昔、妖狐ありけり。その狐九つの尾あり。狐封印されし。忍の童、これと長きに渡り寄り添いて、いつしか共となりけり。新たな厄災、十尾復活せしが、忍の童、忍の者と成り、妖狐と忍の輩一丸となりてこれを封印せしめる。妖狐封印、忍の者、四代目火影の子にして名を、七代目火影と申す―――



BORUTO



太陽の光は眩しく、それを受けて彩を放つ木々の緑は鮮やか。絶好のなんとか日和と言いたくなる天気である。
「絶好の試験日和、かな」
額宛に手をやって陽光を遮りながら空を仰ぐと、ボルトは口元が自然と緩むのを感じた。そんな彼の足元からかけられたのは、先の言葉。待ち合わせ場所としてよく用いられる像の乗り上げていたボルトが、手を下ろして下を見やると、いつの間にか現れていたミツキが小さく手を振った。
「なんだそれ」
苦笑しながら、ボルトは弾みをつけて像から飛び降りる。長い袖に隠した腕を脇に垂らして、ミツキはニコニコと笑っていた。
「言葉だけだとあんまり良いイメージないわね、試験日和って」
ミツキとは反対の方向から、顔を顰めながらサラダが歩いてくる。彼女も来ていたのかと、ボルトはこっそり肩を竦めた。
「まあでも、僕らの場合はそれで合ってるだろ」
そんなボルトの様子を目敏く察しながら、ミツキはフフと笑い声を溢す。彼が笑顔なのはいつものことなのでサラダがそれに気づくことはなく、彼女は小さく笑って「まあね」と返した。二人が上を見上げたので、ボルトも同じように視線を上げる。
近くの建物にデカデカとした弾幕がかけられており、味のある字でこう書かれていた。
「『中忍試験』か……」
モモシキ・キンシキ襲来によって中断されていた中忍試験が、本日、再び開かれる。
その弾幕を掴むように伸ばした手を握り、ボルトはニヤリと口角を持ち上げた。
「今度こそ、合格してやるぜ!」
高らかに宣言するボルトの背中を見やり、サラダとミツキはそっと顔を見合わせた。

「お前は出れねぇぞ」
意気込み深く会場へ訪れたボルトを待っていたのは、何を言っているのだと言わんばかりにキョトンとした顔の木ノ葉丸だった。頭を鉄槌で殴られたように呆然とするボルトの後ろで、サラダとミツキは「やっぱり……」と苦笑を溢した。
二人と違い察しの悪いボルトは、何故だと木ノ葉丸に掴みかかる。試験の準備に走り回っていたのだろう、落ちそうになる書類を抱え直し、木ノ葉丸は襟元を掴むボルトの手をやんわりと解いた。
「今回は『モモシキたちの襲来によって中断された』中忍試験の再開。お前はモモシキたち襲来前に既に失格になっている。よって、今回の試験に参加する権利はない」
「そ、そんなぁ〜……」
ボルトはガックリと肩を落とす。ポン、とその肩を叩き、ミツキは少し困ったような笑みを浮かべた。失格になったのはボルト自身の咎のため、彼が文句を言う権利はない。それを理解しているため、ボルトは大きく息を吐いた。すっかり落ち込むボルトの姿に、さしもの木ノ葉丸も頬を掻く。
「こればっかりは、幾ら火影さまのご子息でも例外じゃないコレ」
だからすまない、と木ノ葉丸はボルトの肩を叩いた。すると、別方向からもパシリとボルトの背中を叩く手がある。ボルトが顔を上げると、いつの間にかやってきていたシカダイが、欠伸を溢しながら立っていた。
「代わってやろうか?今更やり直しなんて、めんどくせぇし」
「お前、何でこの試験受けようと思ったんだよ……」
シカダイの面倒臭さに頬を引き攣らせ、ボルトは姿勢を正すと緩く首を横に振った。
「良いよ。次の試験でリベンジするってばさ」
「……そうかよ」
母親譲りの目を細めて、シカダイはポケットへ手を入れる。それから片方をヒラリと振って、シカダイは受験者控え室の方へ歩いて行った。
「ま、精々頑張るよ」
そんな言葉を残して。
彼の背中を、微笑を湛えて見送ったミツキは、「それでは僕も」と言い置いてシカダイと同じ方向へ駆けて行く。二人を見送ってから、ボルトはガクリとまた肩を落とした。あんなことを言いつつも内心の落胆は大きかったようだ。見え張り、と口の中で呟いて、サラダは小さく息を吐いた。
「折角、師匠から取って置きの必殺技伝授してもらったのに……」
「パパから?」
む、とサラダの柳眉が寄る。応と身体を起したボルトは、開いたり閉じたりするさまを見せるように片手を持ち上げた。サラダの父サスケは、まだ木の葉の里に滞在しており、本日も観客として会場を訪れている。
「何よ、その取って置きって」
「秘密だってばさ」
「あ、ちょっと!」
襟首を掴もうとするサラダの手をすり抜け、ボルトは観客席へ駆けだした。こんなことなら、自分ももっと我儘を言って、修行をつけてもらえば良かった。内心舌を打って拳を握り、サラダはその後を追う。
(いや、パパより七代目の方が……)
ふと、そんな考えが頭を過る。それと一緒に、いつか頭を撫でられた感覚も蘇り、何故か頬が熱くなった。

「はっくしゅん!」
「……風邪かぁ?」
「さあ……誰か噂してんのか?」
首を捻りながら、ナルトはズズッと鼻を啜る。その様子を隣で見ていたシカマルは口を歪めて、吐息を溢した。
「サクラに見てもらうか?」
「平気だってば」
苦笑して、ナルトは手を振った。
彼は、モモシキ襲来の後始末に追われて、傷が癒えぬうちから働き詰めだった。さすがに身体を壊しかけるのではないかと、シカマルたちは危惧したものだ。事実、今のナルトの顔色は、連日続いた徹夜でも見なかったほど青白い。本来ならば療養させておくべきなのだが、本日の催しには火影である彼の存在がなければ意味ない。
「中忍試験再開って言っても、残っていたのは最終戦だけだろ?」
特別席への階段を上がりながら、ナルトは手にしていた笠の端を指で弄った。彼の後をついて行きながら、シカマルはキッチリ結い上げた頭を指で掻く。
「これは他国に復興アピールの意味合が大きいな。あれだけのことがあったけど、これだけの短時間で持ち直しましたよっていう」
つまりは、他国・他里への牽制か。いつの時代でもそれは必要なことだと解っていても、ナルトは顔を顰めてしまう。すると、シカマルから後頭部へ軽い平手をもらった。
「牽制なんて物騒なこと考えんな」
「じゃあ」
「まあそれも半分あるが」
「あんのかよ」
頬を引き攣らせるナルトを見て、面倒臭いと溜息を吐き、シカマルはポケットへ手をやる。
「もう半分は、復興支援をしてくれた他国へ、『もう心配無用』の意を伝えるもんだ」
「……お礼ってことか?」
「お前にゃ、その方が解りやすいかもな」
小さな笑みと共に付け加えられた言葉に、何だか馬鹿にされたような気分がしたが、ナルトは「そうか」と呟いて笠に目を落とした。そこに記された『火』の字を指で撫ぜ、目を細める。
「勿論、試験のあとは特別プログラムも用意している」
お前の出番はそこだ、と口元に笑みを浮かべ、シカマルは特別席へ続く扉を開いた。特別プログラムのことだけはしっかり覚えていたナルトは、苦笑して笠を首へかける。
あのプログラム内容では、どちらが本命か解りはしない。仕方ないとはいえ、中忍試験をパフォーマンス化してしまったことへの後ろめたさを抱きながら、ナルトは特別席への扉を潜った。
浴びるような歓声が、ナルトを出迎える。それにビリビリと肌を撫でられながら、ナルトは既に席についていた四影を見回した。ナルトの登場に気が付いた彼らに手を振り返しながら、ナルトは自分の席へつく。五影席の前には彼らの関係者が座ることのできる席があり、そこにいたヒナタとヒマワリが手を振っていた。彼女たちにも笑みと共に手を振り、ナルトはふと、その傍らに立っていた男に目を止める。
「サスケ」
驚いて名を呼ぶと、黒いその男はひらりと五影席へ飛び込んできた。突然の乱入者に、各影の護衛が条件反射で武器に手をかけてしまう。その様子を気にせず、サスケはナルトの方へ歩み寄り、久しぶりだと言った。
彼の行動に呆れつつ、ナルトも挨拶を返す。もっと普通に登場できないのかと、シカマルは盛大に顔を顰めた。
「ヒナタから聞いた。また二三日、家に帰ってないそうだな」
まさかサスケにまで痛いところを突かれるとは思わなかった。ナルトは頬を引き攣らせ、そっと顔を背けた。頭上からサスケの溜息が降って来る。
「サスケには、まだボルトが世話になってるんだって?やっぱ、また文句言ってたか?」
「いや……さすがに先日の件で大分物わかりはよくなったらしい。その分、今回の試験が終わったら、しっかり自分のために時間を取ってもらう、とは言っていたがな」
「あははは……」
頬を掻いて笑いながら、ナルトはチラリと相談役であるシカマルを見やる。彼は意地悪い笑みを浮かべ、了解したというように肩を竦めた。
それに安堵して、ナルトは眼下の闘技場へ目を向ける。そこにはもう、審判と二人の選手が揃っていた。
「それでは、下忍・奈良シカダイと下忍・ミツキの試合を始める―――」
木の葉の青天に、試合開始の音が鳴り響いた。

試合開始と同時に、シカダイは印を結ぶ。
「影真似の術!」
片膝をついたシカダイの影が揺れ、一本の線がそこから飛び出した。足元を掴もうとするそれから逃れるため、ミツキはヒラリと跳躍する。動く彼の影を捉えようと、シカダイの影が追う。忍特有の身軽さでそれを躱しながら、ミツキは薄く口元に笑みを浮かべた。
「どうしたものかな」
影が届かぬ遠くで足を止め、ミツキは表情と合致しない言葉を呟く。シカダイの父親譲りの知能と、それによって応用される影の動きは厄介だ。捉えられてしまえば、抜け出すには少々難しい。それでも、ミツキに負ける心算は毛頭なかった。
「皆自分の両親を誇りに思ってる……僕だって」
親を尊敬し、その偉大さを自慢したいと思うのは、子どもなら当然だ。
ニヤリと笑って、ミツキは印を組む。彼の出方を窺っていたシカダイは、その指の動きが見たことないものであったので眉を顰めた。
「あれは……」
その印に見覚えのあったサスケは思わず呟き、ナルトを見やる。そんな彼の反応にキョトンとしつつ、ナルトは「ああ」と頷いた。
「何だサスケ、知らなかったのか?」
「……知るか!」
火影公認と察し、サスケは珍しく声を荒げる。娘と同じ班に、あの人物の関係者がいると知れば、当然の反応かもしれない。しかしまさか『あの』サスケからそんな反応が得られるとは思わず、シカマルはコッソリ笑いを溢した。
そんな観客たちの想いなど無視して、試合は進む。
「影縫いの術!」
先手必勝とばかり、シカダイは印を結び直す。次々と飛び出した影が、互いの影を伝ってミツキの元へ伸びていく。ミツキは印の手を止めた。それから腕を伸ばしてクナイを壁へ突き刺すと、そこへ向かうように地面を蹴った。上へ上がっていくミツキを、影が追う。ミツキは途中でクナイから手を離すと、壁を蹴って闘技場の中央へ身体を飛ばした。
シカダイの視線が、ミツキを追って空を仰ぐ。ミツキの影が、シカダイの頭上にさした。シカダイが影真似の術の印を結ぶより、ミツキの印を結ぶ方が早かった。
「潜影蛇手」
バ、と突き出した袖から、蛇が飛び出す。
突然顔に向かって降ってこようとする蛇に驚き、シカダイの手が止まった。
「っち!」
シカダイは慌てて指を絡め、影によって蛇を地面に叩きつける。しかし、
「もらった」
「!」
蛇の影に隠れて大地を目指していたミツキの足裏が、シカダイの目前に迫っていた。影真似の術では避けられないし、何より印を結ぶ時間もない。
めんどくせー、と呟き、シカダイは手を下ろすと、急いで身を引く。先ほどまでシカダイの立っていた場所へ、ミツキがドスンと降り立った。ミツキは地面に手をついたまま、サッとシカダイを見て腕を持ち上げる。シカダイも、背後へ倒れそうになりながら印を結んだ。この間合いなら、充分影が届く。
「影縫いの術!」
「潜影蛇手!」
ビシ。
両者が、印を結んだ姿勢で動きを止めた。ミツキの後頭部に鋭い影の先端が、シカダイの首に蛇の牙が添えられている。指一本動かそうものなら、即座にそれぞれが相手を貫くだろう。
ゴクリ、と誰かが唾を飲みこむ音が、静まった会場に響いた。
ふー、と大きく息を吐く。シカダイは印の指を解き、ミツキも手を下ろした。
「参った、降参だ」
先に両手を上げてそう言ったのは、シカダイの方だった。
一瞬遅れてから響き渡る歓声の中、深々とした女の溜息は紛れて溶けた。

「あはは、シカマルと同じだってば」
呑気な火影の笑い声が、チクチクと背中を刺す心地がする。これは今夜の夕食のとき、小言が長いだろう。シカマルが溜息を吐くと、闘技場に昼休憩を知らせるアナウンスが響いた。
「午後からはエキシビションマッチと、中忍合格者の発表か」
「応。中忍合格者は、前までの試験の様子で既に決めてあるからな」
中忍は、何も試合の勝ち負けで決めるものではない。シカマルがそうであったように、己の力量把握や戦略など、様々な面で審査される。だから本当は、この試合も必要などなかったのだ。
以前、カタスケたちにはああ言ったが、それに今反しているのは自分だ。ナルトは眉を顰めた。そんな彼の頭を、先ほどより強い力で叩く手が一つ。ナルトが顔を上げると、シカマルが呆れた顔をしてこちらを見下ろしていた。
「そう思いつめるな。何のために相談役(俺)がいると思ってんだ」
「シカマル……」
ナルトは小さく笑み、そうだな、と呟いた。そうだよ、と軽く言い返しシカマルは頭を掻いた。
「ほら、昼飯なんだから行ってやれ。何かあったらすぐ呼ぶ」
「あ、応。サンキュな」
笠を置いて立ち上がり、ヒラリと家族のもとへ向かうナルトの背中を見送り、サスケは小さく吐息を吐いた。
全く、火影になって大人しくなったと思ったが、彼は相変わらずドタバタ忍者らしい。

木の葉の里の闘技場で行われるのは一大イベントで、里の人間は殆どがそこへ駆けつけていると言っても良い。いつもより閑散とした街中を、お下げに結った髪を揺らしながらテンテンは駆けていた。
「全く、こんなときに忘れ物をするなんて、しくじったな〜」
ブツブツと今朝の自分へ向けて悪態をつき、彼女は頭を掻く。彼女が現在向かっているのは、自身が経営する武器屋だ。本日午後から行われる催しで使用する忍具を、テンテンは店へ置き忘れてしまったのだ。
先の中忍試験では、ボルトが不正忍具を使用していることを見抜けなかった。さすがはあの火影の息子だと、印が見えなかったことを感心してしまった。忍具になら誰よりも長けていると自負しているテンテンが、だ。ナルトたちはそれを責めはしなかったが、テンテンのプライドや仲間への申し訳なさがそれを許さない。その上、本日の演舞まで失敗してしまえば、益々彼らへ合わす顔がなくなってしまう。そのことに内心何度も舌を打ちながら、テンテンは店への足を急いでいた。
「はぁ……やっと着いた」
この程度の距離で疲れはない。身体的というより精神的な疲れに吐息を溢しつつ、テンテンは店の勝手口を開けた。店内へ足を一歩踏み入れ、テンテンはピクリと動きを止めた。息を詰め、目を細める。
今日は店を閉めている。唯一の店員であるテンテンが店を空けているのだから、それも当たり前だ。だというのに、店内から微かに感じるこの人の気配は何だ。
(まさか、強盗?)
この平和な世で、珍しいことだ。勝手口のすぐ脇に置いた棒を手にとり、テンテンは息を殺し気配を潜めて気配のする場所―――忍具をズラリと鎮座させた店頭へ向かった。そっと壁に背をつけて中の方を覗く。
鎖のぶつかる音と、ガラスが潰れる音がした。
「これが六道仙人の忍具かぁ」
面白い、面白い。幼子のように何処か舌足らずで、ねっとりとした声も聞こえてくる。棚の上に座る影は小さく、侵入者が子どもであるとテンテンに報せた。
六道仙人の忍具―――先の大戦で持ち帰った忍具を、商品とは別に店頭へ展示していた。それを狙っての侵入だとしたら、何としてでも捕縛する必要がある。
テンテンは小さく呼吸を繰り返し、グッと棒を握りしめた。それから、一二の三でテンテンは飛び出した。
「やぁ!」
「!」
テンテンが突き出した棒は、影を捉えられず壁にぶち当たる。侵入者はヒラリと飛んで、少し横へ着地した。棒を回転させて構え、テンテンは足を肩幅に開く。
年は十代半ばといったところか、侵入者はクスクスと笑っていた。手には六道仙人の忍具が抱えられており、テンテンは予感が最悪の方へ転がったのだと察した。
「それ、返してくれる?」
警戒を緩めず言えば、侵入者はコテンと首を傾けた。
「お姉さんのぉ?」
「まぁ……そんなところ」
実際は使い手がいないため、テンテンが預かっているだけだ。彼女自身でさえ、昔に比べて使用時間は伸びたが完全に使いこなせているものはない。
(ま、芭蕉扇くらいなら、なんとか……)
誰にするでもない言い訳を心の中で呟いて、テンテンは棒を握り直した。侵入者は「ふーん」と呟きながら、手の中の忍具とテンテンとを見比べている。暫くそれを繰り返していたから、迷っていたのだろうか。
「やっぱダメ」
侵入者の口から聞こえたのは、テンテンの予想通りの言葉だった。思わずニヤリと笑うテンテンの前で、侵入者は腰から取り出した巻物の中へ忍具をしまっていく。テンテンも使用する、口寄せ術の応用だ。しゅるる、と忍具を全てしまい、巻物を腰のポーチへ戻すと、侵入者は困ったように頭を掻いた。
「これ、手土産なんだよぉ。カカさま、珍しいもの好きだからぁ」
「母様(カカさま)……?」
それが上司の名か。口の中で呟き、テンテンは目を細める。他の情報は、捕縛したあとに他の上忍たちへ任せるのが良いか。そう頭の中でまとめ、テンテンは棒を垂直に立てて手元へ引き寄せた。
「……ふー」
細く長く息を吐いて吸い、集中力を整える。それから短く息を吐き、足と一緒に腕を伸ばした。
侵入者の急所へ棒の先端がめり込むように狙いを定めて打ち込むが、ヒラリヒラリと躱されてしまう。身のこなしは、さすが忍か。まさかその年で中忍以上ではない筈だが、こうも躱されるばかりでは力量が読み辛い。この狭い店内では大技も放てない。だが、体術は忍術よりテンテンの得意分野だ。
(こんな子どもに、敗けるわけにはいかない!)
タン。侵入者の避けた足元に、棒が突き刺さる。ニヤリと口元を歪める侵入者を目に捉えたまま、テンテンは突き刺した棒を軸に足を振り回した。侵入者は驚いたように目を開き、慌てて身を引く。しかし数瞬遅く、その頬に鋭い爪先からの一撃を食らって床に沈んだ。
呻く隙を逃さず顔の横へ棒を打ち付けると、胴を跨ぐように立ってテンテンは侵入者を見下ろす。
「ちょーっと大人しくしてねー」
このまま捕縛して、リーかキバを呼ぶか。そんなことをテンテンが思案していると、足元から呑気な感嘆の声が聞こえてきた。
「スゴイねぇ、お姉さん」
カカさまは気に入るか解らないが、俺は気に入った。
テンテンにはさっぱり解らないことを呟いて、侵入者はテンテンの棒を掴む。突然のことに身体を固くするテンテンに、侵入者はニヤリとした笑顔を向けた。
「俺、お姉さんが欲しい」
「何を、言って……!」
ピタリ、とテンテンは動きを止めた―――いや、止められた。身体が、自分の意志で動かない。目の端で己の身体に付着する青白い糸を捉え、テンテンは歯を噛みしめた。

「エキシビションマッチ?」
「呆れた、アンタ何も知らないのね」
口一杯に頬張った飯をゴクリと飲み下すボルトを見て、サラダは溜息を吐いた。澄ました顔でサンドイッチを齧る彼女にムッとしながら、ボルトは口端についた米粒を指で拭う。親指についた米粒を舌で舐めとりながら、チラリと視線を横へずらす。ミツキが親の作ってくれたという弁当を手に、礼儀正しく頭を下げていた。
折角家族揃って母の作った弁当を食べていたのに、何故サラダの家族やミツキまでいるのだろう。大方、人の良い母がサクラたちを誘ったのだろうけれど。
「午後は、忍具を使った演舞のあと、対火影さまのエキシビションマッチがあるのよ」
「下忍・中忍・上忍、忍の分別問わず、腕に自信のある者は誰でも参加可能。火影から『参った』と言わせたら特別恩赦がある……かも」
ミツキが言葉を挟みながら、二人の近くへ腰を下ろす。ボルトは箸をくわえたまま、キラキラと目を輝かせた。
「火影と、戦える……?!」
「私は勿論参加するわ。ミツキは?」
「勿論。第三試験上位三名は、先に戦えるみたいだしね」
楽しみだ、といつもの笑みを更に深くしてミツキはお握りを持ち上げた。ボルトは、と言いかけたサラダは彼を見て、言葉を止める。キラキラとした目で握った拳を見つめる彼に、これ以上言葉をかける必要は、ない。
「父ちゃんと、戦える……!」
例えエキシビションマッチという名であっても、それはボルトにとっては小躍りしたくなるほどの好機だった。心底嬉しそうな彼を見て微笑み、サラダとミツキは顔を見合わせる。
「あ、そうだ、ミツキ」
もぐもぐと口を動かしながら、ボルトはミツキへ話しかけた。行儀悪いと顔を顰めるサラダを無視してゴクリと飲みこみ、箸をミツキへ向ける。
「『イロハの術』って知ってるか?」
「イロハの術?」
サラダも、聞いたことのない術に首を傾げた。弁当を箸でつつきながら、ボルトはコクリと頷く。
「この前、木ノ葉丸先生の家の本棚から、父ちゃんの術をまとめたっていう巻物見つけてさ。読んでいたら、一つだけ詳しい説明が書かれてねぇ術があったんだってばさ。それが『イロハの術』」
「イロハって、あの基礎(イロハ)?ってことは初歩の初歩なんじゃない?アカデミーでは習わなかったけど……」
基礎であるなら、わざわざ詳細を秘伝書に記す必要はない。やっぱりそうかとぼやき、ボルトは口でくわえた箸を上下に動かした。
「シノせんせー、駄目駄目だってばさ」
とんだ風評被害が、ミツキの目の前で起こっている。それをフォローするつもりもないミツキは、ゆっくりとご飯を噛んで飲みこんだ。
「それって多分―――」
「おにいちゃーん」
ミツキの言葉を遮るようにして、少し離れた場所で昼食を摂っていたヒマワリが手を振る。彼女に手を振り返して、ボルトは一言断りを入れると、立ち上がってそちらへ駆けて行った。
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