七夕(210705)
「織姫と彦星」
雲雀は書類へ落としていた視線を一度そちらへやって、何も言わず戻した。
突然の来訪者は、豊満な胸の前で腕を組んだままその動作を見て、ピキリとこめかみを引きつらせる。少しは反応しろ、と声を荒げられたので、雲雀は渋々書類から手を離した。
「何の用?」
胡坐をかいた姿勢のまま、仁王立ちするアーデルハイトを見上げる。バトルの誘いなら腹ごなし程度に付き合っても良いが、今は別に片付けなければいけない案件がある。雲雀は何も、仕事を放り出して遊びに興じるほど無責任ではない。
アーデルハイトはますます顔を険しくしたが、呼吸をしてから腰を下ろした。
「イタリア本部に顔を出していないそうだな、雲雀恭弥。一年も」
「そうだったかな」
空とぼけた様子だが、雲雀本人としては本当にそんな時間経っていたのかと感想を漏らしただけだ。
「……シモンやキャバッローネ、ボンゴレの中で貴様と沢田綱吉の関係を知っている者たちの一部が、何と呼んでいるか聞いてないの?」
「他者の評価に興味はない」
そういう男だ、雲雀恭弥。しかしここでアーデルハイトも退けない。彼女の唯一のボスが、親友の心を案じて自分の心を痛めているのだ。
「一年に一度しか逢瀬をしない織姫と彦星だと」
「……六道? 加藤? 跳ね馬も言いそうだな」
雲雀の眉が少し不機嫌そうに曲がる。揶揄の出所に関して、アーデルハイトは明かす気はなかった。小さく吐息を漏らし、寄せていた眉を緩める。
「貴様が一人に執着するなどまずおかしなことだったから、この事態はまあ予想していた。私は同盟ファミリーで一度刃を交えたことがあるだけの立場、口を出すべきではないだろうが、恋人に対する扱いとしてはあまりでは?」
何もイタリアに常駐しろとか、頻繁に連絡を取り合えとか、そういう進言をしに来たわけではない。雲雀恭弥という男の性質も立場も理解しているつもりだ。しかし、それにしてもあまりではないか。炎真のことを抜きにしても、アーデルハイトだって沢田綱吉に多少は同情する。彼女もまた、気まぐれな想い人を持つが故、恋に悩む人間なのだ。
雲雀は両手を袖に差し入れ、鼻で笑った。
「正直に言いなよ。小動物が落ち込んでいて、君の大切な小動物まで元気がないからどうにかしろって」
「分かっているのなら……」
アーデルハイトは苛々としながら言葉を止めた。雲雀と視線が、言葉の途中から合わなくなる。普段から視線を合わせるようなコミュニケーションをしない男だが、顔を背けることは中々しなかった筈だ。
「……喧嘩したのか?」
「まさか」
「ならば何を……まさか本当に会うことを禁じられているわけでもあるまい」
物語の織姫と彦星のように。天帝はあの黒衣の家庭教師だろうか。
アーデルハイトの言葉に、雲雀の肩が僅かに強張った。
「……おい」
説明を促しても、アーデルハイトに口を割る男ではない。部屋の隅に控えていた草壁へ視線をやると、彼も一度雲雀を一瞥してからグッと顔を俯かせた。
「……指定した仕事を完遂すれば許可する、とボンゴレ側から通達されております」
「何があった」
「沢田さんと、申請なしに一か月ほど休暇を延長したことが、ありまして」
アーデルハイトはため息を吐いた。草壁がわけを話してもトンファーを取り出さないところを見ると、雲雀自身もまずいことをした自覚があるのだ。まあそうだろう、ボンゴレファミリーのボスを、誰にも告げずに一か月も連れまわすとは! そして風紀財団も同じほど混乱したのだろう。
炎真の話では数年一年に一度の逢瀬が続いている、ということだったから、随分ボンゴレ側を怒らせたらしい。刑期が長い。
「それは我らが口を出すことはできないが……」
「そもそも同盟ファミリーの分際で、こっちの関係に口を挟まないでほしいね」
「炎真は沢田綱吉の親友として心配をしているのだ、その家族である私が炎真のために動いて何が悪い」
君も大概だ、と呟く雲雀は拗ねているようにも見える。アーデルハイトは苛々しながら、雲雀の手元にあった書類を取り上げた。サッと目を通し、書類を持ったまま立ち上がると、「ちょっと」と雲雀が呼び止める。
「これくらいなら我らで担いましょう」
「は? 君に貸しを作れって?」
「貴様にでも、私からでもない。炎真から沢田綱吉への貸しだ」
それ以上の反論を聞かず、アーデルハイトは踵を返して部屋を出た。草壁も頭を下げて彼女を通してくれたので、不都合はない筈である。
愛するボスの憂いを取り除くためとはいえ、余計なことをし過ぎたかもしれない。しかし炎真の上目遣いには、アーデルハイトは何年経っても勝てないのである。
――ツナくんが雲雀さんに会えないって落ち込んでいて……アーデルなら、どうにかできないかな。
「……雲雀恭弥のことを言えないな、私も」
風紀財団のアジトを出たところで、アーデルハイトは携帯端末を取り出した。探す連絡先は、砂の術師だ。
「カササギ役は二度と御免よ」
別経由で、沢田綱吉に対価をたっぷり払ってもらおう。そんな算段を頭の中で組み立てながら、アーデルハイトは通信ボタンを押した。
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