scene06
こぽり、と黒い水面の中で生まれた銀の泡が、浮かんでは消えていく。
此処は、どこであろうか。己の記憶には、思い当たるものはない。それどころか、己が何者なのか、『彼』には何一つ解らなかった。
「君は、誰?」
突然、目の前の水面がゆらりと動いて、黒い物体が声を発した。曲線を描く身体と、ぱっちりした瞳を持つその物体は、物珍し気にこちらを見つめている。
「さあ、解らない」
気が付いたら、此処にいた。正直にそう答えると、物体は、じゃあ、と言ってぱっくりと口を開いた。
「僕と、友だちになってよ!」
鋭い歯の覗く口は綺麗に弧を描く。それがあまりにも嬉しそうな笑顔だったから、つい頷いてしまった。物体はニコニコしたまま、飛び跳ねる。
「僕、コロモン。君は?」
ふと、少し考える。それから頭に浮かんだ名前を、『彼』は自然と発していた。
「サイケモン」



きみはともだち



これで何度目だろうか。地に伏しては起き上がろうと歯を食いしばるアスタモンの前に、ズラリと並ぶ足があった。
「貴様ら……」
「敵の敵は味方だ」
「ダイスケ、それリョウの真似だね」
「まぁまぁ」
「とまぁ、そういうことで」
「助太刀します」
「あはは」
大輔、ウォレス、タケル、京、伊織、賢は、自身のパートナーデジモンを連れ、ダゴモンを見据えた。呆気にとられるアスタモンの傍らで、ヒカリが膝を折ってしゃがみ込んだ。
「コロモンの友だちなんでしょ?私もコロモンの友だちだから」
友だちの友だちは、大切な人は、守りたい。
ヒカリはニコリと笑う。その笑顔が何故か居心地悪くて、アスタモンはそっと顔を背けた。その様子にクスクス笑って、ヒカリは立ち上がる。
「そういえば言ってなかったから、アレ言っても良い?」
「京さん……そんな場合ですか?」
「良いんじゃないかな?気合いが入るなら」
「賢は京に甘いぜ……」
溜息を吐く大輔の隣にヒカリが並んだことを確認し、京はD3を持った手を高らかと掲げた。
「選ばれし子どもたち、出動ぉー!」
―――ブイモン
―――テリアモン
―――エンジェモン
―――アンキロモン
―――テイルモン
―――アクィラモン
「ジョグレス進化!」
―――シャッコウモン
―――シルフィーモン
「アーマー進化!」
―――マグナモン
―――ラピッドモン
「あの光は……!」
ラピッドモンに並ぶ眩い黄金の光に、遼は目を奪われた。傍らのサイバードラモンも少々驚いた様子で、遼を見やる。遼は自分の胸元を握り、小さく笑った。
「そうか……あんなところにあったのか」
戦いの最中に失くしたと思っていた『不可能を可能に変えるランダム因子』―――それは遼が保有する形は違うが紋章だった。それが今、奇跡のデジメンタルとして大輔が所有している。成程、出会ったときに感じた既視感はこれだったのか。
「行くぞ!」
大輔が叫ぶ。賢たちはそれに応と返し、デジモンたちはダゴモンへ向かっていった。
「小賢しい!お前たちのデータも力の一部にしてくれる!そうすればあの忌々しい悪魔も……」
「忌々しい悪魔……デーモンのことか?」
「そうだ!急に暗黒世界に来たと思ったら、私を海底に押しやった。ヤツを倒すために、あの核もお前たちも吸収する!」
ダゴモンの触手が飛んでくる。
光子郎の読み通り、デーモンとダゴモンは対立関係にあったのか。とすれば、この事態にデーモンが気付かないわけがない。最悪、乱入も予想される。早めにダゴモンを倒さなければならない。賢は歯を噛みしめた。
ダゴモンと対峙する大輔たちへ向けて、ブラックウォーグレイモンは光球を作りだす。しかしそれを投げる前に、横から投げつけられた別の光球に邪魔をされた。ギッと睨みつければ、そこには太一、ヤマト、空、光子郎、ミミ、丈、遼の姿があった。太一が自分とは色違いのウォーグレイモンに乗っていることに気づき、ブラックウォーグレイモンはグラリと頭を茹で上がらせる。
「どうして、タイチ、ボクは、君の、友だちで、パートナーで」
「ああ、俺とお前は友だちだ。でも、お前のパートナーは俺じゃない」
だから、と言葉を続けようとする太一を咆哮で遮って、ブラックウォーグレイモンは振り上げた拳をウォーグレイモンに叩きつけた。ウォーグレイモンはその拳を手甲で受け止め、ググッと押し返す。
「ボク……が、タイ―――の―――」
「タイチのパートナーはボクだ。君じゃない」
受け止めていた拳を掴んで、ウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンを地面に叩きつけた。ゴホゴホと咳き込みながら、ブラックウォーグレイモンはよろよろと立ち上がる。
「タイ―――は、ボク、が―――まも、る……!」
両腕を掲げ、黒い太陽がそこに現れる。いつかと同じ風景に目を眇め、ウォーグレイモンも同じように太陽を作りだした。衝撃に巻き込まれては危ないからと、太一は光子郎によってアトラーカブテリモンの背へ移動させられていた。
―――ガイアフォース
二つの太陽が、ぶつかりあう。
「たい……―――う」
眩しいそれに眼を焼かれながら、ブラックウォーグレイモンは小さく呟いた。

まるで、核爆発だ。爆風に煽られながら、光子郎はそんなことを思う。目を焼く閃光が消えると、黒い大地に倒れ伏すブラックウォーグレイモンの姿が見えた。ウォーグレイモンは少しふらつきながらも上空に浮かんでおり、勝敗はついたのだと知る。
ブラックウォーグレイモンの身体から、オレンジ色の蛍のような光が浮き上がった。それは少しずつ、ブラックウォーグレイモンの身体を溶かすように増えていく。
それに目を奪われていたヤマトは、視界の端を横切った触手にハッと我に返った。
「メタルガルルモン!」
「ああ!」
メタルガルルモンもそれに気づいたようで、ブラックウォーグレイモンを突きさす寸前で引き止める。思い切り引いて投げ飛ばすと、ダゴモンはよろけて舌打ちを溢した。
「すみません!」
疲弊した大輔が声を上げる。気にするなと返して、ヤマトたちは彼らに加勢した。
アトラーカブテリモンはブラックウォーグレイモンの傍らに降り立ち、太一と光子郎を下ろす。ウォーグレイモンもその隣に降りた。太一は溶けていくブラックウォーグレイモンを見下ろし、その頭に手を翳す。大分薄くなったブラックウォーグレイモンの身体に触れることはできなくて、太一の手は空を掠めた。
「……」
「ころ、もん……」
よろよろと覚束ない足取りで、アスタモンがやってきた。彼は太一の隣に膝をつき、悔しそうな表情でブラックウォーグレイモンを見つめた。
「……ごめん、俺は、君の友だち、なのに……」
目の端に浮かんだ雫が、頬を伝ってブラックウォーグレイモンの身体をすり抜け、大地へ落ちる。ブラックウォーグレイモンは薄く目を開き、アスタモンを見やった。
「……サイケモン、泣いてるの……?」
「これは……っ」
「ずっと、泣いているのは、タイチだと思ってた……」
いつも、泣声が聴こえてくるのだ。誰かの泣声が聴こえるたびに、誰かの涙の気配を感じるたびに、自分の意識がはっきりしていくのが解った。暗黒の海は、涙でできた海だった。きっと、そこには太一の涙も、コロモン自身の涙も混ざっている。
太一は小さく笑った。
「俺はもう泣き虫じゃないよ」
「そっか……」
ふふ、と笑うようにブラックウォーグレイモンは目を細める。それから何処か遠くを見つめるように目を細めた。
「まだ……誰かが泣いてる……ボクを、呼んでいるんだ……」
「……」
それはきっと、コロモンの本当の。
そのとき、空気を裂く音が耳に届いた。ハッとした光子郎たちが振り返るより早く、アスタモンが動いていた。
―――ザシュ―――
布を引き裂くような音がして、京たちが引き攣った声を上げるのがやけにのんびりと太一の耳に届いた。
「―――アスタモン!」
ダゴモンの触手が、アスタモンの胴体を貫いている。ゴフ、と空気を吐き、アスタモンは自身を貫く触手を掴んだ。
「お、れは……ころもん、のとも、だち……だから……」
キッと鋭い光を宿した瞳を上げ、アスタモンはダゴモンを見据える。最後の力を振り絞りマシンガンを持ち上げようとして、しかしそれはスルリと指の隙間から滑り落ちた。かたん、と軽い音が当たりに響く。
「……ぅおおおおお!」
メタルガルルモン!とヤマトが声を上げた。それに続くように、大輔たちもパートナーデジモンを呼び、それに応えるが如く技が打ち出される。しかしさすがはデーモンに匹敵する暗黒世界の王。対したダメージは与えられていないようだ。
「あれは暗黒世界の王、暗黒エネルギーが在る限り、彼は不死身です」
ホメオスタシスが言った。ミミはそんなぁ、と絶望的な声をあげる。ふと、彼女は何かに気づいたように光子郎へ声をかけた。
「アポカリモンのときみたいに、デジヴァイスを使った方法はできないの?」
アポカリモンと戦ったとき、自爆するアポカリモンをデジヴァイスの作った結界で抑え込んだことがあった。確かに、その結界へ一時的に閉じ込めれば暗黒エネルギーの供給は遮断できるだろう。しかし、光子郎は顔を顰めた。
「どうでしょう、あのときはヒカリさんやタケルくんの力も合わせてでした。けれど、今二人のデジヴァイスはD3になってしまっている」
残り六つのデジヴァイスで、力が足りるか。
「いや……まだある」
横たえたアスタモンとブラックウォーグレイモンを見つめていた太一は、弾かれたように顔を上げた。
「ウォレス!遼!」
太一の声に、二人は振り返った。彼らが持つのは、デジヴァイスだ。そして彼らも、紋章保持者。条件は満たしている。
「どうだ!光子郎」
「恐らく、行けます!」
そうなれば急がなければ。駆けだす光子郎の後を追おうとして、太一は少し足を止めた。ブラックウォーグレイモンたちを見つめる彼に、二体は看ておくとホメオスタシスが伝えると、太一は小さく頷いて駆けだした。
「ヤマト!」
「太一!」
太一がデジヴァイスを掲げると、ヤマトも同じように掲げる。二人のデジヴァイスから光が溢れ、ウォーグレイモンとメタルガルルモンを包み込む。その光は一つとなり、純白のマントを翻すオメガモンの形を取った。
「賢、俺たちも!」
「ああ!」
大輔と賢も互いのD3を掲げる。交わった光の線が、アーマー進化を解いたブイモンとスティングモンを吸い込んでいく。同じく白いマントをはためかせ、インペリアルドラモンが姿を現した。
「く……!」
後退しようとするダゴモンの背後に、サイバードラモンが立ちはだかる。
ダゴモンが怯んだ隙に、と太一たちはデジヴァイスを掲げた。
勇気、友情、愛情、知識、純真、誠実、奇跡、運命―――八色の光の線がダゴモンと、傍にいるオメガモンとインペリアルドラモンを取り囲んでいく。逃げ出そうとする触手は、シャッコウモンやシルフィーモンが抑え込んだ。
結界が完成するに、時間はかからなかった。オメガモンたちと共に閉じ込められたダゴモンは、結界から抜け出そうと壁を触手で叩くが、結界はびくともしない。
「覚悟しろ」
「ま、待て……!」
オメガモンとインペリアルドラモンの掲げたオメガソードが、ダゴモンを貫いた。


(20150806)
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -