日常クエスト(ジェイ編3)
「話が違う! モフモフ族の皆に手を出すな!」
ソロンへ食ってかかったジェイは、鋭い拳を受けて床に転がった。シャーリィは慌てて彼へ駆け寄り、起きるのを手伝う。ふと、ソロンはジェイが転がった拍子に何かが落ちたことに気づき、それを拾い上げた。
「! それは!」
「これは……葉っぱ?」
見覚えのある葉に、シャーリィは「あ」と声を漏らす。
「星祭の……」
「星祭? ……ああ、あの願いを書いて水に流すくだらない祭りか」
葉をしげしげと見つめていたソロンは、取り返そうと飛び掛かってきたジェイを足で踏んで止め、クルリと裏返した。
「クク……成程、これがお前の願いか……随分、人間らしいことを」
グリグリと背中を踏まれ、ジェイは動くことができない。シャーリィはジェイへ寄り添って、足をどけるようソロンに怒鳴った。ソロンは足を持ち上げると、起き上がりかけたジェイをシャーリィの方へ蹴飛ばした。二人は一緒に床へ倒れこむ。
「『家族がほしい』」
「! ……やめろ」
「煌髪人、聞こえたか? 『家族がほしい』のが、こいつの願いだ……ククク」
「何がおかしい!」
「おかしいだろ」
ソロンは葉を床へ落とした。それを足で踏みつける。
「!」
「道具が、一丁前に人間ぶるんじゃない。お前に家族は、一生できない」
ソロンは腰を折って、座り込んだジェイの顔を覗き込む。ソロンの瞳から目を外すことができず、ジェイは身体ごと呑まれてしまうような感覚に陥った。
(息が、苦しい)
「ジェイさん!」
ハッとジェイは我に返った。呼吸を止めていたのではと思うほど、口や鼻から滑り込んできた空気が冷たい。
シャーリィは、ソロンの足の下にある葉を取り返そうとしていた。
「その足を、どけてください。……あなたみたいな人が、足蹴にして良いものじゃない!」
「……喧しい煌髪人だ」
ソロンは足を退ける。シャーリィは急いで葉を握りしめた。ホッと安堵する彼女の長い髪を、ソロンが掴んで持ち上げる。
「シャーリィさん!」
「道具と燃料では仲間意識があったかな」
痛みに顔を顰めるシャーリィを、ソロンはジェイの方へ投げ飛ばした。ジェイは咄嗟に腕を伸ばして彼女を受け止めるが、衝撃までは流せずまた強かに尻餅をついた。
「シャーリィさん!」
「……これ」
シャーリィは顔を覗き込んだジェイの手へ、葉を握らせる。握りしめたせいもあって少しよれてはいるが、破けたところはない。ジェイは目を丸くし、シャーリィを見やった。シャーリィは小さく微笑んで、ジェイの指を折り、葉を包むようにさせる。
「ジェイさんは一人じゃない。一人じゃないって、ジェイさんだって分かっているんでしょ」
「僕は……」
「誰も一人で全部できることなんてないよ。だから、私たちは手を取り合うんだよ、助け合うんだよ」
シャーリィの手が、ジェイの手を包み込む。
「ぼく、には……」
「ジェイ――!!」
ドォオンと派手な音がして、部屋の入り口が大きく開いた。砂埃を立てながら部屋へ入ってきた姿を見て、ジェイは目を丸くする。
「――キュッポたち……!」
武器を構えたキュッポたちは、可愛らしい目を吊り上げてソロンを睨みつけた。
「ジェイは一人じゃないキュ」
「家族がここにいるキュ」
「家族を虐めるお前を、絶対に許さないキュ!」
ぽろ、とジェイの目尻から何かが落ちた。ソロンは小さな侵入者たちを見て、クツクツと笑った。
「ラッコ如き……」
「他の忍者は既に抑えたキュ」
「モフモフ族全員でジェイを助けにきたんだキュ」
「それが家族なんだキュ!」
ソロンは大きく舌を打つ。キュッポたちは一斉に飛び掛かった。
彼らが戦っている隙に、とシャーリィはジェイの手をとり、部屋を飛び出す。後ろ髪を引かれる思いで外せなかったジェイの視界に、ソロンへ寄り添う黒い靄のようなものが映りこんだ。

「シャーリィ!」
「お兄ちゃん!」
宮殿の入り口で、セネルたちは走ってくるシャーリィとジェイを見つけた。セネルは真っ先にシャーリィへ駆け寄り、彼女に大きな怪我がないことを確認して胸を撫でおろした。
ジェイは彼らの輪に入ることができず、少し離れたところで俯いた。やはり残してきたキュッポたちが気になる。戻ろうとしたとき、モーゼスに肩を掴んで引き留められた。
「……離してください、モーゼスさん」
「言うことはそれだけか」
「……」
ジェイは顔を伏せる。するとノーマやクロエたちも、ジェイの傍へ寄ってきた。
「僕は、キュッポたちを助けに行かなきゃ……」
「一人で、あの人と戦うんですか?」
シャーリィが一歩前へ出て、そう訊ねる。ジェイは思わず言い淀み、下唇を噛んだ。
「今のジェイさんでは、敵わない相手だと思います」
「なんで、そんなこと……!」
「一人で行こうとするジェイさんには、絶対に」
ハッとしてジェイはモーゼスたちを見やった。彼らは柔らかく笑んで、ジェイを見つめている。居心地悪いその視線に耐え切れず、ジェイは俯いた。
「……僕は、あなたたちを裏切ったんです、手を振り払ったんです! そんな僕に――人殺しの僕に、あなたたちの手をとる資格なんてない!」
「そんなことない」
きっぱりと言って、シャーリィは脇に垂らしたままのジェイの手をとった。そこには、本人も忘れていたほど強く握られた拳がある。汗と土で少し汚れた、大切な願いを書いた葉がある。
「キュッポさんたちがなんて言って助けてくれたか、もう忘れたんですか? お兄ちゃんたちがどんな気持ちで来てくれたか、本当に分からないんですか?」
「ぼく、は……」
「勇気をもって踏み出して、向き合わないといけないこともある。自分の気持ちにも、みんなの顔も、ちゃんと見なきゃ何も変わらない――それを教えてくれたのは、ジェイさんたちだよ」
「……っ」
「ジェー坊」
クッと零れそうになる音を飲み込んで、ジェイは目元を抑えた。シャーリィは手を離す。そちらの手も目元へ持っていき、ジェイは鼻を啜る。
「キュッポたちは、いつも、僕を助けてくれたんです……」
一人にならないよう、傍にいてくれた。帰りが遅いと心配して、待っていてくれた。怪我をすれば手当をしてくれた。寒い夜は一緒に寝てくれた。大切な、家族だった。
「キュッポたちは……僕の家族は、ずっとそこにいてくれた……!」
シャーリィ誘拐に手を貸したのだって、彼らを守りたかったからだ。彼らを守りたくて、けれど自分だけでソロンに歯向かうことはできなかったから、セネルたちに相談せず協力することでキュッポたちを守ろうとした。それが、間違いだったのだ。
「家族を守るために、力を貸してください! お願いします!」
ボロボロと泣き出すジェイを見て、セネルは小さく息を吐いた。それから拳を持ち上げ、俯いて見えていたジェイの項にそれを落とす。
ポカン、とジェイは驚いたように顔を上げる。涙に濡れた顔を見て、モーゼスはニシシと笑った。
「誰かを守るって決めたやつが、そんな風に泣くな」
「弟を泣かした借りは、兄ちゃんがきっちり返しちゃるわ」
セネルは袖でジェイの顔を拭う。大分マシになったと軽口を叩いて、モーゼスは手を差しだした。
「家族を泣かせるやつを、ワイは絶対に許さんけんの」
差し出された手のひらを見て、ジェイはプイとそっぽを向く。
「……モーゼスさんが兄……」
「まーまー、モーすけで我慢しておきなよ」
ノーマも笑って肩を叩く。ジェイがチラと視線を向けると、ウィルやグリューネたちは微笑ましいものを見るように温かい目を向けてくる。さらにワルターの姿まであるのだから、ジェイの気恥ずかしさは増すばかり。
「……ありがとうございます」
ぽそりと呟いて、ジェイはモーゼスの手をとった。
「よっしゃー! じゃあ、いっちょぶん殴りに行こうかの!」
「わあ!」
モーゼスはジェイの手を掴んだまま万歳をするように腕を上げたので、爪先だちする形になったジェイはよろける。プチ、と血管が一本切れる音がして、ジェイはモーゼスの背中へ膝を入れた。
「ちょっと、力加減考えてください、馬鹿山賊!」
「おま、もう少し兄に対する敬意っちゅうもんを!」
「あーあ、まーたやってる」
呆れながらも、ノーマは嬉しそうに笑った。いつもの調子に戻った二人は、互いに競い合うように宮殿内へ向かっていく。ノーマたちも顔を見合わせ、彼らの後を追った。

「おや、生きていましたか、セネル・クーリッジ」
「ソロン……お前、その靄は……」
辿り着いた最深部、キュッポたちを足蹴にしていたソロンの身体からは、見覚えのある靄が湧き出ていた。
「キュッポたちを離せ」
「言われなくとも」
ソロンは足元に居たキュッポをジェイの方へ蹴り飛ばす。ジェイは転がってきた彼を抱き上げ、入り口近くに倒れていたピッポとポッポと並べて寝かせた。シャーリィが、彼らへブレスをかける。ジェイはキッとソロンを睨みつけた。
「僕は、あなたを許さない!」
「随分と強気だな」
「ジェー坊を虐めてくれた礼は、しっかりとさせてもらうけんの!」
小太刀を構えるジェイと並び、モーゼスも武器をとる。クツクツ笑い、ソロンは腕を広げた。
「おやおや、仲がよろしいようだ……そいつがどんな奴か知っているのか?」
「知ってるさ、知っていて、一緒にいるんだ」
セネルも、拳を構える。ソロンは嘲るような笑みを変えず、セネルを見やった。
「人殺しの道具に滄我砲の燃料――そして、」
「何だ?」
「いえ」
クツリと笑うと、ソロンの靄がざわりと蠢いた。
「……確かに、僕は人を殺した、道具になった」
ポツリと呟きながら、ジェイは前へ進む。ソロンはその通りだと笑い、近寄ってきたジェイへ腕を伸ばした。ジェイはそれを小太刀で振り払い、驚くソロンへ剣先を突き付ける。
「……でも、こんな僕を家族だと言ってくれた人がいる。一緒に戦おうと手を握ってくれた人がいる。そんな人たちを馬鹿にするあなたに、僕は絶対負けられない!」
「愚かな……後悔しながら死ね!」
大きく広がった靄が、ジェイたちを包みこむように部屋中に広がった。

倒れるソロンを見下ろし、ジェイはゆっくり小太刀をしまう。
「ジェイ」
名を呼ばれ振り返る。セネルがヒラリと手を振った。
「ジェー坊」
その隣でモーゼスも、ニヤリと笑う。ジェイは足元に並んだキュッポたちを一瞥して、微笑んだ彼らに頷き、足を踏み出した。パシン、と小気味よい音を立てて、三人の手の平がぶつかった。
彼らの様子を見ていたノーマは、ふとソロンの服から何か光るものが落ちていることに気づき、それを拾い上げた。手の平にすっぽり収まる、小さな鈴だった。
「それ……」
気づいたジェイが、少し驚いたように鈴を見つめる。ノーマが渡すと、ジェイは大切そうにそっと両手で受け取った。
「なに? それ」
「僕が拾われたとき、この鈴を握っていたそうです」
ソロンに取り上げられ、とっくに捨てられたものとばかり思っていた。鈴を大切に握りしめるジェイを見つめながら、ノーマは微かに感じたひっかかりを手繰って頭を傾けた。鈴に彫られた模様に、見覚えがあった気がしたのだ。
「結局、ゼルメスについては聞き出せなかったな……」
ぽつりとクロエが呟く。隣でそれを聞いていたワルターは、不意に懐へ手を入れ薄い本を取り出した。
「……」
ヴァーツラフ軍基地から持ち出し、ずっと所持したままの本。薄汚れた表紙を親指で撫ぜ、ワルターは海を眺めて目を細める銀髪の男を見つめた。
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