透明少年と名探偵(1)
「おおー」
真っ青な海、熱気はあるが爽やかさの勝る風。点在する緑や白がコントラストとなり、眩しい。同じ日本であるが、普段は見ない海を見ると、どうしてこうも世界が輝いて見えるのだろうか。潮風を鼻に吸い込み、コナンは感嘆に頬を弛ませた。
「綺麗なところだね」
「そうね。あの海も泳げるんだよね?」
「ええ。近くにはバスケコートやテニスコートもあるの。まさにリゾート地ね」
鈴木財閥の保有する一等地には負けるだろうけど、と小さく呟く園子だが、随分と楽しそうである。歩美たちも普段都会では中々目にしない青に興奮気味だ。
「早く海へ行こうぜ!」
「ホテルに荷物を置いてくる方が先よ」
脇に抱えた浮き輪で今すぐにでも海へ飛び込みそうな元太の肩を叩き、灰原は一人先にホテルへの道を進む。慌てて、光彦がその背中を追い、歩美や元太も続く。
「私たちも行こっか」
「うん」
蘭に促され、コナンも園子と共に歩き出した。
「ん?」
日光を受けて輝くホテルまでの道中、ボールのぶつかる小気味よい音が耳をついた。コナンは思わず足を止め、音の行方を捜す。進行方向の少し先、フェンス越しに動き回る人影が見えた。
数は四、五人といったところか。何れも蘭や園子と同じ年頃の青年たちだ。みな背が高く、体格も良い。一人は椅子に座って動き回る他の数人を見守っており、審判をしているのだと察せられた。コナンが足を止めると、蘭や園子もつられて立ち止まり、歩美たちは感嘆の声を漏らした。
糸がついたように手から手へ飛んでいく茶色いボール。数人の間で弾んでいたかと思えば、うち一人がそれを持って輪から飛び出す。そのままゴールポストへ向けて直接叩き込まれた。
「ダンクシュートですね!」
「すげぇ!」
「ストリートバスケか」
得点があったことで試合は少し止まり、加点されたらしいチームメンバーがハイタッチを交わす。点を奪われた方が少し残念そうであったが、楽しそうに笑顔を浮かべて汗をぬぐっていた。
「結構、イケメンね」
「もう、園子ったら」
恋人ができても相変わらずな親友に、蘭は呆れるしかない。
「どうかしたの、江戸川くん」
「ん、いや……」
一人その場に佇んだままのコナンへ、灰原は声をかける。コナンは生返事をしつつ、じっとストバスのベンチを見つめていた。
「あそこに並んでいるバッグ、六つあるんだけどよ、さっきから四人しかいないなぁって」
「トイレにでも行っているんじゃない?」
くだらない、と呟き、灰原はコナンを置いて先へ行く。その言い方にムッとしたものの、内容は的を射ていたので、渋々黙したままコナンもホテルへ向かった。
「?」
ふと、嫌な視線を感じて、コナンは足を止めぬままそっと視線を動かす。対向車線の歩道間際、一台のバイクが止まっていた。そこに跨っていたのは、灰色のライダースーツに身を包み、フルフェイスマスクのヘルメットをかぶった人間。ヘルメットで顔は分からないが、どうやらストバスの方を見ているようだ。コナンに気づいたわけではないようだが、バイクの人間はやがて視線を外すと、エンジンを入れて走り去っていった。

「ぷはー」
一試合終え、前髪をカチューシャで上げた青年は地べたに座り込んでドリンクを煽った。一番長身の青年は、自分のバッグから取り出したタオルで汗を拭く。その隣に座っていた体格の良い青年二人は、持参していたタッパーを開いた。
「おおー、うまそう」
「昨日の夜仕込んできたんだ」
食べるか、とタッパーの持ち主が黄金色に輝く中身を見せる。にゅう、と薄青色の髪をした青年と薄墨色の髪をした青年が、それを覗き込んだ。びく、と微かにタッパーを持つ手が震える。
「美味しそうです」
「だな。さすが主夫」
「お前らもう少し存在感だせよ……」
「さっきも通行人が不思議そうにこっち見てましたよ。バッグと人の数が合わなくて不思議がってたんじゃないッスか?」
カチューシャの青年が、一言断って蜂蜜漬されたレモンを摘まむ。彼の肘置きに頭を使われた薄青色の青年は、小さく眉を潜めて無防備な脇腹へ肘を打ち込む。
「ぐっ」
「しかし遅いな、あと一人」
地面へ蹲る青年を視界にすら入れず、薄墨色の青年は摘まんだレモンを齧った。

「いえーい!」
光彦たちは青い海へ一斉に飛び込む。浜辺に立てたパラソルの下でその様子を眺めていたコナンは、元気の良さに頬を緩めた。灰原は今回も、ゆっくり肌を焼くことに専念するつもりのようだ。
「きゃー!!」
蘭の水着姿に見惚れていたコナンだったが、突然聞こえてきた悲鳴にハッと我に返った。辺りに視線を走らせると、浜辺を登り切ったところに人だかりができているのが見得た。サンダルをひっかけ、コナンはその場へ駆け寄る。
大人たちの足の隙間を抜けて、コナンは輪の中心へ向かう。コンクリートの地面に座り込んでいたのは、高校生くらいの青年だった。黒々とした目を歪ませ、彼は右上腕部を左手で抱きしめている。そこから、毒々しいほどの赤い液体が零れ落ちていた。
「……っ」
「お兄さん、大丈夫?!」
コナンは彼の傍らで膝をつく。追いついた灰原も目を見開き、羽織っていた上着を脱いで差し出した。コナンは上着の袖を、出血部分に巻き付ける。簡単な止血をし、コナンは灰原を振り返った。
「灰原、救急車!」
「もう呼んだわ」
通話を終えたところなのだろう、灰原はスマホを振って見せる。コナンは青年へ向き直った。僅かに脂汗を滲ませた額へ手をやり、青年は青白い顔でコナンを見やった。
「お前は……」
「お兄さん、一体何があったの?」
「急に、切り付けられて……」
通り魔か。青年はそれきり口を閉ざして俯く。傷はそう深くない。ショックが大きいのだろう。通り魔を追おうにも、これ以上質問を重ねることはできないし、もう遠くへ逃走してしまったことだろう。後手に回ってしまったと、コナンは舌を打った。
「これはいったい……!」
「おい、古橋じゃないか!」
コナンは振り返る。ぐったり座り込む青年を見て驚いた顔をしていたのは、先ほどストバスを楽しんでいたあの青年たちだった。

数分後、パトカーが到着し現場検証が行われた。被害者の青年は手当され、命に別状はないと診断される。凶器はサバイバルナイフのような、刃の短いもの。他、物証は見つからなかった。被害者の名前は古橋康次郎、東京の高校に通う三年生だ。今日は友人たちと旅行のため、この土地を訪れたらしい。所用があって到着が少し遅れ、一人で浜辺に辿り着いたところ、いきなり背後から何者かに切り付けられた、と。
「ふむふむ。その友人たちというのは……」
「そこの、六人です」
古橋の指の先を追い、横溝はくるりと首を回す。別の刑事たちに連れられた青年たちは、不安そうな面持ちをしている。高尾和成、小堀浩志、諏佐義典、石田英輝――高尾を除く三人は大学生、石田は静岡在住で、他は東京在住らしい。一人ずつ名前をメモしていった横溝は、はてと首を傾げた。
「六人、と仰っていましたが、二人足りないような……」
「いますよ」
ここに、と横溝のすぐ目の前で手が二つ上がる。横溝だけでなく他の刑事たちも驚き、場がどよめいた。どよめきの中心にいたのは、薄青色の髪をした青年と薄墨色の髪をした青年だ。前者は平均的な体格をしているが、後者はすらりと長身だ。まさか見落としていたのかと、コナンでさえ目を瞬かせた。
「すみません、僕ら人より影が薄くて……」
「忘れられるのはよくあることだから、気にするな」
「は、はあ」
黒子テツヤと黛千尋だと、二人は名乗った。黒子は高校二年生、黛は大学一年生、二人とも東京在住だった。
「みなさんは、何のグループなんですか? 同じ高校で?」
「いえ、みんな別の高校です。部活が同じで、大会で知り合ううち、親しくなったんです」
「部活?」
「それって、バスケ?」
コナンが無邪気に口を挟むと、黒子は少しきょとんとしたように目を瞬かせた。それから口元を綻ばせる。
「よくわかりましたね」
「後ろのお兄さんたちがストバスしているところ、僕見たんだ。黒子さんと黛さんは、見かけなかったけど」
「ああ……多分、そのときも僕らは一緒にいましたよ」
席を外した場面はなかったと黛も言う。訝し気なコナンたちに、黒子は頬をかいて「何分、影が薄いもので」と困ったように眉を下げた。
コホン、と横溝が咳払いをした。
「ともかく、君たちはみな静岡在住ではないし、様子から言って無差別な通り魔の犯行でしょう。全く、不運でしたな、折角の旅行だったのに」
「どうかな」
ポツリと呟いたのは、被害者の古橋だった。彼は無表情のまま、包帯の巻かれた腕を見つめる。
「俺に、敵は多いからな」
「古橋……」
咎めるような声色ではない。小堀のその言葉が、古橋の言葉の信ぴょう性を後押ししていた。コナンは目を細め、古橋を見つめる。
「どういうことですか?」
横溝も顔を引き締め、ズイと古橋へ詰め寄った。その迫力に眉も動かさず、古橋はパタリと腕を下ろした。
「俺の代のバスケ部は、キャプテンの意向もあって、散々っぱらラフプレーをしてきたからな。試合ごとに負傷者を出してきた……俺たちを恨んでいるバスケ部員ならそこら中にいるだろうさ」
無表情なのは事件のショックのせいかと思ったが、元から表情筋の動きは乏しいようだ。淡々と何でもないことのように言い、古橋は両の手の指を絡めた。コナンは黒子たちを見やる。みな黙したまま、視線を逸らす者もいて、古橋の言葉を如実に肯定していた。
「成程。怨恨の線も捨てきれないということですな」
「ああ。それくらいしか、提供できる情報はない。何分、顔を見ていなかったので」
十分すぎると、横溝は苦く笑った。

「おかえりなさい」
横溝に送ってもらってホテルに戻ったコナンを部屋で待っていたのは、読書中の灰原だった。同室の歩美たちの姿が見得ず行方を聞くと、食事に行ったと素っ気なく告げられる。
「で、どうだったの? 無差別の通り魔かしら?」
「さあな」
「あら、腑に落ちないって顔ね」
灰原は本を閉じ、それを脇へと避ける。足を組んだ彼女の向いに座り、コナンは腕を組んだ。
「怨恨の線を指摘したのは、被害者なんだよ」
コナンは簡単に事情聴取の様子を説明した。すべて聞き終え、灰原は小さく鼻を鳴らす。
「そりゃ、被害者としては早く犯人を捕まえてほしいんだから、当然じゃない?」
「そうなんだろうけど……」
「ま、あなたの違和感もわかる気がするわ。少し怪しいかもね、その友人グループ」
「は? おい灰原、何か知っているのかよ」
「私じゃなくてあの子たちがね、ここのロビーで聞いたそうよ」
あの霧崎高校の古橋が通り魔にあったらしい、彼のことだ、ラフプレーを恨んだ復讐ではないか――そういう囁きが聞こえてきたのだそうだ。
「成程……本人が言う通り、恨んでいる人間は多そうだな」
「それだけじゃないわ」
純粋な子どもは遠慮がない。元太たちはその噂を囁いていた者たちに声をかけたそうだ、「そんなにあの兄ちゃん、悪い奴なのか?」と。
「おいおい……」
「無邪気って怖いわね」
声をかけられた方は少し驚いたようだが、親切にも教えてくれたそうだ。
ああ、そうだろうね。特に恨んでいるといったら、誠凛高校だろう。あそこは一度ならず二度も、エースで大黒柱の選手を潰されたそうだからね……
「誠凛高校?」
「去年、ウィンターカップで日本一に輝いた東京の私立校よ。霧崎高校とは一昨年もインターハイで戦っていて、そのときにエースの選手が負傷退場しているわ」
「!」
「去年のウィンターカップでその雪辱は果たしたようね。最も、そのときも同じ選手が狙われ、その後、またその選手は治療のため休部している」
「一昨年も休部していたのか、その選手は」
「そのようね。そのせいでその年、誠凛高校はインターハイ敗退」
頷きながら、コナンはしかしまだ腑に落ちないと首を捻る。
「怨恨の理由にしても弱い気がするな……翌年に雪辱は果たして全国一になっているんだろう?」
「ええ。でもどうやらいるらしいわ」
そこで言葉を切り、灰原はノートパソコンを開く。数回操作し、開いた画面をコナンへ見せた。
「!」
「いくら雪辱を果たしたからって、そんな相手と遊ぶような仲になるかしらね?」
『誠凛高校、ウィンターカップ優勝』――見出しの下に並ぶ、誠凛高校のレギュラーメンバー。その最下段に、先ほど見た顔が並んでいた。
「黒子、テツヤ……」

「成程、そりゃ、犯人は決まりだろう」
その場に居合わせたというだけだが、蘭たちが事件に関わったと聞いて、翌日毛利は遥々やってきていた。灰原がコナンに話した情報は横溝も掴んでおり、毛利の意見を聞きたいと包み隠さず話した。それを聞いた毛利は、ホテル側に頼んで用意された控室のソファで腕を組み、深く頷く。
「ほお?」
興味津々と毛利へ顔を近づける横溝。蘭や園子と共に同室していたコナンは、大丈夫だろうかと疑いながら彼を見やる。因みに、歩美たち少年探偵団は昨日知り合った友だちと――牛とかアフロとか、わけのわからないことを言っていた――遊ぶといって、海へ行っている。
毛利の指示で控室に集められた黒子たちは、居心地悪そうに辺りを見回していた。
「犯人は、お前だ――黒子テツヤ!」
自信満々に毛利は指を向ける――が、そこには誰もいない。
「……あの、僕はここです」
犯人と指摘されて名乗り出るのは如何なものか、と顔に書いてある。しかし名乗り出ないのも申し訳ないと思ったのだろう、黒子は毛利の指した方より五十度ほど右に傾いたところから声をかけた。
「うお!」
「納得できません。どうして黒子が犯人なんですか」
驚く毛利へ、ムッと顔を顰めた小堀が詰め寄る。毛利は体勢を正し、ゴホンと咳払い。
「まず、これは無差別通り魔に見せかけた怨恨事件だ。後にも先にも、他に被害者が出ていないのがその証拠。そして被害者が言うように、彼には恨まれる理由があり、黒子には恨む理由があった」
「……霧崎高校とのことは、もう去年のウィンターカップで蹴りをつけている。黒子たちは花宮……あいつらに勝ったんだ」
諏佐が眉を潜め、刺々しい口調で反論した。
「だが結局、休部した選手はいたそうじゃないか」
「それは……」
「けどお父さん、黒子くんたちは仲の良い友だちなんだよ。別々の高校だけどこうして旅行に来るくらい」
「それもどうだか。復讐の機会を伺っていただけかもしれねぇぞ」
「言っていいことと悪いことがあるぞ!」
我慢ならず噛みつこうとした高尾を、慌てて石田が引き留める。石田も困ったような顔をしていたが、ギリリと悔しそうに歯を噛みしめている。表情を変えずに毛利の話を聞いているのは黒子と黛、そして古橋だけだ。
「……黒子は、そのとき俺たちと一緒に浜辺でパラソルの準備をしていた。通行人の悲鳴を聞いて、全員で現場へ向かったんだ」
腕を腰へ当てた黛が、冷静に指摘する。毛利はニヤリと笑い、それこそこの事件の肝だと言った。
「黒子は影が薄い。俺も横溝も、一度じゃ見つけられなかった。それはいくら友人と言え、お前たちも同じなんじゃないか? それこそ、目撃者のいない犯人の正体!」
つまり、黒子は影の薄さを利用して友人たちの傍から離れ、古橋へ切り付けた。それから目撃者にすら見つからぬまま、友人たちの元へ戻ったのだ。言葉だけ聞くと浅はかな推理に聞こえるが、あの影の薄さを目の当たりにしたコナンたちは一蹴することができない。
「ふっざけんな!」
小堀に羽交い絞めにされた高尾が、毛利へ噛みつこうとばかり、歯をむき出しにして唸る。
「俺は黒子を見失わない! こいつが離れたらすぐ分かる!」
「ふん、そんなわけ」
「本当だと思うよ」
毛利の言葉を遮ったのは、蘭だった。
「ここに来るとき、黛さんと黒子くんを一番に見つけたのは高尾くんだったし」
「それに、遠目で私たちのことすぐ見つけてくれたし。目が良いのは間違いないと思うわ」
園子からもそんなことを言われ、毛利は途端に勢いを失くす。
「高尾は、ホークアイを持っているんです」
「ホークアイ?」
鷹の目――コナンの脳裏に思い浮かんだのは、ライフルを構える高尾の姿だった。
「見た風景を頭の中で俯瞰図にできるんです。黒子の影の薄さは彼だけを見るから捉えられない。けど高尾は俯瞰図で全体を見ているから、黒子を見失わないんです」
「ほお……便利ですな」
第三の目、というより空間認知能力が高いのか。石田の説明に矛盾点や疑問点はない。つまり、黒子が高尾にも見つからず傍を離れて古橋の元へ行った、という毛利の推理は立証しないのだ。
「そう、なの……?」
「おっちゃん……」
つくづくしまらない男である。コナンは内心、ガックリと肩を落とした。
「黒子から恨まれていることは、俺も否定しない」
今まで黙していた古橋が、徐に口を開いた。そっと包帯に指を触れ、目を伏せる。黒子が初めて、その無表情に焦りの色を見せた。
「古橋さん、僕は……」
「だが、黒子は不意をついて切り付けるような卑怯な真似はしない。本当にまだ俺を恨んでいるなら、直接腹パンしてくるくらいする……そういう奴だ」
「古橋さん……」
古橋は黒子の方へ少し視線をやり、口元を少し動かす。笑っているだと、数秒遅れてコナンは理解した。高尾たちの睨みを受け、毛利は酷く居心地悪い様子で肩を竦めた。

「捜査は振り出しか」
「ご苦労様」
結局あの後、ぎゃんぎゃん噛みつく高尾と、彼ほど騒がしくはないものの鋭い視線を向ける大学生たちに詰め寄られ、毛利は深々頭を下げていた。高尾はまだ納得していない様子だったが、当の黒子が彼を宥めたこともあって、その場はそれで引き下がった。毛利の迷推理はいつものことだが、ああいった空気はコナンも苦手なので好い加減にしてほしい。
コナンは大きく息を吐いた。その肩を、とんとんと叩く手が一つ。
「こんにちは」
「! 黒子さん」
少し腰を屈めた黒子は、ふわりと口元を綻ばせる。こんな笑顔もできるのか、とコナンは思わずドキリとした。
「そういえば、お礼を言っていませんでした。ありがとうございます、古橋さんの応急処置をしてくださったそうで」
「ううん、咄嗟に身体が動いただけだよ」
「すごいですね、君は」
「すごいのは、黒子さんだよ」
何のことだと黒子は小首を傾げる。コナンはニッコリと、無邪気な子どもの笑みを浮かべた。
「だって、チームメイトを傷つけた人とお友だちになれちゃうんだから!」
「……」
嫌味すぎただろうか、コナンは内心ヒヤリとする。黒子はストンと膝を折ってしゃがみこんだ。
「いくらやり返したからと言って、ということですね」
「う、うん……」
ベイビーブルーの瞳が、コナンを映す。少し、居心地悪い。
「……僕、バスケのプレイとコートの外での性格は、別だと思っているんです」
「え?」
「勿論、例外はありますよ。まあつまり、よっぽどでない限り、バスケでいくら酷いことをされたからと言って、コートの外でまでその人を嫌うつもりはないということです」
「古橋さんのプレイは嫌いだけど、人間性は嫌いじゃないってこと?」
コナンの言葉に、黒子は頷く。
「それに、当の先輩が彼らを恨まないとも言っているんです。僕が彼らを恨んでも、しょうがないでしょう」
「……それ、毛利のおじさんにも言えば良かったのに」
「あの人にうまく伝える方法が思いつかなかったもので」
悪い人ではなさそうなのだが、と呟いて黒子は立ち上がった。
「ところで、君はこれからどこへ?」
「僕も、捜査をしようかなって」
「成程、では、僕もお手伝いしますよ」
「それは……」
コナンは言葉を切って、少し離れたところでこちらを見守る高尾たちを一瞥した。良いのかと聞くと、黒子は頷く。
「僕も結構、負けず嫌いなんです」
濡れ衣を着せられたまま、黙っているつもりはないようだ。どこかいたずらっぽく微笑む黒子につられ、コナンもニヤリと笑う。
「うん。一緒に犯人を捕まえよう」
交渉成立だと手を叩き、コナンたちはホテルの出口へ向かう。コナンより数歩先を歩いていた黒子は、何故かセンサー範囲内に入っていたにも関わらず開かない自動ドアに頭をぶつけた。
「へ」
額を押さえ、黒子はその場に蹲る。コナンが彼の隣まで来ると、やっと自動ドアはゆっくり開いた。
「く、黒子!」
「ぎゃははは!」
「久しぶりに見たな……」
「高尾、笑うな。諏佐も感心している場合じゃないだろ!」
「……これだから旧型は」
小堀たちの言葉を聞きながら、コナンは引きつった笑みを浮かべた。
(大丈夫かよ、おい……)
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -