薬指(210712)
永遠を象徴するリングは、左手の薬指に。古今東西、ラブストーリーのお約束。
「指輪には契約の意味がある」
そう教えてくれたのは、呪いが解けて少しずつ成長期の兆しを見せた黒衣の死神だった。新調した帽子のツバを指で押し上げ、彼はニヤリと笑った。
「同時に権威の印だ。だからマフィアの間ではリングの継承を、地位の継承とすることがある」
それは、貝の名を冠するマフィアも同様であった。最もこの組織に継承されるリングは、別の意味も持つのだが。
つまり、あの小動物は契約させられたわけだ。マフィアと、世界に。
「悪趣味と罵ったら良いのかい?」
「感想は自由だ」
「ならこう言ってあげる。君らしくないね」
嫌味のつもりだが、死神は首を竦めるだけだ。
「何が目的だい?」
わざわざ呼び出してそんな空想事を話して聞かせるほど、ロマンチストな性分だったとは記憶していない。
「雲雀恭弥」
これ以上現実的な話がないのならここにいる意味はないと立ち上がったところで、そう呼び止められた。肩越しに振り返ると黒衣の死神はニヤリと笑った。
「何事にも縛られない孤高の浮雲――たった一つの契約に縛られてみる気はねぇか?」

結婚は人生をかけた契約で、指輪はその証である。それならば、このリングとそれに伴う宿命は何ら変わらない。
ボンゴレギアのはまった手を天井へ掲げ、額へ当てる。綱吉はそうして視界を隠し、ゆっくりと息を吐いた。
あの家庭教師は厄介事しか運んでこない。出会ったときからそうだった。一度は天使だなんて思った時もあったが、やっぱりあの男は黒衣の死神だ。綱吉の人生は終わりまで、あの男に握られてしまったようなものだ。
「お見合い、か」
はっきり言葉にされたわけではないが、同義だろう。ボンゴレファミリーのスポンサー企業。規模も名前も業種さえ知らされぬ企業の代表者と婚約をしろと、一か月ぶりに顔を見せた家庭教師はサラリと告げたのだ。
綱吉が視線を落とした机上には、その相手に関する資料が革の表紙に包まれて鎮座する。しかし綱吉はさっぱり開く気が起こらなくて、そっと伸ばした小指で机の隅へ追いやった。
伸ばしたのは左の小指。隣から伸びる薬指は、何も飾らぬまま。
「……」
今更、淡い初恋にしがみつこうとは思わない。あの少女の笑顔は陽だまりにこそ在ってほしいと願ったのは綱吉自身で、そこに他者の――それこそ少女本人の――意思などつけ入る隙はないほど固い覚悟でもあった。
その覚悟を選んでしまった故に見えてしまった別の恋もあるわけだが、それこそしがみついて良い恋ではない。結婚とは即ち、相手を縛り付ける契約でもあるのだから。
「……俺、結婚向いてないよなぁ」
結婚以前に恋愛から向いてない。自嘲気に呟く。ため息と一緒に目蓋を下ろして、パチリと開いた一瞬。
「へえ」
男が目の前に立っていた。
息が止まるかと思った。ひゅ、と喉が鳴ると同時に後頭部に風が吹きつけたので、あの一瞬でそちらの窓から男は侵入してきたのだと分かった。全く、黒衣の死神に負けず劣らず神出鬼没な男である。
黒――というより濃紫の男は腕を組んで、普段通りの無表情で綱吉を見下ろしていた。
「ひ、ばり、さん。お久しぶりです」
「うん」
何とか綱吉が言葉を絞りだすと、雲雀は短く返す。それ以上言葉は続かず沈黙が落ちた。
「聞いたよ、婚約の話」
「あ、そう、ですか……」
誰から、と疑問が湧いたが黒衣の死神しかいないだろう。綱吉は気まずくなって両手の指を絡めた。
雲雀の手が伸びて、綱吉の手を掬いあげる。ボンゴレギアをはめていない左手だ。雲雀のトンファーを握る固い手が開き、綱吉の指の間へ無理やり入り込む。自分の指より太い雲雀の指が間に割って入ったことで痛みが走る。顔を顰める綱吉を気にせず、雲雀はグッグと握り潰さん強さでえ綱吉の手を鷲つかんだ。
「ひ、雲雀さん?」
「うん、まあ丁度良いかもね」
パッと雲雀は手を離す。少しジンジンとする手を摩りながら、綱吉はさっぱり意図の読めない彼の行動に首を傾げた。
「これ」
雲雀が取り出したのはシルバーリングだった。アクセントにオレンジとバイオレットの宝石があしらわれた、シンプルなデザイン。目を丸くする綱吉の手をとって、雲雀はリングをはめた。左の、薬指に。
「……へ?」
そこで気づく。綱吉の左手をとった雲雀の左手、その薬指にも同じデザインのシルバーリングがあることに。
「え?」
「彼から言われただろ」
「いや、聞いてますけど……え、婚約はスポンサー企業の代表者……」
そこで綱吉は言葉を止める。それから慌てて机の端に追いやった資料へ手を伸ばした。資料にザッと目を通し、綱吉はヒクリと頬を引きつらせる。
「はあ!?」
「相変わらずうるさいし鈍い……」
「いや、確かにスポンサー企業で、代表者ですけど!」
資料を両手に掴んだまま、綱吉は額を机につける。頭上からクスリと笑う声が降ってきて、飛び跳ねた髪を指で掻き交ぜられた。
「……束縛は嫌いだと思ってました」
「まあね。けど、たった一つだけ縛られる契約があっても良いかと思っただけだ」
詰まらないようなら噛み千切る、と髪の毛を撫ぜていた指が項に触れる。そのままグッと絞めるように指を回されるが、強い力は感じられない。
綱吉は机へ向けて息を吐きかけた。
この男から聞ける、最上級のプロポーズだと思ってしまった自分が、恨めしい。
「それで、返事は?」
綱吉が顔を上げると、項から手はどいてまた左手を掬いあげた。
「……退屈させないよう、努力させていただきます」
カァと熱くなる頬を自覚しながら返事をする。
雲雀は満足そうに目を細め、口元へ寄せた綱吉のシルバーリングにキスを落とした。
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