ラプソディーの居場所
扉の横のインターホンを押す。
音割れしたチャイムが響いたが、いくら待っても騒がしい足音は聞こえない。

躊躇いがちにドアノブに手をかけて回せば、拍子抜けするほどあっさりと開いた。

先程のサクラの言葉が頭の中を回って、余計にシカマルを焦らせた。

「…邪魔するぜ」

いない家主に呟いて、玄関から上がる。

室内は驚く程綺麗に片付けられていた。
いつもカップ麺の空き容器が散乱する台所も、一人で寂しいとぼやいていた広い食卓も、寝間着とシーツがくしゃくしゃにされていたベッドも、鉢植えが並んでいたベランダも。
何もかも、以前とは違った。

あのがさつな家主の匂いや面影さえ奪い去って、涼やかな夕暮れの風を受け止めている。

シカマルは半ば呆然と立ち尽くし、真新しいカーテンが風に舞う様を只只眺めた。



***



「5日前から、ナルトが…居なくて…」

いのに宥められながら嗚咽混じりに、サクラは呟いた。

1週間前から、何と無く様子はおかしかったと言う。
曖昧な態度に、当たり障りの無い笑顔。
ハキハキとした彼独特の軽快さは、微塵も窺えなかった。
しかし、決定的だったのが5日前。

その日、綱手に買い出しを頼まれ道を歩いていたサクラは、不意に背後から声をかけられた。
遠慮がちなそれに振り返れば、小さく微笑むナルトが立っていた。
どうかしたのかと訊ねれば、一瞬躊躇うように目が伏せられ、しかし直ぐに柔らかい笑顔を見せた。

「今までありがとうな、サクラちゃん」

今更だと笑って見せたが、内心自分でも驚く程照れてしまって、それを隠す為に口早に別れを告げた。

うん、バイバイ。

またね、の言葉に返された笑顔とその言葉は、何処か寂しそうだった、と。

そこまで言って、サクラは本格的に泣き出した。

後のことは聞かずとも想像できる。
恐らくナルトはその翌日に姿を消した。
綱手やカカシに訊ねて相応の――長期任務に行った等という――答えを貰ったのだろう。
しかしサクラは納得しなかった。
大体、長期任務にしても一人でとは考えにくい。
しかも下忍のナルトに、だ。

シカマルも納得してはいない。
だから、ナルトの自宅まで来たのだ。
もぬけの空で、本人の匂いすら掴めなかったけど。



***



呆然としている内に、日が暮れかけていた。

藍と赤、二色に染まる空を見つめていると、ふとポケットに入れっぱなしにしていた首飾りが気になった。
取り出して掌に乗せると、二つの蒼い珠が鈍い光を宿した。

薄暗がりの中見た珠の色は、彼の瞳とは似ても似つかない。



―――好き



唐突に、ナルトの声が頭の中でリフレインした。
途端、目頭が熱くなって、耐える間もなく頬に温かい何かが触れる。
それは顎から滴って、手にのる首飾りの緑の珠を濡らした。

「…俺も…俺もだ…!…ナルトぉ…!」

この任務が終わったら。

その決意が果たされることはなく、聴く者のない告白は、夜空に溶けた。



***



「ただいま」

里に帰ってきて随分経つのに今更実家に顔を出したシカマルを、ヨシノは温かい笑顔で迎えた。

「夕飯できてるわよ」

その言葉に曖昧に頷いて、シカマルは着替える為自室へ向かった。

縁側を歩いていると、前方から歩いてくるシカクと目があった。
よぉ、と互いに上の空な挨拶をしてすれ違う。
ふと閃くことがあって、シカマルは足を止めると振り返って、シカクの背中に声をかけた。

「なぁ、親父。ナルトがいねぇらしいんだけど、何かしらねぇか?」

シカクは肩をピクリと動かし、立ち止まった。

「…知らねぇな」

こちらを見ることもせず、シカクは低く呟くと、さっさと歩き出した。

その様子にシカマルは確信し、同時にアスマの時と同じような感覚―――悲しみで麻痺した頭が、急激に冴えていくのを感じた。

(親父が、何か知っている)



***



「あなた…」

食卓に着くなり項垂れるシカクを見て察したのか、ヨシノはそっと彼の傍に膝をついた。

シカクは胡座をかいた膝に肘をつき、目元を手で覆ってゆっくりと息を吐き出す。

「俺ぁ、親友の忘れ形見さえ護れねぇ…無力な奴さ…」

喉から押し出した声は、嗚咽を堪えている為、酷く掠れていた。

ヨシノは、一人で背負い込む伴侶にやはり親子だと息子の姿を重ね、小さな苦笑と共に彼の背中に寄り添った。



彼ら以上に無力な自分が
せめて拠り所であれ、と
切なる願いをこめて
そっと




2011.07.25
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