by my side
救いたいと、素直に思った。同じくらいの年ごろ、同じ男の子。両手両足にはめられた、幼い手足には不釣り合いな枷。鍵穴はなく、どんな刃物や鈍器を持ってきても壊せやしない。いつか、外してやると約束した。彼は食べることが何より好きで、食べ滓のついた頬が弛むさまを見るのが、パールは何より好きだった。だから今、パールはこの戦場に立っているのだ。



それは、突然のことだった。この世のものとは思えない異形な怪物たちに襲われたのは、商業のために訪れたとある村でのことだった。とにかく必死だった。ダイヤの手を強く握り、撃ち放たれる砲弾から逃げる。その最中、崩れ落ちた廃材にぶつかり、パールの意識は闇へ沈んだ。
次にパールが目を覚ましたとき、そこにあったのは涙を堪える父の顔だった。パールがまだはっきりと状況を理解できないうちに、父は彼の身体を抱き起こし、そっと抱きしめた。無事で良かったと噛みしめるように呟く父の温もりを感じながら、パールはふと一人足りないことに気がついた。
「……ダディ、ダイヤは……?」
父は僅かに身体を固くすると、パールの身体を離した。
「パール、よく聞け。ダイヤとは――ここでお別れだ」
絶望で、また視界が黒に染まってしまったようだった。

その後、必死でダイヤの行方を探した。父は質問しても答えてくれず、しかし情報を集めるパールのことを止めようとはしなかった。「教団へ入りたい」とパールが頭を下げたとき、何かを堪えるように顔を固くし、最後には頷いてくれた。
「……お前たちは、共に在るべきなのかもな」
ポツリと、そう呟いたような気がした。
「それを、運命と呼ぶのだろうな」
感慨深げな言葉が、未だに耳に残っている。

それからは暫く、白い服を着てファインダーとして働いていた。先行調査を主とするため、エクソシストと行動を共にするのは、アクマと交戦するような命の危機に陥ったときくらいか、ホームでたまたま時間があったときくらいだった。それでもパールは、形は違えど同じ戦場に立てているという事実で、心が安らいだ。これ以上を願うことが難しいと、分かっていたから。
――転機は、嘗てのように突然だった。

珍しくダイヤと任務地がかぶったのは、そこにイノセンスを狙うアクマがいたからだ。イノセンスは確保したものの、敵の攻撃は止まず、こちらをイノセンス諸共破壊せんとしている。敵はレベル2が二体とレベル1が十数体といったところか。対してこちらはエクソシストがダイヤモンド一人だけ。普段なら何とか押し切れないこともないだろうが、先ほど一般人を庇って腕を負傷してしまった今、それも難しいだろう。
撤退するしかない。幸い、イノセンスはこちらの手元にあるのだ。攪乱しつつ逃げれば――
物陰に隠れそう思案するパールの横で、ダイヤは立ちあがった。イノセンスを発動したままで。
「おい、ダイヤ!」
「パールは村の人たちを……まだ、逃げ遅れた人がいるかも」
自分が敵を引きつける、その隙に。物陰から飛び出そうとするダイヤの腕を、パールは慌てて引き止めた。
「その傷で無茶だ! 腕、折れているかもしれないんだぞ!」
「イノセンスで無理矢理動かせば良いよ……それに、戦えるのはオイラだけなんだ。他に方法はないだろ」
鎖の騎士(ナイトオブチェイン)は身体を覆う鎧型のイノセンス。イノセンスを動かすよう命令すれば、例え手足が折れていようと動かすことは可能だ。しかしダメージは蓄積される、無茶な方法だ。
「そんなこと、許せるわけがないだろ! 撤退だ!」
「……離して、パール」
「ダイヤ! 言うことを聞け!」
「オイラは! パールの子分じゃない!」
大きな声だった。いつものんびり、フワフワとした口調のダイヤからは想像もできないほど、大きく強い口調だった。パールは思わず言葉を失い、彼の手から力が抜けたのを良いことに、ダイヤは肩に置かれた手を払った。
「……今戦おうとするのも、パールを守りたいのも、オイラの気持ち! 幾らパールでも、それは譲れない!」
そう言い捨てて物陰からでていくダイヤの背中を、パールは無言で見送った。ダイヤの怒った表情を、パールは初めて見たのだ。彼があんな顔をして、あんな口調をするなんて、知らなかった。そんなことを思っていたことも。
「俺は……」
肩から外された手の平を見つめ、パールは唇を噛みしめた。
彼と共に在りたいと、彼を救いたいと、そう思ってここに来たのではなかったのか。
「なのに……!」
拳を握りしめ、パールは咆哮した。ダイヤとアクマの戦う音で、かき消されてしまうようなものだったが。しかし、その声に呼応して光るものがあった。それはパールの背負うバックパックの中にあり、流星のようにそこから飛び出した。
「!?」
その光はパールの手元に降り、呆然とする彼が何とか掴むと、更に輝きを増した。

がきぃん、と骨にまで響く衝撃。ダイヤは顔を顰め、距離をとった。左腕に感覚はない。イノセンスに命令することで何とか動かしていたが、その左腕を覆う部分にヒビが入り、それも難しくなってくる。敵は粗方破壊し、残るはレベル2だけだというのに。
「くっ……」
レベル2がニタリと笑いながら、腕を振り上げる。万事休すか――そうダイヤが舌を打ったとき、背後から飛んできた炎の渦がレベル2を一瞬のうちに焼き尽くした。
「……?!」
ダイヤはペタンと座りこみ、呆然と後ろを振り向く。そこに立っていたのは、肩で息を吐くパール。彼の胸元で握った手からは見覚えのある緑色の光が漏れており、身体の周りには何やらスタンプのような模様がいくつも浮かんでいた。
「大丈夫か、ダイヤ!」
ハッと息を吐くと、パールは慌ててダイヤの元へ駆け寄る。差し出された手を何とか掴むことはできたが、何も言葉を返せない。膝を折ってしゃがんだパールは、安堵からくしゃりと笑う。白い団服についた他人の血は既に乾き、黒い。
ごん、と。何か焦燥感のようなものが胸を打つ感覚を覚えながら、ダイヤは何も言えず、ただパールを見つめた。
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