03:こわいゆめをみた
夢を見た。嘗ては夜毎に見た、悪夢だ。
ボロボロになった室内で、血まみれになった家族が倒れ伏す光景。実際は瓦礫の一つに押しつぶされて身体中の痛みに呻いていた自分は、その夢の中では一人その真ん中に佇んで家族を見下ろしているのだ。
指一本動かない、泣いて自分を探している妹へ手を伸ばしてやることすらできないまま。無力な自分に唇を噛みしめるしかない。
「エンマ……」
ハッとして、炎真は目を見開く。
今までは、エマの「お兄ちゃん」という言葉で終わる筈の悪夢。それが、いつの頃からか別の人物の声に変わっていた。
仰向けで岩だらけの地面に寝転がるその人物は、震える手を炎真に向けて伸ばし、血で赤くなった唇を動かす。
「えん、ま……」
「……ツナ、くん」
何か重量のあるものに潰されたようにひしゃげた足。赤いガントレットを濡らすものの正体に気が付いて、この悪夢は覚める。

悪夢を見た日は、目覚めが悪い。スッキリとしない頭はほぼ一日続き、それでなくても耳を通り抜ける教師の声は、子守歌のように眠気を誘う。そのせいで何度も注意をされてしまったが、しょうがない。
「エンマ、眠そうだね」
休み時間ごとに大きな欠伸をしていたから、さすがの綱吉も気になったようだ。昼食の弁当を広げながら、屋上のフェンスに寄り掛かった炎真の顔を覗き込む。
心配げに揺れる瞳が、夢の中で真っ赤になったそれと重なって、炎真は思わず身を引いた。
「エンマ?」
「……ちょっとここ最近、夢見が悪くて」
気まずくなって、炎真は目を逸らしながら言葉を濁す。それで納得したのか、綱吉は「ふーん」と呟いて弁当の蓋を開いた。
「俺もたまにあるよ。リボーンのしごきを受ける夢とか、犬に追いかけられる夢とか……」
思い出したのか、綱吉はゲンナリとした様子で口元を引きつらせる。
「そういうときはさ、」
ごそり、とポケットを探った綱吉は、膝の上に置いたままだった炎真の手をとった。手の平を上へ向けて、そこに何かを乗せる。
「……飴玉?」
「そう。ランボ用にいつも持ってるやつだけど」
手の平に乗せられたのは、宝石のようにキラキラ光る紫色。
歯を見せて笑った綱吉は、内緒だよ、と声を潜める。炎真はコクリと頷いた。
「嫌な夢を見たときは、楽しいこと考えるんだ。でも頑張って楽しいこと想像するのは大変だから、甘いもの食べたり身体を温めたりすると良いんだって」
博識な友人が教えてくれた、と綱吉は言う。成程と、炎真も頷いた。
「……ツナくんて、人を甘やかすのがうまいね」
「え、なんでそんな話になるの?」
分けが分からない、と綱吉は頬を引きつらせる。反対に炎真は小さく笑んで、飴玉をそっと手で包んだ。
「ツナくんを、殺す夢を見たんだ」
周囲の音が、なくなったようだった。
綱吉は目を一つ瞬かせて、そっと辺りを伺う。屋上のどこにもこちらへ向く視線がないことを確認して、ついでに過保護な友人たちがいないことも確認して、綱吉は炎真に視線を戻す。
「びっくりした?」
「まあ、いきなりそれを言い出したことに対して」
それ以上の反応の仕方を思いつかないのか、綱吉は頬をひっかいた。
「なんでだろうね、前はあの日の夢だったのに。最近は、あの戦いの結末の可能性を夢見るんだ」
誤解が解けぬまま、炎真が綱吉の身体を押し潰す結末。黒幕の男の影響が、まだ残っているのだろうか――そうではないと、炎真の心が告げていた。
「怖いんだろうな、僕」
選んでしまったかもしれない結末を、そこから別たれてしまったもう一つの未来が現実になることを、恐れている。そして同時に、炎真はまだ許せないのだ。騙されていたとはいえ、あの戦いで綱吉に拳を向けた自分自身を。
す、と飴玉を強く握りこんだ炎真の手に、綱吉の手の平が重なった。
「でも、エンマはそれを選ばなかっただろ?」
「……うん。僕は、きっとそんな未来を選ぼうとした僕を許せないんだ」
「そんなの、」
口を開いた綱吉は、しかしすぐに言葉を飲みこむ。綱吉が気にしていないとか、気にしなくて良いとか、そんなことを言っても意味はないのだ。ただ、炎真自身が心に折り合いを付けられていないのだから。
「……早く、悪い夢を見なくなれば良いね」
「うん」
綱吉の手は炎真の手に重なったまま。少し指を解いて彼のそれに絡ませると、ギュッと強く握りこまれた。
今日もまた、あの夢を見る。それでも、この手の感触と飴玉の味を思い出せればよいと思う。悪夢は現実にならないのだと、教えてくれるから。
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