「大丈夫?サスケくん!」
「ああ」
鋭い一撃を受けて膝をついたサスケの隣まで下がり、ヒナタはスッと構える。闘技場で二人と対峙するのは、サンと呼ばれていたおかっぱ頭の少女と、スウと呼ばれていた雷遁使いの少年だ。サンが掴む、サスケの身体から伸びる鎖を一瞥し、ヒナタは顔を曇らせた。
「その鎖……」
「解らないが、その可能性は高い」
「でも、そうなるとあの子たちは……」
もしかしたら、この戦いの意味は―――
惑う声に、サスケはヒナタを一瞥すると、するりと腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜いた。
「……この鎖も殺気がなかった。だから反応が遅れた」
「それじゃあ、」
「余計な詮索は、拳を鈍らせるぞ」
向こうは迷いなく剣を振るっている。尋問は、彼らを捕え、事態の収束をしてから幾らでもできる。
「アイツらが心配なら、余計にな」
「……!」
ヒナタはハッとサスケを見やり、コクリと頷いた。
「うん―――そうだね」
背後の喧騒を同期に任せ、二人は同時に地面を蹴り上げた。

「ぐ、ぅお!」
ミライに首を絞められていたキバは、突然解放され、強かに尻もちをついた。ゴホゴホと咳き込みながら涙目で顔を上げると、纏わりつく黒い蟲の塊を払いのけようともがくミライの姿がある。しゅるりと煙のようにして、蟲は一階下の客席へ飛んでいく。大きく息を吐き、キバは立ち上がった。
「サンキュ、シノ」
「油断大敵だ、キバ」
「わーってるよ」
(……とは、言ったものの)
キバはチラリと辺りを見回す。顔見知りの忍たちやそれに混じった傀儡が暴れまわる会場。一般人の避難は、サクラやいのたちが行っているようだ。闘技場では、ヒナタとサスケ。シカマルは来賓の避難で手いっぱいのようだ。
キバと赤丸の鼻で嗅ぎ分け、傀儡を潰していく方が先か。ペロリと舌舐めずりし、キバは手摺を乗り越えようとして、ピタと足を止めた。チラリと見やったのは、師の娘。彼女をこのままにしておくわけにはいかないが、おいそれと手を挙げるわけにもいかない。木の葉の忍たちが何によって操られているのか解らないため、手の出しようがないのだ。
虚ろな目でギロリとこちらを見やり、ミライは手にしたクナイを煌めかせる。
「……キ、バ……」
どうしたものかと考えあぐねるキバの耳に、掠れた声が届いた。くん、と鼻を動かすと、血と汗に塗れたよく知った匂いが漂う。バッと振り向くと、古い顔馴染みがそこにいた。
「あんたは……!」

ミライに父の記憶はない。まだ彼女が母の胎内にいるとき、殉職してしまったからだ。犯罪集団『暁』の一員と戦った名誉の死だった。仇は彼の教え子が見事果たし、遺志もその教え子が継いでいる。
ミライは父の存在を知らない。家族は母のみで、物心ついた頃から何となく、母を守らなければいけないという小さな使命感を抱いていた。今覚えば、父の娘故、だったのだろう。
忍の家に生まれたミライは、疑問を抱くことなどせず、忍の道を選んだ。あのときの己にとっての玉とは、母のことだった。今ならばそうだろうと解る。幼いミライは母を守るために、強く在ろうとしていた。一般的な女子に比べて男勝りな性格になったのは、母の気質を継いだせいだけでなく、そんな心意気も関係していただろう。
それが僅かな変化を見せたのは、暖かい一つの掌がきっかけだった。
ぽん、と痛んだ髪を撫でる大きな掌。母の、柔らかくて甘い匂いのする手とは違い、古傷塗れでカサついた、体温の高い手。少し目尻に浮かんだ笑い皺を更に深く刻んで、その人は淡く微笑んだ。
「大丈夫だ、ミライ」
母とは違う、低く落ちついた声。ミライはグッと唾を飲んだ。
それはある日の任務中。がむしゃらに突っ込んでしまったミライを優しく庇い、フォローしてくれた腕。謝る彼女へ、向けられた掌だった。
「そんな気張らなくて良い。俺たちがいる」
時折家を訪ねてくる両親の教え子より年を経た男の笑顔を見た瞬間、ミライは一太刀を紙一重で避けたときと同じような鼓動の音を聞いた。
顔に皺を刻んではいたがその端整さは変わらず、齢十数歳の少女の胸を射止めるだけの魅力を、神月イズモは持っていたのだ。

足が止まった。止められた。粘つく何かが、足と地面を縫い止めているのだ。
「……ミライ……」
掠れた声が、名前を呼んでいる。淡い夢から意識を浮上させたミライは、その声の主を想像して、グッと唇を噛みしめた。上手く動かない腕を手繰り寄せ、濡れた感触も構わず印を結ぶ。
「火遁……っ龍火の、術ぅ!!」
ボボボボボ、とミライの口元、手足から糸を伝うように炎の筋が現れ、瞬く間に辺りを滑っていった。炎が道筋としていたのは彼女自身に繋がれたチャクラ糸で、強い火力によってボロボロと崩れていく。
「ミライ!」
糸から開放され思わず膝をつくミライの姿に、慌てるキバの声が聴こえる。それを何処か遠くに感じていたミライは、ポスリ、と温い何かに肩を抱かれた。火薬の匂いに塗れた、少しざらついた布の感触が頬を撫でる。それからポンと頭に手を置かれた。
「ミライ、よくやった」
聞き慣れた声に、目の奥が熱くなる。ミライは安堵で緩む筋肉に何とか力を込めて、頭を持ち上げた。
「……イズモ、さん……!」
ニコリと微笑む顔。ミライは大きく息を吐いた。
ミライの背中を叩き、イズモもゆっくりと息を吐いた。彼の手足には、血が線状に滲んでいる。チャクラ糸に掴まれたとき、無理矢理引き千切ったためだ。更に猛追してくるチャクラ糸や、今はサスケと対峙しているサンから逃げているうち、大分会場から離れた場所へ行ってしまい、到着が遅れてしまったのだ。
シカマルだけでなく、あのときアスマの死を見ているしかできなかったことを、イズモも後悔している。仇討ちには参加できなかったが、シカマルと同様、アスマの遺した玉を守りたいと思った。彼女が同じ班になったときは、これも運命かと苦笑したものだ。
(今度は間に合って、良かった……)
土汚れをつけてニヤリと笑う少女に微笑み返し、イズモは彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「よくやったぜ、ミライ!」
ミライが証明した、木の葉の忍たちにつけられたチャクラ糸。彼らが操られている原因を明らかにしてくれた。それを、無駄にはしない。
キバが視線を向けると、予想通り、一階下の客席で腕を掲げるシノの姿が見える。
「シノ!」
「解っている」
そちらも、と返され、キバは誰に言っていると笑った。鼻を親指で弾き、キバは赤丸と共に体勢を低くした。シノは散らばらせていた蟲たちを呼び寄せ、指揮者のように腕を振る。
「喰らい尽くしてやれ」
黒い蟲たちは宙を滑りながら飛びたち、四方八方へ散っていった。蟲たちは忍たちの元へ寄り、彼らに絡みつくチャクラ糸を覆った。黒い線が、蜘蛛の糸のように張り巡らされたさまが、目に露わとなる。油女一族の蟲は、チャクラを吸って成長する。チャクラでできた糸を吸い尽くしてしまうことも、可能だ。
「牙通牙!」
傀儡を匂いで分別し、キバは赤丸と共にその腹へ風穴を開けていく。派手に暴れまわる彼のお陰で、更なる土煙と傀儡の破片が辺りを舞う。乱暴なことだと、シノは小さく溜息を吐いた。
「成程。僕らも続こう」
サイは刀を抜くと、それにチャクラを流しこんだ。淡い光を放つそれを、ブーメランの要領で投げる。弧を描いて飛びながら、それは残ったチャクラ糸を切っていった。
「行けるか、ミライ」
「はい!」
大きく頷き、ミライはイズモと共に立ち上がる。二人はクナイを構え、手摺を飛び越えた。

ぴちょん、と、雨など降っていないのに、葉から露が零れる。それを肩に受け、ミツキは濡れた前髪をかき上げた。
「……残念」
ニコリと微笑んだ彼の視線の先には、ぐったりと俯いたパーの姿がある。ずぶ濡れのパーは、手足を蛇によって木へ拘束されていた。焦げた木や強い力で折れた幹が散乱する辺りを見回しても、どちらが勝利を得たかは一目瞭然。
ミツキはニッコリと笑って、意識があるのか解らないパーへ声をかける。
「勝負は、僕の勝ちみたいだね」
ぴくり、とパーの指が痙攣した。
「……だ」
「ん?」
「……まだ、終わって、ない」
ぐ、と拳を握り、パーは拘束を解こうと腕に力を込める。戦っているときからタフだとは思っていたが、まさかまだ余力が残っているというのか。ミツキは眉を顰め、警戒して上体を少々倒した。
「……木の葉、には、敗けない」
「!?」
ミツキは目を疑った。生成色だったパーの髪が、根元から色を変えていくのだ。術で元の色を隠していたのか。しかし問題は、その色だ。
「―――その色は、まさか……!」
特徴的な髪の色、そして強い生命力。そんな特徴を持った一族を、ミツキは一つ知っている。

「……なん、だ……」
どどどどど、と滝の音が大きく響く森の中。シカダイは木の幹に背を凭れて、ぐったりと座りこんでいた。いのじんは、川に下半身をつけ、岸につっぷしている。彼に庇われたものの共に投げ飛ばされてしまったチョウチョウは、小さく呻きながら岸辺で身じろいでいた。
川の途中に、突如として現れた滝の滝壺で、リゥチィが背中合わせで立っている。二人の生成色の髪は、さきほどまでと色が全く違う。
「その髪……もしかして、」
それは、血よりも鮮やかな、赤い色。
「―――うずまき一族か」

「ん……」
ヒマワリが目を覚ましたのは、彼女が見たこともない異国の調度品で囲まれたベッドの上だった。白いシーツは家のものより質が劣るのか、少し肌触りが悪い。部屋に窓はなく、辺りは薄暗い。壁にポツポツとついている蝋燭が揺らめく度に、辺りの色も微妙に変化し、少々不気味さを醸し出している。
きぃ、と音を立てて扉が開いた。部屋を見回していたヒマワリはビクリと肩を飛び上がらせる。入口を見やると、薄暗がりでもぼんやりと浮かび上がるような白い服装の青年が、ヒマワリを見つめていた。
「あ、あの……」
「……」
頭と首に布を巻きつけた青年は、無言のままツカツカと歩くと、ヒマワリの座るベッドへ何かを転がした。驚いたヒマワリがそっとそれを覗きこむと、「くかー」と呑気な寝息が聴こえてくる。それは、眼鏡をかけた女性だった。チロチロと揺れる灯りから、赤味の髪をしていることは解った。何となく、兄と同じ班の少女を彷彿とさせる。眼鏡をかけているせいだろうか。
ヒマワリが女性を見つめているうちに、青年はスタスタと部屋を出て行こうとする。慌ててヒマワリはベッドを降りて、青年の裾を掴んだ。ピタリと青年は立ち止まり、機械のようにクルリと振り返ってヒマワリを見下ろす。
「……あ、あの……ここは……」
「……」
首に巻かれた布のせいで顔の半分が隠れ、窺い知れるのは目元のみ。じとりとした視線が落ち着かなくて、ヒマワリは思わず手を離して俯いた。
「……シー」
え、とヒマワリは顔を上げた。しかし青年はサッサと踵を返し、部屋を出て行ってしまう。
それが彼の名前だったのだろうかと思い至ったのは、それから数分経ってからだ。

あそこだと、サラダが示したのは、森の木々に隠れた洞窟だった。明らかに自然的なものではなく、人為的に作られたと思われる洞窟だ。微かであるが、新しい足跡もある。ここで間違いないようだ。
サラダと目を合わせて頷き、ボルトはそっと気配を消して洞窟へ足を踏み入れた。
暫く細い道が続くばかりであったが、やがてホールのように開けた空間へと辿りついた。天井は穴を開けてあるのか、日光が少し入ってきている。ホールの中心には、石を積んで作ったような揺り篭だろうか、オブジェが構えている。四方に蛍のようにして提灯が浮かんでいた。その揺り篭の足元に人影を認め、ボルトとサラダはサッと身を顰めた。
人影は三つ。うち一つは後ろ手に拘束されたナルトで、一つはジゥとかいう青年だ。もう一つ、サラダたちとそう年の変わらないと見受けられる少女が、何やらナルトへ話かけていた。
「なにこれ……」
「?どうした、サラダ」
「何かあの女の子……」
写輪眼を動かし、サラダはゴクリと唾を飲んだ。
あの少女は、どこか異質だ。二人以上のチャクラが混じり合っているような、不気味さがある。
しかし写輪眼を持たぬボルトにその気味の悪さは解らず、彼はサラダの様子に眉を顰めた。
「―――……何を、馬鹿なことを!」
突然、ナルトの厳しい声がホール内に響いた。二人がハッとしてそちらへ視線を向けると、ナルトが厳しい面持ちで立ち上がっていた。相対するジゥたちは平然としたままだ。少女は淑やかな仕草で、胸元へ手をやった。
「そう憤らないでください。ナルトさまには是非、我らに協力していただきたく、」
「そんなことに、手を貸せるわけねってばよ」
物腰柔らかな少女に対し、ナルトの口調はどこまでも固い。少女はそんなナルトの反応を予想していたのか、笑みを崩すことはしない。
「これは我が一族のため、引いては、ナルトさまのためでもあります」
「一族である以前に、俺は木の葉の里の忍だ」
一族。何の話だろうか。気になって身を乗り出しかけたボルトの腕を、サラダが引いて止める。
「何だよ」
「ほら、私たちの任務って、アジトの場所を突き止めることでしょ?何か相手もよく解らないし、ここは一度引いた方が……」
「そ、そうだな……」
少々名残惜しさを感じながら、ボルトは素直に頷いた。
―――ぞく。
背筋に悪寒が走る。ボルトは動きを止め、サラダは彼の背後に立った人影にヒッと喉を引き攣らせた。いつの間に現れたのか、気配もなかった。ジゥたちと同じ生成色の髪をした青年が、そこに立っていた。すっと持ち上げられた手に、バチリと電撃が走ったのが見える。
「……っ」
伸びてきた手を躱し、ボルトとサラダはホールへ躍り出た。「シー」と、青年を呼ぶらしいジゥの声を端で捉え、ボルトは袖のクナイを取り出した。
「ボルト……!」
どうしてここに、と目を見開いたナルトは、すぐにシカマルの差し金かと顔を顰めた。いや、幾らシカマルでも、彼らのような下忍に突入までは命じない。恐らくは追跡だけの任務だったが、敵に見つかってしまったのか。自分は手を拘束されている。こっそり貯めていた自然エネルギーは少し足りないが、彼らを逃がす時間を稼ぐくらいはできるだろう。
すー、と息を吐き、ナルトは目を閉じた。肌色の瞼に、オレンジの隈取が差し入れられる。目を開き、ナルトはトントンと地面を蹴った。
(―――仙人モード、)
「蛙組手、足だけバージョン」
一二秒で移動したナルトは、自由になっている足を振り上げ、シーの首に巻きつけると、締め上げながら地面へ倒した。この場にカカシやヤマトがいれば、相変わらず成長しないネーミングセンスだと、呆れただろう。
「……っ」
ぐっと息を詰め、シーはナルトの足を引き剥がそうとする。足へ力を込めつつ、ナルトは戸惑うボルトたちへ視線をやった。
「早く、離脱しろ!散!」
ナルトの声に、ボルトたちはハッとし、散回しようとする。しかしそれより早く、駆け寄ったジゥがボルトの腹を蹴り上げた。
「ボルト!」
「……が……っは」
唾を吐きながらボルトは宙を舞い、しかしすぐに体勢を立て直して地面に着地する。
「ボルト!」
「コイツは……俺の、相手だ……!」
よろりと身体を起しながらクナイを構えるボルトに、サラダは何を馬鹿なことを、と叫びかけた。しかし「うお!」というナルトの声が傍らから聴こえ、ついで目前を斬り裂くように拳が飛んできたので、言葉を飲みこみ、身を翻した。
首に巻いていた布のせいでうまく占め落とせなかったのだろう、ずれた布を巻きなおしながらこちらを見やるシーに、サラダは眉を顰めた。地面に転がっていたナルトも、立ち上がってサラダの隣に並ぶ。彼の瞼に乗ったオレンジが消えかけているのを確認し、サラダはボルトへ向けて声を張り上げた。
「ボルト、こっちは私に任せて!七代目を連れて、何とか離脱しましょう!」
「駄目だ、まだヒマワリが……!」
言葉の途中でジゥの掌拳が飛んできたので、ボルトは後ろに仰け反ってそれを躱した。そのまま地面に手をつき、一転して距離を取る。
「無理よ、この状態で捜索なん、て!」
振り降ろされたシーの手を、クナイで受け止める。バチッと雷に変化したチャクラが手に流れ、僅かに痺れた。
「くっ……」
「サラダ!」
「っ七代目は、下がっていてください!」
先ほどチラリと写輪眼で見ただけだが、ナルトのチャクラが手錠で堰き止められているようだった。仙術も、この応戦の中では自然エネルギーを溜めることすら難しいだろう。逃げ切れるだけの自然エネルギーをナルトが溜められるまで、サラダが押し留めるしかない。
フッ、と息を吐いて地面を蹴ると、サラダはシーの頭上を飛び越えて背後に回る。シーが振り返り切る前に、サラダはポーチから取り出した手裏剣を投げつけた。それに怯む間に、印を組む。
「火遁、豪火球の術!」
サラダの口から、大きな火球が吐き出され、シーを焼いた。ナルトは、思わず目を見開く。
うちは一族では、一人前の証である豪火球の術。嘗てのサスケ少年にも引けを取らないその大きさと威力に、彼女のポテンシャルを伺わせる。
「……成程、」
熱さに呻きたたらを踏むシーを、休ませないとばかり鋭く睨み、サラダは右手首を掴んで少し上体を倒した。
「……こう、か!」
バチバチと、サラダの手に、雷へ変化したチャクラが集まる。目を焦がすような光は、ボルトの脳内に嘗て師匠から見せられた電撃を思い起こさせた。
「それは……!?サラダ、まさか俺の千鳥をコピーしたのか……!」
エキシビションマッチで見せた、あの未完成な技を、自ら昇華させるとは。ハハ、とナルトの口から思わず笑いが零れた。
十代の少女と言えど、彼女はしっかり、木の葉の英雄の血を引いているのだ。
「―――雷切ぃ!!」
刀のように伸びたチャクラが、シーの肩を貫いた。
「……っ!」
じわ、と口元を隠す布が赤に滲む。こんなときでも声を出さないシーに不気味さを感じながら、サラダはそのまま胸元を足で押し、身体を倒した。
「シー!」
倒れていくシーの姿に、ジゥの動きが止まる。彼と対峙していたボルトはクツクツと笑い、クナイをしまった。
「俺も―――負けてられねぇ!」
「!」
「影分身の術!」
ポンポンポン、と三体の影分身が飛び出し、本体と共にジゥの四方を囲む。ジゥは足を止め、視線を素早く滑らせた。ジゥが立ち止まった瞬間にニヤリと笑い、ボルトと影分身は一斉に駆けだした。
「行くぜ、師匠から授かった必殺技その二、俺流アレンジバージョン!」
ボルトのその言葉と共に、影分身たちが飛び上がる。四方を囲まれ、ジゥには逃げ場はない。右、左、下、そして上。四方向からボルトの膝や拳がジゥの身体に叩きこまれる。
「う、ず、ま、き、ボルト連弾!」
両の手で握りしめた拳が、ジゥの脳天に落ちる。押し潰されるようにして、ジゥの身体は地面に減り込んだ。ボルトは鼻の頭を親指で弾き、ニヤリと笑う。
「どんなもんだ!」
得意げな様子の息子と、喜色で頬を染める少女を見やり、ナルトは思わず吐息を溢した。全く、将来有望な下忍ばかりだ。
一人離れたところで傍観していたイーリャンは、そっとシーとジゥを見やり、瞼を下ろした。
「ボルト、早く!」
「だから、まだヒマワリを探してからじゃねぇと……!」
ぐ、と足首を掴まれる感覚に、ボルトは言葉を止めた。視線を下ろせば、ググッと地面を押しながら、もう片方でボルトの足を掴んだジゥが起き上がろうとしている。まずい、と思い咄嗟に逃げようとするも、ボルトの身体は軽々と投げ飛ばされた。
「ボルト!」
「へい、き……だってばさ」
サラダが傍らに落ちてきたボルトに駆け寄ると、彼は頭を振って起き上がる。カラリと、小石を蹴る音がした。サラダが沈めたと思っていたシーも、しっかりと二本の足で立ち上がっている。
「……うそ」
サラダとボルトは目を疑った。彼らの生成色だった髪が、色を変えている。流した血のせいではない。そんなものよりずっと鮮やかな、赤い髪だ。
「手前ら、その髪色……」
「……髪色を隠すほど、余裕がなくなってしまうとはね」
さすが、ナルトの息子だと。そう言ったジゥの目は、赤い髪色のせいもあってか、氷のように冷たい。
「母さま、少々手荒な真似をしてしまいますが」
ジゥの言葉に、イーリャンは口を閉じたまま軽く頭を下げた。好きにしろという意味なのだろう。礼を呟いて、ジゥはスッと拳を構えた。
「うずまき一族といえど、君は木の葉の血も継いでいるのだったな」
ならば、最早手加減は無用だと、そう響く声もまた、冷たかった。
「うずまき一族……」
またその名前だ。一体、何だと言うのだ。
「うずまき一族。渦潮隠れの里の代表的だった一族の名だ」
ボルトの困惑に答えるように、ゆっくりと、ナルトが口を動かした。ボルトの困惑した視線を受けても顔色を変えず、ナルトは言葉を続ける。
封印術に長け、生命力が高いことと、真っ赤な髪が特徴的。木の葉の開祖である千手一族とは遠縁にあたり、初代火影の妻もまた、うずまき一族であった。
「それが俺の母ちゃんの……ひいてはお前の一族のことだ」
「それが……それが、なんだっていうんだってばさ!」
「君は何も知らないんだな」
赤い髪、そしてあれだけの攻撃を受けても両足で立つタフさ。シーとジゥもまた、うずまき一族であるのだ。ボルトとジゥたちは、遠からず血が繋がっている。
「何故、うずまき一族の名が廃れたか」
己の赤い髪を少し指で摘まんで、ジゥは目を伏せる。そしてグッと拳を握った。
「全て、木の葉のせいだ」
それから上げられた瞳は、髪と同じような炎を揺らめかせていた。
うずまき一族は、渦潮隠れの里崩壊と共に散り散りになった。その性質の珍しさから、人身売買にまで狙われていたこともある。全て、木の葉のせいだ。
「それは、違う」
ジゥの語りを遮ったナルトに、彼の鋭い睨みが飛んだ。
「何も違わない!」
「木の葉と渦潮は友好関係にあったんだ。初代火影の妻がうずまき一族だったことも、その証だ」
「どうして……どうしてあなたは、木の葉を庇うのです!里が壊滅の危機にあっても、援軍すら送らず、生き残った難民を受け入れようともしなかった!そんな里を!」
「……当時、木の葉も内部騒動に手を焼いていたんだ。指揮系統が、そこに手が回るほど整っていなかった」
苦虫を噛み潰したように顔を顰め、ナルトは目を伏せた。ギリィと一際大きく歯を噛みしめ、ジゥは興奮したように声を荒げる。
「木の葉はいつでも、うずまき一族を有力者の傍におきたいらしい……ミトさまもクシナさまも……果ては、木の葉の象徴に据えるなんて!―――違うか……ははは。うずまき一族の特異性を利用して作った人柱力を、手元に置いておきたいだけか」
後半は、自嘲気味な笑みを湛えていた。ナルトは相貌を崩し、深く顔を伏せた。ボルトは慌てて、ジゥとナルトの顔を見回した。
「人柱、力……」
「―――世界に九体存在した魔獣(尾獣)を体内に封印された人間のこと」
ジゥたちの語りを引き継ぐような声は、ホールの中心に置かれた揺り篭の方から聴こえた。そこに昇ったイーリャンが、静かな面持ちでボルトたちを見下ろしている。
宿主は、圧倒的なチャクラ量を誇る獣の力を、己のものに還元して人知を超えた力を発揮することができる。しかし暴走の危険性を孕んでおり、その力を制御下に置くことができない者が多く、人柱力は周囲から畏怖や奇異の目を向けられ、しばしば迫害の対象となることもあった。
「―――そしてその尾獣を抜くと、人柱力は必ず死ぬ」
「……!」
「うずまきナルトさまもまた、九つの尾を持つ獣の人柱」
「父ちゃん……!?」
驚いた顔でボルトとサラダが見やると、ナルトは諦観の笑みを浮かべた。
「それこそ、過去の話だ」
忍界大戦を終え、全ての尾獣とナルトが対話した今、彼らは意志疎通のできぬ化物でも単なる力の塊でもなくなった。各里間での交流も落ち着いている今、政治的戦略として人柱力は量産されず、兵器利用されることもない。畏怖の対象も、また然り。
「……あなたを忌み子と虐げたことも、過去なのですか」
「!」
ボルトは息を飲み、サラダは口を手で覆った。ナルトは生まれてすぐ両親を失くし、苦難の子ども時代を送ったとアカデミーでは学習した。しかし迫害を受けていた事実など、ボルトたちは知らない。確かに、人柱力のような強大な力を有した子どもが、脅威の対象として恐れられるのは世の常だろう。
当の本人のナルトは眉根を下げ、柔らかく微笑んだ。
「恐れは生物としての生存本能だ、仕方なかった。それに、人の考えは変わる」
里の者たちのナルトに対する恐れも、ナルトの彼らに対する怒りも。時が経つことで世界を知った今ならば、理解し改めることができる。だから人は争うし、やがては和平を結ぶのだ。
ジゥは全く理解できないという顔で、髪を振り乱した。
「憎しみは決して消えない!」
虐げられ、苦汁を啜ったあの日々を、決して忘れることはない。
す、と細められたジゥの瞳の冷たさに、サラダはゾッと背筋を凍らせた。イーリャンのチャクラの流れをみたときと同じ気味の悪さが、そこにはあった。
「我らの目的は、復讐なり」
固く握っていた両手を広げ、ジゥは腕を広げる。揺り篭の上に立つイーリャンが、彼の背後で浮かんでいるように見えた。
「うずまき一族を蔑ろにした木の葉へ、復讐を―――!」
―――そして、木の葉を焼き尽くすその炎を、うずまき一族復興の狼煙としよう。
しん、としたホールで、ナルトは小さく笑い声を上げた。
「子どもだなぁ、お前」
何が可笑しいのだと、ジゥだけでなくボルトとサラダも彼を見やる。ナルトは肩を揺らし、くしゃりとした笑みをジゥへ向けた。
彼がその身に詰めるのは、憎しみだけだ。自分も両親や仲間たちの愛を知らなければ、同じ道を歩んでいたかもしれない。嘗ての、少年時代の好敵手の影を見た気がして、ナルトは目を細めた。そう、彼らはまだ子どもなのだ。
「ボルト、サラダ」
強い声で名を呼ばれ、ボルトとサラダは思わず肩を揺らした。戸惑うような視線を向けてくる彼らへ、ナルトはニシシと笑って見せる。
「父ちゃん……」
「七代目……」
「確かに俺は最後のうずまき一族だ。九尾の人柱力でもある」
人柱力のせいで両親を失い、存在を認められないという不遇の幼少期を送った。腹に宿る九尾を狙った幾人もの忍と、戦ってきた。それでも木の葉を、自分を人柱力にした両親を、恨んだことはない。
「それでも俺は、木の葉が大好きなんだ」
人柱力は、尾獣を入れる器と呼ばれた。しかし、そこに入るのは、何も獣の力だけではない。恐れや憎しみなど、負の感情でもない。
「父ちゃんと母ちゃんの愛情。クラマとの、仲間との絆。ヒナタ……母さんやボルト、ヒマワリの愛……色んな想いが、俺の中には詰まっている」
またそれは、ボルトやサラダにも同じ。
ナルトは、柔らかい笑みを湛え、こちらを頼りなさげに見つめるボルトを見つめ返した。
「迷うな。お前は、お前の中にある信念を貫け」
―――真っ直ぐ自分の言葉を曲げない、ど根性忍者。
いつか読んだその文字が脳裏に浮かび、ボルトは下唇を噛みしめた。
迷ったのは、父を心配してではない。どこか、怖かったのかもしれない。深く知れば知るほど遠くなっていく、父の背中が。あのときと同じように、真白い光の中へ消えていってしまいそうな、そんな気がしていたのだ。
(……でもそんなの、俺らしくねぇ……!)
どこまでも真っ直ぐに、簡単には折れぬド根性を貫く。それがうずまきボルトだ。
自然と口元に笑みを浮かべ、ボルトは額宛の固さを手の平で確かめると、ジゥを真っ直ぐ見つめた。キッと睨み上げる瞳は、ナルトよりも真っ青な色をしている。ビリっとした空気に、ジゥは思わず半歩下がった。ボルトはビシ、と親指を自分の胸元へ押し付けた。
「俺の名は、うずまきボルト!七代目火影と日向最強の男に因んでつけられた!七代目を超える、木の葉最強の忍びだ!」
「生意気な……っ!」
眉を顰め、ジゥは忌々し気に舌を打った。

「これで終わりだ」
「ぐ……」
(まずい……)
頭を凭れる泥龍に、シカダイは身体を起そうと地面を押した。いのじんは微かに意識があるようだが、動く力まではないらしい。チョウチョウに至っては、気絶してしまっているようだ。このままでは、全滅してしまう。何とか、何とか策を練らなければ。
必死で頭を回すが、打開する術は見つからない。完全に詰んでしまった。ボードゲームなら、新しく得た駒を投入する必要のある局面だ。
(んな都合の良い展開あるかよ……)
ゆっくりと影を伸ばし、いのじんとチョウチョウの影と結ぶ。持ち上げて投げ飛ばす力はないが、少しでも引きずって攻撃から離さないと。
ふ、とシカダイの頭上に影が差した。
「そんな暇すら、与えない」
赤い髪を振り乱したチィが、棒を振り上げていた。
(ここまで、か……)
シカダイはフッと口元を緩めた。
「そんなものか、木の葉」
シュン―――
癇に障るような声と共に、空を裂く細い音。ガラガラと、龍の姿が崩れ落ちていく。呆気にとられていたチィは、飛び出してきた人影に腹を殴り飛ばされた。
シカダイは目を丸くし、しかしその声と音の主を認めてゲンナリと肩を落とした。
「な……!」
息を飲むリゥチィの目前を、黒い糸が通り過ぎていく。指に絡めたチャクラ糸を引くと、シカダイたちの前に立った絡繰りが、カラカラ音を立てて動いた。突然現れ、勝負を遮った絡繰りと三人の人影に、リゥは目を見開き、歯を噛みしめる。チィはよろよろとしながらも身体を起し、棒を握りしめた。
「誰だ、手前ら……!」
とん、と黒い爪先が地面を叩く。特徴的な化粧、顔を覆う面、額宛の紋は砂時計のような形。カラリ、と絡繰りを引き寄せ、フードをかぶった少女と仮面の少年を従えた下忍は、リゥチィを見降ろした。
「砂の忍だ」

巨大な炎からミツキを守った木の盾が、ゆっくりと割れていく。声は少し離れたところから聴こえてきた。ミツキが顔を上げると、少々困ったような顔で壮年の男が笑いかけてくる。
「全く、僕の仕事は大蛇丸の監視だというのに……」
「固いこと言いっこなしでしょ」
彼の背後から姿を現した薄い色の男は手にした大太刀を肩に担ぎ、鮫のような歯をズラリと並べて笑った。その隣に立っていた大柄な男は、呆れたように小さく息を吐く。若い二人はミツキの元へ飛び移り、パーと対峙する。ミツキは片膝をついたまま、庇うように立つ背を見上げた。
「水月さん……重吾さん……」
色の薄い男―――水月は大太刀を振り、肩を撫でる。大柄な男―――重吾はミツキへ一瞥くれ、怪我の具合が浅いことを確認すると口元を緩めた。
「反撃は、これからなんだからね」
水月のニヤリとした笑みに、パーはグルリと首を回して目を細めた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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