scene04
―――タイチは、ボクの友だちだ!
コロモンの声が、耳の奥で甦る。
(とも、だち……)
本当にそうだろうか。ふと、頭の片隅でそう問いかける声が聞こえる。解らないというのが、太一の正直な答えだ。友だちだったと思う、その程度の認識。確かにあのコロモンと過ごした記憶はあるのだが、どうも頭全体が霞かかったようにぼんやりとしているのだ。
「タイチ!」
床を叩く音と共に、コロモンとサイケモンが慌ただしく駆け寄って来る。大丈夫かと問うてくる彼らに、太一は既に頭痛と眩暈が収まっていることに気づいた。大丈夫だと返せば、コロモンは安心したように息を吐く。
「良かった」
「心配かけて悪いな」
「ううん、気にしないで」
太一の膝に乗って、コロモンは彼に甘えるように目を細めて体を擦り付ける。そんなコロモンに苦笑し、太一はポンポンと頭を撫でた。彼らの様子に目を細めていたサイケモンは、ピクリと耳を立てた。
「……二人とも、少し隠れていて」
「サイケモン?」
「どうかしたのか?」
様子の可笑しいサイケモンに、コロモンは怯えたように太一へ擦り寄り、太一はコロモンを優しく抱きしめた。サイケモンは目を眇め、警戒するように天井を仰いだ。
「……誰かが、こっちへ向かってきてる」



海底の王宮



ざぶん。息を止め、目を瞑って飛び込む。想像よりサラサラとした液体が、体を包む。大輔は恐る恐る目を開いた。
黒々とした海の中は、思ったよりも明るく遠くまで見渡せる。腰に巻いたサブマリモンへ繋がる命綱を手でもしっかり握り、大輔はそっと辺りに視線を動かした。とんとん、と後ろのウォレスが肩を叩き、指をさす。その先を見た大輔は、驚きで息を吐きそうになり、慌てて口を手で覆う。
ゴツゴツとした岩の多い海底は、あまり深くなく大輔の位置からでもよく見えた。そこに立つのは、貝を積み上げて作ったような造形の城だ。洋風の造りだが、竜宮城を彷彿とさせる。
大輔たちを命綱で尾のように引き、サブマリモンは城から少し離れた岩の一角に身を潜めた。イッカクモンと、そこにしがみついた丈はサブマリモンの横を通り、真っ直ぐ城へ向かって行く。すると、竜宮城の大きな扉が開き、そこから数体のハンギョモンが飛び出してきた。手に槍をもつ彼らの姿に、ヒカリの肩が震える。タケルはそっと彼女の方へ寄り、その肩へ腕を回した。
発破をかける必要もなく、向こうへはこちらの特攻が知られているようだ。これは益々、丈たちの役目が重要になってくる。
(行くぞ、イッカクモン)
もしもというときのために用意しておいた小型の酸素ボンベをつけ、丈はイッカクモンの頭を叩く。コクリとイッカクモンは頷いて、ハンギョモンたちとかち合う直前で踵を返した。海上へ戻る道すがら、イッカクモンは威力を弱めたハープンバルカンを打った。これが、海の上でバードラモンに乗って待機している空たちへの合図になる。
「!来た」
花火のように打ちあがった角を見て、空が呟く。京たちは唾を飲み、上がって来る丈たちを待つ。バードラモンの傍には、リリモンとスティングモンとアクィラモンが控えていた。
(今のうちに)
ハンギョモンたちは、イッカクモンを追って海上へ向かって行く。彼らの他に竜宮城から出てくる姿がないことを確認し、光子郎はサブマリモンの中にいる伊織へ合図した。伊織は頷く。
サブマリモンは岩陰から飛び出し、竜宮城へ向かった。竜宮城の入口は閉まっていたが、鍵はかかっていなかったようで、ヤマトと大輔が抉じ開けるとゆっくりだが開いた。
入口を潜ると、内部は円柱のような形をしていた。それは前方に続くのではなく上方へ続いていて、サブマリモンは道に従って進んでいく。やがて見えた水面に、サブマリモンは顔を出した。
息を止めるのも限界だった大輔は、水面へ顔を出してすぐ大きく息を吸う。そこは、例えるなら広間のような場所で、大輔たちは噴水のように柵で囲われた水溜りに浮かんでいた。
「すっげ……」
「Oh……」
ウォレスも感嘆の声を溢しながら、陸へ上がる。遼は水を少し飲んでしまったのか、咳き込んでいた。
ヤマトは濡れた髪を肌から剥がそうと手をやって、ふとその手を止めた。あれだけの時間水に浸かっていたから随分濡れていると思ったが、実際は小雨に振られたような程度だ。海水にしては随分サラサラとしていたし、やはりリアルワールドとは違うのだろう。
それと、先ほど口端に垂れた拍子に舌へ触れた水の味。少ししょっぱいそれを、ヤマトは別のどこかで味わったことがあった。
(海水じゃない……何の味だ……?)
手を握ったり開いたりを繰り返していると、身体を震わせて毛皮から水分を弾き飛ばしたガブモンが、どうかしたのかと問うてくる。慌てて手を下ろし、ヤマトは何でもないと首を振った。
「思ったより広いな……二手に分かれるか?」
辺りを見回した遼の提案に、光子郎は首を横へ振った。
「見取り図がない以上、無駄に歩き回っては合流しにくくなります。今僕らが知る入口はここ一つですし、面倒でも全員で回る方が良いと思います」
「そうですね」
伊織も頷く。彼の足元では、進化を解いたアルマジモンが、小さくくしゃみを溢していた。
「じゃあ、早く……―――!」
捜索を始めようと口を開いたタケルは言葉を止め、咄嗟にヒカリを大輔の方へ強く押した。その瞬間、何処からか飛んできた黒い光球がタケルと彼を庇おうと前に出たパタモンを、水溜りへ押し倒した。
「タケルくん!」
「タケル!」
ヒカリとヤマトが駆け寄ると、タケルはすぐ水面に顔を出し大丈夫だと顔を歪めながらも笑って見せる。ヤマトに引かれて水溜りから這い出るタケルの横から、黄色い光を纏った何かが飛び出した。
「ニードルレイン!」
水中でデジメンタルアップしたペガスモンだ。ペガスモンの放つ光の針が、広間の奥にあった太い柱に突き刺さる。ボロボロと砕けたその影から姿を現したのは、紫色のガブモン―――サイケモンだった。大輔はヒカリを背後に庇い、光子郎たちも警戒して身構える。
「どうしてここに来た」
ぐわ、と牙をむき出し、サイケモンは威嚇するように睨みつけた。すん、と鼻を鳴らしたサイバードラモンが、身を屈めて遼の名を呼ぶ。
「遼、奴からはミレニアモンから飛び散ったものと同じ匂いがする」
「何……?」
サイバードラモンの耳打ちに、遼は眉を顰めた。ミレニアモンは、機械系デジモンの融合体であるムゲンドラモンと、生物系デジモンの融合体であるキメラモンが融合したデジモン。確かに、あのデジモンのデータが混じっていた可能性は高い。
ならば、遼のやることは一つだ。
光子郎はサイケモンの一挙一動を見逃さないよう警戒しつつ、ベルトにつけていたデジヴァイスへ手を伸ばした。
「そんなの……太一さんを迎えに来たからに決まっているでしょう!」
握りしめたデジヴァイスから光が溢れ、テントモンはカブテリモンへ進化する。
「光子郎!」
「こうなったら仕方ありません、僕が引き止めますから先へ!」
「僕らも」
「はい!」
「Gumimon!」
タケルと伊織とウォレスも並び、アルマジモンはアンキロモンへ、テリアモンはガルゴモンへ進化する。ヤマトは光子郎と目を合わせると、大輔たちを見やった。
「行くぞ!」
「はい!」
大輔は大きく頷くと、ヒカリの手を引いて駆けだした。残ったままサイケモンを見つめる遼を、光子郎は訝しげに見やる。
「……あなたは行かないんですか?」
「俺の用事は、アイツみたいだからな」
遼の言葉に、光子郎は目を見開いた。それはつまり、ミレニアモンの欠片があのサイケモンであるということだ。
ヤマトたちの進路を守るように、カブテリモンたちがサイケモンを阻む。城の奥へ消えていくヤマトたちを悔しそうに見送り、サイケモンは一層鋭い視線を光子郎たちへ向けた。
「タイチは渡さない……ヒカリも。二人はコロモンの友だちだ」
「コロモン……?」
「サイケモン進化―――」
サイケモンの言葉に光子郎が眉を顰めるうちに、サイケモンは黒い光で身体を包んだ。電気の塊のようにそれが弾けると、バサリという音と共に布が翻る。
「―――アスタモン」
現れた完全体の姿に、光子郎たちは固く拳を握りしめた。

サイケモンに言われた通り、太一はコロモンと共に城の奥へと向かっていた。コロモンはサイケモンのことが気になるのか、頻りに後ろを振り返っている。太一は足を止め、コロモンを抱き上げた。
「俺たちも行こう、コロモン」
「え、でも……」
「行くぞ」
太一が強く言えば、驚いたような顔をしていたコロモンは頬を綻ばせコクンと頷いた。それにニカリと笑い、太一は道を戻ろうと踵を返した。
「太一!」
駆けだそうとした太一は、そのよく聞き知った声に持ち上げた足を下ろす。前方から現れた友人の姿に、思わず目を瞬かせた。
「ヤマト!」
大輔とヒカリを連れたヤマトは、太一の姿を見ると安堵したように吐息を漏らす。どうして彼らがここにいるのだろうと太一は内心首を傾げた。
「良かった、無事か」
「太一さん、良かった……」
「お兄ちゃん……」
「は?何言ってるんだ?」
駆け寄ったヤマトは太一の肩を掴み、怪我がないか確認しているようだ。ふと、彼の視線が太一の抱えるコロモンに止まった。
「コイツ……」
「タイチ!」
ヤマトの言葉は、しかし別の濁声に遮られた。突然、太一の足に何かがしがみついてくる。太一が視線を落とすと、オレンジ色の生物がぐずぐずと鼻を鳴らしながら鋭い爪を持つ手を腰に回していた。
「良かった……タイチぃ……」
「……お前、誰だ?」
太一が素直に想ったことを口にすると、大輔たちから息を飲む声が聴こえた。ヤマトもスッと真顔になり、冗談を言うなと低く呟く。
「お兄ちゃん……?」
「タイチ……?」
「太一さん?」
ヒカリと大輔も困惑したような顔を太一へ向けてくる。しかしそんな目を向けられる太一こそ困惑していた。彼らの視線の理由が、サッパリ解らないのだ。突然、ヤマトが太一の襟元を掴んだ。
「何馬鹿なこと言ってるんだ、お前のパートナーだろ」
「パートナー……?」
太一の友だちは、この黒いコロモンだ。オレンジ色のこのデジモンのことなど、太一は知らない―――知らない筈だ。ズキリ、と強く頭が痛んで、太一は顔を顰めるとズルズルとその場に座り込んだ。流石のヤマトも驚き、太一の襟首から手を離す。
ペタリと座る太一へ伸ばしたヤマトの手に、小さな泡がぶつかる。それは黒いコロモンが吐き出した泡で、弱い静電気に似た痛みに思わずヤマトは身を引いた。頭を抱える太一の前に飛び出して、コロモンはヤマトたちを睨みつけた。
「タイチに近づくな!ボクの友だちだ!」
「タイチに何したんだ!」
コロモンの言葉で敵と判断したアグモンは、グルルと低い唸り声を上げる。ガブモンとテイルモンも、それぞれ牙と爪をちらつかせてコロモンを警戒した。
「あのコロモン……」
「ヒカリちゃん?」
口元へ手をやり、ヒカリは困惑した顔をコロモンへ向けている。大輔が首を傾げると、彼女は桃色の唇を小さく震わせた。
「何処かで、見たような……」
ホイッスルに似た耳鳴りが、ヒカリの頭を掠めた。

「コロモンがタイチの友だちってどういうこと?」
「お前たちには関係ない」
ウォレスの問いを一蹴し、アスタモンは手にしていたマシンガンの引き金を引いた。放たれる幾つもの弾丸は、避けても追尾してくる。ガルゴモンは両腕のマシンガンでそれを撃ち落していった。その爆炎に紛れてアンキロモンとサイバードラモンが飛びかかるが、アスタモンは衣を翻してその攻撃をいなした。
「あのマシンガン攻撃は厄介でんな」
「それだけじゃないですけどね」
煙に咳き込みながら、光子郎は顔を歪める。あの身のこなしから言って、相当の戦闘経験を積んだ手練れだ。それに加えて、残っていたハンギョモンたちも戦闘に参加してくる。今はペガスモンとカブテリモンで応戦しているが、数が多すぎるのだ。策がないわけではない、しかしそれを講じる隙がない。
「……仕方ない」
ウォレスは呟いて、ポケットから何かを取り出した。
「コウシロウ!」
それを光子郎へ見せ、人差し指を立てる。それで光子郎は察したらしい。彼が強く頷くのを確認すると、ウォレスはガルゴモンを呼んだ。マシンガンでアスタモンの弾を撃ち落しながら、ガルゴモンはウォレスの元まで下がった。
「行くよ、アレ」
「おーけー、ウォレス」
ガツン、と両腕のマシンガンをぶつけ、ニヤリとガルゴモンは笑った。ウォレスは握りしめていたもの―――Dターミナルを掲げ、高らかに叫ぶ。
「Digi mental Up!」
黄金の光が溢れだし、ガルゴモンを包んだ。
「ガルゴモン、アーマー進化―――」
その光を弾いて姿を現したのは、黄金色に輝く運命の紋章を刻んだ、ラピッドモンだった。
アスタモンの視線が、その黄金へ引き寄せられる。光子郎はそれを目視すると、大きく腕を掲げた。

(20150806)
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