「警備のヤツらは何してる!」
シカマルはそんな悪態をつくと、すぐに連絡を取るよう、近くにいた中忍へ指示を飛ばした。厄介事が起きる前に一般人だけでも避難を、と別の中忍へ指示を出そうとしたとき、彼の危惧を嘲笑うような悲鳴が轟いた。
観客席に、木の葉の忍びが乱入したのだ。それは何れも、本日警備担当として里の門へ向かわせていた者ばかり。彼らは女子どもを人質のように捉え、細い首筋や頬にクナイを添えている。忍びたちの視線は全て、会場の中心に向いていた。
「くそ、めんどくせぇ……!」
心乱身の術の系統だろうか。よくもまぁ、これだけの人数に術をかけられたものだ。シカマルは大きく舌を打って、その系統の術に長けた幼馴染の姿を捜した。
黒ツチが大きく息を吐いて、グシャリと髪をかき上げる。
「何でこうも毎回襲撃されるんだ!この里呪われてるんじゃないか!もしくはアイツが!」
「そ、そんなに言わなくても……」
黒ツチの悪態はしっかりナルトの耳に届いており、彼は熱くなる目尻とそっと指で押さえた。それからスッと目を細め、頭上に立つ青年を見上げる。その雰囲気の変わりようと少し上げられた腕に、飛びかかろうとしていたボルトは大人しく身を引いた。
「それで、お前は何の用なんだ」
これはどう見ても、人質。そして初めに名指しされたのは、ナルトだ。己に何かしらの要求があることは明らかだろう。青年は指一本動かさず、そのままゆるりと眼球だけナルトへ向けた。
「お話が早くて助かります。ナルトさん、共に来ていただきたい」
「……こんな対応されて、了承するとでも?」
「是か否かというお返事を求めているのではありません」
然らば、と青年は片手を挙げる。すると観客席からか細い悲鳴が幾つか上がり、ナルトは顔を顰めた。
ナルトは取材や他国訪問など殆どの業務を影分身に任せ、本体は火影邸に籠っている。火影邸は機密文書管理もあり、警備は厳重。つまり、今回のようなときでなければ、里の者以外がナルトの本体と出会える機会はない。奴らの狙いはそこだったのだ。
「……下らない」
サスケは小さく嘆息した。ナルトには悪いが、このまま大人しく静観している理由はない。サスケが目を発動させようと力をこめたとき、ど、と背後から何かに貫かれる感覚に思わず身体を止めた。ひゅ、と傍らに座るサクラの息を飲む音が聞こえる。サスケが視線を下げると、己の胴を貫く鎖が見えた。
「これは……」
見覚えのある鎖に、思わず手が伸びる。視神経を針で刺すような痛みが走り、サスケは身体を強張らせた。そのままグン、と鎖を引かれ、サスケの身体は無理矢理闘技場へと叩きつけられた。
「サスケくん!」
「パパ!」
「ち!」
胸元から伸びる鎖を掴み、サスケはバランスを取りながら両足で着地する。じゃら、と鎖が鳴ってサスケの胸元が引き上げられた。足を踏ん張ることでそれに抗い、サスケは鎖の先を睨みつけた。
「うちはサスケ……あなたの瞳力は厄介だからな」
ヒマワリを抱いた青年の傍らに、先ほどまではなかった影が六つ。そのうちの一人の手に、サスケを貫く鎖があった。
「し、師匠……?」
「その鎖……」
心配げなボルトの横で、まさか、と呟きナルトは強張った顔で青年たちを見上げる。青年はニコリともせず、手を差し出した。
「ならこうしましょう、あなたは『はい』と返事をしてくれるだけで良い」
「……?」
何を言い出すのかと眉を顰めるナルトたちの前で、青年は「ウー」と傍らの少年へ声をかける。伸ばした前髪で目元を隠した少年は軽く返事をして、片膝をつくと懐から取り出した巻物を広げた。ポン、と煙が立って巻物から口寄せされた瓶が姿を現す。その形に見覚えのあったナルトたちはサッと顔色を変え、青年たちへの殺気を露わにした。
忍具の名は、琥珀の浄瓶。嘗て六道仙人が使用したもので、第四次忍界対戦のときテンテンの手に渡り、以後彼女が管理をしていた。それが何故、見知らぬ少年の手の内にあるのか。
「おい、テンテンはどこだ!」
「ひ、昼休憩のとき、忘れものをしたからと走っていくのを見たのが最後です……!」
ロック・リーは顔を歪め、グッと拳を握りしめた。それからギラリとした光を瞳に宿し、ウーと呼ばれた少年を見上げる。
「テンテンは……その忍具を管理していた女性はどうしたんですか!」
「テンテン……へぇ、あのお下げのお姉さん、そういう名前なんだぁ」
かわいい、とウーはニコニコ笑う。リーはカッとなって足を踏み出しかけたが、シノに圧し留められた。頭に血が昇っていた彼も、それによって周囲の人質のことを思い出したのだろう、渋々と拳を下ろした。リーの睨みを受けながらも、ウーは気にした風を見せず、ユラユラと身体を揺らす。
「かわいいよねぇ、あの人。俺、すっかり気に入っちゃってさぁ」
だから、と言葉を切ってウーは徐に手を掲げ、人差し指を伸ばした。曲げようとしたそれを、青年が掴んで止める。少々不満げに彼を見やったウーはスゴスゴと肩を竦めて、琥珀の浄瓶を持ち上げた。青年は小さく息を吐いて、ナルトへ視線を戻す。
「これの使い方はご存じですよね」
「……ああ」
ナルトは口元を歪めて頷く。所有者の呼びかけに応えた者を瓶の中へ封印する、そういう忍具だ。あれに封印されてしまったら厄介だ。サスケは小さく舌を打って、ナルトへ向けて声を潜めた。
「おい、ナルト、お前」
「……悪い、サスケ」
サスケの言葉を止めて呟き、ナルトは汗の玉が浮かぶ口元をググと上げて見せる。ドサリ、とボルトの目の前で、ナルトは膝をついて座り込んだ。
「父ちゃん!」
「……やっぱ鈍っちまったかな……」
自嘲気に呟いて、ナルトは手をついた地面を掻く。彼へ駆け寄ったボルトは、肩へ触れようとしてその手を止めた。ポウ、と金髪の間から晒された項に赤黒い紋が浮かび上がったのだ。肌を撫でる嫌な感覚に、ボルトはザワリと毛を逆立てた。
「ナルト、お前それいつ……」
「……さっきのエキシビションマッチのときじゃねぇか?」
ほら、とナルトは顎で青年たちを示す。他の少年の影に隠れるようにして立っている少女は、ボルトの記憶が正しければミツキが『詰めが甘い』と評していた下忍の彼女だ。彼女にナルトは一度首筋へ触れられている。そのときに何か仕掛けられたのか。
「自業呪縛の陣に似てる……ちょっと解くのに時間がかかりそうだ」
「全く、お前は子どもに甘い」
「その恰好のお前に言われたくねぇってばよ」
瞳力の調子はどうだとナルトが一瞥すると、サスケはサッと目を逸らした。あの鎖はナルトたちの知るものと同じならば、封印術のそれだ。
「理解していただけましたか?」
青年が、今度はヒマワリを見せつけるように腕を掲げる。咄嗟に飛び出しかけるボルトの肩を掴んで止め、ナルトは一度目を閉じた。
「はーい、じゃぁ返事して下さいねぇ、『うずまきナルト』さん」
「……ナルト!」
彼の行動の意図を察したシカマルから、鋭い声が飛ぶ。頭の切れる彼がいれば、何とか打開策を捻りだしてくれるだろう。だから、安心して任せられる。
「……―――はい」
ナルトがゆっくりその言葉を吐き出した途端、風が巻き起こって彼の身体を瓶の中へ押し込んだ。
「父ちゃん!」
「ナルトくん!」
ヒナタは思わず客席を駆け下り、柵を飛び越えた。一度闘技場の地面に足をつけて蹴り上がり、腹の横で拳を構えてチャクラを集める。
「母ちゃん?!」
「ナルトくんを、返せ!」
頭上を飛び越えていく母の、両の拳に宿った獣の頭に息を飲んだ。ヒナタは獅子の頭を持ったチャクラを、瓶を持つウーへ向けて突き出す。
「柔歩双獅拳!」
獅子がウーの頭に噛みつく―――直前で、ピタリと止まった。突然、ウー以外の誰かが獅子と彼の間に割って入ったのだ。青年たちのうちの誰かなら、ヒナタは構わずそのまま拳を叩きつけていた。それができなかったのは、その誰かが、ヒナタたちの良く知る女性であったからだ。
「テンテンさん……?!」
姿の見えなかった彼女が、どうしてここに。ヒナタだけでなく、シノやリーたちも息を飲む。動きの止まったヒナタへ、テンテンの鋭い棒術の一撃が叩き込まれるのは容易い。彼女はそのまま、地面へ強かに尻もちをついた。
「母ちゃん!」
「っ……!」
駆け寄るボルトに笑みを返し、ヒナタはすぐに立ち上がる。そんな彼女を見下ろしながら、ウーは瓶を巻物の中へ戻すと、それを巻いて懐へしまった。彼の前に立ち、クルリと棒を回して見せるテンテンの目に、光はなかった。
「テンテンさんに何をしたの!」
「だからぁ言ったじゃん、俺気に入ったってぇ」
くいくい、と人差し指を曲げるウーの様子に、青年もウンザリとした様子で吐息を溢す。
「ウー、それくらいにしておけ……これでここでの目的は達した。帰還するぞ。サン、スウ」
青年が名を呼ぶと、髪の端を顎下で切り揃えた少女と少し伸びた襟足を適当に纏めた青年が諾と頷いた。二人が闘技場に降りると入れ替わるように、青年たちはサッと裏にある森へ消えていく。テンテンとヒマワリも連れて。
「ヒマワリ!」
「!ボルト、駄目!」
ヒナタの制止も間に合わず、ボルトは壁の上まで飛び上がると、青年たちの消えていった森へ飛び込んで行った。慌てて彼らを追おうとしたヒナタだが、彼女の前に残ったサンとスウが降り立ち行く手を阻まれる。
「まぁまぁ、楽しもうぜ」
「うちはサスケ……あなたは行かせない。何があっても」
スウは好戦的にニヤリと笑い、サンはいまだサスケの身体を貫いたままの鎖をグッと握りしめた。
サスケが忌々しく舌を打ったとほぼ同時。サスケとヒナタの背後で、ワッと数多もの悲鳴が鳴り響いた。

「くそ!」
シカマルは悪態をつき、グッと指を組んだ。己の影と崩れ落ちる瓦礫の影を繋げ、人々を押し潰そうとする瓦礫を押し止める。
「無事か、シカダイ!」
「なん、とか」
こほこほと咳き込むシカダイは擦り傷こそあるものの、動けないほどの怪我はなさそうだ。瓦礫を脇へ投げ飛ばし、シカマルはグシャリと頭を掻いた。一般人の避難を優先的に行っているが、数が多すぎる。操られる忍びの数が、増えているように思えるのだ。
手近にいた動きの可笑しい忍びを殴り飛ばしたサクラは、その忍びがカランという音を立てて不自然に揺れたので、眉を顰めた。よくよく見れば、その忍びの肌は陶磁器のように真っ白であった。
「これは……傀儡?!」
サクラの声が聴こえたシノは、まさかと呟く。彼の目の前にいるのは、シノも顔に見覚えがある中忍であり、とても傀儡とは思えない。
「傀儡と人間が、混ざっているということか……!」
その人間は操られている木の葉の忍びであるだけに、手加減の区別が難しい。厄介だと舌打ち、シノは腕を掲げて蟲たちを放った。
「助けてやろうかー、木の葉」
少し上の特別席から、黒ツチの少々呑気な声が落ちてくる。そんな特別席は、それぞれの補佐官と四影たち自身が襲い掛かる障害を難なく跳ね除けているため、無事だ。クナイを振りかぶる木の葉の中忍を影で縛り、シカマルは首を振った。
「いや、そう何度も他里には頼れねぇよ」
幾度となく攫われ、そのたびに四影たちに助けられているようでは、火影の威厳がなくなってしまう。それ以前に、木の葉の名折れだ。
「この騒動は、木の葉だけで片をつける」
四影たちは、自分の里の人間だけ守っていれば良い。黒ツチはニヤリと笑い、椅子に浅く腰掛けたダルイはヒラリと手を振って了承の意を示した。テマリとカンクロウに守られていた我愛羅は、立ち上がってシカマルへ声をかけた。
「ナルトは俺の友人だ。木の葉だけで手が足りないようなら、砂は援軍を出させてもらう」
「……あいよ」
木の葉隠れと砂隠れは、他里よりも深い交流がある。そんな相手の援軍は、さすがに無下にできない―――というより、我愛羅の好意を適当にあしらうと、後で弟大好きな妻からの小言が痛い―――。我愛羅に隠れて苦笑を溢し、シカマルはサイに庇われていたイノへ視線をやった。
「イノ、心伝身の術で近くにいる無事な忍へ繋げてくれ」
「え、う、うん」
イノはコクリと頷くと、目を閉じて印を結ぶ。術の発動中は無防備になる彼女を守るため、サイは筆と巻物を取り出した。
<シカマル>
繋げたというイノからの合図を受け、シカマルは一つ頷く。
<今、大きな怪我もなく、敵と交戦していない、すぐに動ける忍びはいるか。いたら名乗れ>
イノの心伝身の術で飛ばされたシカマルの言葉に対して、返ってきた声は四つ。その声の主たちを思い浮かべ、傍らにいるシカダイを一瞥すると、シカマルは大きく息を吐いた。
「……はぁ、これも所謂運命ってやつなのかねぇ」
耳を掻くシカマルに、シカダイは眉を顰めて首を傾ぐ。シカマルは手を下ろすと、少し目を閉じて口を開いた。
<―――お前たちに七代目相談役として、特別任務を授ける>
脳内で響くシカマルの声に、ゆっくりと名前を呼ばれた下忍たちはゴクリと唾を飲みこんだ。
<山中いのじん、秋道チョウチョウ、奈良シカダイ、うちはサラダ、ミツキ>
名を上げ、シカマルは一度口を閉じる。ジワリ、と握った手の平に汗が浮かぶ。小さく呼吸をして、シカマルは目を開いた。
「七代目火影を連れ去った奴らを追跡し、アジトを見つけろ」
「シカマル!」
イノから引き攣った声が上がったが、シカマルは彼女の方を一瞥もせずに言葉を続ける。本当に反対するなら、イノはいつでも通信を遮断することができる。しかし通信は繋がったまま。グッと堪えるように目を閉じるイノの姿が、ふと目の端に浮かんだ気がした。
<でも、まだ下忍の僕らが……>
<あくまでも追跡が任務だ。もし気づかれて襲われたら、自分の命を最優先しろ>
「それは……七代目を放って逃げろってことかよ」
ハッキリと耳へ届いた声に、シカマルは首を動かしてじっとこちらを見つめるシカダイを見つめ返した。妻に似た目は、真っ直ぐ意志をぶつけられるほどに鋭い。嫌なところばかり似るものだと、苦笑が零れ落ちそうになった。
「……足取りさえつかめれば、俺たち上忍が奴らを叩く」
攫われたのは火影だ。ならば、里内の鎮静化を優先させるべき。しかし時間が空けば、敵の拠点を発見しにくくなるのもまた事実。下忍たちへの任務は、その穴を埋めるためのものだ。
<それに、もうボルトは先行してしまっているし、サラダと僕も彼を追ってもう森に来ているよ>
サラリと報告され、シカマルはガクリと肩を落とした。全く、やはり子は親に似るものだ。眉間を指で揉むシカマルへ、シカダイが声をかける。手を下ろし、シカマルは力強い視線を真っ直ぐ受け止めた。
「行け―――任務責任者は、お前だ、シカダイ」
「……はぁ?」
「元々午後のプログラムで、お前の中忍昇格は発表する予定だった。ベストは、ちょっと今ここにはないからよ」
「いや、ちょっと待て、おい、父ちゃん!」
「ほらよ」
話を聞けと食って掛かるシカダイへ、シカマルは公式行事参加のために珍しく着ていたジャケットを放り投げる。頭からそれをかぶったシカダイは、ムグリと言葉を飲みこんだ。
「行け、奈良シカダイ中忍」
今のシカマルに合わせたサイズだからシカダイには大きいが、恰好は大切だ。キョトンとしたシカダイはジャケットへ目を落とし、ムッと眉を顰めた。
「……汚ねぇ、でかい、臭い」
「……そういう口の悪さは母ちゃん似だな」
「でもまあ、」
ポリ、と頬を掻き、シカダイはそっと少々草臥れたそれに腕を通す。服に着られているようなシカダイは、余った袖や裾をクルクルと折って上げた。それからシカマルを見上げ、クイと首を傾ける。
「―――了解した。行って来る」
「……おう」
まだ繋がったままの心伝身の術を使い、仲間たちと連絡を取りながら駆けだすシカダイの背中を見送り、シカマルはそっと目を細めた。
「……確かに、嬉しいかもな」
子どもの成長というものは。
首筋を掻き、シカマルは自然と緩む口元を手で撫でた。

「ボルト!」
幾度目かの呼びかけの後、強く肩を引かれてボルトは立ち止まった。しかし急いていた気持ちは苛立ちの波を起し、肩に置かれた手を強く振り払う。その勢いのままボルトが振り返ると、そこには彼を追いかけてきたサラダとミツキがいた。
「少しは落ち着きなさい」
「うるせぇ、早くしないとヒマワリと父ちゃんが……!」
「殺すつもりならあの場でやっているよ」
笑顔のままのんびりとしたミツキの声が、ボルトの勢いをそっと削ぐ。
「じわじわと嬲り殺しをするっていうこともあるかもしれないけど、それは時間がかかる。それに彼らは七代目をさん付けで呼んでいた。殺すつもりがある相手に、そんな敬意を払うとは思えないよ」
「つまり……どういうことだってばさ」
「七代目にしてほしい何かがあって、そのために二人は連れていかれたんじゃないかってこと。少なくとも、殺されるほどの酷いことはされないよ」
だから落ちついて、とミツキは手を振る。ボルトはやっと言葉の意味が飲みこめたのか、渋々といった風に頷いた。腕を組んだサラダも頷き、それよりも与えられた任務があるのだと、先ほどのシカマルからの言葉をボルトへ伝えた。
「成程……それで、シカダイたちは?」
「もうすぐ追いつくんじゃないかな」
それまで、見失わず気づかれない程度に先行して追いかけよう。ミツキの言葉に頷き、ボルトたちは駆けだした。

森の中を駆け抜ける五人の子どもたち。背後から迫り来る気配に、先頭を走る青年がいち早く気づいた。そしてそんな彼の反応に気づいたのは、右隣りを走っていたナルトに呪印を刻んだ少女だった。少女は大人しそうな見た目に似合った、消え入るような声でどうかしたのかと青年に問う。いや、と短く声を返して、青年は足を止めた。彼に続いて、他の子どもたちも各々木の枝に着地する。
「ちょっとジゥ、どうかしたのぉ?さっさと帰ろうよぉ」
「うっせぇぞ、ウー。少しは落ち着けよ」
「リゥに言われたくないよぉ……」
しゃがみこんでいたウーはブツブツとぼやくも、剣を背負った少年に睨まれて渋々と口を噤んだ。リゥと呼ばれたその少年は鋭い歯を見せてニヤリと笑い、頭の後ろで手を組む。
「追手が来てるんだろ?俺がそいつらの足止めしてやっても良いぜ?」
「いや、ここはウーに任せる」
「はあ?」
何でだと食って掛かるリゥに冷静な視線を返し、ジゥは適材適所だと言った。
「お前の術は、こんな森の中では意味がないだろ」
ジゥの言葉に、リゥはグウと口を噤む。静かになったことで肯定ととったのか、ジゥは彼から視線を外すと、行くぞと他に声をかけた。
「任せたぞ、ウー。くれぐれも、『アレ』には気をつけろ」
「了解〜」
すぐに小さくなる背中へ手を振っていたウーはその手を下ろすと、斜め左後方へ視線を向けた。先ほどから刺すような殺気を飛ばしてくる気配が、そこまで迫っているのが解る。ザワザワと揺れる木の葉に、ウーはニヤリと口元を歪めた。
「しつこいなぁ」
ザワッ―――嵐のときのように、木の葉が大きく騒めく。一つの塊のように動くそこを、突き破るようにして足が飛び出してきた。ウーは指を広げた手を、交差させた。キラキラと朝露のような煌めきが、空気を流れていく。真っ直ぐウーへ向かっていた足は、割り込んできたテンテンの棒に防がれた。
「くっ!」
ピッタリとした緑の服を身に纏った少年は歯を食いしばると、足を止める棒を蹴って近くの木に飛び移った。枝を掴んで足をつけると、少年はスクッと立ち上がり片手を腰に指を揃えたもう片方を前へと突き出す。
「その女性を、解放して下さい」
キリっとした眉が特徴的な少年は、切り揃えた髪を揺らしてウーを睨みつけた。人差し指を動かしてテンテンを隣へ並ばせたウーは、ニヤニヤと笑う。
「やだよぉ。もう俺のお人形だもん」
「人間は君の玩具じゃない!」
少年は叫ぶと、飛び上がって宙で一回転すると、足を突き出して降下した。勢いついた蹴りは、しかしテンテンが棒で弾く。ウーは指を少し曲げるくらいで、二人から少し距離をとった場所から動こうとしない。構えるテンテンと相対した少年は、苦々し気に唾を吐き捨てた。
「何故君自身が戦おうとしない!正々堂々と勝負しなさい!」
「正々堂々とだよぉ。これが俺の力なんだしぃ」
「……卑怯者め……っ」
ギリ、と歯を鳴らし、少年はウーを睨みつける。そのとき、少年の背後に複数の気配が降り立った。
「太眉?!」
何故ここに、とボルトは思わず呟いた。彼の隣に降り立ったシカダイは、同じように下方を見やって眉を顰める。
「メタル・リー……」
「やあ、ボルトくん、シカダイくん、皆さん」
メタル・リーはボルトたちへ一瞥もくれず、ウーから睨みつける視線を逸らさない。
「彼だけは許せません。ここは僕に任せて、先へ!」
「リーさん……」
サラダは思わず、グッと手を握りしめる。隣のミツキも頷き、彼の言う通りにしようとシカダイを見上げた。シカダイは少し眉を顰めていたが、ミツキに頷き、行くぞと声を張った。
「シカダイ!」
「ヤツの心意気を買え。俺たちの目的はこの先だ」
全員ここでもたもたしているわけにはいかない。見失っては、任務達成できないのだ。ボルトもそれを理解しているが、このまま得体の知れない敵相手に仲間一人を向かわせることに、抵抗を感じる。背を向けていてもその戸惑いを感じたのか、メタル・リーは落ち着いた声でボルトの名を呼んだ。
「安心してください。このメタル・リー、こんな卑怯者には決して屈しません」
「太眉……」
ボルトはクッと下唇を噛む。それからじっとメタル・リーの背中を見つめる。
「……負けんなよ」
小さく早口で呟くと、ボルトは先に進んだシカダイたちを追って枝を蹴った。頭上を通り過ぎていく影を目で追い、ウーは大きく腕を広げた。キンキン、と金属同士がぶつかる音がして、進もうとするチョウチョウといのじんへ手裏剣が飛ぶ。
「!」
いのじんがクナイでそれを防ぐより早く、飛び出してきたメタル・リーの手が弾いた。突然自分の目の前に現れて攻撃から庇った緑の背に、チョウチョウの胸が小さく高鳴ったが、余談である。
「彼らの邪魔もさせません」
早く先へ、というメタル・リーの言葉に頷き、シカダイは呆けるいのじんたちを追い立てて先を急いだ。ウーと先へ行くボルトたちの間に立って、メタル・リーは片手を前に片手を腰に当てる構えの体勢をとった。
「卑怯者に名乗る名などありませんが……」
これも一応礼儀だと呟いて、メタル・リーはジリ、と足を肩幅に開く。彼の父が師から息子へ伝えた戦法の構えだ。
「僕はメタル・リー。木の葉の美しき碧き野獣の息子だ!」
「恰好どころか名前までふざけてる……!」
「僕はいつだって大真面目です!」
吐き捨てるようなウーにキッパリと言い返して、メタル・リーは大きく飛び上がった。


(20150920)
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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