学校へ通うような頭の良い坊ちゃんだからだと毒づいた。そうなのかな、と古橋もぼやく。
「まあ白状すると、俺は痛覚も鈍いようで、切られたときも痛みは然程感じなかったんだ」
あれは貧血によるものだったのだろうか、と古橋は独り言ちているが、コナンはそんな馬鹿な、と心中ツッコんだ。
「だから、すべて俺にしておけ。傷つけるのも、罪を着せるのも。好みの反応は返せないだろうが、サンドバックだって叩けば幾分すっきりするんだから。……一緒にいる奴らに、手を出すな」
おや、とコナンは思わず目を瞬かせる。僅かに浮かんだ色は、強い意志を秘めたもののように見えた。自分ではそう言うが、彼とて人形のような男というわけではないのだ。
「……ほんと、狂ってやがるな、霧崎は」
立ち上がった男は、涙や鼻水で汚れた顔を袖で拭った。
「……くだらねぇ。こんな奴に復讐しようとしたことも、こいつらにばれないようにこそこそしていたことも」
「さっきから聞いてはいたが、自白でいいんだな」
「言葉通り受け取れよ」
石田へ素っ気ない言葉を返し、男は元の席に戻った。片方はまだズビズビと鼻を啜り、片方は何かを吐き出すように鼻から息を吐いて目を閉じた。
黒子はただ、そんな二人は悲し気な瞳で見つめていた。

「それで、結局その彼は反省したのかしら?」
キャプテンの意向とはいえ、反対もせず従っていたのだ。そのラフプレーが招いた事件。友人たちまで巻き込んだのだ、さすがに反省もしなければ人間ではない。
「さあね」
適当にはぐらかして、コナンはググっと身体を伸ばす。
「天才によくあるタイプね。勉学は問題ないけれど、善悪の判断が弱い」
「元々感情の起伏が少なかったって言っていたからなぁ。そのせいで友人は少なかったんじゃないか?」
「で、やっと自分を見てくれたのが悪童だったってオチ? 免罪符にはならないわよ」
「ま、けどなるようになるさ。今はチームメイト以外にも友人はいるみたいだからな」
コナンはチラリとホテルの窓から見える外へ視線を向けた。
既にチェックアウトを済ませた彼らは、ストバスでボールを奪い合っている。これから六人は東京へ帰ると言っていたが、時間は大丈夫なのだろうか。しかし楽しそうに弾むボールを見ているとそれを指摘するのも野暮に思えて、コナンは灰原と珈琲を飲みながら、彼らの試合を眺めることにした。
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