「リーさん、大丈夫かな……」
「信じるしかないだろ。俺たちの任務はアジトまでの追跡だ」
だから前を向いた方が良い、とシカダイが言う。サラダは慌てて首を前に回し、目前に迫った枝に手をついて軌道を少し逸らした。
「……なぁシカダイ」
「あ?」
少し前を行くボルトに声をかけられ、シカダイは枝に足をかけて踏み込みながらそんな声を返した。先頭を走るのは感知能力を持ち、機動力のあるいのじん。スピードがないチョウチョウを挟むようにミツキとボルトが続き、背後からの強襲に備えたしんがりをシカダイとサラダが務める。父から叩きこまれた戦術を必死で思い起こしながら、シカダイは枝に手をかけて半回転して少し上部にある枝を踏んだ。
「何だよ」
足を止めずチラリとボルトを見やる。いつも明るく騒がしい彼にしては珍しく、何かを言い辛そうに口を噤んだ姿が目に入って、シカダイは思わず意外だと目を瞬かせた。
「……お前なら知ってるか?その……人柱力について」
「……」
成程、と口の中で呟いて、シカダイは小さく息を吐いた。それから視線を前方へ戻し、詳しくは知らないとだけ言葉を返した。ボルトがチラリとこちらを見てから、そうか、と言ったのが気配と雰囲気で解った。
親族と、父の親しい友に、人柱力と呼ばれていた者たちがいることは知っている。しかしその言葉がどんな人物をさし、他の人々にどのような印象を抱かせるのか、詳しくは知らない。『人柱(ひとばしら)』などという単語が入った言葉の意味なんて、知りたくないという気持ちもあるのだが。
「で、何でそんなこと聞くんだ。しかも今」
「……別に。ただ、」
言葉を止めて、そっとボルトは目を細める。
先日の戦いのとき見た、オレンジの光に包まれる広い父の背中。あの大きさと圧倒的な力が、『うずまき一族』や『人柱力』等といったものから来るのだとしたら。今回のことも、それが原因だとしたら。
「……」
ぐ、とボルトは胸倉を握りしめた。
す、とボルトの前にミツキの腕が伸びる。それに気づいて顔を上げると、いのじんたちが何かに警戒するように足を止めている姿が見えたので、ボルトもそれに倣って枝を掴んでぶらりと揺れた。
「……第二関門のお出ましかよ」
ニヤリと笑って、ボルトは揺れの反動を利用して枝に乗り上げた。
サラサラと、水の流れる音が聞こえる。ふとボルトが視線を僅かに横へ向けると、少し開けた森の中をゆったりと流れる川が見える。その音を聞くように目を細めながら、枝に立った少年は背負った剣に手を伸ばした。
「最終関門だよ―――手前らの」
ギラリと尖った鮫のような歯を見せて笑い、少年は枝を蹴って飛び上がる。先頭に立っていたいのじんがサッと片膝をつき、巻物と筆を手に取った。開かれた真っ白な紙に、サラサラと獣の絵を描き、立てた二本指を鼻の前へ持ってくる。
「超獣戯画!」
絵から飛び出した獣が、降りおろされた剣を抑え込んだ。しかしそれは数秒のことで、殺し切れなかった勢いに獣は墨を飛び散らせながら消えていく。いのじんは素早く獣を更に数匹描いた。一匹目よりも小さい獣たちが、次々に飛び出しては少年へ飛びかかっていく。少年は顔を顰め、足や腕に絡みつく犬に似た獣たちをコバエのように払っていた。その隙に、いのじんは背負った刀を抜いた。白刃が煌めき、二つの刃がぶつかり合う。
「いのじん!」
「だい、じょうぶ。ここは僕に任せて、先へ……!」
足を踏ん張って、いのじんはギリギリと迫る刃を押し返す。ニヤリと少年は笑って、ズイと首を伸ばした。
「おいおい、なめんなよ。手前一人に『俺たち』を止められるのかよ」
「何……!」
す、といのじんの頭上に影が差した。太陽の日光が、飛び出してきた何かに遮られたからだ。もう一人いたのか、といのじんの意識が、僅かにそちらへ引かれる。死角から降りおろされる棒と、意識が引かれたことで弛んだ隙をつき懐を裂こうとしてくる刃。その二つに、いのじんは挟まれた。何とか刃だけでも防ごうと、いのじんは刀を振る。
「―――部分倍化の術!」
ガ、といのじんを挟みこもうとしていた棒が、浅黒く巨大な腕に掴まれた。
「!」
棒を持つ少女がそれに驚く間に、それ、と掛け声をつけて棒を掴んだチョウチョウは腕を振り上げる。咄嗟のことに反応できないでいた少女の身体は簡単に飛びあがり、少年の方へ投げ飛ばされた。
「影縫いの術!」
シュルリ、といのじんの足元から伸びた黒い触手が、いのじんの腹に巻き付き後方へ引き寄せる。反対に少年の足元から伸びた触手は、彼の動きを推し留めるように手足へと絡みついた。
「ありがとう、チョウチョウ、シカダイ」
影と自身の身体能力によって難なく仲間たちの近くへ着地したいのじんは、スッと刀を背負った鞘に戻す。膝をついていたシカダイは気にするなと言って、少年たちへ視線を飛ばした。腕を元の大きさに戻したチョウチョウは、少女と少年の顔を見比べて色めいた声を上げた。
「ちょっと、あの二人」
「ああ……どうやら双子らしいな」
背丈も顔もそっくりな少年少女。七代目へ呪印術を施した少女は棒を構え、少年は剣を握りこんだまま足を大きく開いた。
「行くぜ、チィ。遅れんなよ」
「う、うん。解っているよ、リゥ」
同じ色の瞳が四つ、特に前に出ていたシカダイたち三人を捉える。シュ、と同時に枝を蹴り、二人はいのじんヘ向けて得物を振り上げた。いのじんが刀を抜きながらリゥの剣を防ぐと、休みを与えず、リゥが小首を傾いで空けた空間から鋭い突きが飛んでくる。それをシカダイの影が絡めとり、二人を分断しようと引き上げる。ギラリと、リゥの視線が一瞬シカダイを捉えた。しかしその視界を遮るように、部分倍化したチョウチョウの手がリゥを横へ押しやる。
リゥはクルクルと回って、幹に両足をつけた。ギラリとこちらから外されぬ視線に、シカダイの肌がザワリと泡立つ。リゥは剣の刃を口に加え、素早く印を結んだ。
「水遁、」
ズア、と空気がうねる。近くの川の水面が震える。水が、磁力に引かれる砂鉄のように持ちあがった。
「!不味い」
チィと棒の引き合いをしていたシカダイは、リゥの意図を察し、咄嗟に影を解いた。代わりに伸ばした影で、近くにいたボルトたち三人を遠くへ弾き飛ばす。
「うわ!」
「水檻の術!」
ミツキとサラダを巻き込んで別の木の枝に尻もちついたボルトは、突き飛ばしたシカダイに文句を言おうと身体を起して、しかし目の前に広がった光景に言葉を飲みこんだ。
「これは……」
リゥチィ、そしてシカダイ、いのじん、チョウチョウの六人を、半径と高さが五メートルほどの水のドームが覆っていたのだ。ドームは川の一部と森の木々を飲みこみ、その一角を閉じ込めている。
「三人、取り逃したか……」
まあ良いと吐き捨てて、リゥは剣を手に持ち直す。シカダイは舌打ちを溢し、チョウチョウは両頬に手を当てて驚きの声を上げた。
「シカダイ!いのじん!」
「待ってて、今術を……!」
「いや」
ドームへ触れようとしたサラダの手を掴み、ミツキは目を鋭く細めて首を振る。
「先へ行こう」
「ミツキ!」
咎めるようなサラダの声に、しかし否定を返してミツキの言葉に同意したのは、シカダイだった。
「これは俺の失策だ。隊長が捕まるなんて……だがただでは起きねぇ」
「だね。ここは僕たちに任せて、ボルトたちは先へ行きなよ」
刀をクルリと回し、いのじんもニコリとした笑みで頷く。サラダは迷うような視線を、チョウチョウへ向けた。チョウチョウはチラリとサラダの方を一瞥すると、クルリと背を向けて手を一度振る。
「……!」
「行くよ、サラダ」
「あ、うん……」
その姿に何か引っかかりを感じながらも、先を行くミツキとボルトを追い、サラダは枝を蹴った。
「……珍しいね、チョウチョウ」
小さくなる三人の背中を追っていた視線を、いのじんは先ほどから黙したままのチョウチョウへ向けた。練習も勉強も戦闘も、正直好んでいない少女だ。この任務を言い渡されたときも、もう少し何か文句を言うと思っていた。しかし彼女は特に不満を口にすることもなく、今だって現状を嘆く―――ミツキ曰く―――悲劇のヒロイン的発言もしない。雨でも降るのだろうか、とシカダイは思わず真っ青な空を仰いだ。
「はあ?別に当たり前だし」
肩を竦め、チョウチョウは何を言っているのだと言わんばかりに呆れた顔をする。
―――うちの愛娘と旦那になしてくれてんだ、しゃーんなろ!
―――ナルトくんを、返せ!
敵の力量に臆することもせず、愛する者のために飛びかかっていくあの背中。己の中にある信念や想いを一つ貫いた姿が、あんなにも輝いているとは知らなかった。
(戦うヒロインもちょっと恰好良いなって思っただけだし!)
そんなこと、隣にいる男たちに言えるわけがないのだが。
バシャ、と音がした。ハッとして、シカダイたちは音のした方を見やった。
「土遁、土石龍」
「水遁、水龍鞭」
川の中に並んで立ったチィとリゥが、印を切る。ググ、と川向うの土が盛り上がり、二メートルほどの体長の龍が現れた。川から鞭状に伸びあがった水がその龍に絡みつき、ゴツゴツとした岩肌をドロリとした泥へ変える。岩のままなら砕けば終いだが、泥は形を崩されても再生可能だ。
「双子の連携技ねぇ……」
シカダイは頭を掻きながら立ち上がった。それからニヤリと笑って、左右に立ついのじんとチョウチョウを一瞥する。
「俺たちも見せてやろうぜ―――次世代猪鹿蝶の連携技」
応、と声を上げていのじんとチョウチョウは頷いた。

二本立てた指を眼前へ持って来て、サラダは目を閉じる。集中力を高め、カッと開いた瞳には、奇妙な模様が浮き上がっていた。
「写輪眼!」
ズア、と彼女の視界が黒と白の世界に塗り替えられる。ボボボ、と火が付くように青白い光が、小枝の間や地面に現れる。微量のチャクラが込められたそれは、敵がこしらえた足止め用の罠だ。ミツキとボルトに罠の位置を教えると、写輪眼を発動させたままサラダは先陣きって進む。
「急に罠が増えてきたね。敵は少なく、アジトが近いってことかな」
一段上の枝に飛び乗り、ミツキはのんびりとした調子で言った。サラダは固い声で是と頷き、足元から少し遠くへ視線を動かす。木々の梢を飛び回る二つと、その片方に負ぶわれる小さな一つ。チャクラの動きが、サラダの目にハッキリと映っていた。
「敵も、近くにいるわ」
ボルトはグッと下唇を噛みしめる。それから枝を掴んで少し重心を後ろへ向け、パチンコの要領で飛び出した。
「よし、急ぐってばさ!」
「あ、ちょっとボルト!」
木葉の中へ消えていくボルトに溜息を吐き、サラダはクスクス笑うミツキと共にその後を追った。
「うあああ!」
「!」
ボルトの叫び声に、ミツキとサラダは慌てて声のした方へ急ぐ。狭い梢を抜けた二人は、そこで鎖によって幹へ磔にされたボルトの姿を見つけた。視線を滑らせれば、ボルトと相対するように立つ青年と少年の姿も目に入る。鎖から抜け出そうともがくボルトは、ギリギリと歯を噛みしめながら青年を睨みつけていた。
「この野郎!ヒマワリと父ちゃんを返せ!」
「それはできない。二人には……特にナルトさんには、してもらわなければならないことがある」
「何だよそれ……!」
「……まあ、君には特に関係ないことだ」
少し考える素振りを見せた青年だが、すぐにキッパリと首を振ると、後は任せたと少年に言って枝を蹴った。少年は頷いて、青年を見送る。
「あ、くそ、待て!」
小さくなる背中へ噛みつこうとボルトは首を伸ばし、それからサラダたちへ顔を向けた。
「頼む、早くこれ解いてくれ!俺はアイツを、」
カン。空気を裂いて、ボルトの顔の数センチ横に、クナイが突き刺さる。ヒクリと頬を引き攣らせるボルトへ、クナイを投げつけたサラダは据わった写輪眼を向け、そんな彼女を見てミツキはクスクスと笑った。
「舐めないでよね、写輪眼でアンタのチャクラはお見通しなんだから」
輪に指を入れてクルリとクナイを回し、サラダは目を細める。ボルトの姿へ変化した少年は途端にスッと表情を変え、拘束していた鎖を解いた。ジャラリとそれを足元へ落とし、変化を解く。現れたのは、サラダたちと同じ年頃の少年だった。口元を布で覆った少年は、無言のまま鎖の端を掴んで持ち上げた。
「ボルトは……」
「そこだね」
ヒュ、とミツキはクナイを投げる。それは少年の立つものから少し離れた木へ突き刺さり、幹の皮を剥がす。猿轡と鎖で手足を拘束されたボルトが、ドサリと尻もちをついた。
「んー!」
「あの短時間でそこまで拘束されているとは……」
呆れなのか感心なのか、ミツキは小さな笑みで曖昧な吐息を溢す。
「……でも、関係ない」
ボソリと言い、少年は鎖の片方の端を回す。ひゅんひゅん音を立てて回る鎖に、サラダはクッと顔を顰めた。これ以上、ここで立ち止まる暇はない。サラダの肩を、ポンとミツキが叩く。いつもと同じように、にこやかな笑みを浮かべたミツキは、安心させるようにサラダの背をポンポンと撫でた。
「ここは僕に任せて。サラダはボルトと一緒に追って」
「でも……」
「リーダーの姿はもう裸眼では見えない。サラダの写輪眼で、彼のチャクラを追うしかないだろ」
ね?とミツキはサラダを自分の背後へやりながら、小首を傾げる。サラダは彼の笑みにフッと頬筋を緩めた。
「そうね。頼んだわよ」
小さく手を挙げ、サラダは枝を蹴ってボルトへ駆け寄る。ボルトの拘束を解くサラダの背中を見やり、少年は口元の布を指で引き下ろすと印を組んだ。
「火遁―――炎弾」
少年の口から放たれた炎が、真っ直ぐサラダへ向かう。ミツキはヒョイヒョイ飛んで炎とサラダの間に割って入ると、印を結んで少し背を反らした。
「水遁、水乱波」
ミツキの口から水が飛び出し、炎を消していく。ぴしゃぴしゃ、と弾かれた雫が葉や枝に当たって互いを濡らした。その勢いにサラダとボルトは一瞬息を飲んで気を取られたが、慌てて我に返って立ち上がり、青年の消えた方へ駆けだした。小さくなっていく彼らの背を自分の身体で隠しながらミツキはニヤリと笑い、少年から間合いを取って枝に着地する。
「へぇ、火遁使いか……」
口へ布を戻し、少年は炎を吐くために少し倒していた上体を起こした。
「……パー」
「『ぱー』?……ああ、名前か。僕はミツキ」
寡黙だが律儀な少年だ。呑気にそんなことを考えながら、ミツキは湿った額を袖で拭った。
「君の火と僕の水……どちらが強いかな」
「……興味深い」
「利害一致だね」
では、とミツキが言い置くと、二人は同時に印を結び、背を反らした。森の一角で、炎と水がぶつかり合う。
背後で続く爆音に微妙な顔をしながら、サラダとボルトは足を進めた。
「……大丈夫そうね」
「……ホント、アイツは謎すぎるってばさ」
それに引き換え、と口の中で呟き、ボルトは腹へグッと指を突き立て、顔を顰めた。
飛び込んですぐ、待ち構えていたように、こちらに掌を突き付けた青年の姿があった。避ける間もなく、掌拳を腹に受けてこのザマだ。早く追いつかなければいけないのに、あんなことで足止めを食うとは。
「……」
しかめっ面のボルトを一瞥し、サラダはそっと進行方向へ視線を戻した。
「……チャクラ反応はまだ捉えてる。暫く真っ直ぐみたい」
「……そうか―――絶対、逃がさねぇ」
進行方向へ向けて上げられたボルトの瞳は、ギラリとした光を宿していた。


(20150925)
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