ミクリオの優雅な学生生活
「ん……」
シーツの海に沈んでいた身体を起し、ミクリオは腕を伸ばした。隣ではまだスレイが眠っており、腕を動かしてミクリオを探しているようだった。クスリと笑みを溢し、ミクリオは亜麻色の髪を払うと、現れた額にキスを落とした。
それからミクリオは彼を起さぬようにそっとベッドから降りると、床に落としていたガウンを素肌に纏った。
「ミクリオ……?」
ミクリオが身支度を整え、彼自身の要望で部屋に設置した簡易キッチンで朝食を作り始めた頃、スレイが目を覚ました。上半身裸のまま、まだ眠い目を擦りながらスレイは簡易キッチンに立つミクリオの腰へ腕を回した。
「起きたかい?」
「んー」
肩に乗り首を擽る亜麻色の髪を撫でながら、ミクリオは器用にフライパンを揺らす。
「……あれ、今日、講義あったっけ?」
「いや、今日は僕たちの学科の授業はないよ……ガイに誘われてね」
「ガイに?」
ミクリオから手渡されたスムージーのグラスへ口をつけながら、スレイは小首を傾げた。
「ああ。彼のとっている講義の一つを面白いと勧められたんだ」
「ガイの専攻は機械学だっけ?」
「そう。オーパーツについての講義があるらしくてね。で、それをガイと受けたあと、ルカと合流してお昼を食べてくるから」
「えー」
自分もついていきたいと尖るスレイの唇を指で突き、ミクリオは柔らかく笑った。
「君は今日、大切な会合があるだろう」
「……大切な会合に、右腕のミクリオはいないのか」
「御意見番のライラたちが一緒じゃないか」
我儘を言うなと、ミクリオはくしゃくしゃとスレイの頭をかき混ぜる。ふくれ面は変わらなかったが、多少納得してくれたのか、スレイは大人しくミクリオから腕を引いた。
「おやつにバニラソフトクリームを作っておくから、帰ったら食べなよ」
「……ミクリオが食べさせてくれよ」
それまで待っていると言って、スレイは奥の部屋へ引っ込んだ。子どものように拗ねた様子の幼馴染を見送り、ミクリオはクスリと笑った。

「どうだった、ミクリオ」
「とても興味深かったよ」
「それは良かった」
ガイは嬉しそうに顔を綻ばせた。ミクリオも微笑んで、カフェテラスで購入したバニラシェイクに口をつける。大学構内のカフェテラスは、お昼時を少し外れた時間帯にも関わらず人であふれている。ブラインドの隙間から零れた陽光がガイの金髪に当たり、少し眩しかった。
彼、ガイ・セシルはミクリオと同じ大学に通う学生だ。考古学専攻のミクリオと違い、ガイの専攻は機械工学。接点のない二人が親しくなったのは、二人が選択していた古代イスパニア語の授業で、席が隣になったことがきっかけだった。今ではスレイも交えて大学生活を共にする良き友人だ。
「お、お待たせしましたぁ!」
パタパタと足音を立てて駆け寄ってきた少年は、ミクリオの傍らに立ち大きく息を吐いた。彼に苦笑し、ミクリオは椅子を引いてやる。
「大丈夫だよ」
「大変だったな」
椅子に座るルカの前へ、ガイはあらかじめ購入していた烏龍茶を置いてやった。それに会釈を返し、ルカは大きく烏龍茶を煽る。
「すみませんでした……ちょっと、急にクラスメイトに、用事を頼まれちゃって……」
彼はこの大学の付属高校に通っている。気弱で素直な性格が災いしてか絡まれることが多いらしく、ガイやミクリオと出会ったときも財布をせびられていた。そこを二人が助けてやって以来、将来同じ大学へ進学したいルカは、ミクリオたちを先輩と慕っている。
「ま、無事ルカも来たことだし、行くか」
苦笑いを溢して、ガイは頬を掻いた。ミクリオも頷いて、足元に置いていた鞄を取り上げる。
「その店は近いのかい?」
「駅の方なんだが、大学から歩いて十分ほどだ」
「楽しみだなぁ」
「はは。それなりにグルメな知人から紹介されたから、味は悪くないと思うぞ」
顔を綻ばせるルカに笑って、ガイも鞄を肩へかけた。ガイも初めて行くと言うその店はパン屋で、喫茶スペースが隣接されているらしい。パンは独創的な物も多く、それゆえか客層も幅広い。ガイのそんな説明を聞きながら、ルカたちが訪れたのは青と白を基調とした看板を掲げる店だった。
「いらっしゃい」
白髪の青年が、焼き立てらしいパンの並んだ鉄板を持って、入店してきたガイたちを迎えた。店の奥に見得る喫茶スペースの机は、二つほど埋まっている。急いで席をとる必要もないかと、ガイたちはのんびりパンを物色することにした。
「どれも美味しそう〜……」
トレイを抱え、ルカはキラキラと目を輝かせる。ミクリオが彼に同意していると、二人の隣に先ほどの店員がやってきた。
「うちのパンはどれもうまいぞ」
ふわりとパンの香りが青年から漂う。肘までまくった袖や粉のついたエプロンを見るところ、パンを作っているのは彼なのだろう。
「オススメはあるのかい?」
「一番人気はチョココロネかな。定番だろ」
クーリッジと書かれた名札を胸につけた青年は、ヒョイとトングで鉄板に乗ったチョココロネを取って、ルカのトレイに置いた。
「あ」
「俺の奢り。そっちの連れにも。……ルカ・ミルダだろ?」
「え、何で僕の名前……」
ルカがコテンと首を傾ぐと、青年は苦笑いを浮かべた。
「俺はセネル。シャーリィの義兄なんだ。いつも世話になっているな」
「ええ!」
誰のことだと驚いているルカにガイが問うと、クラスメイトだという答えが返ってきた。セネルはごゆっくりと手を振って、接客へ戻っていく。良いのだろうかとその背を見つめるルカへ、「好意は有り難く受け取っておけ」とガイが肩を叩いた。
ミクリオはレモンパイとバターロール、ルカはフレンチトーストとベーグル・サーモン、ガイはシーフードピザとホタテクレープをトレイに乗せ、ついでに飲み物も頼んで喫茶スペースの机に腰を下ろした。
「……ガイ、それは美味しいのかい?」
「はは、ホタテクレープ。ちょっとした冒険だな」
「美味しい!」
この店のパンはどれも美味しいというセネルの言葉を、信じるつもりのようだ。ルカは好物のフレンチトーストを幸せそうに頬張っている。ミクリオも紅茶で喉を潤してから、レモンパイを手に取った。さっくりとしたパイ生地の音は心地良く、すぅっと清涼感のある甘みが口へ広がる。ミクリオは目を瞬かせ、じっとパイを見つめた。
「美味しい……」
「良かった、ミクリオの舌にもあったみたいだな」
ガイはシーフードピザを齧って、頬を綻ばせる。ミクリオはまた口を動かし、パクパクとレモンパイを平らげてしまった。
「……若いが、さすがプロだな」
ミクリオは菓子作りが趣味だが、焼き菓子は苦手だ。火加減がうまくいかず、どうしても焦がしてしまうのだ。
「……スレイにもお土産を買っていってあげよう」
「それ良いかもな。……俺も、お坊ちゃんたちに買って行くか」
「ルーク坊ちゃんかい?」
ガイは言葉を濁して珈琲を啜る。ガイは親の知人の家へ居候しており、居候賃の代わりとして、そこの家の子どもたちの子守役を請け負っているのだ。ミクリオは名前と少し我儘だということしか知らないが、ルカは学校が同じらしく顔を知っていると言っていた。
「アイツ、好き嫌い多いからなぁ……」
「僕も、スパーダにあげようかな」
いつの間にか話題はそれぞれのお土産をどうするか、ということに移り、小さな喫茶スペースには暫く和やかな雰囲気が漂っていた。



(パン屋シーンは推ししかいない)
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