02:なみだいろのあめ
少し季節を外した暴風雨が、窓を叩く。年季の入った仮住まいの壁もカタカタと揺れて、少々心もとない。時折聞こえる雷の音に思わず肩を揺らすと、同じ反応をした綱吉と目が合って、どちらからともなく笑みがこぼれた。
「あ、こらナッツ」
主人よりも如実に恐怖を現した仔ライオンは、ピョンと飛び上がって炎真の膝の間にもぐりこむ。慌てる綱吉に「大丈夫だよ」と返し、炎真はプルプル震えるライオンの背中を撫でた。
「なんだか恥ずかしいなぁ……」
「そう? 僕は可愛いと思うけど」
炎真がそう言うと、綱吉はどこにその要因があったか分からないが、カァと顔を赤くした。
「ツナくん?」
「そ、それより、この雨じゃ帰るに帰れないな!」
何かを誤魔化すように声を張り上げる綱吉に、炎真はコテンと首を傾げる。
「どうせだったら泊っていきなよ」
「いいの?」
「だって、危ないよ」
炎真が言葉を重ねれば、綱吉は少し迷うように口を噤んで、それから頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。電話借りても良い?」
「うん」
ナッツの喉を撫で、炎真は部屋を出て行く綱吉の背中を見送る。
アーデルハイトに電話を借りる綱吉の声を聞きながら、炎真は窓の方へ視線を動かす。窓ガラスへ叩きつけられるようにして降り注ぐ雨粒。歪な水玉模様を描く窓ガラスは、すっかり暗くなった外の様子を教えてはくれない。
そう言えば、先日の現国の授業で、雨に関する単語を学習した気がする。いつもはあまり脳みそに残ることはないけれど、どうやら一つ引っかかっていたようで炎真の脳裏にふと浮かび上がった。
「何だっけ……さいるい……」
「催涙雨?」
ポツリと落とした炎真の呟きを拾ったのは、綱吉だった。もう電話連絡を終えたらしい彼の隣には、客用の毛布を持ったアーデルハイトの姿もあった。
「最近習った単語だよね。えっと、夏の雨だっけ?」
綱吉の記憶力も、炎真と似たり寄ったりだ。アーデルハイトは呆れたように吐息を漏らした。
「七夕の日に降る雨のことよ。織姫と彦星が逢瀬の別れを悲しんでいるとか、逢瀬が叶わずに悲しんでいるとか、由来は諸説あるようだけど」
物覚えの悪い下級生に講義をしながら、アーデルハイトは毛布を部屋の隅に置く。綱吉と炎真は揃って「へー」と声を上げた。
「間違っても秋の台風に降る雨ではない」
きっぱり言って、アーデルハイトは部屋を出て行く。一度すっかり姿を消してから、半身だけ部屋へ伸ばし入れた。
「どうせなら、復習をしてから休むように」
どこかの家庭教師みたいに厳しいな。綱吉の呟きに、炎真はコクリと頷いた。
「涙のような雨って、実際にあるんだね」
「さっきの催涙雨のこと?」
アーデルハイトに言われた宿題は、机の上に広げたまま。筆記用具も放り出した炎真と綱吉は、綱吉の持ち込んだ漫画を開いていた。
時折ナッツを構いながらくつろいでいた炎真が、大分音が大人しくなった窓の外を見やってポツリと呟く。クッションを頭に敷いて寝転がっていた綱吉は、肘をついて少し身体を起こした。
「雨が涙か……俺はあまりしっくりこないな」
「ツナくんの場合、雨は別の役目があるからね」
全てを洗い流す恵みの村雨。炎真の言葉に、綱吉は少し擽ったそうに項をひっかいた。
炎真は「僕は分かるかも」と呟いた。
「エンマ?」
「雨に濡れてれば、何でも誤魔化せる」
例え足元に落ちる雫に、別の水が紛れ込んでいても誰にも分からない。クウクウ寝息を立てるナッツのタテガミを撫でながら、炎真は表情筋を緩める。フッと力を抜くと、それが自然の形を言うように目元と口元が和らぐ。
そこへ、温い肌が触れた。
視線を持ち上げると、床に左手をついた綱吉がもう一方の手を伸ばして炎真の頬に触れていた。恐る恐るといった様子で、微かに震える指先が、乾燥した炎真の頬を撫でる。
炎真は、今度は意識して笑みを浮かべた。
「どうかした? ツナくん」
「エンマ」
何かを言いかけた綱吉は、しかし口を噤んで手を自分の方へ引き戻した。
「あめが、」
窓の外を見つめながら、綱吉は口を開く。
「あめが降ったら、エンマに会いに来るよ」
「……うん」
ありがと、無声音で呟いて、炎真はナッツの喉を撫でる。クゥと小さく鳴いたナッツの目尻に、小さな涙粒が浮かんでいる。炎真がそっと曲げた指にそれを乗せると、温もりを感じ取ってかナッツは膝に頬を擦りつけた。
「やっぱり恥ずかしい……」
その様子を見てまた綱吉が顔を赤くしていたが、ナッツと綱吉の深層心理が繋がっていることを知らない炎真は理由が分からず首を傾げた。
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