He is fighter
ブラックは見知った場所で目を覚ました。久しく訪れていない、イッシュ支部の医務室だった。身体を起すと、針で刺すような痛みが神経を通り過ぎて行く。身体中に巻かれた包帯、鼻をつく薬品の匂い。傍らでは、ブラックの寝ていたベッドへ突っ伏すようにして涎を垂らすベルの姿があり、寝る間も惜しんで看病していてくれたことが見て取れた。
ふと、ここへ来るまでの記憶を思い起こす。Nと名乗るノアの、突然の襲撃。仲間たちと逸れ一人奮闘するも、呆気なく倒され、イノセンスまで破壊された。確かにあのとき心臓へ穴を開けられたと思ったのに。
ぐ、と胸を握りしめる。ドクドクと手の平に伝わる音は、そこに心臓があり、変わらず脈打っていることを教えている。
「……生きているのか、俺は」
ピクリ、と眠るベルの手が動いた。



「ブラックとは、ここでお別れです」
その言葉に、ホワイトの頭は真っ白になった。口元を手で覆い、膝をつきそうになる足へ力を込めて耐える。思い返されるのは、初陣のときのこと。ベルが、イノセンスを失った瞬間だ。
彼女が大切にしていたフルートが敵の手に渡り、シャボン玉でも割るように握りつぶされた瞬間。あんなに優しく、笑顔を絶やさず、戦闘に慣れないホワイトを手ほどきしてくれたベルの表情が、凍り付いた。
ペタンと座りこむ彼女を見下ろし、Nと名乗ったノアは砕けたイノセンスの欠片を風へ流す。激怒したブラックが駆けだしていなかったら、ホワイトはいつまでもベルと同じように放心していたことだろう。
結局ブラックも怪我を負い、三人は命辛々逃げおおせた。初めて訪れるイッシュ支部で、傷の手当てをされたホワイトはベルと共にソファへ座り、土下座せん勢いのブラックを見つめていた。
気にしないで、とベルは笑った。いつもより、引き攣ったぎこちない笑みだった。ブラックはNに歯が立たず、敵をとれなかったことを心から悔いているようで、俯いた顔をあげなかった。
ベルは、あははと笑って隣に座るホワイトの肩へ頭を乗せる。
「少し、肩貸して……」
熱を持つ身体を冷やすため、額に乗せた濡れタオルを少し引き下げ、ベルは目元を隠した。ヒクリ、と喉を引き攣らせる音がして、ホワイトは思わず唇を噛みしめる。
「ごめんねぇ……先輩だって、調子……乗っちゃったかなぁ……」
ベルは小さな声で、何度も謝罪を繰り返す。ホワイトは目を固く閉じ、そっと頬をベルへ寄せた。ひんやりとしたタオルに触れ、彼女の涙の温度を報せるようだった。
「……そんなことないよ、私たちは同じエクソシストなんだもの。一人で抱え込まないで」
今でも、あのときの言葉が正しかったのか、彼女の求める答えだったのか、ホワイトは分からない。
(……ブラックくん、あなたもなの……?)
ホワイトはとうとう手で顔を覆った。

ブラックはそっと、扉へ手をやった。鍵穴もノブもない、ただステンドグラスのような意匠が施されたそれを、そっと指でなぞる。
「その扉は開かないよ」
少し離れた柱の影から、聞き知った声がする。チラリと一瞥して正体が想像と合っていることを確認すると、ブラックはまた扉へ目を戻した。声の主は少し呆れたように吐息を漏らして、腕を組む。
「どこかへ行きたいのか?」
「別に……ただ、進んできただけだ」
「君らしいね――でも、そんな身体で、武器すらも失って、どこへ行こうというんだい?」
ブラックは答えず、ペタリと手の平をつける。
「絶望することはない。イノセンスはなくとも、君は生きているんだ。世界のために戦いたいというなら、他にも道はある。ベルという前例もあるんだ」
「世界のため……」
フッとブラックは微笑む。その自嘲気な笑みに、声の主は意外そうな声を漏らした。
「そんなの、どうでもいい」
バン、とブラックは包帯が巻かれているにも構わず、扉へ手を叩きつけた。何度も、何度も。
「俺は、いつだって自分のために戦ってきた! アクマを破壊することを、共に戦うことを、守り抜くことを! 自分で決めて、自分のために!」
世界のために、とは乱暴な言い方だが二の次だ。村を焼かれた復讐から始まった道だった。けれど幼馴染たちと共に歩んで、ホワイトやレッドたちと出会って、様々な想いや意志に触れて、復讐以外の想いが生まれた。アクマを破壊したいという願望、共に戦うという約束、守り抜くという決意――全て自分のエゴから生まれたものだ。それが自分らしいと肯定してくれた彼女の言葉が、嬉しかった。
「……俺は、この道を進むと……ここで生きていくと決めた。俺が生きられるのは、この道だけなんだ……!」
包帯がズレ、血が滲む。ブラックはズルズルと膝をついて座りこんだ。
カツンと音を立てて、声の主がブラックの背後に立つ。
「……それは自分のためだけじゃない。仲間のためとも言うんだよ、ブラック」
幼馴染のチェレンは呆れたと言うように小さく笑んで、ブラックの肩を叩いた。
「酷いことを言ってごめんよ。君の今の気持ちを知りたかったんだ」
ブラックが涙で濡れた顔を上げると、チェレンはプッと吹き出し、親指で頬を拭った。
「一度医務室へ戻ろう。ベルが心配していた」
遠くから、「ブラックくーん!!」と焦ったベルの声が聴こえてくる。確かに、彼女を起さず部屋を抜け出したから、心配をかけてしまった。看病してくれたというのに、失礼なことをしてしまった。ブラックは鼻を啜り、乱暴に目元を拭った。そんな彼へ、チェレンはそっと手を差し出す。
「それが終わったら、君のイノセンスを復活させる話をしよう」
新たな伝説の剣を引き抜く、相談をしよう。
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