風邪(210621)
(デジャブ)
病院の横扉を握り、綱吉はヒクリと頬を引きつらせた。
ディーノに誘われたピクニックで、彼のドジとリボーンの無茶ぶり、さらにランボたちの暴走に巻き込まれ、綱吉は大けがを負った。これでも踏んできた場数のお陰で、ある程度受け身等はとれていた。その証拠に、ポッキリ骨が折れる事態は、避けることができた。ただ飛んできた破片の当たり所が悪く、結構な出血をしてしまったのだ。
晴の炎の使い手が近くにいないこともあって慌てた獄寺が病院へ運び、神経に異常がないか検査をしていたところ、草壁と遭遇した。
どうせなら一日入院して身体を静養してはどうか、と提案してきたのは草壁だ。え、と思う間もなく獄寺たちはその言葉に賛同し、草壁が病院側に交渉してしまい、綱吉はとある個室に案内された。それが今の状況である。
指定された病室は個室と聞いていたが、中々に広い。それもその筈、ベッドは二つあって、うち片方には既に先客が寝ていたのだ。
草壁がいるのだから勿論いるのだろうとは予想していた、最強の風紀委員長。
(まさか草壁さん、このために……?)
残る疑問は多いが、このままこうしていてもしょうがない気がして、綱吉はそっと床を滑るように入室して扉を閉めた。
ちらと視線を向けたベッドで、雲雀恭弥は静かに眠っている。仰向けで、胸の上で手を組むという、育ちの良さが伺える姿勢だ。
彼を起こしてしまえばさらなる重傷を負ってしまうことは目に見えていたので、綱吉は極力音を立てないよう、空いているベッドへ向かった。
「……ん」
小さな声。
丁度ベッドに手をつこうとしていた綱吉は、ビクリと肩を飛び上がらせた。起こしてしまっただろうか、と顔を青くしながらそちらを見やる。
しかし雲雀は目を開く様子はなく、代わりに眉を少し寄せていた。
ふと、綱吉は異変に気が付いた。雲雀の頬が赤く、うっすら額に汗も見える。おや、と思い綱吉はマジマジと彼の寝顔を見つめた。耳をすませば、穏やかな寝息とはほど遠い浅い呼吸が聞こえてくる。
そこで綱吉は、以前雲雀と病院で出会ったとき「風邪を拗らせた」と言っていたことを思い出した。
(まさかまた風邪を……?)
以前は既に――何人か咬み殺す体力はあるほどに――回復していたが、今回はそうでもないようだ。
ふ、ふ、と小さく息を吐きながら眉を寄せ、雲雀は左右に小さく首を振る。熱があって苦しいのか、魘されているようにも見える。
「……」
綱吉はそっと雲雀のベッドに身を寄せた。端に手をついても、雲雀は目を開かない。余程症状が辛いのだろう。
いつも凛と背筋を伸ばして学ランを翻し、我が道を歩く孤高の浮雲。そんな雲雀がこんなにも弱っている姿を見るのは珍しい。
「ていうか、草壁さんはどういうつもりで俺をこの部屋に行かせたんだろう……」
彼のことだから、雲雀のことを考えているのだろうが疑問が残る。綱吉は小首を傾げた。
それからふと、手を持ち上げる。

ぐるぐると、目が回る。目を閉じているのに、どんよりとした雲の中に放り出されたように気分が悪い。
「……っ」
少し身じろぐと、ヒヤリと一滴水を垂らしたような清涼感が頭に触れた。そこからじわじわと広がる何かが不快感を拭いさり、悪心が収まって行く。
まるで、曇天が微かに切れ、青い空が顔を覗かせたような感覚。
「……」
雲雀は目を開いた。
窓の外は茜色に染まり、雲雀が最後に見た時計は針を一周回していた。
寝具は汗に濡れていたが、目を閉じる前に比べたら身体は軽く悪心も引いていた。呼吸も楽になった雲雀は上半身を起こす。そこでやっと、雲雀は室内にある自分以外の人間の気配に気が付いた。
もふもふとした栗色の髪を持つその人物は、雲雀のベッドに顔を突っ伏して眠っていた。涎を垂らした口元はだらしなく綻んでいる。
大空のリングをはめた手は、雲雀の雲のブレスレットをはめた方の手を握手いた。
その手の感触に、雲雀は「ああ」と納得する。
「君だったか」
曇天の隙間から顔を見せた大空。調和の性質を使って、雲雀の苦痛を和らげたのか。
持ち主が眠ったままの手はそれほど力が入っていないから、外すのは容易い。しかし雲雀は、呼吸がしやすいように少し角度がついた枕へポスリと背を戻し、それを放置した。
散歩に行っていたのか、開けた窓から黄色い小鳥が室内に戻って来る。「ヒバリ、ヒバリ」と泣きながら雲雀の頭に乗った小鳥は、チラチラと左右に顔を動かした。
「ヒバリ、ヒバリ。ウレシイ?」
「……余計なコトしか言わないね、君」
もう少し寝る、と誰に向かってというわけでもなく呟いて、雲雀は欠伸を一つ溢すと目を閉じた。
ボンゴレギアをはめた手同士、握り合ったまま。
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