エチュードの旋律
「…本当に、いいんだな」
ゆっくりと、女性は訊ねる。
目前の少年の首が、横に振られることを願って。
しかし幸か不幸か、それは縦に傾いだ。
「いいってばよ」
「…っ意味を解っているのか!?」
堪らず、机を叩いて立ち上がる。
己の不甲斐なさを呪って唇を噛み締めても、少年の宿命は変わらない。
それを知っているからか、彼の顔は驚く程穏やかだった。
「いいってば。俺は十分幸せだ」
大切な人達を、護れたのだから。
そう言って微笑む少年の薄幸を想い女性の双眸から溢れた一滴は、穏やかな陽光を反射しながら机に水溜まりを穿った。
***
「気持ち悪いな」
任務で訪れた砂の里。
穏やかな午後の陽光に気分を良くして、知らず知らずのうちに鼻歌を歌っていたシカマルは、隣を歩くテマリにそんな呆れの言葉を投げられた。
「なにが」
「お前が」
短く訊ねれば、簡潔な答えが返って来る。
しかし今一理解していないのを彼の様子から汲み取って、テマリは深い溜息を吐いた。
「今回の任務始まってからずっとそうじゃないか。いつもは面倒臭いって溜息ばかりのお前が」
なんか良いことでもあったのか?
テマリはからかうような笑みを浮かべる。
頭上を流れる雲に視線を向けて、シカマルはニヤケそうになる口許を必死に隠した。
「いや、まぁ…」
何時でも、真っ先に想い浮かぶのは、金色の少年。
早く彼に伝えたいことがある。
「これから、かな…」
「?」
らしくない程優しい笑みを浮かべるシカマルを見つめ、珍しいこともあるものだとテマリは小さく首を傾いだ。
「そこのお二人さん。お似合いだねぇ」
嗄れた声をかけられ、まさか自分達のことじゃないだろうな、と顔をしかめつつシカマルはその足を止めた。
今しがた通り過ぎた道の壁際で店を開く老人が一人。
日差しを遮るマントを着ている為、顔は見えない。
彼の前には商品か、麻布の上に装飾品が並んでいた。
「私達はただの知人だ」
思わず老人を凝視するシカマルの代わりに、テマリが答える。
すると、暗いフードの下から軽い調子の笑い声が聞こえた。
「それはすまん。連れの少年が恋をしているように見えたからのぅ」
ぎょっとして、テマリはシカマルを見やった。
しかし同時に納得する。
あの様子の可笑しさは、それが原因か。
だとしたら可愛げがあるというものだ。
「そうなのか?」
「あ…いや、まぁ…うん」
バツが悪そうに言葉を濁して頭をかく動作に、自然と笑みが溢れだす。
IQ200の天才も、結構年相応の反応をするものだ。
「相手は誰だ?」
「あんたじゃないことは確かだな」
からかいに返された皮肉言葉に、やはりあいつは可愛くない、とテマリは鼻を鳴らした。
「恋の御守りでもどうだい?」
二人のやりとりを見物していた老人は、不意にそう言って商品の1つを掲げて見せた。
興味がないから、と断ろうとしたシカマルだが、その言葉を思わず飲み込む。
老人が差し出して見せたのは、首飾り。
中央に白亜色をした何かの動物の骨、その左右に、蒼のガラス玉、銀の鉄板、翠のガラス玉の順で、革紐に通されている。
強い日差しを受けて煌めくガラス玉の色に、シカマルは目を惹かれた。
蒼のガラス玉が彼の瞳に似ていて―――なんて。
「…鹿の角、か」
「御名答。煎じて飲めば、薬にもなる。旅の御守りにもどうだぃ?」
コロコロ変わる商品のキャッチコピーに、テマリは呆れて息を吐く。
首飾りを凝視していたシカマルは、フードに顔を隠す老人へ、声をかけた。
それは
海よりも深い蒼で、空よりも澄んでいて、雨よりも温かい
その色を、酷く愛しく想ったんだ
2011.07.18