in the SHIP
それは、一瞬のことだった。
やっと辿りついた東の島国、ナナシマ。ブルーを探す間もなく、アクマとノアたちの襲撃を受け、それから辛くも逃れていたときのこと。
先ほどの、辺りを更地にしてしまうほどのノアの攻撃の中、一人黒い結晶に守られたレッドの姿。それが、グリーンの瞼に焼きついて離れなかった。それは、ワタルも同じだったのだろう。橋の下でグリーンの肩に凭れかかっていたレッドの足元にアクマのペンタクルが現れたと思ったら、彼の身体が吸いこまれるように消えていったのだ。
「ダメだ!」制止の声を上げたのは誰だっただろうか。目も眩む閃光の後、橋の下に隠れていた仲間の人数は、減っていた。
「レッドさん、グリーンさん……!」
「ゴールド……!」
言葉を失う残された者たちの遙か頭上で、キューブのような物体が回転していた。



眩い光に吸いこまれたと思ったら、辿りついた先は白い煉瓦造りの街並みだった。その美しさに呆けていたレッドは、足元から聴こえるうめき声で我に返り、慌てて飛び退いた。
「ごめん、グリーン、ゴールド!」
「……」
「いえ、大丈夫っす……」
下敷きになっていたグリーンとゴールドはかすり傷と打撲ていどで、大怪我をしている様子はない。レッドはホッと一息つく。その場には、他にもブラックとルビー、ダイヤモンドの姿があった。レッド一人を狙った光に、巻きこまれてしまったのだ。思わずグッと握りしめたレッドの拳を、グリーンがそっと包んだ。その温もりに、レッドの口元が弛む。微笑んで見つめ合う二人からそっと視線を外し、ゴールドは辺りを見回した。
「ここは一体……」
「ここハ旧方舟」
まるで影から滑り出るように、その気配は唐突に現れた。グリーンたちは咄嗟に身構え、イノセンスへ手をかける。ぐわり、と箱から飛び出たピエロのようにその影はレッドたちの前二現れた。
「既ニ主要データヲ新規ヘ移し終え、崩壊ヲ待つダケノ箱」
冷たい白の仮面に、人体とは思えない伸び方をした手足。黒いマントで包まれた身体は、先ほどナナシマの都で対面した姿だった。
「仮面の男……!」
アイスオブマスクは、ニタァと笑った仮面をレッドへと向けた。
「手前、何のつもりで……!ここはどこだ!」
キューの先端を向け、ゴールドは噛みつくように叫ぶ。アイスオブマスクはグルンと首を回し、彼を見やった。
「ココは方舟……アト三時間デ崩壊すル、黄泉行ノ舟だ……」
どぉん――と、大きな音がして地面が揺れた。ダイヤとブラックは思わず尻もちをつく。ガラガラと、白煉瓦の建物が積み木のように崩れていくのが見えた。
「な……!」
「ダウンロードが終わっタ場所カラ崩壊シテいく……アト三時間もスレバ、コノ舟ハ時空間ノ狭間へと消えてイクダロウ――!」
グリーンたちは息を飲んだ。アイスオブマスクはケラケラと笑って、風船のようにフワリと宙へ浮かんだ。
「良イ仲間ヲ持ったなマサラタウンのレッド……共ニ時の狭間ヘ消エルが良イ……」
「仮面の男……!」
レッドの肩を抱き、グリーンは忌々し気に空へ消えていくアイスオブマスクを睨んだ。しかしすぐにレッドの手を引き、「走るぞ!」と叫んで駆けだした。ゴールドたちも後を追う。
「逃げるったって、どこに」
「ここが舟だというなら、どこかの建物が、出入り口になっている筈だ」
「……その扉も、既に消滅していたら……?」
ルビーの言葉に、沈黙が落ちる。ブラックは立ち止まり、手近な扉を思い切り叩いた。鍵のかかっていなかった扉は、その衝撃で開く。その向こうに広がっていたのは外見に見合う綺麗な内装ではなく、延々と続く星空だった。
「本当に、出口はないのかよ……!」
両手で壁を叩き、ブラックは額を擦りつける。その背後から、ヌと手が伸びてきた。
「あるよ、出口」
またも突然現れた気配に、グリーンたちは息を飲んだ。ブラックのすぐ後ろに現れたのは、嘗て列車で同席になったNと名乗る青年。彼は手に、アンティーク調の鍵を持っていた。
「N……!」
「どういうつもりだい?」
慎重に、ルビーが訊ねる。Nはどこか眠たげな目で彼を一瞥し、すぐ近くにあるブラックを見下ろした。
「この街の中心――あの塔の最上階に、外へ繋がる扉を置いてある。君たちはそこへ辿りつく扉を三つ見つける。これはその四つの扉を開く鍵」
ぽん、とNが指で弾いた鍵を、ダイヤが両手で受け止める。その一瞬後、轟音が響き辺りが揺れた。強い地震はバラバラと辺りの建物を破壊していく。バランスを崩し、ブラックは扉へしがみつく。Nは一人姿勢を崩さぬまま、膝をついたブラックを見下ろした。
「……楽しみに待っている、ブラック。君と戦えること」
「……?」
「ブラック!」
足元が崩れ、狭間へ落ちかけたブラックを、伸びてきたルビーのイノセンスの紐が捉える。彼らはそのまま走りだし、崩壊が始まっていないエリアへ向かった。
「ここまで来れば……」
ダイヤは息をつき、汗を拭った。何とか崩壊の波から逃れられたが、ここもいつ時の狭間へ飲まれてしまうか知れない。グリーンたちは視線を交わらせ、コクリと頷いた。
「……行くぞ」
ゴクリと唾を飲み、適当な扉へ鍵をさした。
長い崩壊の中での戦いの火蓋が、切って落とされた。

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