Black or White
「僕、もうわからないんだ……」
床に転がった肉や皿を踏み潰し、ミツルは前髪を上げるように顔を掻きむしる。ルビーは警戒しつつ、そっと発動させた手を脇に垂らした。
「皮はミツル……だけど魂は従姉の姉さん……じゃあ、自我は?」
指の間から、ギロリとした瞳が覗く。ゾクリ、とルビーの背が泡立った。
「ただの皮に自我が残る筈がない……この『ミツル』は一体誰だと思う? ルビーくん」
「ミツルくん……」
「君の友だった『ミツル』だったら――」
だん。ミツルは飛び上がって、骨を鳴らした手をルビーへ突き刺そうとする。それをイノセンスの腕で防いで、ルビーは顔を歪めた。
「――嬉しい、って思っていたのかなぁ」



方舟での戦いで一先ずの決着をつけたルビーとミツルは、共に教団へと帰ろうとした――しかし当たり前だが、アクマの教団訪問にグリーンたちは良い顔をしない。レッドやブルーは良いじゃないかと幼馴染を説得するが、曲がりなりにも室長孫のグリーンは言葉を濁す。
「……仕方ない。ジョウト支部に寄るぞ」
「え?」
どうしてだとルビーたちは首を傾げる。グリーンは頭を掻いて、そこに出張中の研究者に用があるのだと言った。
「誰ですか?」
「科学班班長カツラ――唯一アクマを改造できる科学者だよ」

「あまりオススメはしないね」
カツラは蓄えた髭を撫でながら、顔を顰めた。どうして、とルビーは詰め寄る。カツラは気を落ち着けるように珈琲を啜った。
「アクマの改造点は大きく二つ。人間への好意と、殺人衝動の抑制だ」
アクマは元々、殺人によって飢えを満たすことを本能としている。そこで、人間を糧としてではなく、協力すべき味方として認識するように手を加える必要がある。ミツルの場合、本当に特例だが、この条件はクリアしている。ルビーを友と認識し、その仲間たちへ好意を抱いているのだ。
「そして殺人衝動だが……これは完全に抑えることができないんだ」
改造アクマはできる限りそれを抑えるが、それでも完ぺきではない。どうしても殺人衝動が起こってしまった場合。
「――自爆するよう、爆弾を取りつける必要がある」
「そんな!」
イノセンス以外の方法で破壊された場合、アクマの魂は救済されず、消滅してしまう。ミツルの場合、改造してもリスクは変わらないのではないだろうか。
ルビーは顔を歪め、机に置いた手を握りしめた。
「消滅するまで行かずとも、あるていどのダメージを負って弱体化することはできませんか」
「ミツルくん……!」
「手足に仕込めば、動きを封じることは可能だろうが……」
それで良いのかと、カツラはサングラスの奥から値踏みするようにミツルを見やる。ミツルは頷き、ルビーへ笑いかけた。
「もし僕が殺人衝動を起したら、君の手で壊してほしい」
「ミツルくん……」
手袋越しとはいえ、イノセンスへ触れるのは辛いだろう。ミツルはそっと歪なルビーの手をなぞって、自身の手を重ねた。ルビーはグッと唇を噛みしめ、右手をミツルの手の上に重ねて握りしめた。
「分かった、約束する――僕が君を、救済する」
「……やっぱり優しいね、ルビーくんは」
どこか泣き出しそうな、笑顔だった。
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