狐に婿入り
太陽が照らす中降る雨を、狐の嫁入りと呼ぶ。山で執り行われる式を邪魔されぬよう、狐たちが降らせるのだという。逆に言えば、その雨は式が行われることを報せているのだ。
その日頭上を濡らしていった天気雨もまた、そんな祝福の予兆であると、カラ松は信じている。

【起】

一つ下の―――同い年なのでその名称が正しいのかは疑問だが―――弟曰く、その日はカラ松たち三つ子至上、最大級に不幸な一日であった。
朝家を出てすぐ天気雨に降られてしまったし、遅刻ギリギリで飛び出したため鞄を取り違え必要な教科書やノートが全く手元にあらず、予習と宿題をやっていないとして立たされてしまった。とある教科担任にはまた松野の兄弟かと呆れられ、クラスメイトからは笑われる始末。
死にたいと肩を落とすチョロ松を励まして帰宅してみれば、築数十年というボロアパートの門前に、見知った顔が二つ並んでいた。アパートの管理人であるチビ太がカラ松たちを見つけ、少々困ったような笑顔を見せた。その隣に並んでいたのはカラ松たちの後見人を務めるイヤミで、彼はどうかしたのかと問う十四松の眼前に紙を一枚突きつけた。
「このアパート、本日限りで取り壊しになったザンス」
「はあ?!」
ふざけるな、とチョロ松はイヤミの胸倉を掴もうと手を伸ばす。しかしイヤミはサラリと躱し、さっさと身支度を整えるよう言い放った。元々耐震工事などされていないほど古い建物で、住人も三つ子と管理人のチビ太以外いなかった。仕方ないとチビ太は笑うが、カラ松たちはポカンとするしかない。
「俺たちは、どうすればいい」
親はとうに死に別れ、親戚らしい知り合いもいない。今から家を探すとしても、今日中には無理だろう。困惑してカラ松がイヤミへ縋るように視線を向けると、彼は腕を組んで小さく息を吐いた
「ミーもそこまで鬼じゃないザンス。家の世話くらいしてやるザンスよ」
一応後見人なのだからと付け加え、イヤミは早く荷物を持ってこいとアパートを指さした。
さて駆け足になってしまったが、カラ松たち三人がその屋敷へ住むことになったのは、そんな経緯があってのことだった。チョロ松が言う『三つ子至上最大の不幸』の最高潮にして最後を締めくくったのは、イヤミの紹介した屋敷には先住民がおり、それが一癖も二癖もある三つ子だったという点だろう。自覚なく口の悪いチョロ松は、「退魔師なんて怪しい職業の奴を信用するんじゃなかった!」と溢していた。
玄関でカラ松たちを出迎えたのは、三つの同じ顔だった。それもカラ松たちと同じだから、玄関には全部で六つ、コピーペーストしたように同じ顔が並んだ。「あ〜、今日だっけ」と赤い着物の襟から手を突っ込み、真ん中に立った青年は大きく欠伸をする。そんな彼の背へ隠れるように立ち、桃色の着物姿の青年は、カラ松たちを観察するように目を動かした。猫を抱えた青年は、興味ないと踵を返して奥へ引っ込もうとする。そんな紫の袖を掴んで引き止め、赤い着物の青年はニッコリと笑った。
「えーっと、久しぶり?俺らのことは覚えてる?」
困惑から戻りきらぬチョロ松は、呆然としたまま首を横に振った。やっぱり、と呟いて、赤い着物の青年は頭を掻いた。
「俺は松野おそ松。こっちは一松とトド松。紛れもない、お前たち六つ子の兄弟だよ」
ジーザス、と最近覚えた単語がカラ松の口から滑り落ちた。

松野は、この辺りの地域ではそこそこ有名な名前である。別に名家だとか地主だとか、有名人の実家だとか、そういうことではない。この地域に伝わる伝説に登場する名前だからだ。悪鬼を封じた神主、その名前が松野だったのである。
イヤミ曰くその伝説は史実であり、紛れもなく伝説の松野はカラ松たちの先祖であると。とはいえ、伝説には語られていない事実もある。松野は神主ではなく退魔の力を持った一般人だったという点と、悪鬼は松野の妹を生贄として封じられただけであるという点だ。
伝説となった実際の事件をきっかけに、松野は素質ある人間に退魔の術を学ばせ、一方で悪鬼への生贄を準備し続けた。それというのも、悪鬼の封印は百年周期で弱まってしまうからだ。その予兆でこの辺りの地域で妖怪による被害が増加する。退魔の術はその被害を抑えるために。生贄は、封印をかけ直すために。
生贄には、作り方がある。封印の弱まる時期に18になるような子を宿した女の胎へ、いづな(管狐)を入れる。すると半妖の子どもが生まれ落ちるから、それをしっかり18まで育てれば、生贄の完成だ。
まるでお昼の調理番組のアシスタントにでもなったように、おそ松は軽い口調で説明した。
「……で、それが僕たちと何の関係が?」
引き攣った顔でチョロ松が問うと、「察しているくせに」とおそ松は笑う。
「当代の松野にはイレギュラーが二つあった」
一つは、いづなを入れた女が男の六つ子を産んだこと。もう一つは、その六つ子のうち三人だけが半妖だったことだ。
「それが、俺ら」
ニヤリと笑って、おそ松は自分の胸へ手を当てる。チョロ松は顔を顰め、冷や汗の滲む手の平を握りこんだ。
松野は、半妖と人間を隔離して育てることにした。六つ子など前例がなく、互いにどんな影響を与え合うのか分からなかったからだ。カラ松たちの直接の父母が死に、イヤミが後見人になったのは、もう一つの誤算であったかもしれない。18を二年後に控えた16の春に、彼らはまた引き合わされたのだ。
「まあ、これからよろしく、兄弟」
ニシシと笑うおそ松の笑顔が、チョロ松の頭に今でもこびりついて離れない。

序編、了
(20161207)
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