X and Y
エックスの毛布は、特別だ。
何の素材でできているのか、滑らかでとても柔らかい。孤児院の毛布などとても比べものにならないほどの手触りで、たまに包ませてもらうとぐっすり熟睡できる。さらにエックスが広げれば毛布はどこまでも伸びて、ワイたち五人をすっぽりと覆い隠せることもできる。毛布に頭まで包まると、不思議なことに孤児院のシスターやボランティアの人々の目から隠れることができた。透明になっているらしいが、仕組みは分からない。
そんな便利な毛布を所持しているから、エックスはいつでも毛布を肩から羽織って、孤児院の片隅で膝を抱えている。ワイはそんな怠惰な様子に不満げだったが、他の幼馴染たちも彼女も、それがエックスらしいと受け入れていたのだ。



「悪魔」
そう呟いたのは、トロバだったか。サナたちは足が竦み、目前に立ちはだかる怪物を見つめるしかできない。いち早く動いたのは、ワイだった。彼女はサナたちの手を掴み、扉を足で蹴って閉じると、孤児院の奥へ駆けだした。
「エックス! ティエルノ!」
奥の子ども部屋へ飛び込むと、そこにいた二人は壁際でしゃがみこんでいた。その向いには先ほど孤児院を訪れた変わった黒服を着た二人の青年が立っていて、ワイたちの姿を見ると何があったのだと問うた。
「か、怪物が……院長先生が……」
「もう、訳わからない!」
トロバはすっかり腰が抜けて座りこみ、サナは感情の限界が来てわんわんと泣き出した。ワイはそれとは違う様子のティエルノたちを見て、キッと青年たちを睨む。
「あなたたちが来てからです」
「ワイ……?」
「あなたたちが来て、急に変な生物が現れた。あれも、あなたたちのせいなんじゃないんですか!」
「急に何を言いだすのさ!」
トロバが慌ててワイの腕を掴む。青の瞳の青年はやれやれと言った風に肩を竦めた。赤い瞳の青年は少し悲しそうに眉を下げる。それからエックスの方を見やり、膝をつく。ティエルノは少々身を捩るように後退ったが、エックスは毛布に包まったまま、視線だけを上げた。
「怖い思いをさせてごめんな。そこの女の子たちと、ここに隠れて居てくれ」
「レッド」
「しょうがないよ、ブルー。まだ子どもだ」
ブルーと呼ばれた方は小さく頬を膨らめ、仕方ないと腰につけていた傘をとった。それから二人は、部屋を出て行く。その背中を見送ってから、ワイは慌ててエックスに駆け寄った。
「大丈夫、二人とも。何かされてない?」
「う、うん。一応……」
「一体、何の話だったの?」
トロバの問いに、ティエルノは言い淀んでエックスを見やった。彼は立てた膝の上に乗せた腕に顎を埋め、沈黙を決め込む。
「……世界を守るためには、エックスとその毛布が必要なんだって」
「どういうこと?」
「僕も良くは分からない」
けど、とティエルノが言いかけた時、派手な爆発音が聞こえてきた。トロバとサナは驚き、抱き合って部屋の隅へ逃げる。ワイは転がっていた箒を手に取って、そっと扉の隙間から廊下を覗いた。
「!」
黒光りする鎌を持ったレッドと、黒白の傘を広げたブルーが、舞うように怪物たちと戦いを繰り広げている。蝶のように舞い、蜂のように刺す。その様子に目を惹かれ、ワイはゴクリと唾を飲みこんだ。
「! まずい!」
レッドのとりこぼした一体が、ワイの気配に気づいてこちらへ向かって来る。扉へ体当たりしたその勢いに敗け、ワイは尻もちをついた。目の前に銃口が突きつけられた瞬間、ワイは他人事のように自身の死を予感した。
「オナカスイタ……」
怪物が、そう呟いた。次の瞬間、銃口から放たれた弾丸はワイを貫くことはなく、彼女の目の前を覆った何かに弾かれた。
「え……」
「エ、エックス……」
「なによ、それ……」
トロバとサナが、驚いて言葉を失う。ティエルノが哀し気に顔を歪め、エックスの名を呼んだ。ワイは首を回して振り返る。
膝を抱えたままのエックスから毛布が伸び、まるで盾のようにワイを守っていたのだ。
「それが、世界を守るための力……?」
「そう、イノセンスだ」
いつの間にか近くへ来て怪物を一刀両断したレッドが、ワイへ手を貸す。それから少し嬉しそうにエックスを見やった。
「力を貸してくれるんだな」
しゅるしゅると毛布が縮み、エックスの頭まですっぽりと包む。いつもより固い装備に、ワイたちでさえ頬を引き攣らせた。
「……いやですけど」
「ええ!?」
やっと聞けたのはつれない返事。レッドは乾いた笑い声を上げることしかできない。どこかホッとしつつも、ワイは先ほど見た戦いの姿が目に焼きついて離れない。院長たちを砂のように壊した怪物を、華麗に倒した彼ら。エックスの毛布も、彼らのものと同じような武器なのだろう。
(その力があれば……)
サナたちを、自分の手で守れるかもしれない。
ワイはグッと拳を握った。
エックスへの対応にすっかり困り果てるレッドを楽しんでいたブルーは、ふと腰のポシェットから光が零れていることに気づき、ふと何かを堪えるようなワイに目を止めた。
(まさか、あの子……)
ふむ、と顎へ手をやり、ブルーは所持する、適合者不明のイノセンスへ手を伸ばした。
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