放課後(210614)
終業時刻を告げるチャイムが、校舎内に響く。それを聞きながら、綱吉は屋上へ足を向けていた。
そっと開いた扉から見回した屋上に、人影はない。ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちが渦巻くのを感じながら、綱吉は屋上の手すりに寄り掛かった。
つい屋上にその姿を探してしまうようになったのは、やはりあの日がきっかけだ。家庭教師からの課題が達成できず、苦し紛れの時間稼ぎに逃げ込んだ屋上で、黄色い小鳥相手に校歌を教え込む姿を見てしまった、あの日から。
「ま、毎日いるわけじゃないか……」
手すりに腕を乗せ、そこへ頬を埋める。当たり前だが、屋上は彼の住処ではない。それでなくても学校や町を西へ東へと動き回るような人間だ。そう、何も彼を見るだけなら屋上でなくても良いのだ。学校のどこか――それこそ応接室に行く方が確実だ。
しかし綱吉は何も彼と戦いたいわけではない。会話したいなど高い望みは抱かない。ただ、一つだけ。
「もう一回見たいな……」
「何を?」
突然背後から声をかけられ、綱吉は肩を飛び上がらせた。バッと振り返ると、そこで黒い上着を肩にかけた男が腕を組んでこちらを見ていた。
「ひ、ヒバリさん……!」
ヒクリと頬が引きつる。綱吉は慌てて頭を下げた。
「す、すみません、ちょっと風に当たりたいなって思っただけで、ヒバリさんがいるなんて……」
「僕がいると不都合かい?」
「そういうわけでは……」
苦く顔を歪めながら、綱吉は顔を上げる。それから「あれ」と小首を傾げた。
目の前に立つ雲雀が、何となく不機嫌そうな顔をしているように見えたのだ。一見しては分からないが、微かに眉が寄っているような。
「何? 人の顔ジロジロ見て」
今度は分かりやすく眉間に皺が寄る。綱吉はピンと背筋を伸ばして首を振った。
「すみません!」
「……」
雲雀はじっと綱吉を見つめていたが、ふと手を持ち上げた。殴られる、もしくはトンファーで滅多打ちにされるのでは、という危機感が綱吉の脳内を過った。
「ひ!」と目を瞑る。数秒経っても予感した痛みは訪れず、代わりに頭部へ仄かな温もりが落ちて来た。
「……え」
パチリ、と目を開くと、先ほどより距離を近づけた雲雀が、ふわふわとした綱吉の髪を弄んでいた。
「ひ、ヒバリさん……?」
状況が理解できず、綱吉は辛うじて名前を呼ぶしかできない。「うん」と雲雀から短い二文字が聞こえたが、まさか返事ではあるまい。
もふもふと髪の毛の先を弄るような手は、やがて頭の形をなぞるような動きに変わり、ついには両手で綱吉の頬を揉んでくる。ぐにぐに、というよりぐりぐりという効果音が付きそうなほど、雲雀の手の力は強い。骨が軋んだ気がした。
時間にして約数分といったところか。鉄の棒を振り回して一撃で人間を気絶させる腕が、心の赴くままといった風に綱吉の顔の形を変えていく。
雲雀はやっと満足したのか、パッと手を離した。すっかりぐしゃぐしゃになった頭へ手をやり、綱吉は大きく息を吐いた。
「……うん」
目を細め、雲雀は口元を柔らかく綻ばせた。満足そうな、何かを得たような顔。あのとき、こっそり盗み見た、小鳥へ向けたのと同じ眼差し。
それをまさか正面から受けると思わなかった綱吉は、不意を突かれて頬を赤らめた。
「面白いね、君のその顔」
雲雀にフッと笑われたのが、綱吉の限界だった。ズルズルと座り込み、綱吉は赤らむ顔を隠すように腕を翳す。
「どうしたらもっと見せてくれる?」
屈んだ綱吉を追いかけるように、雲雀の黒髪が落ちてくる。勘弁してくれと叫んでしまいそうだったが、綱吉は何とか堪えて視線を上向けた。
「……また明日も、会えますか?」
答えになっているかどうか、曖昧な言葉だ。ドキドキと鼓動が耳まで届く。雲雀は少し目を丸くしたが、すぐに先ほどのように柔らかく細めた。
膝を曲げて視線を合わせた彼が次に発した言葉は、二人だけの時間の始まりとなる。
「うん。また明日も、放課後にここでね」
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