木の葉の里近くの森を、脇目もふらず駆け抜ける影が二つ。一つは年を経た男、一つは十代ほどの少女。どちらも木の葉の忍を報せる額宛と、中忍以上の証であるベストを身に着けている。男は背後から迫る気配に舌を打ち、足を止めた。
「イズモさん!」
「先へ行け、ミライ!」
でも、と言い淀んでミライも足を止める。彼女の方を振り向かぬまま、イズモはクナイを取り出して構えた。
このまま逃げ切ることは、追手の速さから鑑みてまず難しい。ここは上忍である自分が食い止めると、イズモは言った。だからといってはいそうですか、等と進む素直さを、ミライは持ち合わせていない。先ほどまでミライも交戦していた敵は、どう考えてもイズモ一人で太刀打ちできるような輩ではなかった。
「自分も一緒に!」
「早くこのことを里の者に報せる、それがお前の役目だ!」
「っ!」
イズモの言うことは最もで、ミライは下唇を噛みしめた。彼女をやっと一瞥して、「行け、ミライ」とイズモは先ほどよりも落ち着いた声で言う。
(これが、忍)
腰に吊るした父の形見であるチャクラ刀に指で触れ、ミライは大きく頷いた。彼女が走り去るのを気配で感じ、イズモは小さく息を吐いた。正直、彼自身も勝算は低く見ている。
(ミライに何かあれば、アスマさんにどやされそうだしな……)
などと、恰好つけたことを心の中で呟いて見るも、現状は変わらない。久しぶりの戦闘で身体が鈍っていなければ良いのだが。
「恨むぞ、コテツ……お前がいないと、やり辛い……!」
別の場所で警備任務に当たっている幼馴染の顔が、つい思い浮かばれる。迫り来る気配に身構え、イズモは抜刀した。

賑やかな声を背に、ヒマワリはトタトタと会場の外を歩いていた。御手洗いを済ませたは良いものの、広い会場で道に迷い、母たちのいる場所へ戻れなくなってしまったのだ。兄や母と逸れた不安から、目にはジワリと涙が浮かぶ。ぐし、と柔らかい手で目元を擦ると、摩擦で痛んだ。
「どういうつもりだい?」
聞き慣れない、少々ヒマワリには恐れを感じさせる声に、彼女はビクリと肩を揺らして近くの壁へ身体をつけた。そろそろと視線を動かすと、ヒマワリの身体は壁で隠れて見えないところに、ポツンと立つ二つの影があると気が付く。一つは、兄と同じ班のミツキで、もう一つは彼と髪色が似た男だった。
鮫のように尖った歯を見せて笑い、男は腰に手を当てた。
「あんなに目立っちゃって。君の親が見たらなんて言うかな」
「だってみんなが自分の親を自慢しているから、ついね」
「自分の親もすごいってアピールしたかったって?するだけ無駄じゃない?」
男は鼻で笑って肩を竦めた。しかしミツキは気にした風もなく、ニコニコとしたまま指を一本立てた。
「僕だって、あまり目立つなという言いつけを破るつもりはなかったよ。でも、今日のプログラムを見たら、それを破るだけの価値あると思ってね」
「ああ、エキシビションマッチ……」
「そこで七代目の本気を引き出せば、」
「どうだろうねぇ。別にアイツはそこまで七代目に執心はしてないからなぁ」
男は「ふーん」と頷きながら後頭部へ手をやる。それからミツキを見やって、ニヤリと笑った。
「やっぱり、殆どの目的は前者かな?」
「さあ」
「はー、何でそこまでアイツを尊敬できるのかねー」
知り合いの友人にもあの人物を崇拝している輩がいたな、と男は小さく呟いたようだった。ミツキは相変わらずニコニコとしたまま、水筒をありがとう、と手に持っていたそれを持ち上げる。どうやら男は、ミツキの忘れ物を届けにきたようだ。
先ほどからの会話からも察するに、彼はミツキの家族なのだろうかと、ヒマワリは頬に手を当てて小首を傾げた。同じ水属性のチャクラの流れも見える。それにしてはあまり似てないという雰囲気を抱かせるのは、その表情のせいだろうか。
じーっと彼らを観察するヒマワリの背後に、気配が一つ現れた。
「君……」
ヒマワリが振り返ると、そこに立っていたのは兄たちよりも年上の―――丁度、木ノ葉丸くらいだろうか―――青年だった。白に近い色の目をキョロキョロと動かしてヒマワリを見回し、少年は顎を指で撫でた。
「白眼を持っているのか……それに、うずまき一族の血の匂いも感じる」
「あの……」
知り合いではない筈だ。ヒマワリの背筋を撫でるのは、青年が醸し出す冷たい空気。警戒して後退る彼女へ向けて、青年の真っ白い手が伸ばされた。

「ヒマー、ヒマワリー」
全く、と悪態をつき、ボルトは頭を掻いた。御手洗いへ行ったきり戻って来ない妹を捜しにきたは良いものの、その姿がどこにも見当たらないのだ。こんなとき、母や妹のように白眼を持っていれば良いのだが。
「ヒマワリー」
口元に手を添えて名を呼びながら、ボルトは会場周囲を歩く。そろそろ昼休憩が終わる頃で、人々は既に会場内へ入っていたから人気はない。ボルトが大きく息を吐いた頃、彼の耳に砂を踏みつける小さな音が届いた。何気なくそちらへやったボルトの視界に、木ノ葉丸と同じくらいの年ごろの男の姿が入り込んだ。青年が脇に抱えるものへピントが合った途端、ボルトの頭へカッと血が昇る。
「ヒマワリ!」
ぐったりとした妹の姿に、ボルトは思わず青年へ殴りかかっていた。ボルトの拳が後頭部を捉える寸前で、青年はゆらりと身体を揺らしてそれを躱す。勢いづいたまま、ボルトは不格好な姿勢で地面に着地した。地面に手をついたまま身体を半回転させ、青年を睨みつける。
「ヒマワリを放せ!」
「へぇ……君の方が、うずまきの匂いは強いみたいだね」
「影分身の術!」
青年の呟きなどまともに聞かず、ボルトは印を結んだ。煙によって現れる分身二体と共に、ボルトは再度拳を振り上げて飛びかかった。青年は何かを思案するように顎を撫でながら、ゆらりゆらりとそれらを躱していく。中々当たらぬ拳に歯噛みして、ボルトは大きく悪態を吐いた。ボルトの睨みをサラリと受け流し、青年は息を乱さぬ様子で悠然と立つ。
「決めた」
顎から手を下ろし、青年は一つ頷いた。先ほどから微塵も動かむその表情に、熱くなっていたボルトの背筋が少し冷えた。
「君も連れて行こう。カカさまもきっと喜ぶ」
「カカ……?」
ボルトは眉を顰める。彼の頭の中を、呑気な鳴き声を響かせながら烏が通り過ぎて行った。
そこで気だるげだった青年が初めて足を肩幅に開いて姿勢を整えたので、ボルトもいっそう警戒心を高めた。
「!」
そのとき、空気を掻い潜るようにして白い腕が伸びてくる。青年がそれに気づいて飛び退るより早く、腕がヒマワリの身体を捉えた。ボルトは咄嗟に縮んでいく腕を目で追う。同じようにそちらを見やった青年の背後に、流動体のような気配が現れた。
「やあ、ボルト」
「ミツキ!」
「後ろもらった」
「!」
手元に引き寄せたヒマワリを横抱きにして、ミツキはニコリと笑う。ボルトは彼の元へ駆け寄って、その腕の中でヒマワリが安らかな寝息を立てていることに、ホッと胸を撫で下ろした。
ニヤ二ヤとした笑みを含んだ言葉の後、重い剣戟が青年の腰を打った。想像より軽い手ごたえに、青年へ斬りかかった水月は眉を顰める。よくよく見れば、青緑色の風が青年の身体と首斬り包丁との間に入り込んでいる。
「風属性のチャクラか……!」
これで太刀の勢いを削いだのか。驚く水月の腕を掴み、青年はそこを軸にして飛び上がった。水月の頭上を飛び越えていく身軽さは、彼が忍であると知らせている。
距離をとった青年の方へ向き、ボルトたちは身構える。水月たちの顔を順番に見やって、青年はフムと顎を撫でた。
「参った。今は大人しく引くよ」
すぱっとした青年の言葉に拍子抜けし、ボルトは思わず肩を揺らした。彼を余所に、青年はヒラリと手を振って瞬身の術で姿を消す。
「またね、うずまき一族の末裔くん」
そんな言葉を、最後に残して。
「……うずまき一族……?」
構えの姿勢に持ち上げていた腕を下ろし、ボルトは何のことだと呟いた。『うずまき』は確かに父の姓で、己の姓だ。だが奈良一族や日向一族と呼ばれるように大きく、伝統的な家系であるとは聞いたことがない。
大きな太刀を肩に担いだ水月が、「あれ知らないの?」と呑気な声を上げた。
「うずまき一族は、元々木の葉の人間じゃない。渦潮隠れって里の忍だよ」
思わず彼を見上げたボルトは、隣に立つミツキへ、ところで彼は何者だと声を潜めて訊ねる。ミツキはニコニコと、「僕の家族だよ」と返した。へー、と声をまだ怪しんでいる様子を見せたまま、水月へ視線を戻す。
「で、なんだってばさ、その渦潮隠れって」
「渦の里にあった忍里さ。最も、君のおばあちゃんが子どものときに滅んだって話だ」
「ばあちゃんの……」
小さく呟き、ボルトは喰いかかるように水月の服の裾を掴んだ。彼の勢いに驚き、水月は思わず鑪を踏む。
「何で、何でそれでアイツは俺やヒマワリを、」
「ボクが知るわけないだろ!」
「うずまき一族は、どうして滅んだんですか?」
掠れるような声に、ボルトと水月は動きを止めた。ボルトがそっと振り返ると、ミツキの腕の中で起き上がったヒマワリが、母譲りの目で水月を真っ直ぐ見つめていた。その視線が少し居心地悪くて肩を揺すりながら、水月はちょっと頭を掻いた。
「そういうことは香燐の方が詳しいだろうけど……うずまき一族には特殊な力があったから、それが原因なんじゃない?」
「不思議な力?」
「九尾を抑え込めるほどの封印術と、九尾の力を差し引いても強い生命力。君らのおばあちゃんもそれを買われて人柱力になるために、木の葉に来たって―――」
「水月」
湖面を一瞬にして凍らせてしまうのではないかと思わせる冷たい声。水月はギクリと身体を硬直させ、ギギギと軋んだ発条人形のように首を回した。引き攣る頬筋を何とか動かし、ニッコーと笑う。
「ヤ、ヤー、サスケ」
「何故お前がここにいる」
一歩踏み出すごとに、押し潰されるような威圧感が水月の身体にかかる。また余計なことを喋っていたのだと、彼はそこで漸く悟った。
「ミツキが水筒忘れたから届けに来ただけだって。そしたらそこでこの子たちが襲われていたからさ、本当、それだけ。だから……―――落ち着いて?」
ペラペラと早口で言って、水月は合掌するように手を合わせた。サスケは足を止め、フンと鼻を鳴らす。
「そういえば以前、サラダが世話になった礼をまだしていなかったな」
「ああ、やっぱりアレ根に持ってる!?」
「根に持つ?何を言っている。眼鏡をプレゼントしてくれただろう?それと、アジトでも世話になったというから、この俺が丁寧にお礼をしたいと言っているんだ」
「ああもう!君いつからそんなになっちゃったの!前からあんまり変わってない?!」
マントの影から覗くサスケの手に、ビリリと電気が走る。それを目にした途端、水月は「ごめんてばー!」と叫びながら身を翻して急いで去って行った。
嵐が過ぎたような感覚にボルトとヒマワリが呆然とする中、サスケはまた鼻を鳴らして、チャクラを溜めていた手を下ろした。
「……ナルトの言う通り、アイツは余計なことしかしないな」
溜息を吐くサスケの背後から、「師匠」と控えめな声が聞こえる。サスケはとくに驚くこともせず、ゆっくりと振り替えった。そこに立っていたボルトは、背に隠れるヒマワリの手を握り、迷うように視線を左右へ動かした。
「俺聞きたいことがあんだけど、」
「ナルトのことなら本人に聞け」
「違う!……と思う」
目を伏せるボルトを見下ろし、言ってみろ、とサスケが言うと、ボルトは俯いたまま下唇を噛む。
「人柱力って、何?」
予想に違わないボルトの問いに、サスケは再度心の中で水月へ向けて悪態をついた。

とん、小柄な身体が地面を離れて宙を舞う。カラン、と地面に残された棒から上へ視線を動かそうとしたナルトの項に、そっと手が触れた。
「―――!」
ナルトはサッと羽織を翻し、背後に回った相手が着地する前に振り返った。まだ上下逆さのままだった相手は―――ボルトと同じ年頃の少女だ―――ナルトの素早さに目を見開く。彼女へ小さく微笑みかけ、ナルトは伸ばされた細い腕を掴んで地面に組み敷いた。
バ、と審判の腕が掲げられ、試合の終了が告げられる。
「さすが七代目ねー」
「でも今の子は、少し詰めが甘いね。下忍になって日が浅いんじゃないかな」
観客席に座って、サラダとミツキはそんな感想を漏らす。
始まったエキシビションマッチは、七代目相手だからこそ手合せ願いたいという忍たちによって盛り上がりを見せていた。既に惨敗―――といっても七代目はキチンと手加減をしていたので酷い怪我などはない―――したミツキの右隣で、初めから参加する気のなかったシカダイは大きく欠伸を溢す。膝に頬杖をついた彼はふと、珍しく静かな右隣の少年に気が付いて、そちらを見やった。
「どうしたんだよ、珍しいなボルト」
いつもなら、「俺だって!」などと喧しい筈だ。ボルトはハッとしたように顔を上げ、何でもないと手を振る。彼を目端に捉え、シカダイはフーンと適当に返す。
「七代目の凄さに、勝つ気が失せたのか?」
「そんなことないってば!」
ボルトは条件反射のように言い返し、フン、と拳を掲げた。
「今日のために師匠から授かった必殺技が二つもあるんだ!父ちゃんにも敗けねぇよ!」
「二つも?!」
何よそれ、とシカダイとミツキを押し退けて、サラダが詰め寄る。彼女へ向けて誇らしげに胸を張り、ボルトは鼻の下を指で擦った。
「へっへーん。サスケのおっちゃんが、昔開発した技だってばさ」
「私だって教えてもらったことないのに……!」
「俺が一番弟子だからじゃね?」
ニシシと笑うボルトの態度に、サラダはムッと頬を膨らめる。
「だったら、私は七代目の弟子になる!」
「はあ?」
何だか面倒なことになっている気がする。サラダに押し退けられたせいで寝転がりながら、シカダイは溜息を吐いた。
「七代目の弟子になれば、次期火影への道も開けるかも」
殆ど衝動のままに叫んだことだが、よくよく考えれば名案だ。サラダは自己完結して拳を握った。彼女の様子に顔を顰めつつ、ボルトは頭を掻く。
「サラダ、お前うちは一族だろ。写輪眼があるじゃん」
「アンタだって、日向一族の血は引いているでしょ」
白眼と柔拳があるではないか。サラダがそう言うと、ボルトは不機嫌そうに唇を歪めた。予想外の反応に、サラダは目を瞬かせる。
「ボルト?」
「……俺、次出る」
「あ、ちょっと」
サラダの制止も聞かず、ボルトは観客席と闘技場を隔てる塀へ、軽々と飛び乗った。
ひゅお、と風が吹いて、ボルトの上着の裾を翻す。闘技場の中心に立つナルトもまた、羽織をはためかせて次なる挑戦者を見上げている。少し彩度の異なる青の瞳が交わり、どちらからともなく、口元へ笑みが浮かぶ。
「いっくぜ、父ちゃん!」
「来い、ボルト!」
ボルトは闘技場へ向かって飛び降りながら、印を結んだ。
「影分身の術!」

七代目火影とその実の息子の対決。中忍以下には忍法を使わないというハンデが七代目には課せられているものの、役者だけで観客の興奮は高まっている。
ボルトの動きは、ヒナタの体術のそれとよく似ている。日向一族直伝の柔拳だ。ヒナタがしっかり指導しているのだろう、アカデミーを卒業して間もない下忍としては、充分評価に値する動きだ。
「元々、ナルト譲りの身軽さは持っているし、あれでさらに白眼まで目覚めたら、どうなることやら……」
膝に頬杖をついて、サクラは目を細めた。それを隣で聞いていたヒナタは少し目を伏せて膝の上で指を絡める。
「……ボルトは、私よりナルトくんの血を濃く受け継いでいる気がするの」
「!それって……」
サクラは頬杖を外し、思わずヒナタを見やった。彼女は小さく笑い、身体を摺り寄せるヒマワリの肩を撫でながら、闘技場へ視線を戻す。
「それでも、あの子は私たちの息子だから」
きっと、その欠点を克服するだけの努力は怠らない。
ナルトが振り上げた足に蹴飛ばされ、影分身が消えていく。ナルトと対峙するのは、本体であるボルト一人。こめかみに汗を浮かべながら、ボルトはニヤリと笑って自分の手首を掴んだ。見覚えのあるその構えに、ナルトは足を止めて目を開く。
「行くぜ、師匠から授かった必殺技その一!」
バチ―――静電気より強い火花が、弾けた。右手に集められた、視認できるほどのチャクラは、電気のような火花を散らしている。
ボルトの台詞につられて思わず立ち上がったサラダは、大きく目を開いて見入った。母から聞いたことのある、父の技。
「あれは、雷切……?!」
サクラは息を飲み、口元へ手を当てた。まさかカカシからサスケへ伝えられた技を、ボルトまで習得しているとは。しかし彼女の傍らに立ったサスケが、小さく否定した。
「写輪眼を持たないアイツが、そんなものできるわけがないだろう。あれはただの千鳥(突き)だ」
「あれが……」
サラダの呟きに、ついミツキは彼女の方を見やる。そして、思わず目を見開いた。チキ、と動いたサラダの瞳。そこに写輪眼が浮かび上がっていたのだ。
(へぇ……)
目を細め、ミツキは口で弧を描く。その笑顔は、彼の保護者のそれとよく似ていた。
「成程な……サスケも憎いことしてくれるってばよ」
まさか自分の息子にその技を向けられるとは、思わなかった。ムズムズとする口が、勝手に弧を描く。バサリと羽織を翻し、ナルトは飛びかかって来るボルトに対して身構えた。太陽を背にして飛び上がったボルトは、チャクラを溜めた右手をナルトへ向けて突き出す。
「―――千鳥!」
チャクラを帯びた手が、ナルトの頭を貫く―――直前で、ボルトの細い手首は包帯が巻かれた手に掴まれた。
「!?」
そのまま、ボルトの身体はグルリと回転し、気が付いたときに彼は地面に背をつけて空を見上げていた。思わず息も忘れて青を見つめていたボルトは、こちらを見下ろすナルトの顔でハッと我に返った。勢いよく起き上がって、己が地面に叩きつけられたことを悟り、痛みを無視して立ち上がる。戦意喪失していない様子のボルトに、ナルトは小さく笑って腰に手をやった。
「まだやるか?」
「当たり前だってばさ」
まだ、ボルトは降参するつもりはない。多忙な父へ泥まみれになって向かい合うような機会は、滅多にないのだ。ボルトがキッと睨みつけると、ナルトは苦笑して頬を掻いた。
「ならちょっとしたアドバイスだ。さっきの千鳥は、あまり乱発しない方が良い。父ちゃんに似て、お前とも相性が良くない技だ」
「……!」
ナルトの言葉に、ボルトは自覚していたのか少し頬を膨らめて視線を逸らした。
「あの技は、チャクラを雷の性質変化・形態変化をさせることで、岩をも貫く攻撃力を誇る。あのウスラトンカチのチャクラの性質は生粋の風だ。苦手な雷への性質変化を、数分でも保てただけで充分だろ」
へぇ、と相槌を打ちながら、サクラは傍らの旦那を一瞥する。珍しく饒舌な男だ。それほど、あの少年に期待しているということなのだろうか。
(ちょっと妬ける、かな……)
つい緩む口元を手で隠して見つめていると、視線に気づいたサスケが何用かと訝しげな目を返す。それにゆるく頭を振って、サクラはナルトたちへ視線を戻した。

はあ、と大きく息を吐いて、ボルトは手を握りしめた。覚悟はしていたが、やはり疲労は激しい。それは、修行段階で既に師匠から忠告されていたことだ。
―――お前のチャクラの性質は風。チャクラを電流のように形質変化させるこの技には、適さない……だが、それでも力を求めるのならば、これだけは心に留めておけ。
(重要なのは、弱点をカバーする努力―――)
グッと口を引き結び、ボルトは目の前に立つナルトを見つめる。その青が死んでいないことを見てとって、ナルトは目を細めた。
「行くぞ!」
「来い!」
次なる手を出そうと指を組むボルトに、ナルトは満面の笑みを向けて羽織をはためかせた。この機会を楽しんでいるのはボルトだけではない。ナルトだって同じなのだ。
「ヒマワリ!」
しかし突然響いた、引き攣るようなヒナタの声に、ナルトとボルトは踏み出しかけた足を止めて観客席を見やった。騒めく観客たちの中で、ヒナタとサクラが立ち上がり、彼女たちから向い側を見つめている。それは観客席の正面にある壁の上部で、それを察したナルトはそちらへ首を回した。
「初めまして、うずまきナルトさま」
彼より数瞬遅れてそちらを見やったボルトは、目を見開く。
「お前―――!」
「やあ、また会ったね、うずまき一族の末裔くん」
先ほど会場の外で遭遇した青年。ヒマワリを抱えた彼が、そこに立っていた。

「何だ、アイツ!」
最上階の観客席で立っていたキバからは、突然現れた青年の姿も、色めき立ち始める観客たちの動きも良く見えていた。青年がボルトへ何かを話しかけたとほぼ同時に、彼の背後でトサリと何かが落ちる音がする。慌てて振り返ると、そこにいたのは傷だらけで疲弊したミライだった。
「お前、紅先生の……!」
駆け寄って抱き起すと、息を切らした彼女はグッと強くキバの腕を掴んだ。ミライは本日、手薄になる里の警備担当だった筈。頭の片隅で、シノから聞いていた情報を思い返し、キバは彼女から漂う嫌な血の匂いに顔を顰めた。
「はやく……早く、相談役か七代目に……っ」
「シカマルとナルトに?何があった!」
「襲撃、者が……イズモさんが……一人で、くい……とめ……」
「数は、敵の名は!」
キバはミライの腕を肩に回し抱え上げると、救護所へ連れて行こうと腰を立ち上がる。彼の肩に身体を預け、ミライは解らないと言うように首を振った。
「数は……確認できただけで三……ですが……」
ポツポツと呟かれていた言葉が、唐突に途切れる。どうかしたのかとキバが少し首を動かした。その途端、
「っぐ!」
かけていた腕によって、強く首を圧迫され、キバは息を飲んだ。他でもない、ミライが腕と全体重を使ってキバの首を絞めているのだ。
「お……ぃ、お前……っ!」
ギリギリと締め上げるミライの腕を引き剥がそうと掴みながら、キバは彼女の瞳に目を見開いた。何処か虚ろな色をした瞳が、鏡のようにぼんやりと、キバを映していたのだ。


(20150904)
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