FOR WHOM
けたたましい警報音で、ファイツの食事は中断された。席を共にしていたファインダーや科学班の人々が、何事だと同様している。ファイツはスプーンを置き、彼らと同じように空を仰いだ。
『緊急事態発生――ノアとアクマが侵入した模様――至急、避難せよ――』
「なんだって!」
誰かが叫んだ。途端に食堂は阿鼻叫喚の渦となり、人々は右往左往。幾分冷静だった数名が、非戦闘員は避難準備、それ以外は結界装置を持って現場へ急げと叫んでいる。ファイツも咄嗟にそれへ倣おうとして、ふととあることに思い至った。ノアたちの目的はエクソシストとイノセンスの破壊だろう、ということは、今だ別室へ隔離されているタマゲタケもその標的になるのではないか。いや、間違いない。
「あ、ファイツちゃん」
丁度結界装置を持って現場へ向かおうとしていたラクツが、食堂の入口で立ち止まった彼女を見つけた。共に並走していたヒュウが、もたもたしているなと顔を顰める。「おーい」と呼ぶラクツの脇をすり抜け、ファイツはどこかへと走り去ってしまった。
「何処へ行くんだろう?」
「知るかよ。それより、俺たちは早く現場へ……」
「……ごめん、これお願い」
「あ、おい!」
ヒュウに結界装置を投げ渡すと、ラクツは人波に逆らってファイツの背中を追った。残されたヒュウは逡巡した後、大きく悪態をついて、二つの結界装置を抱えたまま走りだしたのだった。

何度かこっそりと様子を見に来ていたから、鍵の場所も部屋の場所も、ファイツは熟知していた。暗い部屋の扉を開くと、隅で震えていたタマゲタケはぽろぽろと涙を溢しながら、腕の中へ飛び込んできた。
「もう大丈夫だよ、一緒に逃げよう」
この階は既に避難が済んだのか、人気がない。アクマたちは他の階にいるのか、ここに来るまで一度も鉢合わせしなかった。このまま、教団の目も盗んで外へ逃げ出してしまっても良いかもしれない――そんなことすら、ファイツは考えた。
「ミィ〜ツケタ」
「!」
ファイツは足を止めた。前方の曲がり角から、レベル3が姿を現したのだ。タマゲタケは、まだ自身でうまくイノセンスの発動をコントロールできない。ここは逃げるしかないと、ファイツは踵を返した。
「ファイツちゃん、こっち!」
吹き抜けの廊下に出て、それに沿って走っている最中、ファイツは細い道から伸びてきた腕に引っ張られた。よろけて倒れそうになる彼女をしっかりと抱き留めたラクツは、ニッコリと笑って「逃げるよ」と走りだした。
「ど、どうしてここに……!」
「ファイツちゃんが気になったから」
腕を引いて先を走るラクツを、ファイツは思わず見つめる。ラクツは少し視線だけやって、「それだけじゃ、だめかな?」と片目を瞑った。カッと頬が熱くなったが、ファイツは気のせいだと言い聞かせる。
やがて二人はエクソシストたちが戦闘訓練に使うフィールドへと辿りついた。限界だったファイツが思わず足を止め、カクリと膝をつく。そのとき、追いついたレベル3が飛びかかってきた。
「かかったな!」
――ぴたり。とレベル3の動きが停止する。先回りしてしかけた結界装置が作動し、結界の中にレベル3を閉じ込めたのだ。ポカンとするファイツの横で、ラクツは安堵したように微笑んだ。
「ありがとう、助かったよ」
「フン、お前ら、揃って命令違反だぞ」
「それは君もだろうけど」
「うっせ!」
腕を組んだヒュウが、悪態をつきながら座りこんだままのファイツを引き起こした。まごつきながらもファイツが礼を言うと、ヒュウはすぐにそっぽを向いた。
「それより急ごう、レベル3じゃあ、結界はそう長くもたな――」
ぱきん、と割れる音がした。一番早く気が付いたラクツは、二人の手を引いて体勢を低くした。彼らの頭上を、レベル3の攻撃が掠めていく。
「!」
「逃げるよ!」
「うん! ――きゃあ!」
駆けだしたヒュウたちに続こうとしたファイツは、足をもつれさせ地面に転んでしまった。
「ファイツちゃん!」
「!タマ、ゲ!」
ファイツへ鋭い爪が伸びようとしたとき、彼女の腕から飛び出したタマゲタケが、グッと身体に力を込めた。ぼふん、とタマゲタケの頭から胞子のような粉が飛び出し、レベル3の顔にかかる。レベル3は思わず動きを止め、顔を黄色く染めたそれを手で払おうとする。しかし視界を隠すそれは中々とれないようで、苦戦していた。よく見ると、胞子が触れたところが僅かに溶けているようにも見える。これが寄生型対アクマ獣であるタマゲタケの能力なのだろうか。
ヒュウがそう思案したのは数秒だった。業を煮やしたレベル3は視界が隠されたまま、タマゲタケを抱えて尻もちをついたままのファイツへ向けてドリルのような爪を振り降ろしたのだ。
「まずい!」
焦るヒュウの視界で、白い何かがはためいた。目の端で捉えたそれは、ヒュウも着ているファインダーの団服。そして次に捉えたのは、ファイツとレベル3の間に滑り込む、黒い服を着たラクツの姿だった。
「……お前、なんだよ、それ……」
「――イノセンス、発動」
ラクツの足元で何かが光る。それは何度か目にしたことのある光だった。
「隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)」
――りりぃいん。
ラクツが蹴り上げた光球は真っ直ぐレベル3の胸を貫き、弧を描いてラクツの元へ戻る。パラパラと砕けるレベル3の破片を浴びながら、立ちあがったラクツは光の収まった球を足で押さえた。
――りりぃん。
涼やかな鐘の音が、耳に残る。常に貼りつけていたヘラヘラとした笑顔は、そこにない。「エクソシスト、だったの……?」
「――そうだ。ファインダー改め、エクソシストのラクツ。それが僕だ」
強き光を秘めた瞳をした少年を、ファイツは知らない。黒き団服を肩にかけた彼の少年の姿を、ヒュウも知らないのだ。
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -